現代はインターネット、そしてSNSが普及したことで、特定の仲がいい友人・知人と長時間コミュニケーションを取り続けることができるようになりました。

 これ自体はとても便利なことですし、筆者自身もそこで得たかけがえのない縁がたくさんあります。

 でも、たまたま一度だけ会って、ちょっとだけ言葉を交わしただけの、どんな人生を歩んできたのかさえよくわからない人とのやり取りが、なんだかやけに印象に残り、何年経っても思い出されるーーそういった縁も、また素敵なものだと思うのです。

 2024年1月中にSteamで配信予定の『限界OL海へ行く』は、そういった感覚が呼び起こされるゲームかもしれないと、本作を“東京ゲームダンジョン4”で試遊した筆者は思ったのでした。

『限界OL海へ行く』生きるのが限界のお姉さん、仕事を放棄し現実逃避。しみじみうれしい“出会い”に癒やされる大人の旅ノベル
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“限界化”したプレイヤーにも優しい、疲れた頭に染み入る会話劇

 このゲームの主人公である“お姉さん”は、企業で働くOL。激務続きで限界になった昼休み、お姉さんは東京湾まで行く方法を調べ、午後の業務を放棄して、そのまま電車に飛び乗ります。

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 開発したのはゲーム制作スタジオの超OK。過去作にはリズムゲームと格闘ゲームを融合させた『PHRASEFIGHT』や、ドタバタ科学アドベンチャー(ときどきアクション)の『ツキササリーナ』などがあります。

 『限界OL海へ行く』ではプログラマーのクルステ氏がシナリオも兼任。自身がブラック企業で心身をすり減らした経験から本作は生まれたのだと言います。

 試遊で遊べたのは第1章。海浜公園にたどり着いたお姉さんが出会うのは、偏差値高めの高校に通う、やや不良気味な女子高生のヤイバ。彼女もまた、学校を抜け出してよくこの海浜公園を訪れているといいます。境遇も、世代も違うし、お互いの詳しい事情なんてよく知らないのに、なんとなく言葉を重ねるお姉さんとヤイバ。

 会話はLINEのやりとりのようなインターフェースにより、極めて短いセンテンスで表現されます。疲れているときって長文は頭に入ってこなくなりがちですが、これならどんなコンディションでも理解しやすいという人は多いのではないでしょうか。お姉さん同様に“限界化”してしまったプレイヤーにも優しい仕様というわけです。

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 自身も思い立つと東京湾沿いを散策することがあるというクルステ氏。ゲームの背景は、自身が散策しながら撮影した写真を加工しているとのことです。

 他愛のない、けれどなんとなくお互いの辛さを分かち合うような会話のあと、ヤイバに見送られてお姉さんは海沿いをさらに歩いていくことを決めます。ここで体験版は終了。いつもならばまだ会社のデスクで仕事をしていたはずのお姉さんの冒険はまだまだ続き、さらにいろいろな“訳アリ”な人たちとの出会いが待っている模様です。

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 “疲れた大人の旅ノベルゲーム”を謳う『限界OL海へ行く』は、その開放的なロケーションが魅力でのひとつです。加えて、どんな境遇の人なのか詳しくは知らないけれど、なにげなく交わしたやりとりがずっと記憶に残るといった、いまの時代になかなか得難いような、いくつもの“出会い”が描かれるゲームでもあるような気がします。

 取材に同行した担当編集さんは「現代版の『ひとめあなたに…』かもしれない」と言っていました。『ひとめあなたに…』は新井素子さんによる傑作SF小説です。舞台は1週間後に隕石が衝突して滅亡が決まっている地球。主人公の圭子は最愛の人に合うため、徒歩で練馬から鎌倉を目指します。道中でさまざまな人と出会い、圭子は何を思うのか――。

 筆者は恥ずかしながら未読なのですが、主人公の目的は地球を救うことではなく、あくまで最愛の人に会うこと。それで事態が解決するわけではありません。ひたすらに描かれる圭子の内面にはどこか迫力があり、焦燥や安堵といった感情の波が読者に何かを訴えかけてくる(と、担当編集さんは熱弁していました)。

 人生の酸いも甘いも分かりはじめた大人なら、なにかしら感じ入るものがある作品なのかもしれませんね。

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 お姉さんがこれからヤイバたちと再会するかどうかはわかりません。けれど、もし二度と会わなかったとしても、その出会いがもたらしたひとときによって、一度は限界になったお姉さんたちの人生が少しだけでもいい方向に向かうのなら……それらの出会いの行く末を見届けてみたいと、ささやかながら思える、そんなゲームだと感じました。

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