東京ゲームショウ2018最終日、アークシステムワークスブースでは『ギルティギア』シリーズの石渡太輔氏と、『ブレイブルー』シリーズの森 利道氏による対談が行われた。その模様をリポート。

 2018年9月20日(木)から9月23日(日)まで、千葉・幕張メッセにて開催された東京ゲームショウ2018。最終日となる23日、アークシステムワークスブースでは『ギルティギア』シリーズのゼネラルディレクターを務める石渡太輔氏と、『ブレイブルー』シリーズのプロデューサーを担当する森 利道氏による対談が行われた。

石渡太輔氏(左)、森 利道氏(右)

30周年を振り返って

 まずはアークシステムワークスが30周年を迎えたことについて、石渡氏は「なんてことはないです。気づいたら30年経ってただけで……」と、がむしゃらにゲームを作り続けていたことを語る。一方で森氏はピックパックという会社で『ギルティギア』シリーズを作っていたところ、2002年に稼動した『GUILTY GEAR XX(ギルティギア イグゼクス)』のころに、石渡氏にアークシステムワークスに誘われ入社したと語る……が、石渡氏は「え? お前が“俺を会社に入れろや!”ってノリだったと思うんだけど(笑)」と、記憶に違いがある様子(笑)。

 森氏は当時の石渡氏を見て「いまだにバンダナ頭に巻いているヤツいるんだ!」と、つなぎにバンダナという古風なアキバスタイルの風貌にビックリしたそうで、それについて石渡氏は「当時は完全にファッションがアキバでしたね。でも、僕はヘビーメタルが好きなんで、ヘビメタバンドのつもりだったんですよ」と、当時を振り返る。

 なお、おふたりは専門学校・アミューズメントメディア総合学院の、ゲームクリエイター学科の先輩後輩という間柄。石渡氏が1年先輩だったそうで、当時学校内で『ギルティギア』の“ソル・バッドガイ”の原型となるキャラクターも見たことがあったそうだ。ただ森氏はそれを見て「うわぁ絵うめぇー! 俺より絵がうまいヤツは全員〇したい!」と、嫉妬していたのだとか。

 おふたりが改めてこの30年を振り返ると、“身体に無理をさせるゲームの作りかた”というものは、年齢や時代の流れとともにできなくなってきたそうだ。石渡氏は『GUILTY GEAR X(ギルティギア ゼクス)』を制作していたころ、1年半ほど家に帰らなかったそうで、正月に森氏が石渡氏の家に行ったら、石渡氏が倒れていたので看病したのは有名なお話。

 続いては、おふたりがゲーム業界に入ったきっかけについて。森氏のきっかけは、『ファイナルファンタジーIII』に感銘を受けたため。業界に入ってからも、RPGを作りたいという想いがあったそうだ。しかし、新人のころにとあるRPGのデバッグ作業を経験した際に“2度とRPGを作ろうとは思わない!”と思ったのだとか。それについて石渡氏も「わかる! 俺もRPGのデバッグやったことあるから!」と同調。とにかく作業量が膨大すぎて、作るのも直すのも見るのも面倒なので、絶対にRPGはやりたくないと思ったそうだ。

 石渡氏は映画の撮影、映画俳優、さらにはバンドと、とにかくエンターテインメントならば何でもやりたかったのだという。そんな中、当時のアミューズメントメディア総合学院はイラスト、作曲、プログラムから何まですべてを教える学校だったそうで、入学を決意したという。

 また、森氏は業界を目指す前に調理師専門学校に通っていて、調理師免許を取得したエピソードを披露。詳しくは語られなかったが、とある事件があり、どうしても調理師免許が必要になったそうだ。しかし調理師よりも、ゲームの仕事がしたい、という想いがあり、結局はゲーム業界へ。なお、森氏の得意料理はチキンソテーだそうで、いつも「俺のチキンソテーは絶品だ!」と15年以上語っているが、石渡氏は一度も食べたことがないそうだ。

対戦格闘ゲームの思い出

 続いてはゲーム業界に入ってから、ブレイクスルーを感じたことは? という話題へ。石渡氏は初代『ギルティギア』を振り返り、「初代『ギルティギア』は家庭用だったので、競技性よりも触って楽しいという部分を重視してました。そこからアーケードになるというところで、競技性を出していったんです。そこから森と仕事するようになって、格闘ゲームはどう作ればいいのか、という部分が一気にガラリと変わりました」と、森氏との出会いが、現在の『ギルティギア』シリーズを作り上げたことを感慨深く語る。

 森氏は初代『ブレイブルー』を作ったときに、背景を2Dではなく3Dにしたことによって、ゲーム作りが1歩進んだとアピール。「『GUILTY GEAR X(ギルティギア ゼクス)』のころに石渡さんも背景を3Dでやりたいと言っていましたが、技術的な面でできなかったんです。『ブレイブルー』を最初作ったときは、何がなんでも背景を3Dにしたかったんですよ」と、スタッフたちの反対を押し切り、無理やりにでも3D背景を通したという、当時の苦労を語る。しかしおかげで、『GUILTY GEAR Xrd(ギルティギア イグザード)』のフル3Dにもつながる要因になり、背景のクオリティもアップしたそうだ。

 つぎはおふたりが、これまで影響を受けた作品や人物についてのトーク。石渡氏は、対戦格闘ゲームの金字塔である『ストリートファイター』シリーズの影響は強くあると語りつつ「カプコンさん、SNKさんの作り上げた対戦格闘ゲームは僕らにとっては影響が大きかったです」と、当時の思い出を振り返る。森氏も『ヴァンパイア』シリーズや、『餓狼伝説』シリーズはとくに影響を受けているそうだ。

 影響を受けた人物については、石渡氏はアニメ監督の今川泰宏氏、漫画家の荒木飛呂彦氏をチョイス。石渡氏曰く、ふたりの共通点はその業界のお決まりやお約束をぶち破っていること。荒木氏の『ジョジョの奇妙な冒険』を読んで、絵は自由に描いていいことを学び、今川氏の『ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日』の破天荒な演出を見て、どの業界にもお約束なんてない、ということに影響を受けたそうだ。

 森氏はゲーム業界から小島秀夫氏に影響を受けたと語り、『ポリスノーツ』のような映画らしいゲームを作り上げたことを賞賛していた。また、影響を受けたわけではないが『ファイナルファンタジーXIV』を“新生”させた、吉田直樹氏を大絶賛。森氏は『ファイナルファンタジーXIV』のプレイヤーだったこともあり、本当に驚いたことを語っていた。

 また、森氏は衝撃を受けたエピソードとして、2000年に発売された『ディアブロII』が発売された当時を語る。オンラインでの4人協力プレイが可能だった『ディアブロII』は、当時インターネットが普及し始めたこともあり、PCゲーマーのあいだで大流行。その中毒性から、海外では会社ぐるみでハマってしまい倒産してしまう会社もあったことを、石渡氏が解説。オンライン協力プレイの楽しさに目覚めた森氏、そして石渡氏は、会社のインターネット回線を利用して、とにかくスタッフたちとプレイしまくったそうだ。

ソルの収録には紹興酒を持参!?

 続いていちばん好きなゲームと問われると、石渡氏も森氏も「無理!!!!」と大絶叫(笑)。無理やりあげるとすればという前提で、石渡氏は『トゥームレイダー』の自由度の高さを絶賛。森氏は『タクティクスオウガ』を、「ゲーム業界を目指す人は絶対にやれ!」と断言。

 いちばん好きな対戦格闘ゲームを聞かれると、石渡氏は『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』をピックアップ。当時対戦をメチャクチャやり込んでいたのだとか。森氏は『鉄拳TAGトーナメント』、『ヴァンパイアハンター』、『ストリートファイターZERO2』をとくにやり込んだそうで、いまは無き“新宿スポーツランド中央口店”で毎晩のように対戦をくり返していたそうだ。

 対戦格闘ゲームの話題になると、トークにさらに熱が入るおふたり。森氏曰く、石渡氏は『ストリートファイター』シリーズを遊ぶ際にはケンを使い、必ず“昇龍裂破”を、読み合いを無視しておもむろにくり出すのだという(いわゆる“ぶっぱ”)。それについて石渡氏は「だから(『ギルティギア』の)ソルは“ぶっぱ”キャラクターなんだよね(笑)」と、自身のプレイスタイルがキャラクターにも影響していることを明らかにしていた。

 また、ソルといえば石渡氏が過去には声優を務めたキャラクターでも有名。『GUILTY GEAR XX / -SLASH-(ギルティギア イグゼクス スラッシュ)』では、聖騎士団ソルの声を石渡氏が担当した。その収録のエピソードを森氏が振り返り「この人の収録、6時間半かかったんですよ!」と、当時の苦労を語る。というのもそれは石渡氏の要望に応えた結果時間が伸びたそうで、たとえば必殺技の“ヴォルカニックヴァイパー”を20回ほど叫び、いちばんいいのを使うという収録方法をとっていたそうだ。また、石渡氏はあくまでゲームクリエイターなので、声優としての収録現場を音声ディレクターに見られるのが非常に恥ずかしい思いがあったそうだ。なのでカーテンを閉めて収録をしていたが、それでも恥ずかしい。だったらと、石渡氏は収録ブースに紹興酒の一升瓶を持ち込み収録に臨んでいたエピソードを暴露(笑)。ソルの収録が終わったころには、一升瓶がカラになっていたのだとか。

 ちなみに森氏も『GUILTY GEAR XX / -SLASH-(ギルティギア イグゼクス スラッシュ)』のA.B.Aの持つ鍵“パラケルス”の声を演じている。森氏は『GUILTY GEAR Xrd(ギルティギア イグザード)』シリーズに「ところでA.B.Aは出ないんですか? あとロボカイとか!」というが、石渡氏は時間や予算の都合があるとのことで、まだまだ登場はこの先になりそうだ。

 いよいよ対談の終わりも近づき、最後はおふたりからお別れのご挨拶。その中で石渡氏は「個人的には対戦格闘ゲームのほかにも、たとえばCERO Z指定のゲームを作りたい思いがある一方で、子ども向けゲームとかも作りたい欲望もあるんです」と、いろいろなゲームを作っていきたいことをアピールし、イベントは終了となった。