『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』にて、当時のゲームセンターをしっかり再現するうえで重要な役割を果たした安部理一郎氏と大塚ギチ氏、そして八丁堀氏に、ドラマ制作にあたっての苦労の数々を聞いた。

●ゲームドラマを支えるために、エキスパートが集結

 2013年10月~12月まで、全12回にわたってテレビ東京、テレビ大阪ほかにて放送された『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』。1983年~2013年までのゲーム史が描かれる本作において、まさに“影の主役”と言えるのが、ドラマで取り上げられたゲームの数々だ。本作では、物語にリアリティーを与えるために、いかに当時のゲームや筐体をしっかりと揃えられるかが、大きなポイントだったと言える。そんな、当時のゲームセンターをしっかり再現する……といった点において重要な役割を果たしたのが、安部理一郎氏と大塚ギチ氏、そして八丁堀氏だ。ここでは、『ノーコン・キッド』を影で支えた3人に、ドラマ制作にあたっての苦労の数々を聞いた。

■安部理一郎氏
有限会社スプロケ代表。ゲーム関連を中心にさまざまな書籍、イベントを手がける。新宿2丁目にてビデオゲーム・バー“16SHOTS”の店主もやっている。

■大塚ギチ氏
編集者・デザイナー・ライター。著書に『THE END OF ARCADIA』『TOKYOHEAD RE:MASTERD』がある。有限会社アンダーセル代表。

■八丁堀氏
流しのゲーセン店員。通称“八丁堀”。ゲームセンターで機材トラブルなどが発生した場合、「八丁を呼べ!」と緊急コールがなされると即飛んできてメンテナンスしてくれる。詳細は本文参照。

▲主人公である礼治(田中圭)、木戸(浜野謙太)、そして高野(波瑠)の友情を軸にストーリーが展開。ゲームの30年史であるとともに、3人の物語でもある(第1話より)。

■「今年のサマフェスは『ノーコン』でした」

--もともと3人は知り合いだったんですか?

安部 それまで何となくお互いの存在は知っていたんですが、ちゃんと知り合ったのは2012年夏に開催された“ゲームサマーフェスティバル2012”(※1)です。僕はあのイベントの“音撃”部分のプロデュースをやっていました。八丁堀は“闘劇”のメンテナンスなどを担当していたんだよね?

※1【ゲームサマーフェスティバル2012】
2012年8月、成田市で開催されたイベント。対戦格闘技ゲーム大会“闘劇”、ゲームミュージックライブ“音撃”、一流シューターによるシューティングプレイを楽しむ“わっしょい”の3つが同時開催され、それぞれ野外会場で同時に楽しむことができた。

八丁堀 はい、何でもやっていました(笑)。みなさんとは面識は何となくあったのですが、まだボンヤリでしたね。

大塚 僕はフェスを取材兼物販をもしつつ、イベントそのものも多少お手伝いさせてもらって。

安部 もちろん、僕も大塚の名前は知っていて。キャリアも同じような感じだったので、「コイツがあの大塚ギチか!」って(笑)。「でも、あの大塚ギチにしてはやけにイベントを手伝っているぞ? なんかすげー働いているけど、何だろうこの人?」って思っていたわけですよ。
 それであのイベントをキッカケに飲みに行くようになって、なんかいろんな仕事場でニアミスしていることもわかって意気投合して……っていう感じですね。だから、去年の“ゲームサマーフェスティバル2012”がなければ『ノーコン・キッド』はできなかった……っていうのは大げさですが(笑)、“ゲームセンターわたなべ”の運営スタッフは、その遺伝子というか、スピリットを受け継いでいるのは確かです。

大塚 僕ら的には「今年のサマフェスは『ノーコン』!」をキーワードにがんばりました。

■「僕は大さんのことを嫌っていました」

--まずは、本作に関わるようになったキッカケから教えてください。

大塚 まず、僕と佐藤大さんとのつながりから説明しなければなりません。僕が編集者として仕事をし始めた90年代前半ごろ、ゲームと音楽とファッションを融合させようする風潮があったんです。それに対して僕は嫌悪感がありまして(笑)。このムーブメントを牽引していた、張本人である大さんとは面識はまったくなかったんですが、一方的に「コイツは気に食わないぞ!」と(笑)。
 それで大さんをdisった記事を書いたら、ある日その雑誌の編集長から“編集部出入禁止”を言い渡されまして(笑)。当時、付き合いのあった編集プロダクションすべてにその旨をファックスを流されるという大珍事の末、要するにホサれたんですよ(笑)。その雑誌の前身となる母体に佐藤大さんが大きく関わっていたこともあって、「佐藤大はこういうふうに政治力を使ってくるのか! ひどいヤツだ!」と思って、恨んでいたんです(笑)。
 それから月日が経ち、大さんと会っていろいろ話をしてみたら……それがすごくいい人なんですよ!(笑)。人当たりもいいし、ちゃんと相手が気持ちよくなるように会話をしてくれるというか……。とにかく大人力が高いんです。それで編集部出禁の件を本人に確認したら、それは大さんではなかったことがわかって。「なんだ、ますますいい人じゃないか!」と(笑)。そこからかれこれ15年来の付き合いになります。
 そんな中、大さんから「いまこんなの準備しているんだ」と『ノーコン・キッド』の企画の話を聞かせてもらって。大さんと付き合っていく中でたくさんの企画の話を聞いているんですが、実際に企画が動くのは、やっぱりごく一部なんですよ。なので「何か協力できることがあればするよ」とは言ったものの、これも世に出ることはないんだろうなと思っていました。
 ところがしばらく経って、ある日突然「あの企画、動くことになったから協力よろしく!」と。「いつからですか?」「一ヵ月後!」「えええ!?」って(笑)。
 それで、プロデューサーにお会いしたところ、僕に「ゲームの手配をお願いしたい」ということで。大さんの作品でもあるし、これは手伝わなければと思ったんですが、自分だけでは難しいなというのは感じていたので、まずは安部に相談しました。

安部 僕はこの作品に関わるまで大さんとはお会いしたことなかったんです。大さんもやっぱり僕らと同じようにゲーム関係を中心にライターとして活躍していたりしていたじゃないですか。その連載とかを読んでいても……まあ大塚と同じような感想でしたね(笑)。自分も当時は二十歳そこそこの若造だったので「この人には負けられないぞ!」とムダにライバル心を燃やしていたりしました。
 ところが、今回大さんにお会いしてみたら……すごくいい人なんですよ(笑)。よくよく考えてみたら別に大さんのことが嫌いっていうわけでもないし、何ていうか……カリスマ性をものすごく感じましたね。お会いした途端、この作品のために大さんを全力でサポートしよう!という気持ちになりました。
 ただ、僕と大塚だけではフォローできないテクニカルな部分もありそうだったので、“流しのゲーセン店員”こと、八丁堀を呼ぶことにしました。

--八丁堀さんのふだんのお仕事は……?

八丁堀 フリーでゲームセンターの店員をやっています。いまもいろんなお店を掛け持ちしていて、空いている時間なら可能なかぎり呼ばれたところに行きます。

大塚 言葉どおり本当に“流しのゲーセン店員”なんですよ。この記事のおかげで全国から申し込み殺到したりしないですかね(笑)。

--(笑)。具体的にはどんなことを?

八丁堀 ゲームセンターの店員としてやることはひととおりやります。モニターやボタンの修理といったメンテナンス業務からコインの集金まで。最近はゲームセンター主催のイベントを手伝うことが多いですね。

大塚 なので、彼に“ゲームセンターわたなべ”の運営を手伝ってもらおう、ということになりまして。

八丁堀 僕が安部さんのバー“16SHOTS”に行ったら、安部さんに「ちょっとファミレス行こうか」って言われて。座ったらいきなり「昔はどのゲームセンターでどんなゲームを遊んでいた?」っていう質問から始まって。僕が「○○っていうゲーセンで『フロッガー』を遊んだり……」って答えたら……。

安部 「よし、合格!」と。

一同 (爆笑)

八丁堀 なんか知らないうちに面接になっていて(笑)。

安部 いっしょに仕事をしたことがなかったので、八丁堀の知識量とかよくわからなかったんですよ。でもこれなら大丈夫だな、っていう感じでしたね。

▲本作の裏の主役とも言えるゲームセンターの筐体を揃えうのは、相当な苦労が伴ったようで……(第2話より)。

■「まさかのお盆休みで基板が届かなくなりました」

--指定されたゲームを手配することがお仕事だったんですよね?

安部 最初にいただいた話はそうでした。脚本でこういうアーケードゲームが出てくるから、それを手配してくださいという話だったので、だったら「楽勝じゃん!」って思っていたんですが……。打ち合せを重ねるうちに、どうやらメンテナンスや基板入れ替え、そして撮影にも立ち会わないといけない、という状況が見えてきて。直接これもやれ、あれもやれ、と言われたわけでもないんですが、ほかにやる人がいないので僕らがやらなければならず(笑)。
 あとアーケードゲームを調達するなら基板だけじゃなくて、筐体も必要だということを制作側はいまいち理解していなかったようで、筐体が時代ごとに変わっていくことも含めて、そこから説明しました。

大塚 大さんはずいぶん前からそのあたりのことを気にしてくれていたんですけど、企画にゴーサインが出た瞬間に役者さんの手配やスケジュール確保がどうしても先になってしまって、気が付いたらもう来月から撮影に入るっていう(笑)。ゲームまわりの段取りはそこからスタートだったんです。
 監督さんたちと初めてお会いした日に、やっとわたなべの撮影場所が決まって図面を持ってきていただいて、その時点で撮影開始日まで2週間足らずだったので、翌朝すぐ安部といっしょに高井商会(※2)さんまで行きました。

※2【高井商会】
老舗の基板販売会社。アーケードゲーム基板を2000枚以上所蔵しており、これらをレンタルしている。
⇒サイトはこちら

--アーケードゲーム関連はすべて高井商会さんで調達を?

安部 まずは僕がよくいっしょに仕事をしている“高田馬場ゲーセン ミカド”(※3)にお願いしました。とはいえ、ミカドだけで全部揃わないし、とくに筐体は別途どうにかしなければなりません。日ごろ、このお店(16SHOTS)に来ていただいているお客さんの中にもコレクターはたくさんいらっしゃいますし、そこで声をかけてかき集めることも可能なんですが、スケジュールや管理の面を考えたら、まとめて業者にお願いしたほうがいいだろう、ということで高井商会さんに連絡しました。これで基板に関してはミカドと高井商会でほぼ揃うだろう、と。

※3【高田馬場ゲーセン ミカド】
高田馬場駅前にあるゲームセンター。とくに格闘ゲームが人気。レトロゲームを中心とした品揃えで有名。
⇒サイトはこちら

 筐体は高井さんにも「ある」ということだったんですが、話数によって扱う筐体も変わってくるので、どれだけ揃っているかは「実際に見てみないと話にならないな」と思って、長野まで行きました。
 テーブル筐体は、ちょうど何かのイベントで使ったばかりということで整備済みのものが14台ありました。これはラッキーでしたね。そのほか、必要な筐体も倉庫に眠っていたものを発掘して「これ貸してください!」という感じで、最低限必要な筐体は揃いました。あとは、必要な基板をタイミングに合わせて借りればいいか……と思っていたら、思わぬトラップがありまして。

大塚 まさかのお盆休み!(笑)

安部 高井さんはお盆休みをキッチリ休むんですよ。いや、もちろん会社としてそれは当たり前なんですが、あまりの忙しさに僕が手配をお願いしそこねちゃって(笑)。こちらは撮影があるのでどうにか送ってもらえないかと頼んだんですが、発送業務をされている方がもう夏休みに入ってしまって……。そのあいだにも撮影は進むので、これは焦りました。仕方ないので知人の基板マニアに声をかけたり、どうしてもないものは基板を買ったりしましたね。3~4話ぶんの基板は高井さん以外のところから手配しました。

■「ストーリー上には登場しない時代もすべて設定しました」

--どういうゲームを使うかはすべて制作側からのリクエストですか?

大塚 制作側から上がっているリストを元に、安部が時代考証を行って。脚本上では何も書かれていませんが、ゲームセンターを舞台にしている以上、そこはしっかりとしたものにしたいという思いもありましたし。ゲームセンターわたなべがもし本当に実在するとしたら、ゲーム基板や筐体はどこから仕入れているだろう、売上規模はどのくらいだろう……と、その設定はしっかりと作り込みましたね。

安部 クランクインまでの2週間はずっとその資料作りでした。制作側から「この回は1990年だから、こういうゲームを並べてほしい」というゲームのタイトルリストが届いたら、それは本当にその時代にあるゲームかどうか検証して、間違っているものは直しました。「たしかにゲームはリリースされているけれど、このときはまだ筐体とセット販売のみで基板売りはしていないはずだから、わたなべにあるのはおかしい」とか。そういうところもひとつずつ検証していきました。最終的にはゲームでは描かれない年も含めて、「この年のわたなべはこういうゲームラインアップだった」というのを全部の年でシミュレーションしてリストにしたんです。ドラマとしてテレビ画面に映る「1990年のわたなべに並んでいたゲームはコレ」という部分に説得力を持たせたかったんで。

大塚 ドラマである以上、もちろん最大公約数的にデフォルメする必要もあるとは思うんですが、でも、どこをどうデフォルメするか、ここはしっかりリアリティーを出さないといけないな、というのは安部がもっとも気にした部分だと思います。

安部 たとえば、劇中で「1985年に『パックマン』が2台あるのは何でだ!?」っていう突っ込みも当然あると思うんです。そこにしっかり理由付けをしておかないと、僕らも混乱してしまうんですよ。個人経営のゲーセンという設定なので、何でもアリといえばアリで、安い基板だから買ったとか理由はいくらでもどうにでもなるんですが、一応そこはしっかりと設定しました。

■「毎日筐体が故障する日々でした」

--撮影現場で故障したりすることは?

大塚・安部・八丁堀 毎日!

一同 (爆笑)

大塚 壊れない日はなかったよね……。

安部 電源入れたらモニターが火を吹くとか……。

八丁堀 壊れなかったのは“ヒト”くらいじゃないですか?(笑)

安部 いやあ、壊れそうなヒトもいたような……(汗)。

--じゃあ、壊れたらその場でどうにかする?

安部 どうにかならないのがほとんどですね。

八丁堀 交換する部品がなかったり……。古ければ古いほど手に入れるのが手間取るものだったりするので、容易に交換できないんです。もちろん、時間があれば別なんですが。

大塚 ありえないトラブルが毎日起こりましたよ。たとえば、「コインを投入するシーンを撮りたい」という話になったんです。いまどきの古い筐体、テーブル筐体なんかは、イベントで使われることが多いので、フリープレイが基本です。そのため、わざわざコイン・シューターのメンテナンスをする必要がなかったりするんですね。それで、コイン・シューターを一度バラして……と思ったら。

八丁堀 手を触れた瞬間、バラバラと崩れました(笑)。ビスケットのように粉々になりましたね。

安部 『ノーコン・キッド』では演出意図として必ずコインを投入するシーンを入れよう、ということになったんですよ。でも長いあいだ、コイン投入口やその中身とかのメンテナンスをやってなかったものだから、バラバラと崩れてしまい……。

八丁堀 何とかするしかないんですが、とはいえパーツもなくて。もちろん入手する方法はあるんですが、基本的に通販するものなので、手配している時間はないんです。いまこの場でどうにかしなくてはならない。毎日のようにいろんなトラブルが起こったので、だんだんとそれに対処できるように事前準備もできるようになったんですが、さすがにこれは予想以上でした。

大塚 あと『スペースハリアー』もね……(苦笑)。

安部・八丁堀 ああ(苦笑)。

--いま、みなさん一斉に苦笑いをしたんですが(笑)。

大塚 『スペースハリアー』の筐体って、ブラウン管の手前にもう1枚ガラスがあるんですよ。撮影前日にチェックしたら、このガラスのう裏面が汚れていることがわかって。撮影中に「汚れているからキレイにしてほしい」と言われても手間と時間がかかって撮影を中断してしまう危険性があるので、じゃあこれは事前に掃除しておこう、ということになりまして。

八丁堀 筐体をバラすのもすごく大変でしたね、あれは。

大塚 それで掃除したらガラスが見違えるほどキレイになりまして。「これは俺たち、いい仕事したぞ!」と、筐体を組み立てているときに、そーっと置いたつもりだったんですが、トンとガラスを乗せた瞬間にピキーン! とヒビ割れが(笑)。

安部 まあ、でもそこは冷静に、「大丈夫、まだ午前2時だ。時間はある! 何とかなる!」と。いろいろ調べたら近くに大きな文房具屋があることがわかったので、そこでアクリル板を買いました。

大塚 僕がプラモデル少年だったときのスキルを活かして、アクリル板をキレイに切ってはめ込みました。結果、ガラスのときより圧倒的にキレイになったんですけどね(笑)。

八丁堀 古い筐体は電源を入れた瞬間に壊れるというのが多かったですね。やっぱり20年とか使っていない状態で電源を入れると、その瞬間に壊れるものが多かったです。

▲ゲームセンターの時代考証には、本当にこだわったとのこと(第3話より)。

■「何を言われてもいいように事前対応するようになった」

--撮影時の苦労話は尽きませんね……。

大塚 さっきのコイン・シューターもそうですが、撮影時に「こういうことできない?」といきなり言われることがあるんですよね。その対応が難しい場合があって。

八丁堀 ボタンの変更ひとつとってもすごく時間がかかりました。いまの筐体はメンテナンスしやすい設計で、簡単にボタンの配線変更ができるんですが、昔の筐体はぜんぶ半田付けされていて、これをひとつつずつ付け直すとなると……!

安部 全部付け直すと40分かかるんですが、この撮影現場で40分も撮影が止まるのは重罪です(笑)。5分で変えないといけないくらいなスケジュールだったので、そのためには事前に準備が必要なんです。その日の撮影が終わった後、朝まで翌日に向けた筐体セッティングをして……。

八丁堀 このときがいちばん眠くて……。

安部 なので、僕が八丁堀のケツを叩いて(笑)、「あともう少しだからがんばろう!」って(笑)。

大塚 で、翌日朝イチには撮影のセッティングがはじまって、撮影中は何かあったときのためにずっと待機。撮影が終わったら翌日のために機材セッティング……という日々が1ヵ月半続きました。

安部 8月3日から9月11日まで、ほぼ休みナシでした。ゲームセンターわたなべは超ブラック企業ですよ(笑)。

大塚 撮影チーム自体は、毎日わたなべで撮影していたわけではなく、木戸の家(団地)だったり、今日は別の場所で撮影している、という日もあるんです。でも、そういう日も僕らは筐体や基板の入れ替え、メンテナンスなどがあるので、必然的に毎日行かなくてはならなかったですね。

八丁堀 ロケ場所には恵まれたと思います。ゲームセンターわたなべは浅草橋にあったのですが、すぐ隣が秋葉原だったので、レバーやボタンが足らなくなったらすぐ買いに行けました。

大塚 あれが設定どおり埼玉県の所沢にあったら、確実に終わっていましたね(笑)。

安部 神奈川県の三崎も候補地のひとつだったとかで……それだったら本当に終わっていたと思います。わたなべが秋葉原から近くて本当によかった。

大塚 三崎に朝8時集合とか絶対無理(笑)。

安部 パーツも何も調達できない(笑)。

■「家庭用ゲームも僕らがそろえることになってしまった!?」

--家庭用ゲームまわりの手配もこのメンバーで行ったんですよね? そのあたりの苦労なども聞かせてください。

大塚 苦労話がどうこう以前に、まず家庭用ゲーム機も僕らが手配しなければならないってことは聞かされていなかったんですよ(笑)。

安部 僕らはアーケードゲームだけ手配すればいいと思っていたんで、その話しかしていませんでした。ところが現場に入っていろいろ話を聞いてみると、どうやら僕らが手配しなければならないような空気で。なので苦労話というか、まずは「驚いた」というところからスタート(笑)。

--でもアーケードゲーム基板と比べて、家庭用ゲーム機のほうが集めやすかったり?

安部 古いハードやソフトほど「美品で」というのが大変でした。四角ボタンのファミコン(※4)で美品、とか。

※4【四角ボタンのファミコン】
初期タイプのファミリーコンピュータは、コントローラーのボタンが四角くなっている。途中から丸いデザインのボタンに変更された。

大塚 本来だったら美術さんの仕事になるんですよね、小道具扱いとして。でも時間もなくノウハウもないので、けっきょく僕らが揃えることになりました。ゲームハードはキレイに掃除したりで、どうにかなるものもありましたが、古いソフトで、パッケージのある新品はなかなか見つからなくて。

安部 新品がほしいというオーダーは3つありました。まずは発売されたばかりという設定の“ファミコン”本体。劇中では新品なので黄ばんでいてはダメです。これはキレイなものを手配しました。あと、『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』のパッケージ。これは美術さんが複製して新品風のダミーを作ってくれました。あともうひとつは、木戸が発売日に買った“スーパーファミコンの箱”です。

大塚 スーパーファミコンの箱は苦労しましたね。僕らがそれなりにキレイな箱を用意したんですが、撮影前日に助監督から「監督NGが出てしまいまして……もっとキレイなのはありませんか? 何とかなりませんか?」と連絡がありまして。何とかなるわけねーだろ!と(笑)。

安部 どうしたらいいだろう……とゲームセンターわたなべの前で途方に暮れていたら、たまたま目の前に、遊びに来ていた猿楽庁の橋本長官(※5)がいらっしゃったんです。すかさず駆け寄って「長官! キレイなスーファミ持っていませんか?」「あるよ!」って(笑)。

大塚 あれは本当にギリギリかつミラクルでしたね(笑)。

※5【猿楽庁の橋本長官】
株式会社猿楽庁とは、ゲームのクオリティーをあげるためのチューニング業務を行っている会社。代表取締役は橋本徹氏。猿楽"庁"という社名から、代表のことを“橋本長官”と呼ぶ。『ノーコン・キッド』においてはこのスーパーファミコン以外にもさまざまな協力を行っている。
⇒サイトはこちら

▲家庭用ゲーム機まわりの手配も安部さんたちの仕事だった。『スーパーマリオブラザーズ』をモチーフにした第6話では、キレイなスーパーファミコンの箱を用意するのに苦労したり……(第6話より)。

■「テクニックが必要なゲームは現役プレイヤーを手配しました」

--劇中での“うまいプレイ”というのは別途プレイヤーを用意されていたんですよね?

安部 『バーチャファイター2』に関しては、全部大塚に手配を頼みましたが、それ以外は僕のほうで手配しました。アーケードはそのゲームに精通した人を呼んでプレイしてもらっています。家庭用だとちゃんとした腕前が必要なのは『スーパーマリオブラザーズ』くらいだったので、そのほかは自分らでプレイしましたね。

八丁堀 わたなべがあるビルの2階に休憩する場所があって、そこで休もうと思ったら「今日はここでファミコン版『スーパーゼビウス』でバキュラを破壊するシーンを撮影するから。それまで帰れないよ」って言われて(笑)。バキュラくらいなら手連(連射パッドを使わず、自分の指で連射すること)でできるよね、って言われたんですが……これがなかなか壊せなくて。しかも時間の経過とともにどんどん手連性能も落ちていくわけじゃないですか。疲れてきちゃうから(笑)。

大塚 安部は「ぜったい手連でやれ!」って言っていたんですが、どんどん疲れてくる八丁堀を見ていたら……そこまで手を疲れさせてしまったらメンテナンスにも影響が出てしまうのではないか、と(笑)。

安部 なので、最終的には秋葉原でファミコン用連射スティックを買いました。一番安い1300円のすごいかっこ悪いやつを(笑)。やっぱり連射機能付きに慣れてしまったせいか……手連のきびしさは自分自身でも痛感しましたね。『ファンタジーゾーン』全面クリアーの映像が必要で、これは楽勝だろうと思って自分でやったんですが、連射がないととにかくキツくて最終面で終わってしまうこと7回……。一周20分程度のゲームなのに、やり直しを含めて撮影に3時間かかりました。

大塚 『バーチャファイター2』に関しては、いま稼働している『バーチャファイター5FS』プレイヤーではなく、当時『バーチャファイター2』をやっていたプレイヤーに声をかけました。いやらしい言いかたにはなるんですけど、彼らがプレイしてくれているというだけで、説得力は段違いなので。プレイの内容もなるべく当時のテクニック、その時代に流行っていたテクニックという部分は意識してプレイしてもらいましたね。ただ、そのぶん、いまの目線で見ると下手に見えてしまうという問題もあって、そこはジレンマがありました。あと、『バーチャファイター2』はいまのものと比べてコマンドタイミングがすごいシビアで。みんな「技が入らない!」って嘆いていましたね。

安部 近年発見されたテクニックもあるので、手のクセでどうしてもそれが出ちゃう場合もありました。『ドルアーガの塔』では、木戸は39階までしか到達できていないという設定だったんですが、プレイ映像で使ったギルの動きが超うまくて(笑)。その動きができるなら39階どころかクリアーできているだろ!っていう(笑)。
 あとわかりやすいところでは『ぷよぷよ通』ですね。やはり当時といまでは連鎖の組みかたがまったく違うんですよ。なので、いまどきの『ぷよ』プレイヤーに頼むとトンでもない連鎖になってしまうので、「俺たちでやろう!」ということでこの3人で練習したんですが、そもそも連鎖が組めなくなっていて(笑)。昔は簡単にできたのに……思い出すのに苦労しました。

八丁堀 ちゃんとプレイした映像が必要な場合と、にぎやかしとしてのプレイ映像や音声が必要な場合もありまして。『ツインビー』はプレイ中の音だけが必要だったので、助監督さんが「俺やります!」ってプレイしていたんですよ。『ツインビー』のプレイ自体初めてなのに2面ボスまで到達して、ある意味すごくうまかったんですが……。

大塚 八丁堀があわてて「ストップ!」と。

八丁堀 『ツインビー』は、ベルを取ってパワーアップするシステムなのに、そのベルを一度も取らずに2ボスまで到達しているんです。それはそれでスゴいんですが、ベルを取ることでファンファーレが鳴ったりBGMが変わったりするじゃないですか。その音がないのは『ツインビー』っぽくないというか(笑)。時間の許すかぎり、そういう部分もなるべく本物っぽくしました。

▲第8話、第9話の2話連続で放送された『バーチャファイター2』のエピソードは、筆者も個人的にもっとも好きな回でもある。遠征の雰囲気とか、当時のゲーセンの様子を見事に再現していた(第9話より)。

■「古い筐体は“鉄”として売られてしまっていた」

--もっと時間や予算があれば……というシーンも多そうですね。

安部 それはもう、挙げていったらキリがないですね。たとえば、ちょっとしたプレイ映像ひとつとっても、どれも1面をちょっと遊んだだけで撮影が終わっちゃうんです。そのゲームの魅力やおもしろさを伝えたいと思ったら、もっと別のステージだったり敵だったりすることもあるじゃないですか。でも、5秒程度のプレイシーンが必要なだけなのに、「そのために2時間ください」っていうのは無理ですよね。でも、こだわりとしては「1面じゃなくてもっと先の面にしたかった」というゲームはたくさんありました。

大塚 脚本に対して、もう少しコミットするタイミングがほしかったな、というのはありましたね。脚本家さんたちのこだわりもよくわかるんですが、リアリティーとか設定考証の部分をフィルムに反映させるための時間がもうちょっと……脚本段階でもう少し刷り合わせできたらよかったかなあ、と。監督さんは設定やリアリティーには理解があったので、脚本段階で話し合いがあれば、もっとよくなったのに、という想いはありますね。

安部 本当は筐体にもっとこだわりたかったです。年代的にはテーブル筐体からアップライト筐体と進化させていかなければならないんですが、なかなか難しかったですね。テーブル筐体は整備された美品を用意できたんですが、1990年前後を描写するにあたって、テーブル筐体の後はミニ・アップルライトになったテクモのラバ筐体を使い、そのあとの1993年でやっとセガのアストロシティ(※6)になっているんです。
 あくまで個人経営のゲームセンターなのでそういうセレクトになったという設定ではあるんですが、本当は’80年代後半のシーンでは、セガのエアロシティ(※6)、ナムコのコンソレット、ジャレコのポニーみたいなものを使いたかったんです。でもこれらをそろえるのにハードルが高くて……。あるところにはあるので、それらをかき集めればどうにかなったんですが、すでにモニターが壊れていたりして、2週間では用意できないと判断して、今回は断念しました。

八丁堀 この時代の筐体は、いまのFRP製じゃなくて、鉄でできているので、筐体として中古に売るよりも溶かして“鉄”として売ったほうがいい値段になるんですよ。セガのエアロシティは用意したかったんですが、そういう事情もあって中古がどんどん“鉄”にされて売れられてしまっていた、という……。

安部 セガさんにも問い合わせてみたんですが、1台しかないってことで、エアロシティは諦めました。7話の1993年からようやくわたなべ全体がおなじみのアストロシティ筐体になるんですが、それにはこういう事情があったんです。

大塚 どうせなら、メガロ50(※6)も入れてみたかったですね。いまの『バーチャ』プレイヤーはメガロの存在を知らなくてすげえビックリしていたので。

安部 大型筐体はもう少し導入してみたかったというのはありますね。

※6【エアロシティ、アストロシティ、メガロ50】
本文中に出てくる各メーカーの筐体のうち、その歴史と流れをわかりやすく理解してもらうため、セガの筐体を写真付きで紹介する。エアロシティ(1988年発売)は、ミディタイプ筐体(ブラウン管を垂直近くまで立てて、プレイヤーは座ってプレイするタイプ)として多くのゲームセンターに普及した。基本的なハード構成は同年に発売されたエアロテーブル(テーブル筐体)と同じで、これをミディタイプにしたものだ。アストロシティ(1993年発売)はエアロシティの後継筐体。軽量化とモニタ大型化(29インチ)でこちらもエアロと同様にたくさんの施設に出回った。メガロ50(1992年発売)は50インチ大型プロジェクタ筐体で、対戦時は左右に並んで座るタイプ。

▲左から、エアロシティ、アストロシティ、メガロ50。

■「突っ込まれるということは、それだけ観てもらえているということ」

--視聴者の反応などはどう受け止めていますか?

安部 少なくとも美術として用意したゲームまわりの時代考証はしっかりやったつもりです。視聴者のツッコミで「すみませんでした!」と思ったのは、『ドラゴンクエストII』のロムカセットの件ですね。『ドラゴンクエストII』はロムカセットが2バージョンあって、劇中で使われたのは後期バージョンなんです。発売日に買った『ドラゴンクエストII』なので、それだとおかしいんですよ。もちろんこっちは気が付いていたのですが、なにせ1~2日ですべてのゲームを手配しなければならなかったので、後期バージョンとなってしまい……ツイッターでひとりだけつぶやいている方がいらっしゃって。これについては、「参りました」「すみませんでした」ですね。

八丁堀 視聴者のツッコミで言えば、『パックマン』の2P側にボタンがついている! なんていうのもあったんですが、設定として「そもそもあのオヤジ(わたなべの店主)はそんな細かいメンテナンスはしない」という“裏設定”も僕らにはありまして。まあ、言い訳なんですが。

安部 そのへんは公式サイトにある“ゲームセンターわたなべ営業日誌”のほうでもフォローしていますので、気になる方はチェックしてみてください。

--2014年2月4日にはDVD/Blu-rayも発売されるので、もう一度見返す人に向けてココを注目してみてほしいとかありますか?

安部 観れば観るほど粗探しになっちゃうというか……僕はこのドラマはもしかしたら、“間違い探しドラマ”っていう新しいジャンルじゃないかと思ったり(笑)。“君のゲーム知識に挑戦!”みたいな。でも、突っ込んでもらえるっていうことは、それだけ観てもらえているということなので、ぜひ一時停止などしてもらって、じっくり観てもらえればと思います。
 あと、今回改めて感じたのは映像の説得力ですね。自分はもともと編集・ライターをしていて、紙でゲームの歴史を綴るような仕事をずっとしてきたのですが、’80年代のゲームセンターを説明するのに文字で説明するより、映像で見せたほうがわかりやすいんですよね。

大塚 あんまり言うと怒られるんですけど、いま僕が取材を続けている『バーチャ』プレイヤーは、僕が書いた本ですらぜんぜん読んでくれなくて(笑)。でも、こういうドラマとかなら観てくれるし、そこはまさに映像の強さですよね。あと、ドラマの部分にも注目してほしいです。田中圭さんの演技を年代ごとに見比べると、それだけでも十分おもしろいですよ。

八丁堀 ドラマ放送中にネットとかを見ていると、「あのゲームが出ている!」「今度はこのゲームか」とかゲームの話題ばかりなんですよね。もちろんそれはうれしいのですが、ドラマのほうの展開もおもしろいのでそちらもじっくり鑑賞してほしいですね。撮影現場で毎日役者さんの演技を見ていて、本当にこの人たちすごいなってつくづく思いました。

大塚 とにかくおもしろい現場でした。その結果として皆さんにも楽しんでもらえたらうれしいです。まあ、すべては僕が佐藤大さんのことを嫌っていたからこそ実現できたことなんですけどね!(笑)

一同 (爆笑)

▲田中圭を始めとする主要キャストの30年にわたっての演技は必見だ(第12話より)。

(インタビュー・構成 松井ムネタツ)


『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』Blu-ray(写真)・DVD

■2014年2月4日発売予定
■価格:DVD-BOX 15200円[税抜]6枚組(5DVD+1CD)/BD-BOX 19000円[税抜]4枚組(3BD+1CD)
■発売元:「ノーコン・キッド」製作委員会
■販売元:ハピネット
【収録内容】
◎本編全12話
◎特典映像(予定):
・撮影の舞台裏に潜入! ゲーセンわたなべ30年間の軌跡を描いたメイキングムービー
・キャストスペシャルインタビュー&オフショット集
・シークレットゲスト特集
・あなたのお家がゲーセンに!珠玉のゲーム映像集
・番宣スポット集 ほか
◎封入特典(予定):特製ブックレット、オリジナルサウンドトラックCD


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