ゲーム好きのプロ棋士と将棋好きのゲームクリエイターが登壇

女流棋士・香川愛生さんとゲーム開発のプロとのコラボから生まれる将棋ゲームとは?【CEDEC 2017】_01
▲左から香川愛生氏(日本将棋連盟)、蛭田健司氏(モノビット)。

 2017年8月30日~9月1日の3日間、パシフィコ横浜にて開催されている、日本最大級のゲーム開発者向けカンファレンスCEDEC 2017。初日の30日に開催されたセッション“ゲームビジネスの可能性を広げる異業種コラボ! 双方の市場を拡大するためのノウハウ”には、ファミ通にてコラムを連載中で、“番長”の愛称でおなじみ、香川愛生女流三段も登壇した。ちなみに、香川氏のCEDECへの参加はこれで3年目。昨年までは聴講する側として、ゲーム開発について勉強していたそうだ。

 さて、このセッションは、将棋好きのゲームクリエイター・蛭田健司氏(モノビット 取締役CTO 事業戦略室長 エグゼクティブプロデューサー)が、ゲーム好きのプロ棋士である香川氏を迎え、異業種の専門家とのコラボレーションによるゲーム開発のノウハウを公開するというもの。現在、蛭田氏と香川氏は“ゲームと将棋の普及”という目標を掲げ、実際に将棋ゲームを企画中だという。香川氏はこのたび、モノビットのアドバイザーにも就任したとのことだ。

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異業種コラボに必要な基礎知識

 セッションの前半は、“異業種コラボに必要な基礎知識”というテーマで講演が行われた。蛭田氏は、一連のゲーム開発の流れのなかで、異業種の専門家に協力を仰ぐべき工程はおもにふたつ、と説明。スタートラインである“原案・事業性検討”時と、ファイナル版の一歩手前である“β版作成”段階であるという。

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 “原案・事業性検討”時には、専門家ならではのアイデアが期待できる。また、“β版作成”時には、よりユーザーに近い立場から、バランス調整へのアドバイスをもらうことができるというのがその理由。たとえば、プロ棋士の香川氏なら、イベントや指導などで全国の将棋ファンと接する機会も多く、実際のユーザーがどんな年齢層で、どんな楽しみかたをしているのかを把握しており、ゲームクリエイターに伝えることができるというワケだ。

 続いて“異業種コラボするにあたり、ゲームプロデューサーが異業種の専門家に伝えておいたほうがいいこと”を、蛭田氏が整理した。開発の工程やプロジェクトの体制、制作にかかる費用や時間といった知識は、ゲーム業界では当たり前のことだが、業界の外にいる人には知られていない。この辺を先に説明しておかないと、誤解が生まれたり、コミュニケーションがうまくいかなかったりすることがあるというのだ。たとえば、制作にかかる時間やスピード感を共有しておけば、専門家が「だいぶ前にアイデアを出したのにぜんぜん仕上がってこない、ちゃんとやってるのかな」と不安に思うのを避けることができる。

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 前半の最後に蛭田氏が強調したのは、「ゲーム開発者も、専門家にフィードバックができるくらいの、異業種の知識は必要」だということ。専門家が寄せた知見やアイデアに対し、開発者はフィードバックをしたり、さらなる改善案を出したりという、キャッチボールが必要になってくるからだ。もちろん、蛭田氏と香川氏、ふたりのあいだにはこの問題はないのだそう。

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ゲームクリエイターと女流棋士によるコラボ実例の紹介

 セッションの後半では、蛭田氏と香川氏によるコラボレーションの実例が紹介された。そもそも、蛭田氏と香川氏が出会ったのは約1年前。蛭田氏が所属していた、あるゲーム会社の将棋部へ、香川氏が指導に来たのがきっかけだった。ちょうど、将棋を題材とした映画『聖の青春』、『3月のライオン』制作のニュースや、電王戦でプロ棋士がコンピューター相手に苦戦する様子が話題になっていた時期で、「将棋ブームが来るよね」(蛭田氏)との読みもあって、ふたりは将棋ゲームについてのディスカッションを重ねることに。ちなみに、実際の開発は、「まだこれから」という段階だ。

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 まず、準備にあたり、ふたりが設定した目的が「初心者向きの将棋ゲームの作成を目指す」ということ。現在市販されている将棋ソフトのAIはとても強く、蛭田氏は「初心者はついていけない」と感じているのだとか。そこから、「将棋ゲーム普及のためには、AIの強さ以外の要素も必要」と考えるに至った。

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 つぎに行ったのは市場分析。『レジャー白書2016』によると、将棋の参加人口は530万人で、香川氏は「お子さんなどにまで調査対象を広げた競技人口は、およそ1000万人とお答えすることが多いです」と補足し、その潜在力の大きさをうかがわせた。さらに、『レジャー白書2016』で、将棋よりも参加人口が多いとされる麻雀(600万人)を参考に、「いままでにもっとも売れた麻雀ソフトは、ファミコンの『麻雀』で213万本。人口比率から考えると、将棋ソフトもマックスで190万本売れるキャパがある」と蛭田氏は分析した。

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 そして、香川氏によるアイデア出しもすでに始まっている。ひとつは“駒の動かしかたを覚える要素”だ。香川氏は「将棋界では、ファーストステップとして詰将棋がメジャーなんですけど、改めて見直すと難しいんですよね。駒の動かしかたをこれから覚えるという段階は最初の最初すぎて、これまでなかなかお手伝いができていなかったので、ゲームとして身近にあればいいんじゃないかと思って」と提案したとのこと。3歳児や外国人にも指導することがあるという、香川氏の体験を活かした発想だ。

 もうひとつ“継続して上達するための要素”として、チップを賭けるといったカジノゲーム的な要素をプラスすることも、香川氏は提案。蛭田氏は「詰将棋は上達のためにすごく大事だけれど、ずっとやり続けるのは試験勉強みたいで辛い。正解したらチップがたくさんもらえるという要素を加えることで、楽しく、継続して遊んでもらおうじゃないかという、プロのゲームクリエイター真っ青の発想をしていただいた」と絶賛していた。

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 やがてゲームが完成した際には、プロモーションを行うことになる。Twitterで約26000人のフォロワーを持ち、ファミ通チャンネル『香川愛生のゲーム番長』にも出演している香川氏は、「(SNSや動画配信は)コンテンツや私に対して興味がある方に見てもらっているなぁ、という実感がある」とのこと。蛭田氏もFacebookで業界人やファンとのつながりが多数あり、SNSでの発信により、将棋ファン、ゲームファンへのリーチはある程度想像できる。しかし、ふたりが目指しているのは、将棋もゲームもやったことのない人も楽しめる要素を採り入れた作品。通常のWebプロモーションなども行って、将棋ファン、ゲームファンの外側にいる、さらに広い層へもアプローチしたいと考えているという。

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 前半のセッションで触れたコミュニケーションについては、蛭田氏の著書である『ゲームクリエイターの仕事』(翔泳社)を香川氏が読み、ゲーム開発の業務を理解していたことも手伝って、スムーズなディスカッションが実現できたのだそうだ。

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異業種コラボの魅力は“読み合うこと”

 まとめとして、香川氏は、異業種コラボの魅力を「読み合うこと」と将棋の言葉を使って表現。「蛭田さん自身が将棋好きな方なので、プロの私にとっても、将棋ファンにとっても、心地よさそうなご提案ばかりだった。ディスカッションのときにお互いを、さらに、実際にその場にいないファンの方の気持ちまで読むことは大事で、価値があると思いました」と説明した。

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 そして蛭田氏は「ゲームは役に立たないからこそすばらしい」と発言。役に立つゆえ、多少使い勝手が悪くても使い続けなければならないツールと違い、ゲームは少しでも不快であれば遊ばれず、どんなにおもしろくてもそのうち飽きられてしまう。だから、究極の快適さを求めて進化し続けているし、飽きられないよう、つねに新しいものに挑戦し続けているというのだ。「ゲームのすばらしさを、自信を持って他業界に広げていきましょう」との蛭田氏のメッセージで、セッションは締めくくられた。

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