2019年1月18日、東京・渋谷のソニースクエアにて、宇多田ヒカルさんのライブパフォーマンスを体験できるプレイステーション VR(以下、PS VR)用ソフト『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018 - “光” & “誓い” - VR』の制作スタッフによるトークイベントが開催された。本記事ではそこで明かされた制作秘話をお届けする。

宇多田ヒカルが目の前で歌うVRコンテンツはソニーグループ全体で作り上げた新たな“体験”。開発スタッフのトークイベントをリポート_01
宇多田ヒカルが目の前で歌うVRコンテンツはソニーグループ全体で作り上げた新たな“体験”。開発スタッフのトークイベントをリポート_02

 『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018 - “光” & “誓い” - VR』は、宇多田ヒカルさんが『キングダムハーツ』のテーマソングである『光』と『誓い』を歌う様子をVRで楽しめるコンテンツで、現在PlayStation Storeにて無料で配信中。

 『光』と『誓い』を宇多田さんが歌う様子を、臨場感溢れるダイナミックな表現とともに体験でき、ライブステージの豪華な演出や、パフォーマンス中の宇多田さんの様子を鑑賞できる。

 DIRECTOR'S CUTをオフにすれば、3つのアングルを自由に切り換えられ、直視するのが恥ずかしくなってしまいそうなほどの距離でパフォーマンスを堪能することも可能。まるで宇多田さんが自分のために歌ってくれているかのような、豪華な体験が実現している。

 さらに、メイキング映像も収録されており、制作中の模様や、実際に宇多田さんがPS VRで本コンテンツを体験する様子も見ることができるのだが、宇多田さんも「おお! 近い!!」と、自身との距離の近さに驚いた様子を見せていた。

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すべては宇多田ヒカルの魅力を伝えるために。開発スタッフトークイベント

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左から、ソニー・インタラクティブエンタテインメント多田浩二氏、ソニー・ミュージックレーベルズ梶望氏、『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018 - “光” & “誓い” - VR』映像ディレクター竹石渉氏、ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ林亮輔氏。

 トークイベントでまず語られたのは、本コンテンツの制作の経緯。デビュー前から20年以上にわたって宇多田さんのマーケティングを担当する梶氏は「2017年にソニーミュージックに移籍をしたことで、移籍前までできなかったことができるようになった」と語り、その取り組みのひとつが今回のVRコンテンツだと明かした。

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 『キングダム ハーツIII』の発売日が決まったタイミングで、梶氏から本コンテンツの打診を受けた多田氏は「絶対に何かやりたいと思って手を挙げたのですが、どうやって実現するかという壁にぶつかりました」と当時を述懐。

 その壁を超えるために手を組んだのが、“PROJECT LINDBERGH(プロジェクト リンドバーグ)”という、ソニーミュージックを中心に、ソニーグループ全体の知見や技術を合わせて新しいVRの“体験”を創ることを目的とするプロジェクトだったという。

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 そうして始まった本コンテンツの制作を、監督として指揮した竹石氏は「ライブツアーのシーンをそのまま表現しなければいけなかった」と、苦労を語る。「ふだんのミュージックビデオを作るときは、アーティストや曲のメッセージをクリエイティブな表現で楽しんでもらえるように作る」そうなのだが、今回は、映像ではなく“体験”を作ることに心血を注いだそうだ。

 また、竹石氏は2000年にリリースされたシングル『Addicted To You』から宇多田さんのミュージックビデオの制作を手掛けているそうなのだが、「宇多田さんにこれほど見つめられたのは初めてで、気恥ずかしくて直視できませんでした」と笑いながら語っていた。

 そんな本コンテンツについて、「目指したのは“至高の音楽ライブVR体験”。そこでキモになったのが、高品位な映像と、VRならではの斬新な演出手法でした」と語ったのは、技術面で制作を支えた林氏。

 ダイナミックな映像を実現するため、撮影では業務用の小型4Kカメラと最新の映画製作用6Kカメラを組み合わせて使用し、クレーンでカメラを動かしながら撮影したそうだ。

 一般的に、VRコンテンツでカメラを移動して撮影すると、ユーザーの動きとコンテンツ内の動きに差が生じ、いわゆるVR酔いが起きやすくなるという問題が発生してしまう。そのため、撮影では定点カメラが用いられることが多いのだが、今回あえて移動カメラで撮影した理由は、「没入感を高めるため」と竹石氏。

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 「ユーザーがカメラが動いていることに気づかない程度に、少しだけ近づいたりしています」と、VR酔いの起きない範囲で没入感を最大限に高めたことをアピールしていた。

 さらに、「体験を創るためには、体験しながら撮る必要があると考えた」という竹石氏の指示のもと、撮影中に監督がその場で指示を出せるように、ヘッドセットをつけてリアルタイムにモニタリングできるシステムが新たに開発されたそうだ。

 そして、トークイベントの終盤には林氏が今後の展開についても言及。「ゲーム以外のVRコンテンツとして、実写の音楽ライブは非常にポテンシャルがあると思っています。“プロジェクト リンドバーグ”では、音楽のさまざまなコンテンツで新しい楽しみかたを作っている最中です。今後またこういった機会があれば、新しいチャレンジをしていきたいと思います」と、さらなるコンテンツの制作に意欲を示した。

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 また梶氏は「ただVRを使うのではなく、どうすればいちばん価値を感じてもらえる体験になるのか、ということを考えることが大事」とし、「これからも、ソニーグループならではの体験を作るためにいろいろなことにチャレンジしたい」と締めくくった。

VRコンテンツの未来が語られた来場者からの質疑応答コーナー

 トークイベントで制作秘話が語られた後、一般来場者からの質問に答える質疑応答の時間も設けられていた。以下には、その質問と回答を掲載。おもに、VRライブコンテンツの未来に関する質問が寄せられていた。

――観客が入った状態でのライブ映像をVR化することは実現すると思いますか?

竹石 実現すると思います。現状ではカメラの大きさなどの技術的な問題で、そのままのライブ映像をVR化することは難しいのですが、技術の進歩でカメラは今後も小型化が進むでしょうから、この先、ライブのVR化もできるようになるのではないかと考えています。

――現在では360度全方位の音を録音できる技術がありますが、今回のVRコンテンツで音響に関して苦労したことはありますか?

 今回も、位置によって聞こえかたが変わるようなものを作りたかったのですが、実現できなかったので、つぎの機会があればぜひ挑戦したいです。ただ、コンサートの会場ではどこで聞いても聞える音はあまり変わらないので、今回とはまた違った形で実現することになると思います。

――今後、より没入感を得られるような仕組みは実現するのでしょうか?

 そういった技術はこれから先どんどん整っていくと思います。まだ実験段階ではありますが、バーチャルの話だけで言うと、輝夜 月(かぐや るな)というバーチャルユーチューバーのライブでは、お客様がVRでいっしょに体験するという取り組みもすでに行っています。今回のVRコンテンツでは、いまできる最大限のことに挑戦しましたが、今後、5Gなど、いろいろなインフラが整備されていくと、技術も大きく進歩すると思うので、その中で、表現の可能性も広がっていくのではないかなと考えています。