わくわくするような体験をもたらす『ゼルダの伝説』を提供するために……

 2017年2月27日~3月3日(現地時間)、アメリカ・サンフランシスコ モスコーニセンターにて、ゲームクリエイターの技術交流を目的とした世界最大規模のセッション、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2017が開催。GDC EXPOなども開幕し、いよいよ本番といった感じの会期3日目の3月1日に、GDC 2017注目セッションのひとつ、“Change and Constant: Breaking Conventions with 'The Legend of Zelda: Breath of the Wild'”が行われた。こちらは言うまでもなく、3月3日に発売を間近に控えた任天堂のNintendo Switch(ニンテンドースイッチ)、Wii Uソフト『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』にスポットをあてたセッションだ。当日は、ゲームディレクター 藤林秀麿氏、テクニカルディレクター 堂田卓宏氏、アートディレクター 滝澤智氏が登壇し、シリーズから“Change(変わった点)”と“Constant(変わらなかった点)”を切り口に、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』開発のポイントを語ってくれた。

 GDCでは密度の濃い内容の講演を行い、世界中のクリエイターから賞賛を集めている任天堂だが、本セッションも、そんな期待を遥かに上回る極めて充実した内容となった。ここでは、その模様をつぶさにリポートしていこう。

 さて、講演の冒頭では、“前フリ”として、3人の登壇者を『ゼルダの伝説』でおなじみの“トライフォース”の持ち主になぞらえて紹介。藤林秀麿氏は「どんな無茶でもスタッフの動揺を気にせず言ってみる“勇気”のトライフォース”を持つゲームディレクター」、 堂田卓宏氏は、「その無茶をチームプログラマーとかなえた“知恵”のトライフォースを持つテクニカルディレクター」、滝澤智氏は「それらのでこぼこしたものをチームデザイナーともに『ゼルダの伝説』の世界観に変換してみせた、魅せる“力”のトライフォースを持つアートディレクター 」と、それぞれ説明された。つまり、本講演は、これら3つのトライフォースが集まることで、いかに『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』が作り上げられたかを語ったセッションとなる。

▲左から藤林秀麿氏、堂田卓宏氏、滝澤智氏。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のキーパーソンにして、それぞれ類まれなトライフォースの持ち主。

プレイヤーのアクションxフィールドの“掛け算”で遊びに無限の可能性

▲藤林秀麿氏

 講演を開始するにあたって、なんでも言ってみる“勇気”のトライフォースを持つ藤林氏が開示したのが、1枚のゲーム画面。こちら、一見すると初代『ゼルダの伝説』のようにも見える2Dグラフィックだが、リンクが青かったりと、初代『ゼルダの伝説』とはちょっと違っていたりもする。藤林氏によると、この1枚の画面写真が、本講演のテーマである“変化と不変”を語るうえで重要になるという。

▲どこかなつかしい感じのする2Dのグラフィックだが……。
▲アタリマエのことを見直す。

 そんな伏線を貼りつつ、藤林氏は『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を開発するにあたって、「まずは新しい『ゼルダの伝説』で何をしたいかを思い描いた」と説明。そのうえで、“それを実現するために必要なことはどういうものか”を考えたという。そのキーワードになったのが、“原点回帰”と“アタリマエの見直し”。新しい『ゼルダの伝説』で藤林氏がいちばんにやりたかったのは「広いフィールドでユーザーが自由に遊べるようにする」こと。そして「フィールドを探索することで、わくわくする体験につぎつぎと出会い、それを自由な発想で攻略できるようにする」(藤林氏)ことだ。つまりそれは、“ユーザーがどこにいって何をするかを自分で考えるゲーム”となる。と、そこまで考えたときに、藤林氏の頭に浮かんだのが、初代『ゼルダの伝説』。自分の実現したいゲームを作るということは、取りも直さずまさに原点回帰ではないか、と藤林氏は思ったというのだ。

▲自由度の高い『ゼルダの伝説』が藤林氏の目標。右は初代『ゼルダの伝説』のマップだが、「フィールドを探索することで、わくわくする体験につぎつぎと出会い、それを自由な発想で攻略できるようにする」というのは、まさに初代で実現していたことだ、と藤林氏。

 ここで、藤林氏は今回の講演を準備するときに資料漁りをしていたときに見つけたという秘蔵のハイラルの地図を紹介。こちらは、数年前にアーティストが“ドキドキワクワクしてロマンに満ち溢れたハイラル”を具体化してみようと意図して制作したもので、実際にゲームに使用されたわけではないが、結果として奇しくも『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』に活かされることになったモチーフに近いものが、描かれていたようだ。とにもかくにも、ハイラルの大地にはロマンの材料がすべて揃っているということなのだろう。とはいえ、藤林氏が望んだ通りの“ユーザーが自由にハイラルを探索できるようにする”ことをかなえるためには、さまざまなハードルがあったという。

 たとえば、それは“決まった手順を踏んでいないとイベントを進められなかった”であったり、“作り手の都合で乗り越えられない壁”であったり、“攻略のために決められた体験をしてないと、ヒントやプレイ難度が適切にならなかった”といったことであったりする。さらには、「攻略情報がサイトにアップされて、すぐに分かってしまう問題もある」と藤林氏。上記のポイントは、すべて『ゼルダの伝説』のアタリマエであったという。“アタリマエを見直す”というのは、言葉にすると簡単そうだが、実際のところは苦労をともなうことは容易に推察できる。あまりにアタリマエなので、“これがアタリマエなのか?”という疑問も湧かないだろうからだ。そんな状況の中、『ゼルダの伝説』のアタリマエを検証していった藤林氏らの姿勢は、相当徹底していたのだと言えるだろう。こんな感じで“アタリマエを見直す”ことから開発はスタートしたわけだ。目指すところは、“受動的な遊びから、ユーザーがもっと能動的に楽しめる遊び”だ。

 では、能動的に遊べるゲームとは何だろうか? その解決のためのアプローチとして、藤林氏は壁を登れるようにしたのだという。ご存じの通り、『ゼルダの伝説』にとって、“壁”は"通行不可”を示す合図。つまりシリーズにとってはアタリマエの存在だ。そんな壁を実験的に登れるようにしたとき、それまで道の“囲い”として機能していた壁を“ルート”として選択肢のひとつに加えたとき、目に映る風景が、ユーザーに対して「お前はどこに進むのか?」と問いかけてくるように見えたというのだ。そのときに藤林氏は、「これが、今回の目指す方向性だ!」と直感したのだという。そして、壁を登っていって、実験フィールドの高い台地から眼下を見下ろしたときに、人がすることはひとつ。そう、飛び降りることだ。アイテムで空を滑空するアクションを取り入れたことで、登った後は好きなところに飛んでいける。これが、「新しい『ゼルダの伝説』に、とてつもない自由な発想をもたらす」と、藤林氏は感じたという。プレイヤーのアクションxフィールドの計算式により、移動ひとつとっても無限の遊びが生まれるという手応えをつかんだ藤林氏は、この“掛け算”こそが、自身の求めていたものの答えだと結論づける。

▲壁に登って高いところに行ったら、飛び降りたくなるのは人情というもの。まさに自然の法則と言えるだろう。違うか。

 ちなみに、『ゼルダの伝説』の謎解きは、誰もが多くの予備知識を必要としない自然現象や簡単な理科の知識をモチーフにしたものが多い。いままでは、これをひとつひとつのパズルを解くヒントとして使う作りかただった。ひとつひとつのパズルを構成するオブジェクトは、そのためだけに用意されているので、洗練させた遊びを実現できる反面で、かなりのリソースが必要になる。つまり、それだけ時間もコストもかかる。いわば、足し算とも言えるこの従来的な手法は、新しい『ゼルダの伝説』には適していないと藤林氏は判断。そこで、「このパズルの量産を掛け算にできないか」と発想したというのだ。プレイヤーのアクションと、それに反応するオブジェクト、そのオブジェクトどうしも影響し合うように作っておくことができれば、ユーザーがさらに能動的に遊んでくれるのではないかと、藤林氏は考えたという。

 そんな“掛け算の遊び”の仮説を検証するために、藤林氏はいちばん簡単な方法を採用。つまり、2Dのグラフィックに遊びのメカニズムを実装してみたのだ。それが、冒頭で紹介した2D『ゼルダの伝説』だったというわけ。“掛け算の遊び”を検証するための2D『ゼルダの伝説』は、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の立派なプロトタイプだったようだ。遊びの検証をするために、2Dでプロトタイプを作るというのは、興味深い。講演では、2D版での検証結果が、いかに『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』に反映されているかが紹介されたが、「シンプルにシチュエーションとゴールだけがあり、“到達できるか”というルールのみを存在させています。そこにプレイヤーの多彩なアクションや地形、オブジェクトが掛け算されたときに、多様な事象が発生し、ユーザーは自由に解法を生み出し、ゴールに到達するという能動的なゲームになり得ました」と、藤井氏は2D版の検証で得た手応を語ってくれた。このような実験を経つつ、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』では、変えるものと変えないものをジャッジしていったという。

“ゲーム物理”と“化学エンジン”で壮大な嘘をつく!

▲堂田卓宏氏

 つぎに登壇した“知恵のトライフォース”を持つ堂田卓宏氏の仕事となるのが、いかにこの掛け算の遊びをゲームに実装するかだ。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』では、技術チームも多くのアタリマエを見直したとのことだが、掛け算の遊びを実現する上で、堂田氏が突破口としたのが、“物理と化学”だという。なぜ、“物理と化学”なのかを、堂田氏は来場者に向かって説明してくれた。

 まず、堂田氏は、アタリマエを見直すために、『ゼルダの伝説』の根本であるところの“アクションゲーム”の本質まで立ち返ってみたという。つまり“アクションゲームは何か?”という問題だ。堂田氏はそれを、“アクションゲームの最小構成は、コリジョンと移動、そしてステート変化”と分析する。念のためにちょっと補足しておくと、コリジョンとは“衝突”で、ステートとは“状態”のこと。話をわかりやすくするために少し強引かもしれないが意訳してみると、“衝突で移動することによって、状況が変化する”ことが、アクションゲームの最小構成ということだ。そして、一般的には“コリジョンと移動”が、ゲームでは“物理”と呼ばれているらしい。

 ただし、ゲーム開発で使用される“物理”は、いわゆる教科書に載っているまっとうな物理ではなくて、あくまでも“ゲームにとって都合のいい物理”だ。「ああ、確かに!」と記者も思わず納得するが、ゲームにはたしかに“ゲーム物理”が存在する。ゲーム内でしっかりと整合性が取れていれば、それは取りも直さず“物理”と言える。ゆえに、ファミコン時代から、さまざまな“ゲーム物理”が生まれてきたのは必然の流れと言えるだろう。まあ、“ゲーム物理”は、言ってしまえば“嘘物理”なわけだが、「操作性やレスポンスを上げたり、ゲームデザインを満たすためには必要」と堂田氏。さらには、処理を軽くするための最適化やリアリティーのためにも“ゲーム物理”は有効だという。

 ちなみに、なぜ嘘をつくのに物理が必要かというと、「ユーザーとゲームの信頼関係を結ぶため」とのことで、この堂田氏の指摘は慧眼としか言いようがない。信頼を得るためにはそれらしさが必要なわけで、「ユーザーは、現実世界で見たことのある現象を介して、ゲームのルールを信頼してくれます」(堂田氏)という。そのうえで、開発者は巧妙に嘘をつくというのだ。もちろん、『ゼルダの伝説』シリーズでも、謎解きやアクションをより直感的にするため、多くの“ゲーム物理”が使われてきた。「いかに巧妙な嘘をつくか、仮想世界ならではの現象を表現するかは、プログラマーにとっての楽しみ」というコメントは、プログラマーの醍醐味を端的に表現したものと言えるかもしれない。堂田氏は、「『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』でもスケールの大きな嘘を作り上げたい」と思ったという。まあ、どうせなら“壮大な嘘”のほうが楽しいわけですし。

 一方で、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』では、開発初期から自由度の高さが大きなテーマとして上がっていたのは藤林氏が語った通り。その自由度は、「がんばれば、スタート地点にあった岩が最後のボスのところまで運べるくらいの自由度」が目標であったらしいが、そんなことを実現しようと思ったら、物理シミュレーションに複雑で無限のシチュエーションを要求してしまう。つまり、“基礎研究だけでとんでもないコストがかかってしまう”という状態だ。そこで、検証の結果に堂田氏は物理エンジンで定評のあるHavok(ハボック)の導入を決断。「そのうえで、存分に嘘をつこうと思った」というのだ。Havokは業界的にも評価の高い物理エンジンなので、任せられるところは任せてしまおうという発想だ。

 ここで堂田氏は、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』で使用された“ゲーム物理”を活用したアクションをいくつか紹介。まずは、オブジェクトの時間を止められるアイテムの“ステイシス”(日本語では“ビタロック”)。「これは止めているように見えるが、実際はオブジェクト自身が止まり続けるための運動をしている処理をしている」(堂田氏)とのこと。まあ、エネルギー保存の法則……と言えないこともないが、「一瞬納得してしまいそうだけど、よく考えたらおかしい。これこそが現実にはありえないことを作れるゲーム作りの醍醐味です」と堂田氏は語る。

 つぎに紹介したのが、こちらも新しいアイテムの“マグネシス”(日本語では“マグネキャッチ”)。こちらは金属のオブジェクトを自由に操れるアイテムだ。さらには、“壁登り”も紹介された。堂田氏によると、壁登りでは、リンクと壁のあいだに“コンストレイント(オブジェクトに方向や位置を与えることで、ほかのオブジェクトを制御する方法)”を動的に作ることで壁に接続しているのだという。このコンストレイントの実装は担当プログラマーのこだわりで、これによって、動くオブジェクトにも登れるようになっているのだとか。

 “木を切る”というアクションも“嘘破壊”で実現されており、切れた瞬間に“丸太オブジェクト”に切り換えて、水に落ちれば浮かぶようになっている。さらには、水に浮かぶこともゲームデザインとして非常に重要な意味をもっており、浮かぶ際は、独自の仮想的な浮力をゲーム物理として実装しているという。

 さて、肝心の掛け算の遊びに戻ろう。プログラマー陣は、ゲーム物理を試行錯誤するうえで、ひとつの事実に気づいたという。それは、「世界を一貫した物理法則でつないでいくと、試してみたくなることがどんどん増えていく」というもの。たとえば、“川を渡るために用意された鉄板を、敵の頭に落としてみたくなる”という具合だ。川に浮かんでいる丸太を見ると乗ってみたくなるのも人情というものだろう。これらはまさに、「ユーザー視点として湧き上がってきた欲求」(堂田氏)と言えるが、“試してみたいことがつぎつぎと思い浮かんでくるワクワク感”が抑えられない。そしてこれこそが、開発陣が目指すべきゲームだと考えたというのだ。堂田氏は、ここに掛け算の遊びの片鱗を感じたという。

 閑話休題。ある日スタッフのあいだから「なぜ物理エンジンはあるのに、化学エンジンはないのか?」との疑問が持ち上がったという。ご存じの通り、『ゼルダの伝説』シリーズでは、化学で起きる現象もゲーム要素として取り入れられてきた。「物理と同じように、現実と同じ自然現象をヒントにした謎解きは、ユーザーに説明いらずの直感的なヒントをもたらす」とのことで、堂田氏らは“化学エンジン”の開発を決意する。

 物理エンジンが“ルールにもどついた動きの計算機”ならば、“化学エンジン”は、“ルールに基づいたステートの計算機”となると堂田氏は言う。アクションゲームが“コリジョンと移動、ステート変化”から成り立っているとすれば、この“ステート変化”を計算するのが“化学エンジン”となる。堂田氏らのチームは、“化学エンジン”の世界では、火や水などの実態を持たないものを“エレメント”、木や石、あるいはキャラクターなどの実態のあるものは “マテリアル”とそれぞれ呼称。“化学エンジン”は、この“エレメント”と“マテリアル”をシンプルな3つのルールで計算するものだと定義付けた。その3つとは、“エレメントはマテリアルのステートを変える(火が木を燃やすなど)”、 “エレメントどうしはお互いのステートを変化させる(火は水で消えるなど)”、“マテリアルはお互いのステートに干渉しない(木と石がぶつかっても何も起きない)”だ。「“化学エンジン”は、非常にシンプルはモデルですが、さまざまな事象を表現できます」と堂田氏。

 そんなわけで、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のすべての事象は“化学エンジン”により実現されている。講演では、電気や風を使った例も紹介された。もちろん、電気や風は化学ではないが、堂田氏によると、「動体力学以外の現象をすべて化学として扱った」という。そのほうがゲームの世界観をシンプルにモデル化できるからだ。堂田氏らは、化学を再現するエンジンが作りたかったのではなくて、あくまでも“一貫したオブジェクトのステート計算機”が作りたかったからだ。

 ちなみに、堂田氏らは、これらの“化学エンジン”を“ケミストリー”と呼んでいたのだが、それにはちゃんとした理由がある。本作で目指す“掛け算”の遊びのことを、スタッフ間では“遊びの化学反応”と呼んでいたのだが、“化学エンジン”は、そのことを実現するエンジンであり、“化学”と“化学反応”のダブルミーニングの意味があったためだという。

 エレメントはときに力を発生して物理世界と干渉する。そうして、物理と化学というルールをもとに世界がつながっていった。世界中のすべてのものをつなげることによって“掛け算の遊び”が実現できていったという。ゲーム内でプレイヤーが見るものはすべてつながりを持っているが、それは気まぐれではないと堂田氏。直感的でつながりとしてデザインされているのだという。そこには、楽しい嘘も大いに含まれているのだとか。

 とはいえ、堂田氏らも最初からこのアプローチに自信があったわけではなく、プロトタイプを手早く行うために2Dというアプローチを取ったらしい。本日3度目の登場となる、2D版『ゼルダの伝説』だ(本当は3Dらしいけど)。「ゲームを記号化し、ロジックを明確に構築できるのも2Dプロトタイプのメリット」と堂田氏。

 『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』では、「掛け算の遊びは“シチュエーションとゴールのあいだに潜んでいる」と堂田氏は結論づける。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の世界では、世界が意味を持って問いかけてくるように見え、いろいろなことを積極的に試してみたくなる。堂田氏らは、そんな『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の世界のいたるところに“シチュエーションとゴール”を用意したというのだ。もちろん、想定した“正解”も用意しているが、それは必ずしも“正解”というわけではない。ユーザーには“正解”を求めるのではなくて、“考えるのを試してほしい”と堂田氏は期待している。「たとえ非効率でも、体験が楽しければ、それがこのゲームとしての正解なんです」(堂田氏)という言葉には大いに賛同できる。

 『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』で見直したアタリマエは、おもしろことがひとつひとつ足し算で積み上げられた世界ではなくて、おもしろいことが掛け算で起きる世界を作ることだと堂田氏。本作では、アクションとフィールドデザイン、オブジェクトのデザインでさまざまなことが起こる。「より能動的で自由なゲーム体験を目指しました。皆さんにはそれぞれの謎解きを楽しんでほしい」と堂田氏はまとめる。

▲ミッションは、藤林氏以上の“言ってみる勇気のフォースの持ち主”青沼英二氏からもたらされた。

 さて、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』では、Wii U版の開発途中に「Nintendo Switchでもリリースする」とのミッションが追加された。いきなりのミッションで相当苦労したのでは……と想像されるが、堂田氏によると「Nintendo Switchへの対応はおもったよりも簡単だった」とのこと。Nintendo Switchの開発環境であるNintendoSDKの利便性の高さや、Nintendo Switch自体のアーキテクチャが素直で使いやすかったというのが、その理由だ。

 堂田氏は、ニンテンドー ゲームキューブ以降のすべての任天堂プラットフォームのソフト開発に携わっているらしいが、「アーキテクチャを意識したトリッキーな実装が必要なかったのは、今回が初めて」だという。最初に『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』をNintendo Switchに実装したときに、何も最適化を施していないのにも関わらず、Wii Uと同等以上のフレームレートが出ていたというから、驚きだ。

 ハードのローンチタイトルともなると、そのハードの特徴をアピールするためのフィーチャーを入れるのが通例だが、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』では、“Wii U版と同じゲームデザインで提供する”との方針で、ゲーム内容自体は一切変えていない。それでも『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は、“どこでも持ち出せる”という点で、Nintendo Switchの魅力をアピールしていると堂田氏は言う。特別なゲームデザインをしなくても、付加価値が自動的に得られるのだという。開発者自身が、そのことに最初に気づいて驚いたのだとか。

 さらに、Nintendo Switchがもたらしたものがもうひとつ……。それはJoy-Conによる自由なプレイスタイルの実現だ。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は極めて自由度の高いゲームだが、Nintendo Switchではプレイスタイルの自由度も確保したというわけだ。

▲一見、眺めているだけのように見えますが、ちゃんとJoy-Conで操作しているのです。写真の開発者さんのお気に入りのプレイスタイルのようです。

“嘘をつきやすい絵作り”のために

▲滝澤智氏

 最後に登壇したのは、“魅せる力のトライフォース”を持つ滝澤智氏。まずは、ファンならずとも注目せざるをえない、リンクのアイデアスケッチなどをつぎつぎと紹介。その後で、自身が関わった『ゼルダの伝説』シリーズ作を披露しつつ、2016年で30周年を迎えた同シリーズが、「毎回アグレッシブにゲームシステムを変えているのは、かなり珍しいことだと思います」と回想。まあ、そのために滝澤氏らアーティストは、毎回“嘘をつきやすい絵”を探求することになるわけだが……。

 さて、滝澤氏によると、“嘘をつきやすい絵”というのは、プレイアビリティーを満たしながらリアリティーを失わない絵で、さらに言えば、そのゲームにとって都合のいいアートスタイルを持っている絵となる。プレイアビリティーとは、操作性、ひいて言えば「機能に即した挙動や見た目の快適性」(滝澤氏)のことを言う。リアルさを犠牲にすればするほど、テンポや視認性がよくなって、プレイの快適性は向上するが、その世界のリアリティーは失われがち。一方で、リアルさを重視しすぎると、快適なゲームサイクルやレスポンスを損なうという因果関係にある。まあ、ゲームの世界では、どちらかと言うと、相反する関係にあると言えるだろう。理想は、プレイアビリティーとリアリティーをよい感じで両立させられる都合のいいアートなのだ。それが“嘘をつきやすい絵”となる。

 2011年にリリースされた『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』以降、HD化時代のアートワークを巡って試行錯誤が続いたという『ゼルダの伝説』シリーズだが、突破口になったのが、社内で試してみた既存作のHD化プロトタイプの制作。この、いわゆる“なんちゃってHD化”のなかで、群を抜いて開発陣の心をつかんだのが、『ゼルダの伝説 風のタクト』だったという。「視認性、アクションなどすべての面でプレイアビリティーを担保し、それでいて独特のリアリティーを構築できている。すごく嘘のつきやすい絵作りです」と滝澤氏も絶賛するほどだ。

 同作は、10年経っても色あせないオリジナリティーと、気持ちのよいプレイ感覚を実現し、リメイク作『ゼルダの伝説 風のタクトHD』として正式に製品化されるに至る。そしてこれが、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のアートワークの方向性に大きな影響を与えることになる。青沼英二プロデューサー始めすべてのスタッフが、同作のアートワークは、「『ゼルダの伝説 風のタクトHD』の方向性しかない!」との判断になったのだ。

▲過去作のHD化を試してみたところ『ゼルダの伝説 風のタクト』に対する感触がダントツでよかったという。

 方向性が定まった後で、滝澤氏はさらなる絵作りのスローガンとして、“すっきりとしたのど越しながら、芳醇な味わい”を掲げる。まるでビールの宣伝のようだが、なぜこのスローガンにしたのかに関しては、明確な意図があった。それは、『ゼルダの伝説 風のタクト』のアートスタイルにはひとつだけ弱点があり、それに対する対応が必須だったからだ。弱点とは、ずばり“藤林氏が思い描くゲーム構想を実現しづらかったこと”だ。

 なぜならば、『ゼルダの伝説 風のタクト』のアートスタイルは、物体のフォルムなどが激しくスタイライズされているために、「ゲーム内でできる物理やケミカルな遊びを現実の世界で起こった本物のユーザー体験から直感的に連想させるという目標を達成するには、絵的に盛大に嘘をつき過ぎている」(滝澤氏)からだ。さらには、画面に何が表示されているかを一瞬で全部理解できる絵は、子ども向けだと思われてしまいがちで、年齢層の高いプレイヤーに「自分とは関係ない」と思われてしまうのではないかという危惧もあった。

 『ゼルダの伝説 風のタクト』の“嘘をつきやすい絵作り”で、プレイアビリティーを確保しやすく、表示されたゲーム内でのリアリティーも構築できるという条件を満たしたうえで、ある程度の写実性を持った情報密度の高い大人風な絵作りにしたい。このふたつの要素の並立を目指したのが、“すっきりとしたのど越しながら、芳醇な味わい”というスローガンだったというわけだ。このスローガンをもとに、滝澤氏らは、最終的なアートスタイルを確立していったという。「本作のアートスタイルは、リアリティーとプレイアビリティーの融和であり、嘘をつきやすい絵作りを、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』というゲームに合わせて探求した結果です。それはまさに、過去の『ゼルダの伝説』シリーズ作でくり返してきた試行錯誤と同じです」(滝澤氏)という。完成したアートスタイルは、いままでのどのシリーズ作とも異なるが、「我々のゲーム作りの不変的な考えかたから導き出された、“アタリマエ”の結果だったと言えます」という。つまり、アートスタイルも、“変わらない点”と“変える点”を見据えたうえにできたものだったというのだ。

▲会場では、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』におけるリンクを紹介。独特なアートワークが、魅力的なリンクを作り上げている。

 明確な方向性を持って作り上げられた『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のアートワークだが、最後に滝澤氏は、それまでとはまったく違った角度から、アートワークのキモとでも言うべき要素をピックアップしてくれた。“グッとくる”だ。日本人ならたしかにピンとくる言葉だが、マンガやアニメ、ゲームなどのアートワークを見ていると、“グッとくる”瞬間がままある。心を揺れ動かされるというか、魂がつかまれるというか……。“グッとくる”、つまり、人の心を惹きつけるアートワークを実現するには、ときに「“アタリマエ”を覆すとも言うべき、想像力の暴走」が必要になると滝澤氏。そしてアーティストは、「そういうある種の暴力的な仕事が大好きではないか」(滝澤氏)というのだ。いかに“グッとくる”表現にするか、「ここがアーティストにとって、いちばん楽しいところ」と滝澤氏。まあ、最後は感性の勝負ということになってしまうのかもしれないが、とりあえず聴講者のほとんどは(記者も含めて)、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のアートワークに心を鷲づかみにされて“グッときていた”ように思います。

▲グッとくる絵を目指して……アーティストの挑戦はエンドレスかもしれません。とりあえず『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』にはグッとくるぜい。

 最後には、三銃士を代表する形で藤林氏が再び登壇。「“アタリマエ”を見直すというのは、変えることだけではなく、変えないことでもあったことがおわかりいただけたかと思います」と総括し、「『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は、その長きにわたる開発の積み重ねのすえに、まったく新しいゲームでありながら原点のおもしろさを見つめ直したタイトルになっています。本作を遊んでいただけたら、きっとおもしろい発見があると思います。その発見が、今後のゲーム開発に一助になれば、こんなにうれしいことはありません」と来場者にメッセージを送って、講演を終了した。

 『ゼルダの伝説』シリーズをさらに魅力あるものとするために、しっかりと目標を決めて真摯に取り組む。任天堂のゲーム作りの一端がうかがえた、名講演であった。

 おまけとして、滝澤智氏がセッションの中で紹介していた『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のアイデアスケッチなどをご紹介しておこう。きっとファンの方にとっては、貴重なイラストだと思いますので……。こういった膨大な量の試行錯誤のうえに、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のアートスタイルが確立したのだと思うと、極めて興味深いです。

▲セッションでは完成型のリンクも紹介。グッとくるなあ……。