独特の作風で世界中で話題を呼んだ『LIMBO』と『INSIDE』を生んだ、デンマークのゲーム開発会社Playdead。
「ほとんどのインタビューは受けられません」。Playdeadは自社のWebサイトにこのように掲載するほど、取材を受けることは稀だという。だが、ファミ通では、直接コンタクトを取り、Playdeadを訪問。世界を魅了した『LIMBO』と『INSIDE』の誕生秘話を始め、絶妙なレベルデザインの構築方法、そして、会社の設立とこれまでをうかがった。
今回は、スタジオでリードデザイナーとして開発に携わるマレク氏と、スタジオを統括するアーント氏、双方の視点から開発現場の様子にフォーカスしたインタビューをお届けする。どの開発スタジオにも似ていない、“指示がない”驚愕の制作スタイルとは!?
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マレク・ボグダン
マレク・ボグダン氏(文中はマレク)ユービーアイ・モントリオール・スタジオを経てPlaydeadに入社。リードアーティストとして、おもにレベルデザインとアートを担当。
アーント・イェンセン
アーント・イェンセン氏(文中はアーント)Playdead創立者で、CEOと作品のディレクションを担当。
「全員でアイデアを持ち寄る」
――マレクさんは、レベルアーティストとして、レベルデザインとアートを担当されているのですね。
マレク いえ……これはPlaydeadならではのことなので、ちょっと説明が必要ですね。じつは、Playdeadにおけるリードアーティストという肩書
きはおもしろくて……じつは、“アーティストのスタッフ全員がリードアーティスト”なのです。
――え!? というと、肩書きは全員同じですが、具体的には違う作業を行っていると……?
マレク そうですね。まあ、あくまで外向けの肩書きと言いますか。Playdeadでは本当に方向性を含めてあらゆることを決める仕事をしているのは、アーントただひとりなんです。Playdeadのタイトルとして表現されているものがどうあるべきかについては、何があってもアーントが決めている。これは社風のようなものですね(笑)。
『INSIDE』のクレジットでは私はレベルアート&デザインと記載されていますが、宣伝のための素材も作りましたし、ユーザーインターフェイスのデザインもするなど、作業は多岐に及んでいます。Playdeadは小さなスタジオなので、できる人ができることをやるという感覚なのです。それは私だけではなく、ほかの人もみな同じです。
ゲームデザイナーのスタッフがUnity(ゲームエンジン)を使って簡単なフレームで空間を作ったところに、アーントが定めた方向性やコンセプトをもとに、私がオブジェクトを配置していき、仕掛けや環境に必要なアート的な要素などを追加していくのですが、私はこの部分にいちばん時間を使っています。
――そうして制作されてきた中で、会心のデキだと思えた仕事はどのようなものでしたでしょうか。
マレク うーん……。おそらく、ひとりだけで完結した部分というのは、Playdeadの開発のやりかたとして存在しないんですよね。ここでの開発は、各リードアーティストがアイデアを持ち寄り、シェアすることから始まります。
そこから、みんなで変化をつけていったり、動かしてみたり……。そういう作りかたをしているので、「この部分を1から10まで、すべて担当しました」といったような、分業の形で作品が作られることはないのです。もちろん、自分がやった仕事をすべて削除されてしまったり、やり直しになったりすることは、誰でもそんなに気持ちのいいことではありません。
ですが、ここは小さなチームですので、お互いの信頼がとても大きいのです。ですから、たとえば自分が作ったものを、アート担当のモーテンが変えることがあっても、それは絶対に意味のあることだと思っていて。そして、最終的に決めるのはアーントで、その判断はつねに正しいと、みんなが思って仕事をしています。
――改めて聞くと、とても志が高くてプロフェッショナルな仕事場ですよね。
マレク このやりかたで困ることはありませんが、議論になることはあります。ただ、話し合うことで解決できるということは、いいスタッフに恵まれている証明だと思います。話し合ったと言えば、『INSIDE』の開発では最後の段階で、話し合い、熟考する期間が生まれたことで、かなり制作の速度が遅くなった時期がありました。
――具体的には、どういったことを考える時期だったのでしょうか。
マレク その期間は、リードアーティストたち全員に、“すべてを見直して改良する時間”が与えられたのです。すべてを、よりいいように調整する期間でした。
――完成間近に、スタッフ全員で内容を見直す期間が設けられたとは驚きです。その間、マレクさんはどのような部分を再考されましたか。
マレク 私の場合は、とくに街の部分についてですね。少年が農場から離れて、地下室に行き、そこから再び街に出たときに光が入ってくる場面です。じつは、少年がゲーム中で初めて、自然の光というものを目にする場面でもあるんですよね。だからこそ、改めて見直してみて、心を込めるようにしながら手を入れました。遠くに光が射し込んでいるのを眺めるような雰囲気が、とても好きな部分です。
「自分ですべきことを探す現場」
――ところで、全員で作るとなると、自分が手を入れた個所に、ほかのスタッフがさらに手直しをする場合もありますよね。
マレク もちろんアーティストとしては、ひとりで仕事をして自分だけの世界を作り出すという選択もあるとは思うのですが、そこには“ゲームならではのマジックは生まれない”と感じるのです。
自分が描いたものを、アニメーターがアニメーションにしてくれたり、サウンドの担当が音を入れてくれたり……そうやって、他者のクリエイティブが加わっていくことで変化もするし、まったく違うものに見えることさえある。こうした変化を目にするたびに、「すごい!」と思いますし、これこそがゲーム制作の醍醐味のひとつだと思っています。
――アーントさんからは、各スタッフにはどのような指示があるのでしょうか。
マレク アーントには、おそらく頭の中に最初から最後までの構想があると思いますが、とにかく細かい指示をいっさいせず、“必要なことしか言わない”のです。
――いっさい指示がないのですか!?
マレク ええ。たとえば、指示を出す際にストーリーについて触れることがあったとします。しかし、そこで話されるのは、あくまでも必要な箇所の物語だけを話すのです。すべては話さないですね。
――マレクさんはレベルデザインも担当されていますが、たとえば『INSIDE』のステージ構成を作る際には、アーントさんから農場から地下を通って街に行く、といったような概要の説明を受けて、構成や難易度を設計していくものなのでしょうか?
マレク レベルデザインについては、ゲームデザインを担当しているイエッペ(・カールセン氏)というスタッフがおもに行っています。ただ彼
がステージ構造を作っている段階では、ゲームにはまだ“感情”がありません。ただステージ内を上がる、下がる、というような構造が説明されているだけなのです。
私はそうした構造だけの場面に、どういう感情を込めていくのか、どういう感情をプレイヤーに持ってほしいのか、ということを感じ取り、デザインしていくのです。これは、いままで務めたスタジオの仕事と比べても、とてもやりがいがあります。Playdeadに入ってみてからは、文字通り驚きの連続でしたね(笑)。
もっとも驚いたことは、“なんでも自分で決めていかなくてはいけない”というところです。今日は何をすればいいのか。アーントも誰も、「これをお願いします」と指示してくれません。
――驚きました。それだけ自発的にもの作りをできる人が集まっているのですね。
マレク とくにアーントはふたつのことに優れていると言えます。ひとつはディレクターとして決断できて、ゆるぎなくプロジェクトを進めていくことができること。そしてもうひとつは、“いいゲームを作るためにスタジオがどうあるべきなのか”が、わかっているということです。
ふたつ目に挙げた点についてもう少し詳しく説明すると、スタジオにふさわしい人を集めることに、細心の注意を払っています。彼は人を雇うことに関しては長い時間をかけて採用を検討しますし、採用した後であったとしても、Playdeadに合わないとわかると、話し合いを設けて退社の決断を迫ることもあります。
ほかの会社ではそういうことはしないと思いますし、こうした重要な決断を迫ることの心労も、採用者にはあると思います。しかし、アーントは、そういうことをしてでも、Playdeadを正しいチームとして維持していくという気高い志があるのだと思います。