フロム・ソフトウェアとアクティビジョンの共同開発という布陣が挑む、新たな剣戟アクションとは何か。『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』が目指すアクションゲームの到達点を、いまだからこそわかる視点から掘り下げていこう。

衝撃の開発発表から1年、その足跡を追う

 『Demon’s Souls』、『DARK SOULS』シリーズ、『Bloodborne』と、アクションRPGの“極北”を提示し続け、世界中のファンから圧倒的な支持を得るフロム・ソフトウェア。アメリカを拠点に、ゲーム黎明期から数多の作品を世界中に贈り続けるアクティビジョン。このふたつが手を取り合って共同開発を進めるという、いま聞いてもなかなか信じられない布陣で生まれ出されんとしているゲーム、それが『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』だ。ちなみに『SEKIRO』は漢字で書くと“隻狼”で、“セキロ”と読む。“セ”にアクセントをつける感じ。ここは間違えないようにしたい。

 2017年12月にフロム・ソフトウェアの新プロジェクトとしてティザー映像が発表され、そのビジュアルでさまざまな憶測を呼んでから、丸1年。2018年6月に開催されたE3 2018で正式タイトルが発表され、フロム・ソフトウェアとアクティビジョンの共同開発タイトルであり、戦国時代を舞台にした和風のアクション・アドベンチャーで、主人公は隻腕の忍者であることが明らかになった。

 週刊ファミ通本誌でも発表タイミングに合わせて記事を展開し、本作のディレクターを務めるフロム・ソフトウェアの宮崎英高氏へのインタビューも行った。ここで氏が語ったコンセプトは、本作の根幹を示す重要な内容となっているので、未読の方は以下の記事を確認してほしい。

 2018年8月には2019年3月22日世界同時発売が発表され、国内では東京ゲームショウ2018にプレイアブルデモが出展。このタイミングで、一端ではあるがゲームを実際にプレイできたことで、フロム・ソフトウェアとアクティビジョンが目指すアクション・アドベンチャーの“方向”が理解できたことは大きかった。

 その方向を本誌は「こう理解した」とわかる、TGS2018出展デモのプレイリポートと、会場で実施したアクティビジョンのプロデューサーへのインタビューの記事を再掲しよう。

 2018年10月に大阪で開催されたイベント“FROMSOFTWARE GAMES EVENT Autumn 2018 in OSAKA ”に東京ゲームショウ2018と同内容のプレイアブルデモが出展されてから、2ヵ月。新情報の更新はないものの、発売に向けて順調に開発が進んでいるとのことで、あらためてそのゲーム性について触れていきたい。

隻腕の忍者と、主である御子が誇りを賭する物語

 まず、『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』は“アクション・アドベンチャー”だ。自分の手で世界を探索し、道を切り拓いていく必要があるスタイルは、いままでのフロム作品と共通している。何より大きく違うのは、隻腕の忍者という固定の主人公が存在すること。このおかげで、物語の導入はかなり入りやすい。

 舞台は戦国時代の末期。“剣聖”葦名一心が一代で興した北国の雄である葦名の国は、存亡の危機にあった。一心の孫である葦名の将は、この窮状を打破するべく、御子を連れ去る。

 葦名の重臣・平田氏の養子であり、天涯孤独の身で家族も家臣も持たない囚われの御子 。しかし、御子には壮年の忍びが寄り添っていた。冷静で寡黙、任務のためなら手段を選ばない残忍さを兼ね備える忍びだったが、葦名の将に敗れ、守るべき御子と己の左腕を失う。

 忍びの行動原理である掟、それは「主は絶対である。命を賭して守り、奪われたら取り戻せ」。左腕に忍義手を携え、ふたたび刀を手に取った忍び。狼は情を抱かず、ただ殺す。主人公は隻腕の狼“隻狼”と化し、掟を守るために戦う。

 すべてを失った男が武器を手に立ち上がる――これほどシンプルな導入は、ダークでハイなファンタジー要素が色濃かったいままでのフロム作品にはなかったもの。何しろ、主人公=プレイヤーの目的がはっきりしている。とはいえ、御子の背景であったり、主人公に忍義手を譲る仏師の存在だったりと、だいぶ“濃い”感じを想像させる要素はたっぷりありそうだ。

 王道の中世ファンタジーを独自の色に染めて唯一無二の世界を生み出した手腕は本作でも如何なく発揮されており、戦国時代の日本といっても、多くの人が思い浮かべるドラマや映画のような風景は広がっていない。

 もちろん時代設定を逸脱することはなく、あくまで日本古来の色鮮やかさと、荒廃しきった枯れた風景を組み合わせ、徹底的に描き込まれた精密な意匠を表現することで、十分なリアリティーが生み出されている。

 ただ、そこにはフロム・ソフトウェアらしい“滅び”を漂わせる寂寥感があり、プレイヤーが想像を掻き立てられる余地が残されている。このことで、本作でしか成し得ない戦国時代が現出しているのは確か。下の画像のように、紅葉が舞う中に雪が残る橋の上で、巨大な薙刀を携えた僧侶(尼にも見えるが)と相対する主人公や、満月に照らされた、戦いの跡が残る一面の薄(すすき)で対峙する宿敵なんて構図を見せるゲームなど、いままでなかっただろう。