『LA-MULANA 2』完成記念トークイベント“LA-MULANA通の会”リポート NIGOROメンバーのぶっちゃけ話が満載!

2018年7月29日、秋葉原ガジェット通信フロアにて、『LA-MULANA 2』完成記念トークイベント“LA-MULANA通の会”が行われた。その模様をお届けしよう。

リリースを待ち焦がれていたファン注目のイベント

 2018年7月29日、秋葉原ガジェット通信フロアにて開催された『LA-MULANA 2』完成記念トークイベント“LA-MULANA通の会”。同作の開発チーム“NIGORO”のメンバーが集結し、約3時間にわたって行われた本イベントは、ニコニコ生放送とYoutubeでライブ配信。Youtubeではイベント中の会話がリアルタイムで英訳されるなど、国内外の『LA-MULANA』シリーズファンに強くアピールする構成だった。

『LA-MULANA 2』がSteamやPLAYISMなどで7月31日午前2時から配信決定、価格は2480円

2018年7月29日、秋葉原ガジェット通信フロアにて、『LA-MULANA 2』完成記念トークイベント“LA-MULANA通の会”が行われた。同イベントにて『LA-MULANA 2』の配信日が2018年7月31日午前2時になることが発表された。

NIGOROメンバー

楢村 匠(ならむら)氏

すべての発端となったNIGOROの“ボス”。『LA-MULANA 2』ではゲームデザイン、ディレクション、グラフィック、サウンドを担当。小さいころからゲームが作りたかったけどその方法がわからず、ひたすらノートにアイデアをびっしり書き綴ってきたことが、そのまま現在のゲーム制作に生きている……とのこと。

鮫島朋龍(サミエル)氏

楢村氏に賛同してNIGOROに参加した、兵庫県在住のプログラマー。『LA-MULANA 2』ではエネミー、ギミック、システム関連のプログラムと効果音、サウンドを担当。子ども時代、親にファミコンをねだったら「よそと同じはイヤだ」という家庭方針からMSXパソコン一式を買い与えられたことが、“ガチのゲームマニア”としての道を歩むきっかけに。

蛯原隆行(duplex)氏

メンバーから“師匠”と呼ばれている、熊本県在住のプログラマー。卓越したゲーム解析センスを根拠に、楢村氏、鮫島氏の“暴走”を止める役割も果たしてきたという。『LA-MULANA 2』ではメインプログラムとシステム関連を担当。

満員の会場には、『LA-MULANA』のRTA世界記録保持者などの筋金入りのファンや、『LA-MULANA 2』の開発に採用されたゲームエンジン、ミドルウェアなどの関係者が詰めかけ、約5年の開発期間を経ての完成を喜び合っていた。

Wii ウェア版『LA-MULANA』に個人的な思い入れがあり、NIGOROメンバーとも長年交流のある編集者・池谷勇人氏(写真左)の司会のもと、イベントはなごやかに進行。楢村氏の自由度の高い発言に、会場は幾度となく笑いに包まれた。

会場で販売されていたオリジナルカレー。前作『LA-MULANA』の主人公・ルエミーザ・小杉教授の好物であることと、具材の野菜の形がシリーズおなじみの敵キャラ・コウモリであることが“通”向けのメニューだった。楢村氏は「ノリで作った設定なのに……」と困惑しつつも、まんざらでもない様子だった。

イベント終了後には、各種イベント用に制作したパネルやデッドストックのノベルティが来場者に抽選でプレゼントされた。大型パネルもそのまま持ち帰ってもらう……というイベント運営側の無茶ぶり(?)に、来場者たちは妙な緊張感を強いられた。

 イベントは全3部構成。第1部“History of NIGORO”では、NIGOROの前身となるゲーム制作サークル“GR3 Project”から現在までの軌跡、第2部“Secret of LA-MULANA”では、前作『LA-MULANA』の開発秘話が紹介された。実機プレイを含めた『LA-MULANA 2』の最新情報満載の第3部“Making of LA-MULANA 2”では、最後に公開されたPVでPC版リリース日が初公開され、会場は大いに盛り上がった。

第1部 History of NIGORO

NIGOROのメンバーが集結するきっかけとなった、楢村氏がかつて運営していたMSX(1983~1990年代初頭に規格準拠ハードが生産されたホビーパソコン)のファンサイトで、データ公開されていたゲームの起動映像。某有名ゲームの"なんちゃってパロディー版”である本作は、楢村氏がMSX2用アクションRPGコンストラクションツール『Dante2』で作りあげたもの。本作のクオリティの高さ(と溢れ出るMSX愛)が、彼らが本格的なゲーム制作に乗り出す“説得力”となった。

NIGOROの前身となる同人ゲームサークル“GR3 Project”の記念すべき1作目『GR3』。「某人気MSXゲームの続編が出たとしたら?」というコンセプトで制作されたPC用シューティングゲームで、高難度と大幅に盛り込まれたギミック、そして絶妙に再現された“MSXゲームっぽさ”が当時のネットユーザー間で話題となり、楢村氏のサイトのアクセスが一気に跳ね上がったという。

GR3 Project“終了記念”のゲームのひとつとして企画されたが未完成に終わった『MSX王国』のコンセプトアート。ゲームが進むごとに、グラフィックの使用色や質感が、MSXゲームが辿った歴史に準拠する形で進化していく……というゲームデザインで、最終ステージはついぞ発表されることのなかった幻ハード“MSX3”のスペックを想定したグラフィックを表現するつもりだったとのこと。

2007年にアスタリズムのゲーム開発部門“NIGORO”として再出発したメンバーは、当初は無料プレイのFlashゲームを中心に制作。2011年リリースのWiiウェア版『LA-MULANA』、そして今回の『LA-MULANA 2』に繋がるノウハウを蓄積していった。年々遊べる環境が狭まっていく、自社開発のFlashゲームに対して「遊べる環境は残したい」(楢村氏)と言いつつも、移植作業を自分たちで手掛けることについては消極的だった。

第2部 Secret of LA-MULANA

GR3 Projectの第2弾として制作が始まったフリーウェア版『LA-MULANA』。多くのMSXユーザーが名作として挙げるアクションアドベンチャーゲーム『魔城伝説II ガリウスの迷宮』(1987年/コナミ)をオマージュしつつ、独自の舞台設定やキャラクターを構築していった。主人公キャラのクセのある滞空制御や、ジャンプキャンセルといった一見無意味なアクションは、『ガリウスの迷宮』リスペクトの一環。

楢村氏が制作した『LA-MULANA』のプロトタイプ版の画面。この時点では画面構成がシンプルで、マップ構造もリニア(直線的)だったため、『ガリウスの迷宮』のような“迷宮感”は出ていなかった。これを見た蛯原氏が迷宮の何たるかを教え諭したことで、楢村氏の“無慈悲なトラップ職人”としての才能が開花したのは間違いない。

とくに謎解きが難しいとされる“迷いの門”ステージを担当した蛯原氏は、当初は「どうやったらプレイヤーが悩んで進めなくなるかばかり考えていた」が、それだけではおもしろくないと3フェーズ構成に変更したとのこと。鮫島氏は、ステージボス戦のバランス調整について「初見、2回目は死んでもらう。3回目くらいで勝てたら嬉しいよねという調整にしました」とコメントした。ふたりの発言を受けて楢村氏は「僕がこのゲームを難しくしている張本人って思われていますけど、そんなことないですからね!」と念押しした。

Wii ウェア版リリース時にみずから作った『LA-MULANA』攻略本。原色バリバリのイケてないデザインや雑な文章など、1980年代中盤~1990年代中盤ごろのコンシューマゲームの攻略本っぽさがこれでもかと再現されている。加えて、ページの折れ目や裏ページの透け具合といった“ユーザー目線の質感”もデザインとして再現していたりと、当時のゲーム・カルチャーへの並々ならぬリスペクト精神がうかがえた。

第3部 Making of LA-MULANA 2

第3部からは、『LA-MULANA2』でグラフィック補佐とUIまわりのデザインを担当したNIGORO新加入メンバー・中川啓己氏もトークに参加。もともと『LAーMULANA』のファンで、『LA-MULANA 2』のクラウドファンディングのバッカーでもあった中川氏は、NIGORO加入のために、それまで勤めていた会社を辞めたという。メンバー唯一のゲーム業界経験者にして経験豊富なベテランクリエイターとのことで、今後のチーム内での立ち回りが興味深い。

楢村氏がみずから『LA-MULANA 2』の最序盤をプレイ。しかも、前作から流れた歳月による状況変化をおもしろおかしく解説しながら……という、ファンにとっては貴重な時間となった。

インディーデベロッパーのサイクルの“節目”を実感したイベント

 PC版の開発が終わり、間近に迫ったリリースを待つタイミングでのイベントということもあり、NIGOROメンバーたちが一様にリラックスしたムードを漂わせていた、今回のイベント。「これが本当におもしろいのか疑心暗鬼になっている節もありますが、しばらくは『LA-MULANA 2』に付き合って、つぎに何をするかというところから考えていきたいです」(楢村氏)、「今回は“暫定完成版”のイメージ。コンソール移植版ではまた修正を入れたくなると思います」(鮫島氏)、「(『LA-MULANA 2』は前作よりも)アクション系操作の自由度が増していて、古臭さがなくなったかなと」(蛯原氏)、「ゲームをリリースすのは個人的には18年ぶり。謎を解いた気にさせられるのではなく本当にプレイヤーが謎を解くゲームになっているので楽しんでください」(中川氏)と、それぞれの最後のひとことコメントからも、長期にわたる開発期間にひとつの区切りがついた実感が感じられた。

 驚いたのは、蛯原氏がNIGOROのメインプログラマーを務めるのは今作が最後、という発表。氏の地元での仕事の関係上、フルタイムで参加するのが難しくなった……ということで、完全な脱退ではないようだが、「いままでみたいにこのふたり(楢村氏、鮫島氏)には物を言えなくなりますね」と、蛯原氏は少し残念そうに語った。

 メンバー全員が好きな古き良きハード(MSX)の再現にとどまらず、「もしもゲーム業界が3Dグラフィックの洗礼を受けず、2Dドット絵が廃れることなく進化し続けていったとしたら?」という基本コンセプトのもと、インディーならではの挑戦心でもってさまざまなゲームを作り続けてきたNIGORO。約5年越しの大作『LA-MULANA 2』のリリースとともに発表された主要メンバーの交代劇によって、彼らのゲーム制作にどのような変化が起きるのか……という新たな楽しみの可能性が垣間見えたという意味でも、意義深いイベントだった。