ファミ通.comの編集者&ライターが年末年始のおすすめゲームをひたすら紹介する連載企画。ライターの小林白菜がおすすめするタイトルは『ウーマンコミュニケーション』です。
【こういう人におすすめ】
- 日ごろから“センシティブな言葉”につい反応しがちな人
- バカゲーだけどそれだけでは終わらないゲームがプレイしたい人
- 独創的なアイデアと優れたゲームデザインをあわせ持ったゲームのファン
小林白菜のおすすめゲーム
『ウーマンコミュニケーション』
- プラットフォーム:PC(Steam/DLsite)
- 発売日:2023年10月25日
- メーカー:げーむくりえいたーねこ
- ジャンル:アクションアドベンチャー
- 価格:1430円[税込]
- 対象年齢:DLsiteでは15歳以上対象
- 備考:ダウンロード専売
2023年、少なくないゲームファンの心に深く刻まれながらも、大っぴらに「すばらしかった」と評価するのはちょっと気が引けたであろう、“裏ゲーム・オブ・ザ・イヤー”と呼べるゲームが存在します。
その名は『ウーマンコミュニケーション』。会話の中にまぎれた“うっかりセンシティブワード(※)”を撃ち抜く“知的ことば探しゲーム”です。
※センシティブワード:センシティブを日本語訳すると“敏感”や“神経質”。公には言いにくい言葉のこと。
本作が単なるバカゲーに留まらない魅力に満ちた作品であることは、もはや周知の事実かもしれません。そして評価点としては、意外に練られたストーリーを称賛されることが多いと感じます。一方で、筆者としてはこのストーリー“だけ”が突出してすばらしいゲームでは決してないとも思うのです。
『ウーマンコミュニケーション』は、あまりに馬鹿馬鹿しいコンセプトから導き出されるゲーム体験を“最上の体験”にするためのアイデアと創意工夫が惜しみなく投入されたゲームです。ストーリーの練り込みはあくまでそのうちのひとつであり、本作にはこれに相当する工夫が細部へと張り巡らされているように感じています。
筆者がとくに舌を巻いたのは「YARICHINGE」……最初にセンシティブワードの“ダブルショット”が可能となる場面をめぐる、計算され尽くしたゲームデザインでした。今回は、ひとつの記事をまるまる使って、この瞬間を“最上の体験”にするための創意工夫に迫りたいと思います。
※“おすすめゲームレビュー”と言っておきながら、本稿には『ウーマンコミュニケーション』初見プレイ時の体験を損なう情報が数多く含まれます。これからプレイするつもりの人は、プレイ後に読むことをおすすめします。
“ダブルショット”がもたらす興奮を最高にするためのゲームデザイン
ふたつのセンシティブワードが重なり合う部分を狙い撃つことで成立する“ダブルショット”。これを達成すると『歓喜の歌』が流れ、盛大な演出で祝福されます。プレイヤーは驚き、戸惑い、あまりのくだらなさに笑顔になり、そして謎の感動を覚えたことでしょう。
『ウーマンコミュニケーション』において、このダブルショットが成立する状況は複数回あります。最初に登場するのが“YARICHIN“と“CHINGE”が重なり合う“YARICHINGE”でした。
あなたの『ウーマンコミュニケーション』初見プレイ時、もしくはYouTubeなどで実況プレイを視聴したときのことを思い出してみてください。おそらくほとんどの場合、初見であったにも関わらず、YARICHINGEのダブルショットは成功していたのではないでしょうか?
自分がたまたま成功できただけ? 自分が観ていた実況者がたまたま成功してただけ? そうではありません。もちろんすべての人のゲームプレイを完全にコントロールすることは不可能ですが、10人がプレイしたら9人くらいはYARICHINGEのダブルショットを初見で成功させているはずです。
文章だけでは説得力がありませんね。それでは、YouTubeで検索してヒットした人気配信者の皆さんの『ウーマンコミュニケーション』実況動画における該当箇所をチェックしてみましょう。
にじさんじ 月ノ美兎さん(YARICHINGEは1:21:20あたり)
にじさんじ えるさん(YARICHINGEは1:48:40あたり)
バキ童 ぐんぴぃさん(YARICHINGEは17:25あたり)
- にじさんじ 鈴鹿詩子さん(1:21:20あたり)
- にじさんじ 早瀬走さん(1:14:05あたり)
- 新兎わいさん(1:12:45あたり)
- あおぎり高校 大代真白さん(20:25あたり)
- ななしいんく 日向ましゅさん(1:33:40あたり)
- Avatar2.0 Project 結目ユイさん(1:24:45あたり)
- FOS ホワイトさん(YARICHINGEは1:09:40あたり)
これらの動画より、多くのプレイヤーが初見でYARICHINGEのダブルショットを成功させていることをご理解いただけると思います。
くり返しますが、ダブルショットを達成するにはセンシティブワードとセンシティブワードが重なり合う部分を撃ち抜かねばなりません。ショットの成功で叩き出せる獲得スコアも大きく設定されています。本作のプレイでもっとも難度の高い芸当であってもおかしくないはずなのに、少なくとも最初に登場するYARICHINGEはほとんどの人が成功しているのは、なぜでしょう?
この疑問を紐解くには、まず「もしも、初見でYARICHINGEを撃ち抜くのが非常に難しかったら?」と想像してみる必要があります。
『ウーマンコミュニケーション』では、難易度“ノーマル”以下でプレイしている場合、撃ち抜けなかったセンシティブワードは、ステージ終了後に“未発見ワード”として表示されます。
未発見ワードをチェックして「あぁ、YARICHINとCHINGEを見逃していたんだな」と気付いて再プレイ、そのうえでダブルショットを達成して歓喜の歌が流れたとしても、その誇張された演出に「でも答えを知ってから狙っただけなんだよな」と、なんとなく白けた気持ちになる人が多いと思うのです。
こうして考えてみると、ダブルショットの興奮を最大のものとして届けるには、できる限り初見で、自分の力でダブルショットに成功してもらい、成功演出を“不意打ちで食らわせるべき”であるというのがよくわかりますね。冒頭で用いた言葉で言い換えれば、ゲームプレイ屈指の見せ場を“最上の体験”にするために達成されるべきことである、と言えます。
そして多くのプレイヤーが初見ダブルショットを成功しているということは、本作が見事にそれを成し遂げている証左でもあります。
では、これを達成するための創意工夫とは、具体的にどういった点だったのか? それがゲームのさまざまな場面に散りばめられていたことを、これから明らかにしていきます。
決め手は“サブリミナルチンゲン菜”
YARICHINGEのダブルショットを決めるために狙い撃つべきポイントはどこでしょう? YARICHINとCHINGEが重なり合う部分、それはCHIN(チン)ですよね。前方のYARI(やり)の部分を撃っても、後方のGE(ゲ)の部分を撃っても、ダブルショットは成立しません。
YARICHINGEが登場するのはチャプター3のボス戦ステージ。ここでプレイヤーが“チン”を、もっと正確に書くと“チ”を狙いすますように仕向ける役割を担う、新たなルールがチャプター3の冒頭で追加されます。
そう、センシティブワードの最初の文字を撃つことで高得点をゲットできる“ヘッドショット”です。
途中での新ルール追加は、ゲームプレイの難度を段階的に上昇させ、マンネリを防ぐのに有効な手段です。『ウーマンコミュニケーション』でもヘッドショット以外に“時間停止”や“コインのドロップ”といった要素が段階を踏んで追加されています。
ヘッドショットがそうした追加システムのひとつでありつつ、ダブルショットを成功してもらうための仕様でもあったと考えれば、チャプター3の冒頭という入手タイミングにも合点がいきます。つまり、チャプター3全体が新システムに慣れてもらうための練習期間だったということ。
プレイヤーはあまり意識することなく新システムに触れ、最後に待ち受けるボス戦で着実にCHINGEの最初の文字である“チ”を撃ち抜いてダブルショットを習得――成功すれば、自分の力で達成する充実感も得られます。
しかし、これだけでは不十分です。なぜなら、ヘッドショットはYARICHINのYA(や)を撃ち抜いても成立するのですから。
きっと開発者のげーむくりえいたーねこ氏は悩んだはずです。ここでダブルショットをキメてもらわなければ、『歓喜の歌』の演出を最高のシチュエーションで届けられない。けれど、YARICHINのほうをヘッドショットされては、YARICHINGEにはならない。どうすればプレイヤーにCHINGEのほうをヘッドショットしてもらえるのか?
そして導き出された手法、それが“サブリミナルチンゲン菜”だったのでしょう(この名称は筆者がいま考えました)。
本作ではダブルショットが可能となるステージよりも前から“チンゲン菜”という言葉が登場します。一度“チンゲン菜”を見かけたプレイヤーは、この言葉を強烈に意識することでしょう。なぜならチンゲン菜にはCHINGEというセンシティブワードが“まるごと入っている”からです。見付ければ手堅く得点できるこの言葉を、意識しないはずがありません。
サブリミナル的に刷り込むことで、プレイヤーは“チンゲン菜に敏感に反応してしまう体”になります。そしてさらに、YARICHINGEの直前にもう一度、ダメ押しで再び“チンゲン菜”がお出しされるのです。
このもっとも敏感になったタイミングでプレイヤーがYARICHINとCHINGEのどちらに反応するか? 答えは明白ですね。
ほとんどのプレイヤーはチンゲン菜にまるごと入っているCHINGEに夢中になって、YARICHINには気付かなかったことでしょう。
あとは地味に小ワザとして効いていたように感じたのが、チャプター2-7の“KINTAMA”やチャプター3-12の“CHITSU”などによって、“ひとつのステージで同じセンシティブワードが複数登場することもある”という理解を促している点ですね。これらによってチンゲン菜が2連続で登場しても、戸惑わず、わざとらしさを感じたりせずプレイできたように思います。
こうして、さまざまな場面に散りばめる形で、あくまでさりげなく、初見プレイヤーのほとんどがYARICHINGEのダブルショットを達成、“最上の体験”を味わうためのゲームデザインは成り立っていたのです。
なお、ここまで書いてきたことはあくまで筆者の推測であり、げーむくりえいたーねこ氏によるゲームデザインの意図がこの通りとは限らないことにはご留意ください。
夢中になれるゲームはさまざまな創意工夫で成り立っている
あらゆるゲームがものすごい速度で消費されている昨今。先月大きく話題になったゲームが、今月はもうほとんど話題になっていない、みたいなことも少なくありません。
けれど、人を夢中にさせるゲームには、その体験をすばらしいものにするための大小さまざまな工夫が凝らされています。1度楽しくプレイしただけでは把握し切れないそれらについて、ちょっと立ち止まって考えてみると、それまでは見えてこなかった発見があるかもしれません。
『ウーマンコミュニケーション』における初見でダブルショットを成功させるゲームデザインは、その一例です。こうした点も踏まえてプレイしてみると、このゲームの新たな側面が見えてくるはず。
2024年、改めて知的なことば探しに挑戦してみてはいかがでしょう?
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