Chapter01 いま、Microsoft HoloLensがアツい!

 この業界に身を置いている者にしてみれば、誰しもひとつやふたつは大なり小なり気になって追いかけているトピックがあるものだ。“気になるネタ”とでもいうのであろうか。記者にとって、そのうちのひとつがMicrosoft HoloLensにあたる。ご存じマイクロソフトが開発するMR(Mixed Reality)のデバイスだ。現実の風景などに仮想の映像を重ね合わせてコンテンツを表現する“複合現実”を実現するMicrosoft HoloLensは、2015年の正式発表以降、大きな注目を集めてきた。

 最近、そんなMicrosoft HoloLensの周辺が賑やかになってきているようだ。Microsoft HoloLensを活用しての初の野外アトラクションイベント“Godzilla Nights”が発表されたり(5月下旬開始予定)、海洋産業の未来を見据えてMicrosoft HoloLensが使用されたりと、エンターテインメント業界からIT企業まで、幅広く興味を保たれているとの印象だ。時代がMicrosoft HoloLensに追いついてきたというか、法人用途での提供を始めてから1年あまり、徐々に具体的な使用例が出てくるタイミングに重なったということのようだ。

Microsoft HoloLensをゲームに使った“ナンジャタウン×MRプロジェクト”のキーパーソンに聞く、「子どものころの夢を実現してくれるのがMR(複合現実)」_01
『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』。残念ながらサービスは終了しております。復活を期待したい。

 製造業や医療、教育など、幅広い分野で活用されているMicrosoft HoloLensだが、ゲームとしてはあまり使われていない。MRとゲームの相性があまりよくないせいなのか……。そんな数少ないMicrosoft HoloLensのゲームでの使用事例が、“ナンジャタウン×MRプロジェクト”と銘打たれて期間限定で展開されていた『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』と『PAC IN TOWN(パックインタウン)』だ。言うまでもないが、ナンジャタウンはナムコが運営するテーマパークで、今回のアトラクションはMicrosoft HoloLensを国内のテーマパークに使用した初めてのケースになるという。

 今回、ナムコさんにわがままを言って『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』と『PAC IN TOWN(パックインタウン)』を体験することができたので、まずはそのプレイインプレッションからお届けしよう。なお、期間限定で提供されていた両アトラクションだが、『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』は残念ながらサービスが終了しており、『PAC IN TOWN(パックインタウン)』は2018年5月6日までの開催となっている。

Chapter02 『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』に見るMicrosoft HoloLensのゲームとしての用途の可能性

 『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』のベースになっているのは、1996年から稼動する人気アトラクション『爆裂!蚊取り大作戦』だ。眼の前に迫ってくる蚊を退治していくというライド系のアトラクションが、Microsoft HoloLensでさらに進化。アトラクションの参加者は“香取害虫駆除会社”の社員として、猛威を振るうアマゾン蚊を駆除していくことになる。

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 凶暴に進化したアマゾン蚊は人の目では見ることができず、捕捉するには特別な機会が必要(つまりMicrosoft HoloLens)。さらに、頼りになるのは巨大なグローブを叩くことで発生させる“衝撃波”のみ。ということで、プレイヤーはMicrosoft HoloLensとグローブを装着して、蚊取り線香型ライドで福袋商店街を巡回することになる。

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 ライドが動くと随所にアマゾン蚊が出現することになるわけだが、Microsoft HoloLens越しに飛び込んでくる蚊がとにかく迫力満点(眼の前に出現するんだから当たりまえか)。叩くグローブにも力が籠もる。施設(現実)とアマゾン蚊(バーチャル)の組み合わせは親和性が高く、まさに“複合現実”といった感じ。なんとも楽しいひとときを満喫させていただいたのでした。

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Chapter03 “リアル・パックマン・アトラクション『PAC IN TOWN(パックインタウン)』”は楽しい

 もうひとつのアトラクション、“リアル・パックマン・アトラクション『PAC IN TOWN(パックインタウン)』”は、Microsoft HoloLensで実現した等身大の迷路で、『パックマン』を楽しめるというもの。3人までの協力プレイが可能で、制限時間内に5つのステージですべてのクッキーを食べるとステージクリアーとなる。ゴーストが出現するとついつい気持ちが急くのは『パックマン』だが、MRだと焦りも倍増。自分がパックマンになる感覚は何とも楽しくて、まさに“リアル・パックマン”。この『PAC IN TOWN(パックインタウン)』”は、もともとオーストリアのアートイベント、アルスエレクトロニカフェスティバル用に開発していたものを、ナンジャタウンのアトラクションとしてアレンジしたものだ。

 ちなみに、『PAC IN TOWN(パックインタウン)』”には、デジタルな迷路とパックマンをリアルなプレイヤーと合成するため、人の位置の測定にKinect センサーが使われている。ご存じの通り、Microsoft HoloLensにはKinectのテクノロジーが応用されているので、言っていれば、兄弟競演みたいなものか。

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端から見ていると、おっさんがふらふらしているようにしか見えないかもしれないが、MR空間ではちゃんと見えているんです!
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Kinectも使われていたり……。

Chapter04 キーパーソンに“ナンジャタウン×MRプロジェクト”経緯を聞く

 最後に両アトラクションを開発したナムコ森嶋伸幸氏とバンダイナムコスタジオ 本山博文氏に、Microsoft HoloLens導入の経緯やアトラクション開発にあたってのご苦労などを聞いた。ちなみに記者がおふたりに取材をさせていただいたのは2月下旬。その後、記者がすっかり記事作成を怠けているうちに、3月下旬に開催されたGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2018での本山氏の講演などもあり、“ナンジャタウン×MRプロジェクト”に対する注目度も相当高まっているようだ。おふたりには興味深いお話をうかがうことができた。

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ナムコ 森嶋伸幸氏(文中は森嶋)写真右
バンダイナムコスタジオ 本山博文氏(文中は本山)写真左

グループ会社だからこそなし得た、Microsoft HoloLensのプロジェクト

――まずは、今回のアトラクション導入の経緯をお聞かせください。

森嶋 今回のMRプロジェクトは、バンダイナムコスタジオとナムコが共同で展開しています。会社としては、ナムコは施設営業を業務としていて、テーマパークやゲームセンターの運営を中心に展開しています。一方のバンダイナムコスタジオは、ゲームの開発や技術研究を中心に取り組んでいます。それが、ちょうど一昨年の秋くらいに、「MRを施設運営に活かして、何か新しいことができないか」ということで、バンダイナムコグループでいろいろとワークショップを続けていったというのが、経緯になります。バンダイナムコスタジオでは、Microsoft HoloLensがリリースされたときから研究はスタートしていて、さまざまな知見を得ていたので、それを活かして、「こんなことができるんじゃないか?」というのが、ワークショップでは話し合われました。

――バンダイナムコグループでは、VRのほかにMRのプロジェクトも走らせていたのですね。

森嶋 そうですね。VRは全面CGで展開されるのですが、ナンジャタウンのような環境をしっかりと作り込んでいるロケーションだと、全部をCGでかぶせてしまうのはもったいないというのがあるんです。“施設の作り込んだ風景を活かした形でエンターテイメントをやりたい”という発想があって、それはARであり、MRだろうというところでプロジェクトがスタートした形です。

――ナンジャタウンはMRと相性がいいということですね。では、どのような形でプロジェクトは進んでいったのですか?

森嶋 一週間に一回くらいのペースで話をして、「こういうことをしていきたい」という方針を出していきました。なかには絵空事みたいなアイデアもあったのですが、とにかく実現に向けて、一歩一歩ステップを踏んでいこうということで試行錯誤していきました。

本山 バンダイナムコスタジオで私が所属している部署は、新しい技術や新しいデバイスに対してすぐに手を挙げて研究するという部署でして、VRに関してもOculus RiftがKickstarterを始めたころから着目していました。Microsoft HoloLensは2015年1月に発表されたのですが、最初期の段階から、「これは行ける!」と思い定めて、いろいろと研究を重ねていたんですね。研究を進める上で、非常によいデバイスだということでグループ内でいろいろと宣伝をしまして、ナムコといっしょに「MRのプロジェクトを始動させましょう」ということで、ワークショップが始まったんです。

――そこでスタートしたのが、『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』のプロジェクトだったんですね?

本山 そうですね。2016年秋のワークショップの結果、2017年のサービスインを目標にして開発していきましょうという話になって、『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』のプロジェクトを最初に進めていたのですが、途中でいろいろな事情がありまして……。そんな折に2017年9月にオーストリアで開催される“アルスエレクトロニカフェスティバル”というアートのイベントで、バンダイナムコグループならではの切り口で、新しい『パックマン』の未来を創造するという取り組みの一環として、Microsoft HoloLensを使った『パックマン』のコンテンツを開発することになったんです。それが、『PAC IN TOWN(パックインタウン)』ですね。同作には、当時開発中だった『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』のノウハウも注ぎ込まれていて、比較的短期間でアートイベントで運営できるプロトタイプを作ることができました。実質作業は1ヵ月くらいです。

――MRはそんなに短期間で作れるのですか?

本山 まあ、2015年からずっと研究は続けており、当時開発中だった『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』のノウハウも多く注ぎ込まれていますので可能でした。新しいエンターテインメントを実現するという高いモチベーションでプログラマー、アーチストも気合が入っていました。あと、VRと違ってMRというのは現実世界の中にキャラクターが出てきたりするので、作るデータもそこまで多くはないんです。VRは世界を全部作らないといけないのですが、MRだと一部で済む。たとえば『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』だと、蚊やエフェクトのデータがメインですし、『PAC IN TOWN(パックインタウン)』の場合はもともとある『パックマン』の資産をベースにしました。そういう意味では、いままでのゲーム開発に比べて、MRは比較的短い期間での開発が可能かもしれません。ただ、新しいテクノロジーなので、現実の環境に合わせたりするとか、技術的な試みは大変です。従来のゲーム開発でとても時間のかかるところは意外と圧縮されてはいますね。

森嶋 一方で、いわゆる“枯れた技術”というのも使っているんですよ。たとえば、『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』では、事前に地形をデータとして読み込んでおいて、それにしたがって蚊の位置を配置して……ということと、もともとMicrosoft HoloLensに付いているリアルタイムで位置を認識する機能を使いながらMRの蚊を出現させるという感じです。

――Microsoft HoloLensの開発を続けてきてのノウハウといったところですね。『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』の手に装着するグローブも、Microsoft HoloLensにはないものですよね?

本山 あれは私たちのほうで、加速度センサーを使って、それをMicrosoft HoloLensと通信する仕組みを新たに作っています。実際のところ、Microsoft HoloLensは現実の環境をすべてスキャンするんですが、『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』のような長いライドだと、すべての地形をリアルタイムで認識するのは難しかったりするんです。それを、これまでよく使われているマーカーを使うといった技術で補いながら、作り上げたといったところですね。

森嶋 Microsoft HoloLensでリアルタイムに地形を読んで何かをするといった類のものは、現時点だと着けている人はその場からあまり動かないというコンテンツがほとんどです。『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』の場合は、ライドに乗って動くので、そのスピードで地形を認識して処理していくのは間に合わない。補っていかないと、どんどんずれていくんです。

本山 一方、『PAC IN TOWN(パックインタウン)』のほうは、毎回スキャンをする必要がなくて、一回マーカーを読み取ると、その世界に8x8メートルをカバーするフィールドがあって、プレイ中はずれることが少ないわけです。

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――Microsoft HoloLensという最新テクノロジーがあって、『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』という企画が持ち上がって、それを実現するために、さまざまな技術やノウハウをハイブリッドで盛り込んでいったのですね。

森嶋 そうですね。ふつうのテーマパークや遊園地だと、できあがっているアトラクションを導入するというケースが多いと思うのですが、「実験しながらアトラクションを作っていこう」というのは、なかなかふつうのところではできないと思うんです。でも、ナムコはグループに開発会社があって、“実験しながら作る”ことをわりと許容する環境だったりするので、「どうなるかわからないけど、いっしょに試しながら開発していこう!」という雰囲気で開発できる。そこは、ほかとは違うのかなと。

――なるほど……。実験しながら作るという文化があるからこそ、Microsoft HoloLens用のアトラクションが開発し得たということなのか。

森嶋 たぶん、私たちと同じやりかたをほかのパークに持ち込んでもできないと思います。どうなるか分からないものを悠長にやっていられないですから。でも私たちの関係性なら、それができる。だから、本当にどうなるか分からない中でスタートしたプロジェクトでも、なんとか着地できているという感じです。

本山 まあ、いろいろな解決方法はあるんですけど、ナンジャタウンさんにちょっとご無理を言って夜10時に「営業が終わった後に試させてください」とか、「朝早めに来ますので、チェックさせてください」といったことが、お願いしやすい関係になっているんです。とにかくいろんなご協力をいただいています。

森嶋 たとえば、“ここは技術的にはできるんだけど、ものすごくハードルが高くてお金がかかる”というところがあったとして、係員の人になんとか運営でやりくりしてもらうということもできるんです。それは、システムを“商品”として導入してもらったら、ぜんぜん許されることではないですよね。そこは、お互いにできるところとできないところをシェアしながらやっていけるという。実際この手のアトラクションを導入するときは、事前にいろいろな検証を綿密にして、開発会社としても精度よく作り込まないと稼動できないと思うのですが、私たちの場合は、「そこは運営側でカバーするので大丈夫です」という、ある意味でフレキシブルな対応ができるんです。

本山 『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』にしても、運営面で大いに助けられています。初期の企画検討段階では、当初Microsoft HoloLensを装着したあとですぐにライドに乗っていたので、ちゃんと映っているのか、しっかりとゲームができているのか、わからないままにプレイを始める……ということになってしまい、プレイ開始時に相当バタつく懸念がある、といった課題がありました。その点に関してナムコの運営サイドから、「まず街歩きをして、そこで練習をしていただいて、動作確認してからライドに乗ればスムーズに進められるのでは」とのアドバイスをいただいたんですね。Microsoft HoloLensという技術と運営側のいろいろなアイデアを融合させることで、『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』でスムーズなサービスが実現できました。

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『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』では、最初に街歩きをして、Microsoft HoloLensの動作を確認していた。

MRは複数人で体験してこそ楽しい

――Microsoft HoloLensのプロジェクトが動き始めて、いろいろと試行錯誤されたとのことですが、その一端を教えてください。

本山 プロジェクトが始まる前の段階から、Microsoft HoloLensの長所と弱点はすでに把握していました。長所は“体験する人がお互いを実際に見ることができて、酔うことなく複数人でいっしょに体験できること”。短所は視界ですね。視界が狭いので、『PAC IN TOWN(パックインタウン)』でも微妙に遊びづらかったかもしれないのですが、迷路も全部見ることができなくて、環境を完全にこの中に生成するのは非常に難しいという弱点があります。そのことはすでにわかっていたので、『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』の企画にゴーサインがでたのは、蚊が小さいので、狭い視界の中に収められるのではないか、との判断がありました。そのうえで、お客さんに蚊を探してもらいながら、視線を向かわせるようにするといった、ゲーム上での工夫をしています。

――Microsoft HoloLensの弱点を補うということですね。

本山 『PAC IN TOWN(パックインタウン)』のほうは、もともとオリジナルの『パックマン』が2Dゲームとしてゲームが完成しているので、これをそのままの目線でMicrosoft HoloLensに持ってくると、すべてのゲーム要素は視界の中で、ゴースト、クッキー、パワークッキーを同じ高さに入れられるんです。マップ上で視界から外れるところは、“こちらは探さなくていいよ”という形でゲーム中に提示することで、弱点を潰していきました。プレイヤーが困らないように想定して、設計も運営も持っていったのは大きかったですね。

森嶋 MRで現実空間にホログラムが出るとなると、どうしてもものすごいものを想像してしまうじゃないですか。でも、最初から限界がわかっていたので、その中で違和感なくできるように、説得性を持った形で狭い視野でも楽しんでもらえるように……というのは考えました。

本山 そこも、ナムコさんのアトラクションにおけるゲームの設計というものをお聞きして、開発しています。“メガネ”をかけることで蚊が見えるようになるという理由付けであったり、枠を作ることによって、その枠内で蚊が出るから探すんだよということを理解してもらうようにしたりとか。

森嶋 双眼鏡を利用しながら探すというのと同じことで、「ここの中で見つけてほしい」というふうにすると、狭い視界でずっと見ていてもあまり気にならないんですよね。Microsoft HoloLensをつけることによって、本来は見えない蚊が見えるようになるという設定で、Microsoft HoloLensを付けることの理由付けにもなりますし、視界から外れて見えなくなっても、それはそれで説得力があるという。

――『PAC IN TOWN(パックインタウン)』は3人プレイですが、“3人”ということに何か理由があるのですか?

本山 タイトルが『PAC IN TOWN(パックインタウン)』とあるように、コンセプトは“街の中で『パックマン』をしよう”というゲームです。1980年に『パックマン』が出てからアメリカでも爆発的にヒットして、みんな街の中で『パックマン』ごっことかをやっていたんですよ。『パックマン』のコスプレをして、ニューヨークの街角で追いかけっこをしたりとか……。Microsoft HoloLensなら、実物大のサイズで“『パックマン』ごっこ”ができるかなと思ったんです。「3人と言わず、100人、200人でこれを着けて遊ぼうよ!」ということで(笑)。そのコンセプトをキープしながらアートイベントで運営できるように磨きに磨いて、3人にしたんですね。

――テクノロジー的に3人が限界というわけではないんですか。

本山 ぜんぜんないです。Microsoft HoloLensはWindows 10を搭載しているスタンドアローンのPCの一種なので、技術的には何台でも接続可能なんです。実際のところ、日本でもMicrosoft HoloLens を50台以上つないでいっしょに体験を共有された他社の事例もありますし。そもそもMRは、ひとりで遊ぶよりも、みんなで楽しむほうが向いているんです。

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MRを使う領域をもっと広げていきたい

――たしかに、MRは複数で楽しむのに向いていそうですね。ナンジャタウンで、MRのアトラクションが導入されてからの反響はいかがですか?

森嶋 『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』は、もともとはナンジャタウンがオープンしてからずっとある、『爆裂!蚊取り大作戦』というアトラクションがベースになっているのですが、“新しい試み”ということで、すごく喜んでもらっています。プレイしていただいた方には、満足していただいています。土日は整理券対応になっていましたね。見慣れている空間の中で、ゲーム的なことができるというのがとても楽しいようで……。私たちのような立場からすると、VRやMRってある程度慣れているじゃないですか。でも、一般の方からするとMRもMicrosoft HoloLensも珍しいようで、そういう体験というのは、すごくおもしろいものとして映っているんだろうなというのは、端から見ていて強く感じます。もちろん、直接「すごくおもしろかったです」という言葉をいただくことも多いですよ。

――『PAC IN TOWN(パックインタウン)』も、友だち3人で楽しんでハイタッチをしたり、ギャラリーがたくさん集まったりすると、さきほど広報さんに聞きました。

本山 ヘッドセットを通して現実世界にパックマンの世界が見えた瞬間にスッとゲームの世界に入っていって、プレイヤー自身が体を動かすことで、世界と一体になるような感覚があるようです。

森嶋 慣れている景色なので、余計に“中に入っている”という感じがするんですよ。作り物だと、どうしても客観的に見てしまうというのがあると思うのですが、さっきまで見ていた風景の中にモンスターが現れると“踏み込んだ”感じがお客様の中にあるんだろうなあと。

――VRは没入感と言いますが、MRはそれとは違った楽しさがあるということですね。

本山 “いっしょに遊ぶ”ということの力はすごく大きいと思います。『PAC IN TOWN(パックインタウン)』は、みんなで200ドットを集めることを目標にしていて、誰かひとりが勝つというゲームにはしていないんですよ。それにはちゃんと理由があって、ひとりで独立して遊んでしまうと、共有されないんです。やぱり、ひとつの目的に対してみんなで力を合わせて取り組むからこそ盛り上がる。

――ナンジャタウンのMRの取り組みでは、今後どのようなことを考えていますか?

森嶋 これは個人的な意見になるのかもしれませんが、今回展開した『一網打尽!蚊取りパッチン!大作戦』と『PAC IN TOWN(パックインタウン)』は、どちらかと言うと閉じられた空間でのアトラクションなんですね。それをもう少し広げたいとは思っています。ナンジャタウン全体を使って展開するとか。技術的にはぜんぜん簡単だと思うんですね。宝探しをしたり、出現したモンスターと戦ったりと、“RPGの実際に歩き回る版”みたいなものは、そんなに難しくなくできるんだろうなと思っています。

――それは相当スケールが大きいですね。

森嶋 さらに言えば、たとえばナンジャタウン自体も飛び出して、サンシャインシティ全体を使って……みたいなこともできると考えています。MRは、私たちが夢として、「こんなことができたらいいな」と思っていたことの、わりとけっこうなことができるんだろうなと思っています。つまり、私たちに期待されていることは、皆さんが子どものころに「こんなことができたらいいな」と思っていたことを、「これですよね?」と提示することが求められていることなのかなと。

――MRは子どものころの夢を実現してくれて、それをかなえてくれるのがクリエイターということですか? 夢のある話ですね。

森嶋 私たちも、できるだけ子どものころの無邪気な気持ちのままでいて(笑)、夢の実現を提示し続けていきたいです。いろいろと技術的な課題もあるかと思うのですが……。ですので、MRを使う領域はもっと広げていきたい。そのための実験でもあるんです。限られた空間である程度すべてがわかっている中で、どういう問題が起こるのか。オペレーションするときは何に気をつけなくてはいけないのか。街を歩くときはどんなことに気をつけなくてはいけないのか。そんな知見を集めて広げていくというステップになるのかなと思います。

――本山さんのような技術者としても腕が鳴りそうですね。

本山 技術者としても、非常に大歓迎ですね。1980年に『パックマン』が生まれたときに、みなさんが街でやっていたことが、Microsoft HoloLensでできるようになったということだし、コンセプトとしてどんどん広げていきたいです。

――まあ、テーマパークが広がるという感じですかね。

森嶋 そうですね。見るものが全部楽しければ、楽しいじゃないですか。“その場所に行かないといけない”ということではなくて、見るものがすべて楽しいものになっていければいいなと思います。MRなら、それができるんですよね。“複合現実”によって、見慣れものがおもしろいものとして映ると、ふだん見えている景色も変わってくる。そんな体験をすると、また違った発想が生まれて、それが私たちにフィードバックされて……という、よいスパイラルが生まれていってほしいという期待はあります。

本山 Microsoft HoloLensを着けることによって新しい世界が生まれて、そこで新しいコミュニケーションが生まれるんじゃないか……という期待はありますね。

――現時点で“ナンジャタウン×MRプロジェクト”の第3弾、第4弾は考えているのですか?

森嶋 具体的には決まってないのですが、やるつもりです。今後の展開にご期待ください。

※株式会社ナムコと株式会社バンダイナムコエンターテインメントのアミューズメント機器事業部門は2018年4月1日より株式会社バンダイナムコアミューズメントとしてスタートしました。