プレイステーション VR専用プラネタリウムソフト『ホームスターVR for PlayStation VR』の配信を記念して、プラネタリウムクリエーター・大平貴之氏とSIE ワールドワイド・スタジオ プレジデント吉田修平氏との対談を実施。プラネタリウムとVRについて互いが持つ疑問点や興味、そして両者の融合、さらにはVRの未来についてまで、幅広く語ってもらった。

 2017年12月20日より、プレイステーション VR(以下、PS VR)専用プラネタリウムソフト『ホームスターVR for PlayStation VR』の配信が開始された。発売元は株式会社ポケット。
 本作は、セガトイズから販売されている家庭用プラネタリウム『ホームスター』と同じく、プラネタリウム・クリエーター・大平貴之氏が監修している。大平氏は業務用プラネタリウム『MEGASTAR(メガスター)』シリーズも手掛けるプラネタリウムの第一人者で、『ホームスター』は世界で初めて発売された家庭用光学式プラネタリウムだ。ゲーム業界以外の分野で活躍するクリエイターは、VRについてどのように考えているのか? 気になっていたところ、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE) ワールドワイド・スタジオ プレジデント吉田修平氏との対談が実現。プラネタリウムとVRについて互いが持つ疑問点や興味、そして両者の融合、さらにはVRの未来についてまで、幅広く語ってもらった。

『ホームスターVR for PlayStation VR』公式サイト

吉田修平(よしだしゅうへい)

(文中は吉田) ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ プレジデント。

大平貴之(おおひらたかゆき)

(文中は大平) プラネタリウム・クリエーター。有限会社大平技研 代表取締役。文部科学大臣表彰・科学技術賞受賞。

ソニー勤務時代から個人的にプラネタリウム製作に没頭

吉田 大平さんは以前、ソニーに勤めていたんですよね。何年ごろまでいらっしゃったんですか?

大平 私は1996年に入社して、2003年までです。

吉田 そうでしたか。私は2000年にアメリカのほうに移っているんです。ですので、日本でいっしょだった時期としては、1996年から2000年になりますね。私は1996年には青山一丁目のオフィスにいたんですよ。大平さんは、そのころは五反田のオフィスですか?

大平 私は生技(生産技術部門)に入って、1年目は本社にいました。それから……あの、“羽田TEC”ってご存知ですか?

吉田 羽田TECですか? いやぁ、わからないです。

大平 そういうオフィスがあったんです。ものすごく小さいんですよ(笑)。そこに生技の部隊ごと移動しまして。そこでしばらく、光ディスクのマスタリングの実験装置を作っていました。

吉田 そうだったんですか。光ディスクということは、プレイステーション2には関わっていらしたんですか?

大平 直接は関わっていないのですが、当時は次世代の光ディスク……いまだから言いますと、ブルーレイなどですね。それの実験装置を作っていました。それがプレイステーションに遠く関わっていたと言えば、そう言えるでしょうね。

吉田 なるほど。

大平 それで、ちょうど2000年ごろに、仕事とは別に自宅のほうで趣味として作っていたプラネタリウムに、少し芽が出てきまして。「大平、おまえすごいものを作ってるな。それをソニーの中でやらないか」という話になったんです。そこから2年間ほど、社内でプラネタリウムを商品にしようという活動を行っていました。

吉田 それは家庭用の小さいものを?

大平 家庭用よりは大きくて、40センチ四方くらいはありました。当時は家庭用に、というよりも、とにかく当時の科学館にあったプラネタリウムをしのぐものを自分で作りたいと思っていたんですね。それを教育施設などに売り込めるかなと考えていまして、海外の学会で発表したりもしていました。じつはそのころ、ソニーでの光ディスクの仕事がひと段落つき、チームも解散しまして、「いまが辞めどきかな」と考えていたんです。

吉田 そうだったんですか。

大平 それで、当時の上司に相談したんです。そうしたら、「辞めて何するの?」と聞かれまして。そこでプラネタリウムのことを話したところ、「それをソニーでやろうよ」ということになったんですね。そこで本社に話を持っていったら、当時の経営陣がみなさん興味を持たれて。大賀さんとか出井さんとか安藤さんとか森尾さんとか、みなさんが集まって社内で上映会を開いたんです。その結果、「やろう」となって組織を作りまして、しばらくソニー社内で活動することになったという流れです。それが2000年の秋ごろからですね。その後、結局は私がソニーを離れて独立することになるのですが。

吉田 その後いろいろな過程を経て、セガトイズさんから『ホームスター』となって発売されたんですね。最初の発売はいつごろだったのですか?

大平 2005年です。ソニーを離れて2年後ですね。

吉田 かなりトントン拍子に進みましたね。

大平 そうですね。ソニーを退社した直後に、当時のセガトイズの担当の方から「家庭用のプラネタリウムを作りたいんだけど」というメールが届きまして。紆余曲折はありましたが、2005年に発売されました。ものすごい反響があって、びっくりしましたね。プラネタリウムは、科学館などにある業務用が1台あたり何億円もします。『ホームスター』は、もちろんそんな高額なものではありませんでしたが、そんなにたくさん売れるものではないという認識だったんです。「好きな人は買うだろうけど、そんなに売れるかなあ」と思っていました。

吉田 ほかに同様の商品もありませんでしたからね。

大平 まったくなかったわけではないのです。けれど、当時の家庭用のプラネタリウムはあまり鮮明に星が見えなくて、あまり知られてもいなくて、細々と売られているような状態でした。そんな中に『ホームスター』を投入したところ、かなりの話題になって、Amazonの売上ランキングでも何週か連続1位になったりしました。

吉田 セガトイズさんのプロデューサーとしての視点も優れていたんでしょうね。

大平 いま思うとそうですね。

吉田 じつは我が家にもあるんですよ。私は2008年に日本に帰ってきまして、そのころ双子の娘が3歳くらいだったのですが、ある日家に帰ったら『ホームスター』が置いてあったんです。それで、妻に「これは何?」と聞いたら「プラネタリウムだ」と。そこで、8畳間くらいの部屋で親子4人、川の字に寝て上映会をしました(笑)。

大平 ああ、理想の家庭ですね(笑)。

吉田 我が家では電機製品はたいてい私が買うのですが、珍しく妻が独断で買っていましたね。

大平 意外なほど興味を持たれる方が多かったんです。「部屋で星を見たい」というニーズがそれだけあることに、私も驚かされました。

吉田 ユーザー層は、どのような分布なのですか? 星が好きな人が多いのか、我が家のように子供に見せたいという人なのか……。

大平 いちばん最初に購入されたのは星が好きな方だったのですが、その後、いわゆる天文ファン以外の方にも一気に広がり、累計で100万台以上も売れました。『ホームスター』の販売台数は、私の想像をはるかに超えましたし、おそらくセガトイズさんも想像していなかったと思います。

吉田 これからも、どんどん新しいものが発売されていくんですか?

大平 はい。ほかのコンテンツとのコラボレーションですとか、お風呂の中で見られるといった、新しい体験を提供できるようなものを作っていきます。

吉田 『ホームスターVR』にあるような、コメンタリー機能やストーリーが楽しめるようなものも……?

大平 はい。ナレーションの音源を入れたりしているものはあります。まあ、『ホームスター』は基本的に、これまでアナログな方法で作ってきたのですが、これが突如としてVRで出ることになりました(笑)。