2012年はプレイステーション Vitaのブランド確立が最優先

 ソーシャルゲームの成長や、ダウンロード販売の普及などにより、急速に多様化が進んでいる昨今のゲーム業界。この変化にゲームメーカーはどのように対応していくのだろうか。この特集では、各社のキーマンへのインタビューから、業界の今後を探っていく。

 第3回となる今回は、ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン プレジデントの河野 弘氏に、プレイステーション Vita(以下、PS Vita)を始めとする、同社の各プラットフォームの現状と展望を聞いた。 
(聞き手:週刊ファミ通発行人・編集人 浜村弘一)
※この記事は、週刊ファミ通2012年5月31日号(2012年5月17日発売)に掲載されたものです。

ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン 河野 弘プレジデントインタビュー【ゲームメーカー新時代戦略】_01
ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン プレジデント
ソニーマーケティング 代表取締役 執行役員社長
河野 弘氏
(かわの ひろし)

兼任で変わること 変わらないこと

浜村弘一(以下、浜村) 河野さんは、2012年4月1日付でソニーマーケティングの代表取締役執行役員社長に就任されましたよね。
河野弘氏(以下、河野) はい。
浜村 ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンのプレジデントと兼任という形になるわけですが、ふたつの職務の時間配分はどのようにされているんですか?
河野 時間はですね……それぞれ12時間と12時間です(笑)。
浜村 (笑)。僕は最初にそのお話を聞いたときに、「河野さんがゲームのためにかける時間が減ってしまうのでは」という懸念と、逆に「ソニーマーケティングで得るノウハウがゲームに活かされるのではないか」という期待、両方の気持ちを抱いたんですよね。河野さん自身は、どうお考えですか?
河野 まず、兼任することになって決めたことは、“ソフトウェアメーカーさんとの協力体制、そしてその構築に費やす時間と労力は変えない”ということです。これをすべてにおいて優先する。その意思を明確にお伝えするために、ふだんお付き合いのあるソフトウェアメーカー各社様に事前に連絡して、お話ししました。
浜村 直接皆さんにお話しされたのですか。
河野 はい。日ごろよりソフトウェアメーカーさんの発表会には積極的に参加していますし、お招きがあれば喜んで応援演説させていただいてますからね。このあいだも“ニコニコ超会議2012”に参加してきました。我々にとっても、ソフトウェアメーカーの皆さんにとっても大切なのは、“ゲームがどこまで広がる可能性があるか”ということです。たとえばPS Vitaですが、これはゲームはもちろん、映画や音楽も楽しめる、携帯型エンタテインメントシステムなわけです。さまざまな使いかたがある。
浜村 ええ、そうですね。
河野 でも、いろいろな使いかたの提案を市場で実践できる体制は、これまで整っていませんでした。4月に、平井(平井一夫氏。ソニー・コンピュータエンタテインメント代表取締役会長)がソニーの代表執行役社長兼CEOに就任し、新経営体制のキーワードとして“One Sony”(※ソニーの新経営体制のキーワード。平井氏を中心とするマネジメントチームと各事業の責任者が、迅速かつ全体にとって望ましい意思決定を行い、ソニーグループ一体となった経営を行うというもの。)を掲げました。それを実現するために、僕が兼任という形をとって、実際に現場で推進できる体制にしようということになりました。要は現場重視ということですね。
浜村 なるほど。

ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン 河野 弘プレジデントインタビュー【ゲームメーカー新時代戦略】_05
nasne(ナスネ)
2012年7月19日発売予定
16980円[税込]

河野 兼任にはさまざまなメリットがあると考えています。このあいだ発表したばかりの“nasne(ナスネ)”がいい例ですよね。プレイステーション3(以下、PS3)やPS Vitaだけではなく、PCやスマートフォンともつながる。このnasneが、ソニー・コンピュータエンタテインメントから発売されるということに、おもしろい価値があると思うんです。PS3専用地上デジタルレコーダーキットである“torne(トルネ)”などの、ゲームの分野で培われた技術が、ソニーのゲーム以外の分野で、nasneという形で活かされる。
浜村 torneは、ゲームユーザーが重視する“マニュアルを読まなくても使える”というポイントを押さえたインターフェースがすばらしいですよね。
河野 直感的なインターフェースを積んだtorneは、ゲームユーザーさんだけではなく、幅広いお客様に価値を認めていただきました。そのtorneの機能を進化させ、ソニーのさまざまな機器に新たなテレビ視聴環境を提供する商品として、nasneを発売することになった。nasneが各ソニー製品とどう連動していくか、そこでソニー全体の価値が見えてくると思います。よって、nasneはゲーム売場に加えて、ソニーマーケティングの担当する売場でも販売していただけるように準備を進めています。
浜村 そう考えてみると、ゲーム業界のためにも、ソニー全体のためにも、兼任は望ましい形ですね。相乗効果がある。
河野 nasneを発表したことで、ゲーム業界の皆さんにも、「ほかにもおもしろいことが起きるかも」と期待感を持っていただけたのではないかと思います。あるコンテンツがさまざまなデバイスで楽しめるようになるというのは価値のあることだと思いますので、いろいろ挑戦していきたいです。体力勝負ですけど、もともと体力には自身がありますから(笑)。
浜村 六大学野球の選手でしたものね。
河野 そういうわけで、最初のお話に戻りますが、時間配分は12時間と12時間です。
浜村 倒れないよう気をつけてください(笑)。

6月以降、新色登場とともにソフトが充実していくPS Vita

浜村 昨年発売されたPS Vitaについて、現状をどう分析していらっしゃいますか?
河野 ここからが本当の勝負どころですね。まずは6月に、ひとつの山が来ます。
浜村 期待のタイトルが控えていますね。
河野 今年は、お客様に支持されているタイトルをしっかりと発売して、新しいプラットフォームであるPS Vitaを買っていただく、ということを推し進めていきます。まずは、タイトル発売が集中する6月に、とくにご期待いただきたいです。
浜村 『機動戦士ガンダムSEED BATTLE DESTINY』、『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』、『メタルギア ソリッド HDエディション』などが発売されますね。
河野 はい。これらのタイトルに対するお客様の反応、予約状況には手応えを感じています。この時期にひとつの盛り上がりを作るべく、各メディアや店頭での宣伝活動はもちろん、お客様に配布する特典にいたるまで、力を入れて取り組んでいます。
浜村 これを機にPS Vitaを買う、というお客様をしっかり増やす、と。

ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン 河野 弘プレジデントインタビュー【ゲームメーカー新時代戦略】_04
プレイステーション Vita 初音ミク Limited Edition
2012年8月30日発売予定
3G/Wi-Fiモデル:39980円[税込]
Wi-Fiモデル:34980円[税込]

河野 はい。先日発表させていただいたPSVitaの新色“クリスタル・ホワイト”も6月28日に発売を予定しておりますし、6月以降ももちろん力を入れていきます。8月30日には、しっかりとファンの心をつかんでいるタイトル『NEXT HATSUNE MIKU Project DIVA(仮題)』と、新色と同時に発表し、大きな反響をいただいている数量限定のソフト同梱版“PS Vita 初音ミク Limited Edition”が発売されます。『NEXT HATSUNE MIKU Project DIVA(仮題)』に関しては、セガさんといろいろ協議してきており、数量限定モデルの出来はすごくよいと思っています。冬には、先日発表したソニー・コンピュータエンタテインメント JAPANスタジオが手掛ける新作タイトル『SOUL SACRIFICE(ソウル・サクリファイス)』の発売を予定していますし。ほかにも、まだ言えませんが、有力なタイトルがたくさんありますよ。

ネットワークを通じてPS Vitaの魅力が増していく

浜村 PS Vitaって、「タイトルが少ない」と感じている人が多いみたいなんです。でも、クリエイターの方々に「PS Vitaでは作らないのですか?」と聞いてみると、「いや、作ってるよ」と言われる。作っているのに、どうして発表しないんですか?(笑)
河野 僕らがタイトルの発表を止めているわけではないんですけれども(笑)。でも、ずっと「PS Vitaのタイトルを作ってください」とお話ししてきていますし、PS Vitaにクリエイティビティを刺激されて、「こんなことをやってみたい」と言ってくださる開発の方々も多数いらっしゃいます。
浜村 新しいタイプのタイトルも出てきていますよね。新たなフリートゥプレイの形を示している『サムライ&ドラゴンズ』は、ダウンロード数も順調に伸びているそうで。
河野 『サムライ&ドラゴンズ』は、基本のゲームシステムがしっかりしているので安心して遊べる、というご意見が多いようです。また、『サムライ&ドラゴンズ』のユニークな点は、無料でダウンロード販売を行っている一方で、パッケージも後で発売するというところですよね。
浜村 アイテムや武将のチケットが入ったパッケージが、5月24日に発売されますね。
河野 ふつうは先にパッケージ版を出すじゃないですか。でも、セガさんは「先に配信したい」と。弊社としてもおもしろい試みだと思い、実現にいたりました。
浜村 PS Vitaは、ゲームの中身だけではなく、売りかたの幅も広げていますよね。
河野 PlayStation Networkにすぐにつながり、ソフトや追加コンテンツを気軽に購入できるというのがPS Vitaの大きな特徴です。また、アップデートでいろいろな魅力、新しいアプリケーションが付加されていくということもポイントですね。
浜村 先日、『勇者のきろく』や『Skype(スカイプ)』などが配信されましたね。
河野 また、PS3とリンクさせられることも、PS Vitaの魅力です。『ファンタシースターオンライン2』のように、PC版とデータを共有できるものもありますし。家で遊んでいるゲームをPS Vitaで外に持ち出して遊べるという仕組みは、とくにコアなお客様に支持されているようです。他機種とデータの共有を可能にすることは、ゲームの可能性を広げることにつながると思いますので、しっかり推していきたいと考えています。
浜村 PS Vitaは魅力的な機能が満載ですね。今後も独特なソフトが出てきそうです。
河野 クリエイターの方々はPS Vitaに対して熱意を持ってくださっていますから、あとは我々が市場で盛り上がりを作って、クリエイターの皆さんが安心してゲームを作れるように環境を整えなければなりません。ですので、最初に申し上げた通り、ここからが本当の勝負どころだと思います。
浜村 期待しています。

若者の支持を集めるPSPと収穫期を迎えるPS3

ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン 河野 弘プレジデントインタビュー【ゲームメーカー新時代戦略】_02

浜村 プレイステーション・ポータブル(以下、PSP)は、ハード本体もソフトもまだまだ好調に売れ続けていますね。河野さんとしては、早くPS Vitaに移行したいのか、それとも両方とも売っていきたいのか、どのようにお考えですか?
河野 PSPもPS Vitaと同様、力を入れて販売していくつもりです。いまPSPを遊んでくださっているユーザーさんのメイン層は、小学校高学年~中学生なんです。玩具をメインに扱っているお店でPSPがよく売れていたりして。ですので、PSPについては、若いユーザー層に響くような販促活動を行っています。いまはPSPで遊んでもらって、ゆくゆくはPS Vitaを買ってもらえたらと。
浜村 なるほど。ところで、PSPも好調ですが、PS3も好調ですね。2011年度は、据え置き機の中ではもっとも売れましたし。
河野 PS3は収穫期を迎えましたね。今年のタイトルラインアップを見ていただければわかると思いますが、もう、いいタイトルが目白押しです。どれを選べばいいの、と思うほどですよね。
浜村 PS3での開発ノウハウが溜まってきて、いいソフトがどんどん出てきている。このワールドワイドでの収穫期を大事にしていただきたいと思いますね。
河野 本当に大事にしたいです。とりわけ据え置き機については、ゲームのよさが伝わるように、大事に紹介していきたいんですよね。据え置き機のゲームを大画面でプレイしたときの迫力、臨場感は、ゲームの醍醐味のひとつじゃないですか。「携帯機のサイズだけで十分」とみんなが思ってしまうと、ゲームの発展が妨げられてしまう。ですから、PS3の盛り上がりはしっかり支えていきます。携帯機とのいい意味での連動も進めていきたいですね。

ユーザーの意見にはすべて目を通す

浜村 河野さんは、ユーザーにいかにアプローチするのかを、とても気にされていますよね。“プレコミュ”や“ようこそ!PS Vitaゲーム天国”(以下、ゲーム天国)で、たくさんのメッセージを発信している。ユーザーとコミュニケーションを取りたいという強い気持ちを感じます。
河野 我々がお伝えしたいと思う情報を、さまざまなチャンネルでお客様にお届けしたいんです。プレコミュのようなコミュニティサイトでお伝えするのもひとつの方法ですし、ゲーム天国で映像を公開するのもひとつの方法。週刊ファミ通さんの誌面を通してというのもそうですね。そしていちばん重要なのは、お客様のリアクションを感じながら続けていくことだと思っています。
浜村 ユーザーの意見をとても大事にされていますよね。“PlayStation Awards 2011”表彰式の際、会場内のスクリーンに、ユーザーからのメッセージをずっと流し続けていたのも印象的でした。
河野 ユーザーさんの投票をもとに受賞作を選ぶ“ユーザーズチョイス賞”を、2010年に引き続き表彰したのですが、その投票サイトに設置しておいたフリーコメント欄に、予想以上にびっしりと意見が書かれていたんです。それを見て、「ユーザーさんが意見を送る場所が必要なんだ」ということがわかりまして。そして、我々――クリエイターでも、マーケティングチームでも、営業チームでも――の胸にもっとも響くのは、やはりユーザーさんの意見なんですよね。うれしくも辛くも、ググッと刺さってくる。
浜村 きびしい意見も含め、ユーザーの意見にしっかり目を通されていますよね。
河野 はい。ソニー・コンピュータエンタテインメントのサイト宛てに届いた意見は、すべて目を通しています。
浜村 すべてですか!
河野 はい、すべてです。
浜村 では、河野さんに聞いてほしいことがあったら、どんどん言ったほうがいいということですね。
河野 ユーザーの皆さんからは、どんな言葉でもいただきたいと思っています。ゲーム天国を実施したときも、我々の最初のトライだったということもあり、多彩な意見をいただきましたが、どれも参考になるものばかりでした。ゲーム天国のチームには、「何もしなければ批判されないかもしれないけれど、やること自体に価値がある。要はどう活かすかだ」と伝えました。終わってすぐ、僕は「つぎ、どうする!?」って言ったんですよ。「どうするって、つぎもやるんですか!?」なんて意見もあったんですけれど(笑)、当然やります。1回目の後、プレコミュに「次回の“ゲーム天国”、どのように改善されるか、見守ってください」と書いた通り、つぎはもっと皆さんの期待に応えられるようにするつもりです。とにかく、続けることが大切ですよね。
浜村 すばらしい。それって、最後に成功するために最適な方法だと思います。
河野 もう、つぎのゲーム天国の準備はしていますよ。チームも、僕が予想していた以上にやる気になっています。
浜村 チーム全体で、ユーザーの意見を受け止めて、発信する体制ができているというわけですか。すごいですね。
河野 社内でも、メッセージを受け取って、発信することの大切さが浸透してきていますね。メッセージが来るというのは、その内容がきびしいものであれ、期待してくれているということですから。
浜村 本当に期待していなかったら、見にも来ませんからね。
河野 そうすると、期待に応えるための努力をしなければならず、どんどんハードルは上がっていくのですが、それはどんな分野でも同じこと。雑誌でもそうですよね?
浜村 ええ、同じです。
河野 期待に応えていくのが、僕らの使命であり、やりがいですよね。がんばっていきたいと思います。

2012年はとにかくPS Vita!

ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン 河野 弘プレジデントインタビュー【ゲームメーカー新時代戦略】_03

浜村 Sony Entertainment Networkの会員数は、全世界で1億以上にも上るそうですね。これからもネットワークのサービスは充実していくのでしょうか。
河野 はい、それこそソニーの強みですから。PlayStation Networkを始めとする各サービスは、Sony Entertainment Networkという共有インフラストラクチャー(基盤)を利用する形に移行し始めています。これにより、ネットワークにつながるデバイスが普及するほど、ユーザーの皆さんが味わえる楽しみも拡がっていきます。
浜村 いまはネットワークサービスが、ビジネスの柱になっていますよね。
河野 ゲームの分野においても、ネットワーク抜きでは、もうソフトウェアメーカーさんとお話ができないですからね。体験版だったり、追加アイテムだったり。
浜村 今後はPS VitaとPS3が、ソニーのネットワークビジネスの中核を担うのではと期待しているのですが……そんな中での、御社の今年度の目標をお聞かせください。
河野 やっぱりPS Vitaをプラットフォームとしてしっかり立ち上げることですね。やらなければならないことはいろいろとありますが、PS Vitaが最優先です。
浜村 いかがですか、自信のほどは。
河野 ありますよ。今年は、いけます。期待していてください。


ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン 河野 弘プレジデントインタビュー【ゲームメーカー新時代戦略】_06

ゲーム新時代のキーワード
ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン 河野 弘氏

今後のゲーム業界に必要なキーワードとして河野氏が挙げた言葉は、“志”。河野氏は、「ユーザーのため、業界のため、ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンで働く社員のため、高い目標を掲げ、それを継続的に維持し、つねに挑戦していく。そんな志に基づいた取り組みをしていかなければならない」という。そして、「利益やボリュームに囚われず、ユーザーや業界にとって喜ばれることをやる。すぐに結果が出ないことばかりではあるが、それを一心不乱にやり続ける。それを応援してくださるユーザー、パートナーの皆様には本当に感謝したい」と、人のため、業界のために志を貫き通す覚悟を語った。今年、その志が我々にどんな驚きや喜びを与えてくれるのか、大いに期待したい。