【Nintendo Switchカウントダウン特集】世界でいちばん人を巻き込める、いちばんゲーム漬けになれるゲーム機。任天堂のふたりのキーマンに訊く開発秘話

2017年3月3日に発売を迎える、任天堂の新ハード“Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)”。任天堂の取締役であり、ソフト開発の全般を監修する高橋伸也氏と、Nintendo Switchの総合プロデューサーを務める小泉歓晃氏のおふたりに、Nintendo Switchへ込めた想い、開発秘話をうかがった。

●3つのスタイルを持つ新ハードは、いかに生まれたのか

 2015年3月に、岩田聡前社長から発表された、NX(開発コードネーム)。それから2年後の3月3日。NXはNintendo Switchという名称で、ついに発売を迎えた。据え置き機でありながら、携帯ゲーム機のように外へ持ち出せる特徴を持った新ハードは、いかに開発されたのか。任天堂の取締役であり、ソフト開発の全般を監修する高橋伸也氏と、Nintendo Switchの総合プロデューサーを務める小泉歓晃氏、インタビューの数日前まで、プロモーションで海外へ出張されていたというおふたりに、Nintendo Switchへ込めた想い、開発秘話をうかがった。

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■プロフィール

・写真右
取締役 常務執行役員 企画制作本部長
高橋伸也氏(文中は高橋
 デザイン関連の業務を歴任。『脳を鍛える大人のDSトレーニング』のプロデューサーなどを経て、現在は任天堂のソフト開発全般を監修している。

・写真左
Nintendo Switch総合プロデューサー
小泉歓晃氏(文中は小泉
 『スーパーマリオ』シリーズのプロデューサーとディレクターを歴任。最新作は、2017年冬発売予定の『スーパーマリオ オデッセイ』。

●当初から目指したものは“みんな集まって遊ぶ”

――おふたりのNintendo Switchへの関わりかた、そして、いかに開発がスタートしたのかをお聞きできますか?

高橋 Nintendo Switchの開発がスタートしたとき、NXというコードネームもないころですが、その当時は、岩田前社長(故・岩田聡氏。元代表取締役社長)と、竹田(竹田玄洋氏。代表取締役技術フェロー)、宮本(宮本茂氏。代表取締役クリエイティブフェロー)、そして私とで話し合って、この4人で新ハードの全体を見るということで始まりました。その話し合いの中で、誰が中心になってやっていくのか、という話になり、小泉を呼んだんです。

――皆さんでお話をされたのは、いつごろだったのでしょうか?

高橋 いまから3年くらい前ですね。新ハードについて本格的に動き出す際に、つぎのハードはどうしようかと話し合うのですが、任天堂はつねに新しいものを考えているので、いろいろな材料が揃っているわけです。そういった材料がある中で、方向性を話し合いつつ、中心人物を誰にすべきかということも、ほぼ同時進行で決めていきました。

――そこで、小泉さんが参加されると。

小泉 そのころ、僕は東京制作部にいたんですが、ある日突然、京都に来いと言われまして。そこで岩田前社長から「河本(河本浩一氏。Nintendo Switchの総合ディレクター)とコンビを組んでくれ」と言われました。当時言われたことをよく覚えているんですが、「いちばん任天堂っぽくない人を選んだ」と(笑)。

――えっ(笑)。それはどういう意味だったのでしょうか?

高橋 私と小泉はふたりとも、もともとはデザインの仕事を中心にしていて、20年くらい前、ニンテンドウ 64のころから、よくふたりでいろいろな話をしていたんですね。彼は『スーパーマリオ64』を、私は『ウエーブレース64』を作りながらニンテンドウ 64を立ち上げて、その後、小泉は東京へ行くことになるんですが、それからもずっとつながりがあって、彼のことはよく知っていたんです。それで、今回、新しいことをするには、彼がいちばん適しているなと考えまして。というのも、彼は『スーパーマリオ』シリーズをずっと作っていたんですが、彼のマリオは何かと無茶なことをするんですよ(笑)。

小泉 『スーパーマリオ』シリーズの中で新しいことをする担当なので、そういう意味なのだろうなと思いました(笑)。

――チャレンジングなソフトを作ってきた実績や姿勢から選ばれたと。

高橋 そうですね。それで、河本は『脳トレ』(『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』)を作ったりと、彼もいろいろと新しいことをやってきた人間なので、彼にも加わってもらって。ただ、そのふたりの組み合わせはいままでまったくなかったんです。ふたりは面識もなかったくらいで。

小泉 僕は東京制作部で据え置き機を中心に担当していましたし、河本は携帯機を中心に担当していたので、それぞれのミッションが違って、あまり交流する機会がなかったんですよ。それが、ある日突然引き合わされたんです。

――それで、小泉さんと河本さんが入られて、より具体的なコンセプトなどを決めていくわけですね。小泉さんは、最初にその話をお聞きしたときはどう思われましたか?

小泉 東京にいながらも、“新ハードでつぎに何をすべきか”という議論には、わりと参加していましたし、岩田前社長がよく東京に来て話をしてくれていたので、京都で「新ハードの開発に携わってほしい」という話を聞いたときは、うれしかったと同時に、指名してもらったからには、身を入れてやらないといけないな、と責任を感じました。でも、あまり明確に「こういうものを作りなさい」とは言われないんですよ。こういう状況があるけれど、「どうするべきだと思う?」と言われて。そこで、初めて会った河本と、「いまの世の中にはどんなものが必要だろう?」という大きなテーマから話を始めました。たとえば、「Wii Uがあって、世間にはスマートデバイスもあって」という、わりと広い範囲で、いろいろなことを議論したうえで、いま僕らはどんなものを作るべきなのか、ということを詰めていったんです。その中で、いろいろと出てきたイメージを、ハードウェアとして、デバイスとして整理していく、という仕事を3年のあいだにしていきました。

――任天堂にとっての強みや、逆に弱点となる部分など、いろいろなことを考えながらコンセプトを決めていったと思うのですが、その過程もお聞かせください。

小泉 最初から変わらなかったのは、“みんなで集まって遊ぶ”ということですね。これはやはり、我々のアイデンティティーだと。あと、どういったゲーム機になるかという話の中で、当時から言っていたのは、「知らない人が来ても巻き込めるものを作ろう」ということでした。Nintendo Switchには、プレゼンテーションでもお話をした“おすそわけ”というキーワードがありますが、この言葉は早い段階から出ていました。ただ、どうおすそわけをするのか、でずーっと悩んでいたんです。どこにでも持っていけるということと、知らない人も巻き込めるようにする。この2点について、どうすれば実現できるか、わりと長期間にわたって濃く話していましたね。

――巻き込むための方法論というイメージでしょうか。

小泉 僕はずっと据え置きゲーム機をメインにゲームを作って来ましたし、楽しんでいただけるゲームを作ってきたつもりでいるんですが、据え置きゲーム機だと、ゲームを作っても人に伝えにくいということを痛感していて。人に見せる環境の困難さと言うか、障壁の存在を感じてはいたんですよ。ゲームを見せたり、いっしょに遊んだりしたくても、家に呼ばないといけなかったり、テレビを用意しないといけなかったり。それが、携帯ゲーム機やスマートデバイスであれば持ち運びができて、気軽に誰かに見せたりできるんですよね。そういった部分のよさを取り込みたい。ただ、そういったイメージを考えても、据え置き機をそのまま外に持ち出すことは、これまで実現できていませんでしたし、簡単にできることではなかったんです。

――簡単ではないですよね。

小泉 でも、僕も河本もじつは欲張りで(笑)。おもしろいことを人に伝えることがすごく好きで、それで喜んでいただける姿を見たくて仕事をしてきているので、それを実現するにはどうすればいいのか? というところを、かなり貪欲に考えてきました。

高橋 そういった盛り込みたい機能、実現すべきキーワードがいくつも出る中で、ニンテンドー3DSで皆さんが集まってよく遊ばれていたローカル通信のマルチプレイなどを、据え置き機にどう活かしていくのかと考えて、キーワードの実現につなげていきましたね。

――“みんなで集まって遊ぶ”というのは、ファミコンのころから変わっていない任天堂のアイデンティティですよね。

高橋 ファミコンのころと言うより、もっと前からですね。花札とかトランプとか(笑)。

小泉 開発初期の、原型がいまとまったく違うころから、河本と「相手の目を見て遊ぶゲームって作れないのかな?」と言っていたんですよ。最終的に『1-2-Switch』がそういうゲームになりましたが、これは突然出てきたコンセプトではなくて、ずっと叶えたかった遊びかたなんです。“トランプでは相手の目を見て遊ぶことができていたのに、なぜゲーム機にはできないのか”ということをよく話していました。うちは、もともとかるたやトランプを作ってきた会社ですし、早い時期からそういうテーマを強く持っていましたね。

――ビデオゲーム機の遊びを見つめ直した、と。そういったテーマに関して、岩田前社長から指示などはあったのでしょうか?

高橋 いえ、揃った材料に対して“この材料を何とかする”というのが我々のミッションでした。岩田前社長は技術者で、私や小泉はデザイン畑の出身なので、いろいろと技術的な部分で助けてくれましたが、とくに「こうしなさい」、「ああしなさい」という強い指示はなかったですね。

小泉 そうですね。我々はデザイナーらしく「こんな世界だったらいいな」ということをイメージして伝える仕事をしていました。言ってしまえば、夢想家なんですよね。それを技術に落とすところで、できることとできそうにないことについて、コストも、そもそもの実現性も含めて、多くの助言をもらいました。

高橋 宮本、竹田も同じような役割で、我々が「こういう感じで進めたい」と言って、決裁を得るというよりは、そこでいろいろディスカッションをしてアイデアを揉んでいく、という流れでした。

――Nintendo Switchは、家で遊んでいた続きをどこでも遊べるというのが大きな魅力ですが、この機能もその過程で決まっていったのでしょうか?

高橋 そうですね。

小泉 「テレビにつながっていたところから、パッと外して、両脇にコントローラーを付けて、持ち運べるようにしよう」と言うのは簡単だけど、それをどうやって実現するのかと。技術側のスタッフから「それを実現するのは、これとこれをしないといけない」と、いろいろ言われつつ、模索していきました。

――入れたい機能と、技術的にできるギリギリのところを実現できるように話し合っていくんですね。実際に、画面の切り換えを体感すると、インパクトがすごいですよね。ドックから本体を抜いた瞬間に画面に映っていますし。

高橋 そういう設計をしていて、仕様がわかっている我々も、初めて見たときは「おぉ!」、「すごいやん!」となりました(笑)。

小泉 「すごいなぁ!」と言うけど、これを作ろうと言ったのは自分たちだという(笑)。実現できると信じて作ってはいたんですが、実際に目にしたときにはいい意味で驚きがありましたし、達成できたこともうれしかったですね。

高橋 あの驚きは、みんなが同じように感じましたね。

小泉 それを目の当たりして、「Nintendo Switchとはこういうものなんだ」、「こういうことをしたかったんだ」と、会社全体で初めて像を結べた気がしました。

――テレビにも映し出せるし、外にも持ち出せるという機能について、これをやらなければならないと決めた理由について教えていただけますか?

小泉 いろいろな理由や想いがあったんですが、そのひとつが、先ほどもお話ししました、僕らが作ったものを広めたい、見せたいということ。あと、ゲームを遊ぶのに環境に縛られたくない人もいると思うんです。ファミ通さんの読者さんには、ゲームを好まれる方がたくさんいらっしゃると思いますが、ゲーマーの夢として、どんな環境でも遊べて、その状況に適したいちばんいい映像、プレイスタイルで楽しめるものがあったらうれしいんじゃないかと思っていて。それを実現できれば、「これはいい!」と心に刺さる方はたくさんいるだろうと思いましたし、そもそも我々にも刺さるので(笑)、それを作りたいと思いました。

――『ゼルダ』を家で遊んで、たとえば今日の取材のように、2時間の新幹線移動(編注:取材は京都で行われた)のあいだも続きができるというのは、本当にうれしい(笑)。

小泉 僕も東京から京都に新幹線で通っているんですけど、移動中に座席の前にあるテーブルを下げて、ここに本体を乗せられたらいいなと思っていたんですよ。それで、スタンドを付けてくれとお願いしたんです。移動中に『ゼルダ』を遊んで、スタンドを畳んでカバンにしまって、会社でも遊んで。ずっとゲーム漬けになる(笑)。

一同 (笑)。

小泉 実際に、Nintendo Switchの開発時には、“世界でいちばん人を巻き込めるゲーム機を作ろう”ということと、“世界でいちばんゲーム漬けになるゲーム機を作ろう”というふたつのテーマをスタッフに説明していました。

高橋 あくまで“ゲーム機”なんです。大事なのは、どれだけゲームが遊びやすいか。

▲背面のスタンドで立てる、テーブルモード。

――Nintendo Switchは据え置き機と明言されていますが、据え置き機と携帯ゲーム機のハイブリッドモデルというアピールもできると思います。そういった言いかたをせず、据え置き機と明言している理由についてお聞かせください。

高橋 基本は据え置き機であってほしいんです。まずは自宅で遊んで、それが持ち出せるということ。あくまで、ベースとして置かれるのはテレビの前だと思っています。