のべ450名のスタッフたちが目指したものとは……?
2012年8月20日~22日、パシフィコ横浜にて開催されている、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC2012”。2日目の2012年8月21日に行われた、“劇場用3Dアニメーション『ドットハック セカイの向こうに』 ゲーム会社が作る3D立体映像”と題したセッションをリポートしよう。
このセッションでは、2012年1月に全国公開されたフル3DCGアニメーション映画『ドットハック セカイの向こうに』(以下、『セカイの向こうに』)を制作したゲーム会社・サイバーコネクトツーのプロジェクトリーダー、二塚万佳氏より、ゲーム会社ならではのアドバンテージを活かした3D立体視映画作成のポイントが解説された。
講演は、まず『セカイの向こうに』の概要から紹介された。ファミ通.comの読者ならばご存じの方も多いだろうが、本作はゲームやアニメ、コミックなど多彩な展開で人気を博している『.hack』シリーズに連なる作品だ。2012年6月28日には、映画『セカイの向こうに』と、本作からつながるシリーズ最新エピソードが描かれたPS3用対戦アクションゲーム『.hack//Versus』を1枚のBlu-rayディスクに収めた『ドットハック セカイの向こうに+Versus Hybrid Pack』が発売となっている(詳しくは公式サイト【コチラ】を参照)。
続いて、本作の企画から本制作に至るまでの流れが説明された。本作では、本制作に入る前に、2本のパイロット版を作成しているのだという。もちろん、それぞれに目的は明確で、3D立体視の映像を作ることを前提に、どんな映像が適しているかの検証が行われたのだそうだ。ちなみにそれぞれの制作期間は6ヵ月程度とのこと。つまり、本制作に入るまでの検証に、たっぷり1年以上を費やしているということだ。
結果として、アニメ(作画)の表現で立体視を作ると、書き割りのように見えてしまい、よい映像にはならないことがわかる。逆に3D映像ならば、多少コストはかかるものの、やはり立体感が強調され、見応えのある映像になる。というわけで、最終的に、フル3Dで制作することが正式に決定され、それに応じたプロジェクト組織が編成されることになった。
プロジェクトチームは、下の画像を見るとわかる通り、かなりの大所帯となっている。企画段階では5名から始まり、ピーク時では200名、のべ450名もの人員が参加する一大プロジェクト。全国公開の劇場用映画を作るというのは、やはり並大抵のことではないことがよくわかる。ただ二塚氏によると、じつはもっとも時間がかかったのは、工程の最終段階、30名ほどで行った仕上げの部分だったのだとか。二塚氏は、「やはり我々はゲーム会社ですので。最後のバグフィックスといいますか、お客様にとって見やすい映像になるまで、ひたすらやり直しをくり返しました」と語る。
サイバーコネクトツー流・3D立体視3つのセオリー
二塚氏は、前述の“お客様にとって見やすい映像”という部分は、サイバーコネクトツーで一貫して最重要視している部分なのだと説明する。とくに本作は、劇場用作品という性質上、暗い映画館の中で、約1時間半~2時間にわたって没頭できる映像に仕上げることが要求される。そのために二塚氏は、「見ている人のストレスになることはすべて排除しようと考えました」(二塚氏)と語る。これには、3D立体視映画が出始めのころ、どぎつい映像が多く、目が疲れたり、目が痛くなったりする人が多かったということも、教訓としているのだそうだ。
そのセオリーのひとつ目は、“奥行きを作れ”。3D立体視というと、一般には“飛び出してくる”というイメージが強く、そこに期待する人も多い。しかし二塚氏は、「でも正直、飛び出してきても、びっくりするのは最初だけで、それを連発すると飽きてしまうものです」と語る。1分程度の短い尺のPVなどでは、飛び出す映像も見るに耐えうるが、長時間見ることが前提の場合は、「飛び出すことよりも、スクリーンから奥に世界が広がること。それを見てもらって、没入してもらうことがいちばん大事なんです」(二塚氏)。 具体的に『セカイの向こうに』では、いちばん手前にあるものがスクリーン面にくるように奥行きを作ることを基本ルールとして、奥行きのある映像を作り出しているのだそうだ。
セオリーのふたつ目は、その1とも関連することだが、“飛び出しNG”ということだ。飛び出す表現については、「目的をしっかり持って、実際にやる必要があるのかを判断し、本当に必要なときのみ使うようにします」(二塚氏)とのことで、基本的にはNGというルールになっていたという。
ただし、“飛び出す”表現は、見にくい映像になるというリスクはあるものの、立体視であることを効果的に伝えられるというメリットもある。二塚氏からは、例外として使ってもオーケーな“飛び出し”とはどんなものなのかについても説明された。
まず、画面に収まり切らず、見切れてしまうオブジェクトを飛び出させるのは、極めて見づらい映像になるため厳禁だとのこと。逆に言えば、しっかりフレーム内に収まる範囲内で、効果的に飛び出してくる表現ならばアリだという。
また、もうひとつ効果的な“飛び出し”の例として、エフェクトを飛び出させるという手法も紹介された。とくに粒子系のエフェクトは立体感を高める効果が大きいとのことで、これは実際に『セカイの向こうに』でも、チリが舞う表現として使われている。二塚氏は、「映画では使用していませんが、桜吹雪や雪なども、すごく効果的だと思います」と説明した。
セオリーの3つ目は、“見やすさを優先”すること。たとえばカットが細かく分かれていたり、目の前をさまざまなオブジェクトが横切ったり、引きと寄りのカットを繰り返したり……といった構成にすると、とても見にくい映像になってしまうという。
さらには、複数のスタッフで映像を確認し、見にくい映像になってしまっているようならば、「視差値を調整して、極端に言うと、2Dに近づけてしまう」(二塚氏)といった調整も行うことで、物語の邪魔にならないように、立体感を調整していったそうだ。
ここまでのまとめとして二塚氏は、「いちばん大事なのは物語に没入してもらうことです。その邪魔になるなら、それは排除するべきです」と語り、本作がとことん“気持ちよく鑑賞できること”を第一として制作されたことを強調した。
「ゲーム会社だからゲームしか作れない」ではダメ!
続いて二塚氏は、“『ドットハック』を開発した会社だからできること”として、映像専門の会社にはできない、ゲーム会社ならではの魅力的な商品作りについての考えを語った。
その一例が、“設定へのこだわり”。作中に現れない設定までとことん作り込むというのは、ゲーム会社ならではというよりも、サイバーコネクトツーならでは、という感があるが、その詳細な設定が、映像に説得力を持たせているのは間違いないところだ。また、膨大な設定資料は、商品と結びつけることで、ユーザーを喜ばせることにもつながる。実際に『ドットハック セカイの向こうに+Versus Hybrid Pack』の初回限定版では、分厚い設定資料や絵コンテ集などを同梱させることで、商品をより魅力的なものとしている。
また『ドットハック セカイの向こうに+Versus Hybrid Pack』のように、映像とゲームのハイブリッドにより、高い商品力を提供できるのも、ゲーム会社の強みだ。しかも今回の場合、劇場作品で培ったノウハウを、『.hack//Versus』の開発に活かすことで、目に負担をかけずに、長時間遊べる立体視ゲームを実現しているという。
まとめとして二塚氏は、これからのゲーム会社に求められるのは、“既存の枠組みにとらわれず、アイデアと発明力で新しい商品を生み出すこと”だとし、「ゲーム会社だからゲームしか作れない、ではなく、ゲーム会社には何ができるだろうと考えていけば、新しい物を生み出すことができるはずです」(二塚氏)と、自身の新しい商品を作ることへの意欲を語りつつ、講演を聴いているたくさんのクリエイターたちにエールを送った。
セッションのリポートは以上。今回のCEDEC 2012では、3D立体視に関連したセッションが多数行われているが、初日に行われた【コチラ】のセッションの内容と合わせて見てみると、共通している部分が多いことに気づく。それは、“無理に飛び出させない”、“目に負担をかけない”など、“見やすくする”ということを最重要視しているということだ。つまりこれは、3D立体視が一般的になったいま、奇抜なもの、インパクトの高いものが求められる段階はすでに過ぎ去り、自然に楽しめるものが求められる段階になっているということだろう。
二塚氏が指摘している通り、初期の3D立体視コンテンツが、多くの人たちに“3D立体視は目が疲れる”という印象を与えてしまったのは否めない。しかし、3D立体視映像制作の最前線で活躍するクリエイターたちが、“見やすくする”ことを大事にした映像制作を続けていけば、3D立体視への偏見が完全に払拭される日は、そう遠くないかもしれない。