2023年4月20日に集英社ゲームズから発売されたNintendo Switch、PC(Steam)ソフト『ハテナの塔 -The Tower of Children-』(以下『ハテナの塔』)。本作は世界の果てのそのまた果てにあるハテナ塔を舞台に、子どもたちの過酷な生活と冒険を描いた新感覚サバイバルローグライクアドベンチャーだ。
今回はそんな本作の世界観を生んだディレクターの池田トム氏と、開発プロデューサーの杉山晃一氏にインタビューを実施。作品の誕生経緯やさまざまな想いが込められた世界観、おもしろさを追求したゲーム性の魅力などをうかがった。
池田トム氏(左)
ゲームデザイナー・タストα 取締役。『ロリポップチェーンソー』、『王様物語』、『シャドウオブザダムド』、『BLACK BIRD』、『勇者ヤマダくん』、『RULE OF ROSE』など、個性的なゲームの開発を主戦場としているゲームデザイナー。『ハテナの塔』ではディレクターを担当。文中ではトム。
杉山晃一氏(右)
もともとはIT業界でシステムエンジニア、営業、マーケティング、経営企画などの職を経てゲーム業界へ。『ウルトラストリートファイターIV』や『ストリートファイターV』のプロデューサーを担当したほか、2019年にはNPBのesports展開『NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2』というEsports /ゲーミングカルチャーイベントの統括プロデューサーも務めた。『ハテナの塔』ではプロデューサーを担当。文中では杉山。
『ハテナの塔』はトム氏と杉山氏だからこそ、生まれたタイトル!
――まずは本作の開発経緯を教えてください。
杉山集英社が漫画家や小説家を育てるノウハウを転用してクリエイターを支援する“集英社ゲームクリエイターズCAMP”という制度があり、それを広げるには、まずは主催者側でフラグシップタイトルを立ち上げるべきだと考えていました。またそれとは別軸で、トムさんから「こんなネタがあるんだけど」とプレゼンしてもらっていたタイトルがいくつかありました。集英社の“新たなクリエイター支援”と“新進気鋭のクリエイター池田トム”、これはいまこそプロジェクトを進めよとの天啓かな、と。
――タイミングがたまたま重なったということですね。
杉山そうですね。提案してもらった中でも『果テナの塔』(旧題)が一番ビビッと来たので、トムさんに “集英社ゲームクリエイターズCAMP”という取り組みを立ち上げようと思っているんだけど、いっしょにどう?」聞いたところ快諾してくれたので、集英社にこの企画を持ち込みました。そうしたら集英社からも「おもしろいのでやりましょう!」とゴーサインがもらえて、企画が始まったという感じです。
――どちらかというと、杉山さんとトムさんのつながりから生まれたという感じでしょうか?
杉山はい。もし集英社ゲームクリエイターズCAMPがなかったとしても、この作品のポテンシャルを考えれば、別の形で実現させるべきだと思って動いていたでしょう。
――なぜ、『ハテナの塔』の企画を選んだのでしょうか?
トムちょうどコロナが流行し始めた時期で、その情勢に合ったゲームがいいかなと思ったのです。いくつかある企画の中でハテナの塔の閉鎖された世界観がいちばん合っているかなと思い選びました。また集英社の漫画家さんとコラボできるということもあり、イラストを全面に押し出した展開ができるという点も『ハテナの塔』と相性がいいと考えました。
――杉山さんとしては、どういったところがフラグシップタイトルにふさわしいと思ったのでしょうか?
杉山『ハテナの塔』の世界観や設定を聞いたときに、すごく尖っていてオンリーワンな作品という印象を受けました。そして池田トムという人間が作るゲームは、よくくも悪くも必ず誰かしらの心に深く刺さるような作品なので(笑)。
あと、どちらかというとこれが決め手だったんですが……、トムさんのプレゼンって、気合が入ってるものはいつもPPTを動画にして展開してくるんですね。で、今回はセシル・コルベルという『借りぐらしのアリエッティ』の主題歌を制作したシンガーソングライターがいるのですが、彼女の『Garden District』という楽曲をBGMとして見せてきました。この楽曲は、たとえば“女王、召使い、王様”といった中世のトランプ(タロット)や魔術的な内容をモチーフに歌っている曲で、『果テナの塔』の企画のキーワードである“塔”、“カード”、“子供”、“生死”、“運命”、“謎”、“宗教的な何か”といった内容にマッチしすぎていて、頭の中で「カチッ」と、何かがハマったような音がしたんです。で、この絶妙なニュアンスを崩さずに形にできれば、確実に神秘的で何かを訴えかけられる作品に仕上がる、と確信し、同時にこれこそがインディークリエイターとして打ち出すべき作品だと思ったのです。
――フラグシップタイトルとして、どういった部分を大事にして開発を進めたのでしょうか?
杉山じつを言うと、フラグシップタイトルだからほかを牽引できるようにしなければとか、がんばらなければとか、そういったことはなかったです。集英社側からも内容のリテイクや細かい注文もなかったので、あまりニッチになりすぎないようにバランスを取りながら、前向きに楽しく開発しました。もちろん苦労はありましたが、平和というか、こんなに順風に進んでいく健全な開発現場が存在したのか……みたいな感じでした(笑)。
――健全な現場ですか(笑)。
杉山ほらゲーム開発ってたいへんじゃないですか。いろいろなしがらみがあったり、デスマーチがあったり、チーム内での不仲だったりとか……。そんな現場がごまんとある中で、うちはチームがまとまっているし、メンバーが迷ったときもトムさんが方向性を示すメッセージを発信し続けているから、そこに立ち返ってメンタルリセットもできるのも大きかったです。
――そう聞くと、かなり仕事しやすいイメージを感じますね。
杉山大手パブリッシャーであれば売るために、ああだこうだと言うかもしれませんが、今回はメッセージ性を大事にするという軸があったので、楽しくやることができました。もちろん、最低限妥協してもらったり、無理を言って要素を追加してもらったりといった苦労はありましたが、僕とトムさんでバランスよく指示を出しつつ、比較的スムーズに進められました。
トム杉山さんも、僕も、地に足をつけてプロとしてゲームを作るという同じマインドを持っていたのが大きいと思います。僕もゲーム作りが本当に大好きで、これをおじいさんになるまでやりたいと思っていて、そのためにチームや資料作りなど、ひとりの企画者として最初に自分が考えていることは全部資料化して伝えるようにしています。
――それが、トムさんのゲーム作りに対するこだわりだということですね。
トムいえ、ゲーム作りとして当たり前のことです。でもプロジェクトによっては企画書やコンセプトがないことはザラにあって。そういう部分は作るうえでのちのち癌になるのです。コンシューマーゲームだろうが、インディーゲームだろうが、ふつうの業務として、やるべきことをやるだけですね。
杉山今後違う場所でいっしょに作るとしても、僕とトムさんのスタイルはこのままだと思います。
トムいまのやりかたであれば、ミスしづらいし、立ち戻りやすいですよね。
――『ハテナの塔』を作った3年間は、今後のゲーム作りの基本となる3年間ということでしょうか?
杉山そうだと思います。昔から知り合いではあったけど、いっしょにガッツリ仕事をするのは初めてで、でもいい形で仕事ができたのは本当によかったです。作品としていいものができたし、自然とお互いに同じ方向と価値観を持って仕事ができたのは何よりの発見だったので、トムさんとは今後もいっしょに作っていきたいですね。
――トムさんとしても、仕事はやりやすかったですか?
トムやりやすかったです。出会ったばかりのプロデューサーが相手だとこんな風にはならないと思います。付き合いがあり、信頼している杉山さんがプロデューサーだからこそ、自分の色となるネタを盛り込むこともできました。
――杉山さんはそのネタをちゃんと拾ってくれると?
トムはい。杉山さんはネタの中に隠された種をけっこう見つけてくれます。杉山さんの好みを知っているからこそ、彼が「これいいですね!」と言うようなものをいろいろと仕込んだりしています。でもそんな滅茶苦茶やっているわけじゃないですよ(笑)。
――あえて杉山さんがNGを出しそうなことも盛り込むことも?
トムもちろんありますよ!
――なぜです!?
トムいやいや、だっておもしろいじゃないですか。そのときの答え合わせにもなるし、いいかなって。多分これはイヤだろうなと思いつつ、盛り込んでけっきょく杉山さんが「これはイヤ!」というケースもけっこうありましたね(笑)。
――杉山さんの好みやいいと思うものを知っているのにあえてですか……。
トムそこは愛情というか、そういうやり取りですよね(笑)。
――NGを出されたものは、トムさんとしては必ず入れたいものなのでしょうか?
トムもちろん! 僕は入れてみたいことしか提案しません。僕だったら、こんな風にやるけど、杉山さんはダメだろうなってわかっていてもぶつけてみます。
杉山遊び心ですよね(笑)。
トム作品を作るのに正解があるわけではないので、自分がおもしろそうだとどうしても提案したくなるんですよね。
杉山トムさんは僕の好みをよく知っていますが、「毎日カレーじゃ、飽きるでしょ? ラーメンどうよ?」みたいな感じで変化球を投げてきます。それに対して「そういうのもアリか」というときと「いや、それはさすがにやり過ぎでしょう」みたいな感じのやり取りがあります。
――トムさんとしてはふだんと違う作品を作りたいと思う場面も?
トムそうですね。ふだんの僕は自分の気持ちをグッと抑えて、コンセプトや設定などを作っていますが、本当はもっとダークかつミステリーな暗い感じが好きです。本作も一瞬、ダークな路線がありましたが、そこは杉山さんが訂正してくれました。
――どのようなダークさだったのでしょうか?
トム「信じてるんだ。地上には楽園があるって噂。」が完成したキャッチコピーですが、その前段階では「子どもたちは塔を下る。ひとりまたひとり消えていく。」というものでした。伝えたいことは、どちらも変わりませんが、「ホラーゲームと勘違いするので、ポジティブで明るいテキストに変えよう」というやり取りがありました。
杉山初期のキャッチコピーは詩的ですし、切なさや物悲しさがあるので中身を知っている人に対してはかなり印象に残ると思ったのですが、初見で見た人は絶対にホラーと勘違いしてしまいそうだったのでNGにしました。
――トム節が強くていいけど、本作にはちょっと……という部分はほかにもあったのでしょうか?
杉山じつを言うと、宣伝周り以外のところではそういったNGはそこまでありませんでした。トムさんの作るゲームってよくも悪くもファミコンやスーパーファミコンが持つようなレトロ感があって、それを現代風にアレンジできて結果的によかったと思います。でもトムさんは語りたがらないタイプなので、全体的にヒントが少ないのですよ。
――それはゲームの中で、ということでしょうか?
杉山ゲームの中と本人、どちらもです(笑)。こちらから聞けばしゃべってくれるのですが、自分からはあれこれ話さないので(汗)。それが制作にも現れていて、メタファーと言ってもヒントが少なすぎて「これじゃ気づかないよ!」ってことはありました。ですので、エンディングに補足できるテキストを追加したり、オープニングにチュートリアルを追加したりと、トムさんが持ついいところも悪いところも、現代風にアレンジしたという感じです。
――お話を聞いているとおふたりはいいコンビなのですね。
杉山そうですね。プロデューサーとディレクターって意見が合わないことが多いので、本当に珍しいと思います。
トム僕エドワード・ゴーリーという絵本作家が大好きで、すごくニッチな趣味だという自覚は自分でもあるのですが、最初の企画書はそれを意識した絵柄と内容でした。
――すいません、初めて聞く作家さんです。
トムアルファベットのAからZの名前がついた子どもたちが、順番に災難に巻き込まれていくという不気味な内容の絵本を描いている人で、それが僕のバイブルなんです。
杉山僕も大好きで、ほら(カメラ越しに絵本を見せる)。
トム一瞬で手に入るところに置いてあってさすがです(笑)。
――そもそもおふたりは趣味が似ているのですね(笑)。
トムそうです。でも最初は互いにエドワード・ゴーリーが好きなことは知らなかったですし、僕も企画書がエドワード・ゴーリーに影響を受けていることも一切言いませんでした。でも杉山さんは見事に1ページ目のちょっとした内容から、エドワード・ゴーリーを見抜いて(笑)。杉山さんの広い知見と、クリエイターに対する向き合いかたの姿勢に感服しました。
――向き合いかたですか。
トムクリエイターはあまり語らないし面倒臭いやつで、こういうところを認めないとダメっていうのを杉山さんがわかっているのです。僕云々ではなく、単純に杉山さんがすごくできている人だと思います。で、それに気づいてもらえたことに対して僕も感謝し、そこからどんどん合致していったという感じです。僕は企画書に深い要素を盛り込んで、それをわかって敏感に感じ取る人が好きなのですよ。
――杉山さんはそれをしっかりと感じ取ってくれると?
トムそうです。杉山さんはちゃんと読み込んで、深くまで考察したうえで、僕の話についてきてくれるので、それがすごくうれしかったです。だからこそやり取りもテンポよく進みました。
――なるほど。本作を好きな人であればエドワード・ゴーリーもオススメできますか?
杉山いやー、どうでしょう。鬱な展開も多いので一概には言えないですね。でも彼のもっとも有名な絵本『うろんな客』であれば、オススメできるかもしれないです。かなり独特な世界観なのですが、その世界観の雰囲気を本作の塔に出てくるキャラクターにもフィルターのように反映させている部分もあるので。
『うろんな客』の購入はこちら (Amazon.co.jp)塔やキャラクターには考察心をくすぐる要素が満載
――世界観だけではなく、ゲーム性も斬新ですよね。どうやって本作のゲーム性を考えたのでしょうか?
トム最初にコンセプトを考えて、そこからネタを落とし込んでいくスタイルで本作はできています。そのコンセプトが“子どもたち”や“生誕”でした。そこから徐々に企画を広げるにあたって、「試練を乗り越えるのであれば、下から上ではなく、上から下だな」と思ったのです。
――“上から下”にした理由はあるのでしょうか?
トム「“命の重さ”がテーマになっているから」としか言えないです。そこは本作の核であり、ネタバレにつながる部分なので。でもエンディングに辿り着くことで、その答えがわかる演出になっています。人によってはこれだけでもわかるかもしれないですね。
――え? わかっちゃうんですか!?
トムじつは去年のゲームショウで、見抜いた方が「これって…ですよね?」って耳打ちしてきたことがあってドキッとしました。ゲームをプレイすると、いろいろなものがメタファーになっていて、たとえばメインビジュアルに描かれているクジラとか、金魚とか…感覚が鋭い人もいるものだなとビックリしました。
――考察しながら楽しめる内容ですね。塔の中には子どもたちにアドバイスをくれる、子どもキャラクターが登場しますが、彼は何者なのでしょうか?
杉山本作にはプレイアブルキャラクターとして20人の子どもが登場しますが、塔内に存在する唯一の子どもです。それゆえか、子どもたちにいろいろなことを教える役目を担っています。彼が何者かは、ぜひ考察していただければうれしいです。
トム本作は周回プレイができるのですが、2周目、3周目のプレイで謎に包まれた設定や背景が見えてくる作りにもなっています。
――なるほど。子どもたちの話を聞くほどすごく意味深なのですが、たとえばいろいろなタイプの子が出てくることも、世界中の人種の数などが関係していたりするのですか?
トムネタバレに通じる部分なので、あまり詳しくは言えないのですが、池田香代子さんの『世界がもし100人の村だったら』にインスパイアされています。
――たしか、“世界にいる63億人の人たちを100人の村に縮めるとどうなるのか”という内容の本ですよね。つまり子どもたちの設定には国や人種の要素が隠れていると。日本人は勤勉とか、イタリア人は自由奔放とか。
トムそうです。ただすでにあるイメージに縛られないようにするために、最初は性格と人種を切り分けて、別々のアプローチで考えていました。しかし、おもしろいもので整理していくうちに、意図せずそのイメージに近づいていって、驚くと同時にすごくおもしろかったです。クリエイターの意思というよりも、何かに突き動かされているかのような感じでした。
――ユーザーが遊ぶ際にそれをわかりやすく感じられる子っているのでしょうか?
トム吟遊詩人タイプのバードという子でしょうか。歌うのが大好きで、その歌に歴史観があったり、ちょっと天然なところがあっても、歌うことですべてを解決できたりします。当初はモンゴロイドのような民族を想定していました。でも考えていくうちに、モンゴルではなく、メソアメリカ的になっていったのです。これがまた不思議なもので、あとから歴史を調べてみると、モンゴル人って大移動してメソアメリカの地域に住んでアラスカ文明を築き上げたのです。
――何だかちょっと怖いですね(笑)。
トムキャラクターに性格を割り振ったあとに、人種を割り振っていった結果、偶然というか、見事というか、そういう結果になったのです。何かに裏付けされたかのような感じで……。
――始原から続いてきた血が自然とその選択に導いたみたいな。ということは、仲がいい悪いもあったり?
トム人種云々ではなく、性格としての相性があって、子どもどうしでも仲がいい子と悪い子がいます。
杉山トムさんってすごいなと思ったことがあって、それは“仲よしかどうか”といった抽象的な要素をゲームシステムに落とし込んでいるところです。塔の中にある焚き火で休憩する際、仲がいい子どうしだと和気藹々としゃべって体力が30回復するのですが、仲が悪い子どうしだと一切しゃべらず体力も10しか回復しないです。
トムそれも『ハテナの塔』のおもしろいところで、嫌いな者どうしでもチームを組まないといけない局面があります。イヤでも手を組んでやっていくという姿は人間性が見えておもしろいです。
杉山ある意味、大人ですよね。「こいつは好きじゃないけど、いっしょに仕事はしっかりやろう」みたいな(笑)。
――仲悪い子どうしでプレイしたら、自分の不仲な人のことを思い出してしまいそうです(笑)。
杉山あとキャラクターの名前にも意味があります。バードはさきほども触れましたが、吟遊詩人を表現しています。ほかにもアイは“目で見る”、ウサンは“伝道師・予言者”といった感じです。
――なぜ意味をもたせたのでしょうか?
杉山歌う、笑う、食べるなど、世の中にある感情に人格を宿すために、名前に意味を与えました。
――感情に人格を宿す、ですか。キャラクターへの魅力が深まる一端になっていると。ちなみにおふたりが好きなキャラクターは誰なのでしょうか?
杉山選ぶのが難しいですね。
トム感情と同じで日によって変わりますよね(笑)。ちょっと前はあの子が好きだったけど、いまはこの子だなって感じで変わっちゃいます。なぜだろうね……。
杉山わたしたちは、そのキャラクターが持つ感情的な個性を知っているから、逆に選ぶのが難しいのだと思います。その子が持つ感情に対して「今日の気分はこうだからこの子みたいな」。
トムたしかに。いまはというと…花粉症で目がかゆいのでゴーグル眼鏡をかけているんですが、そういう意味でいうと眼鏡っ子のアイ。開発も山場を越えてあと一歩ということで、感謝と多幸を祈るという意味で合掌ガールのミコでしょうか。合掌。
――杉山さんはどうですか?
杉山僕は最近だとスマイルが好きですね。設定はサイコパスな子で“嘘笑い”というスキルを持っています。彼はさまざまな場面で笑うのですが、内面は何を考えているのかわからないちょっと不気味なキャラクターで、そこがいちばん人間臭いというか、現代社会を生きていくための処世術をいちばん表現している存在かなと。わたしたちって愛想笑いすることも多いですよね。だから親近感が湧いたり、妙に共感したりする部分が多いので、いまの推しはスマイルです。
トム『ハテナの塔』のいいところは、表面上にわかりやすい性格もあるのですが、プレイしていくと見えてくる一面もかなり大きいです。僕ら制作者でも推しや好きがコロコロ変わる理由ってそこにあると思います。
――そこまでキャラクターが作り込まれていると、セリフや立ち振る舞いなどのイメージを崩さないようにするたいへんさもあったのでは?
トムしっかりとした設定はあるのですが、ゴールとしての概念が合っていればいいので、ほかのゲームの仕事よりも簡単でした。たとえば、スマイルだったら笑うという概念がいちばんにあって、「笑うってどういうことだろう」という部分を深掘りしていくことで、意外とラクに作れるというか。ここで笑う、ここでは笑わないという決まりごとはなかったので。
――意外です。逆にそのほうが難しいと思っていました。
トムミコも祈ることへのルールはないんですよ。森羅万象への感謝でもいいし、転ばなかったことに対して「わたしの運ありがとう」でもいいし、「あなたに対してありがとう」でもいい。キャラクターごとの概念を軸に作ればよかったので、悩むことは少なかったと思います。
――そんなキャラクターを含め、デザインも本作の見どころだと思います。先ほど、企画書の段階ではエドワード・ゴーリーの作品に影響を受けたとおっしゃっていましたが、イラストレーター選びはどうだったのでしょうか?
トム集英社の漫画家さんを起用するための会議があったのですが、アートディレクターといっしょに「漫画家さんといちからゲームのお仕事というのは難しいかもね」という話をしていました。
――といいますと?
杉山漫画家さんも、もちろん魅力的なイラストを描かれるのですが、その真価を発揮するのはネームや物語を作るところにあると思っています。しかし、ゲームのキャラクターデザインは、性質や性格などのエッセンスを記号化して見た目に落とし込んでいくことが多く、漫画家さんが描かれるものとは少し違う部分があります。
トム熱血漢だから、赤い髪にしようとか、絵に意味をもたせていますよね。
――そうなると大分、変わってきますよね。
トムはい。でもそれが好転したのが、候補の中に眞藤雅興さんがいたことです。彼は見えないところにあるものを想起させるような絵を描く方で、『ハテナの塔』の世界にバシっとハマると思いました。
杉山タイプで言うと洋画ではなく、日本画に近くて空間を大事にする絵を描く方です。
――眞藤雅興先生と出会えたおかげでイラストへの不安が払拭されたと。それもクリエイターズCAMPの試みなのでしょうか?
杉山いえ、そういった枠組みではなく、「これからヒットする可能性がある作家さんをイラストレーターとして起用するのはどうですか?」という提案を受け、その紹介してもらった中に眞藤先生がいたという感じです。
トム誰にお願いするのかは、かなり悩んで難航するだろうと予想していたのですが、眞藤先生に出会えたのは奇跡に近いと思います。
杉山しかも本作のキャラクターデザインやコンセプトアートのお仕事がひと段落したところに、ちょうど彼の読み切り漫画の本誌連載が決まったという出来事もありました。チームみんなで「おめでとう!」と送り出したのが印象的でした。
――いい話ですね。
杉山ゲーム開発という違う畑での経験が、彼の血肉となって連載に活かされていればうれしいですね。
――ちなみに眞藤先生と出会えた以外に、集英社ゲームクリエイターズCAMPで本作を制作してよかったことを教えてください。
杉山毎年ドイツのケルンで開催されている、ヨーロッパ最大のゲームショウ“gamescom 2022”で出展し宣伝できたのはかなり大きいと思います。本来、こういったゲームショウでインディーゲームを出展するのは非常に難しいのですが、集英社のおかげで欧州の人たちに直接本作を知ってもらえる機会ができました。
トムサウンドトラックやカードゲームが同梱される特装版を、発売する前の段階で作らせていただけたのもうれしかったです。一般的なインディーゲームでは、発売前にこういったもの作るのは絶対あり得ないですからね。
――逆にきびしかったことはありますか?
トム強いて言えば、インディーゲームでありながら、大々的に宣伝できて特装版も作ったことによるプレッシャーですよね。
杉山まさに表裏一体だよね。ここまで大々的にやってもらっているので、よいものを作らないとって(笑)。
トム集英社からの期待があるので、それに応えられるような作品を作ることへのプレッシャーは半端なくありますね。
――手応えはありつつも、発売への不安もあると。
トムいままで僕が作っていたインディーゲームであれば、恐らく1年前にはリリースできていて、パッケージもコンパクトになっていたと思います。個人的にはコンセプトさえちゃんと表に出せればそれでいいという人間なので、自分勝手な内容で納品していたと思います。
――ふだんであれば、そうかもしれませんが、今回は周囲からの期待があるからこそいつも以上に丁寧になれたということですね。
トムそうです。周りから「おもしろい!」と言ってもらえるのは大きいですよね。「それならもっとよくできるのでは?」という気持ちが強くなり、より丁寧に、よりおもしろい作品の誕生につながっていきます。
『ハテナの塔-The Tower of Children- コレクターズ・エディション』(Switch)の購入はこちら (Amazon.co.jp)プレイヤーは運や運命のメタファーだった!
――『ハテナの塔』というタイトルの由来について教えてください。
トムもともとはハテナではなく、“果テナ”でした。クエスチョンのハテナに“果てしない”を掛けたダジャレだったのですが、わかりづらいのと、カタカナのほうがロゴデザインでしっくりくるという理由でハテナになりました。
――そんな『ハテナの塔』ではカードバトルを採用していますよね。このカードゲームという要素はどのようにして生まれたのでしょうか?
トム先ほどの物語と同じでコンセプトから降りてきた内容です。戦闘で使うカードは、タロットカードが元ネタになっていて、人生、運命、旅など、本作のメタファーを表現しています。
――カードの存在も本作の世界観を考察するうえで重要な要素になると。リアルタイムバトルというのもかなり印象的ですよね。
トム本作は“子どもが子どものために冒険する”という物語なので、企画の初期段階では、プレイヤーは見ているだけでもいいかなと思っていました。しかし、それだとゲームにならないので、カードを使って子どもを助けるという形にしました。子どもが閃いたことは、すべてプレイヤーによる操作です。
――閃いたことというのは?
トム戦いで特定の攻撃をくり出したり、何らかの選択肢を選んだりするといった、子どもたちの意思のことを指します。これらの意思は、じつはプレイヤーが操作しているという設定です。
杉山戦闘で配られるカードも偶然性があり、毎回同じ選択肢ではありません。そういった部分でも見えざる力(プレイヤーの操作)が及んでいることを表現したかったのです。つまりプレイヤーは運や運命のメタファーというわけです。
トム道で財布を拾って「神様ありがとう!」という出来事があったとしても、それは誰かによって仕組まれたもの的な感じです。
杉山いや、そこは警察届けようよ(笑)
――(笑)。なるほど、深いですね。
トムそういう仕組まれたかのような出来事ってありますよね。わたしの息子が裸足で道を歩いていてじつはガラス片が落ちている、でも息子は踏まず、最初に踏むのはなぜかわたしみたいな(笑)。それを見ていたプレイヤーが「子どもがダメージを受けるなら、親のほうがいいな」といった感じで、外部からの操作によってそういう出来事が起きた、というイメージにしたかったのです。
――さすがにガラス片は危ないのでヒヤっとしましたが、よくわかりました(笑)。ゲーム部分の開発は苦労しましたか?
トムリアルタイムバトルやランダム性、マルチによる要素などもあるので、苦労することも多かったです。でもルールの部分ではまったく悩むことはありませんでした。
――ということは、かなり早い段階からゲーム性は固まっていたと。
トムそうですね。初期段階で杉山さんからオーケーが出て「これで行こう!」という状態だったので、二転三転することはなかったです。
杉山カードって、ふつうはじっくり考えて遊ぶものですよね。このカードを出す相手はどう反応するのか、そのヒリヒリ感や戦略性を楽しむものですが、そこにリアルタイムという要素を入れることで考える暇がなくなり、直感的なゲーム性になるという点はかなりおもしろいと思いました。またこういったリアルタイム性のカードゲームはなかなかないので、新規性という面でもいいかなと。
トム遊んでみるとカードゲームなのですが、アクションっぽい面もあって、そこもいいですよね。
――たしかにプレイしていて瞬発力を求められる場面も多く、そういった点がアクションっぽさの要因になっていたのかもしれません。ちなみにゲームをプレイしていて感じたのですが、本作のキャラクターはそれぞれ悩みや秘密を抱えていますよね。個人的にはとある悩みを抱えるヴェールが印象的でした。
トムヴェールは力強い男の子ですが、なかなか人に言えない悩みを抱えています。でもそれを他人に言えず、隠しながら日々を生きています。様々な性格や設定はじつに自然に生まれています。
――キャラクターの秘密や悩みは、性格などから来ているのですね。
トムそうです。キャラクターの性格を考えるときに、たとえば勝ち気といってもひと言で済む話ではなく、いろいろな背景があって勝ち気になると思います。その背景が悩みだったり、秘密だったりします。もしくはヴェールのように秘密や悩みを隠すために、その性格になったというパターンもあるのです。
――なるほど、かなり細かいところまで考えられているのですね。そこは現代の子どもたちの悩みを反映させた結果なのでしょうか?
トム決してそういうことではありません。社会的な問題を突こうとか、何かのアンチテーゼとか、そういうわけではなく、キャラクターの性格付けをしていく中で自然と生まれただけです。無意識の意識が結果的に、そういったメッセージ性が感じられる創作になったというのも大変興味深いものだと思います。
――そういえば、本作は発売を一度延期していますよね。
杉山はい。本作を発売するうえで「最後の1ピースを伸ばしてもっと見せたほうがいいのでは?」という議論を行いました。でもすでに発売日も発表しているし、かなり葛藤しました。延期はチームの作業モチベーションにも影響を与えるし、集英社やIndie Worldでピックアップしてくれた任天堂にも迷惑をかけてしまうので、本当に悩みました。でも延期させていただいたおかげで、いい作品に仕上がったと思います。
――最後の1ピースとは具体的にどういったことだったのでしょうか?
杉山1ピースと言いつつ、じつはかなり多方面に修正作業を行いました。まずは多国語展開です。当初は日本語と英語だけでしたが、最終的には中国語やヨーロッパ語など、10ヵ国の言語で遊べるようにしました。先のお話にもあった通り、多国籍で様々な文化をメタファーにしている作品なので、より多くのプレイヤーに遊んでもらいたいと思ったからです。
トムNintendo SwitchとSteamでの同時発売の準備や、ランキングで競い合うエンドコンテンツの追加を行いました。またバグ修正や見た目を改善するといったクオリティーアップも行っています。
杉山テキストも追加しましたよね。
トムそうですね。エンディングでわかりづらいメタファーで終わっている部分に決着を作るために、テキストを追加して結末や世界観の答えをわかりやすくしました。
海外出展の手応えとコロナ禍での開発について
――先ほどgamescom 2022の話が出ましたが、出展したことによる反応はいかがでしたか?
杉山10分ぐらいでゲームが終わる体験版を用意したのですが、ありがたいことに皆さん、途中でやめずに最後まで遊んでくれる方ばかりでした。感想を聞いたら、新しいゲーム体験や楽曲のよさなど、かなり具体的でポジティブな意見をいただけました。また、ゲームの雰囲気と絵柄が日本やアジア向けかなという印象があって、「海外の人にはあまり受けないかもしれない……」という不安があったのですが、北米のゲームショーPAX Westに出展した際もほとんどの方が最後まで体験版を遊んでくれて、いい反応をいただけました。
――海外展開の安心感にもつながりそうですね。
杉山あとスクリーンショットだけを見ると『Slay the Spire』(スレイザスパイア)(運命を宿すカードで戦うデッキ構築型のローグライクカードゲーム)のようなターン制カードゲームとミスリードされそうで、デッキ構築型ゲームのファンから批判されるのでは、というドキドキもありました。
――『Slay the Spire』は海外でかなり人気のあるカードゲームですよね。
杉山じつはファンの方から「『Slay the Spire』にはない、リアルタイムというゲーム性が斬新でおもしろかった」という意見をいただけて、わたしのドキドキも落ち着きました。
――(笑)。海外での出展はかなりの収穫だったと言えそうですね。
杉山そうですね。でもgamescom 2022ではユーザーの皆さんがオープニングをボタン連打で飛ばす姿が多かったです。ここに来ている人はゲームの核の部分を早く楽しみたい人が多かったので、現地の夕方(日本の深夜)でしたが、すぐにトムさんに連絡してロムの差し換えをお願いしました。
――すぐに対応できたのでしょうか?
杉山1日でオープニングのスキップ機能や、待機画面でPVが流れる機能を入れるなど、開発の皆さんが全力でサポートしてくれました。そこも海外でいい反応を得られるのにつながったと思います。
トム適当なプロデューサーなら差し換えの連絡もせずに、知らんぷりして終わらせちゃうと思います(笑)。
――そんな本作はコロナ禍の真っ只中に開発する形となりましたよね。振り返ってみていかがでしょうか?
杉山トムさんに企画を見せてもらったのが2019年12月で、そのときって一部で肺炎が流行り始めたころだったと記憶しています。
トムそうそう。日本のメディアもそこまで取り上げていない時期で、「何か怪しい感じになってきたね」という話をしていたのを覚えています。でもうちの開発会社はコロナになる前からリモートワークを推進していたので、そこまで大きな問題がなかったのがラッキーでしたが。
――そうだったのですか。
トムゲームを作っている人種は僕もそうですが大抵皆顔見知りだし、業務として顔をつきあわせて作るよりも成果物で評価してもらうというスタイルに挑戦したい会社にしたく、業務態勢の混乱や苦難はありませんでした。
――コロナがもたらした情勢は『ハテナの塔』のテーマにも何か影響を与えたのでしょうか?
トムそうですね。中国でマンションに隔離されて出られない出来事があったり、僕自身もマンションから出られなかったりなど、そういった情勢がクリエイティブに影響を与えているのは間違いないと思います。
――塔という閉鎖空間や、上から下に降りるという要素を構築する一端になっているということですか?
トムはい。もちろん塔の存在や下る理由については、より明確な核となる設定がありますが、無意識のうちにコロナで起こった出来事を重ね合わせて考えている部分もあります。あとゲーム中に邪魔なカードが出てくるのですが、その中にマスクのカードがあるなど、こういう時代だから生まれたネタもあるかなと。
――ハテナの塔とコロナをひと言で表すとしたら?
トム難しいですが、閉鎖空間でしょうか。外に出たい、地上を目指したいという意思が強く反映されたのが、両者の共通点かなと。
杉山私見なんですが、『進撃の巨人』が流行った理由に似ていると思っています。あのころってすごく不景気で、皆閉鎖的に鬱屈したような情勢だったと思います。“塀の中で守られているけど、外を目指したい”という調査兵団の意思と、“閉鎖されているからこそ外に出たい”という人間の心理がシンクロしたから『進撃の巨人』は売れたのかなって。たぶん、それと同じものが『ハテナの塔』にはあると思います。
――杉山さんとしては、奇しくも開発期間が重なった『ハテナの塔』とコロナについてどういったことを思い浮かべますか?
杉山インディーゲームとして開発規模が大きめの本作をフルリモート環境で、しっかりと作り上げられたことはいい勉強・経験になりました。そういった意味では、ゲームの中の子どもたちが塔を下りながら試練を受けるように、僕ら開発陣もコロナという試練に立ち向かえたという点はゲーム内外でシンクロしているなと思います。
――最後に、ユーザーへのメッセージをお願いします。
トム僕はゲームを音楽、美術、物語、ゲーム性、そのすべてが集合している最高の総合芸術エンターテインメントだと信じて作り続けています。そういった点で『ハテナの塔』は本当に総合的にいい作品だと思います。個人的には音楽もすごくお気に入りで、ヘッドホンをつけて聞くと没入度が高まって、よりすんなりと世界観に入れます。森林浴のような心地よさがあって、何百回とテストプレイをしている僕でさえ、プレイ中にリラックスしたり、ハラハラできたりします。ぜひとも没入度の高いこだわり抜かれた本作の世界をたっぷりと遊んでいただければと思います。
杉山本作はダウンロード版が2500円とリーズナブルでカジュアルに遊べる作品ですが、気がついたら何時間も遊んでしまうような没入感があります。短時間で世界観に浸りたい人、直感的なリアルタイムカードバトルを楽しみたい人、周回でガッツリプレイしたい人など、幅広いプレイヤーが楽しめるのも大きな魅力です。またやり込みをしない人でも1周クリアーするのに5時間、やり込む人は15時間ぐらいかかるため、価格以上のボリュームがあると思います。ぜひプレイヤーの皆さんもパンを用意して、子どもたちといっしょに食べながら本作をプレイいていただけたらうれしいです!