スタジオカルチャーを形成する一要素としての人事採用
『flOw』、『Flower』、『風ノ旅ビト』(Journey)などで世界的に高い評価を受けているゲームスタジオ、thatgamecompany。Sunni Pavlovic氏は、そのスタジオマネージャーだ。開発機能以外をほとんど削ぎ落とした同スタジオ(実は総勢で15人しかいない)で、人事・総務系を担当している。
というわけで先月頭に行われたGDCで同氏が行った講演“Hiring for Hopeless Perfectionists”も、お題は人事採用のこと。スタジオ創立以降、リリースした3本のタイトルがいずれも世界的に高い評価を受けたthatgamescompanyの採用ポリシーとはどんなものだろうか?
救いようのないほどの完璧主義者たち
“Hopeless Perfectionists”とは、言わば「救いようがないほどの完璧主義者たち」といったところ。thatgamescompanyはインディーゲーム賞のIGFなどの学生インディー界隈で腕を鳴らしていたメンバーが集ってできたスタジオだが、創設者3人はいずれも「詳細にこだわり、試行を繰り返しながら限りなく高みを目指す」完璧主義者だと言う。
その長所は、これまでにない独創的な体験を持ったゲームを開発し、それをゲーマー以外にも刺さる幅広い魅力を持ったものへと磨き上げられること。逆にマーケティングや管理やリクルートや外部への広報や、そういった普通の会社っぽいことは向いていないと分析。「我々は完全に製品を作り出すことに特化したスタジオです」と語る。
そして導かれるスタジオのルールは“すべてのリソースは開発に使われるべきである”、“プロダクトをサポートしないものは意味がない”というもの。とにかくゲーム作りに集中し、すべての力を注ぐ。実際、スタジオの公式サイトすらも、昔のままの最低限でシンプルなものを使い回している。
ただ頭数が揃えばいいわけではない
人事のポリシーとしては、ただ数を揃えて同じような人ばかり集まるようなことをせず、個人に投資するという意識で、必要なスキルを持った人をひとりひとりきちんと選んで雇用し、スタジオとしてまとめていくようにしているとのこと。また、雇ったら終わりではなく、スタジオの一員として続けていってもらえるよう努力しているという。
“Hopeless Perfectionists”ならではの傾向として、一緒に仕事がしやすい、自分たちと似たゴールや思考の人を雇いたがるそう。そこでマネージャーとしては、自分に投資して動機付けが出来ているクリエイティブな人を雇い、社内で自由にチャレンジしてもらうことを重要視しているそうだ。
雇用への道――ペーパーワーク編
採用ルートとしては、個人的な推薦・紹介を一番に評価。次に「あちこちに話をしてみる(何かの機会に会った人)」、ウェブ求人は最後の三番目という順番。個人的な推薦の順位が高いのは、必ずしもぴったりの人が見つかるわけではないものの、ニーズを理解してもらえてマッチングがうまく行きやすいからだという。
書類については、申込書類自体は一般的なもの。まずカバーレター(自己推薦状)については業界では好き嫌いがあるものの、Pavlovic氏はその人の個性が見える点を評価。しかし必ずしも絶対視しているわけではなく、仮に英語が得意でなければ他の方法で自分を伝えればいいと考えているそう。過去にはゲーム開発経験がない人や、手掛けたアートを使った人もいるらしい。
一方でレジュメ(履歴書)は「常に解決策とはならない」と限定的な評価。往々にして文字でびっしり書いてある割に実際の能力がわからず、何をやりたいか、何をできるのかにフォーカスして欲しいとのこと。
最後にアーティストなどのポートフォリオは、自分ができることをアピールするのに効果的であるとして、あるアーティストのWebポートフォリオを例に解説。リンクや動画を通じて簡潔にスキルや個性を伝えている点を評価していた。
雇用への道――面接&テスト編
さて、書類選考をパスすると電話面接へ。「スタジオが小規模でオープンであること」、「マネージャーが細かく仕事を見るような組織ではないこと」、「失敗は恐れず試行錯誤することを奨励すること」などを説明しながら、相手の反応を評価。
かっちりとした組織を必要とする人など、“Hopeless Perfectionists”なスタジオ文化に合わない人もいるため、スタジオと候補者のお互いにとってミスマッチが起こらないように配慮しているそう。
能力を見るためのテストもあり、ただだらだらとタダ働きさせるのではなく、thatgamecompanyで対象の職種に求める特定のスキルを判断することに集中している。
同スタジオ特有の職種であるFeel Engineerとコンセプトアーティストのテスト作品を例に解説されたのだが、どちらも感情や感覚をうまく表現していたのが印象的。前述したようなスタジオの構成上、ほとんどの人がエンジニアを兼ね、瞬間瞬間で考えたものを形にしてみることができる能力が求められるそう。
テストを通過すると、1日スタジオで一緒に過ごしてみるというターンに。メンバーとランチなどを一緒に食べて理解を深め、一緒に働けそうか、コミュニケーション能力はどうかなどが見られる。
“お祈り”だけで終わらない
不採用になった場合でもその通知だけで終わらずに、時間を投資して来てくれたことに感謝し、お互いに嫌な気持ちで終わらないように心がけ、他のスタジオに話をして道を広げたりすることもあるとのこと。いずれそういうものが巡り巡って、その候補者が他の人にスタジオを推薦してくれる可能性もあるからだ。
一方で採用に至った場合は、(単なる従業員ではなく)ひとりの人間として受け入れ、その後も個人の成功に投資していくことを伝える。1日目からスタジオに貢献できるように持っていければベストだとPavlovic氏は語った。
最後に、“Hopeless Perfectionists”と働くのは、締め切りに向けた長時間の労働でフラストレーションが溜まることも多いと明かした。しかし、それでもモチベーションを保ってそれがうまくいった結果、数々のアワードを受賞してきたわけで、チームとしてこれまでにない表現を通じて「人々の生活に何か新しいものを提供する」という目標に向かうことを誇りに思っていると語り、講演を締めくくった。現在同スタジオでは第4作の制作が進行中で、スタッフの募集なども行っている。