2023年2月22日、いよいよ発売を迎えた、“プレイステーション VR2”(以下、PS VR2)。本デバイスは、2016年に発売された初代PS VRの後継機で、PS5専用のVR機器として開発されたものだ。
映像がより綺麗になったほか、接続の簡易化など、あらゆる面が進化し、より気軽に没入感のあるVR体験が楽しめるようになった。本記事ではPS VR2の開発を担当した、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの高橋泰生氏に開発秘話をお聞きした。
PlayStation VR2(Amazon.co.jp) PlayStation VR2 "Horizon Call of the Mountain" 同梱版(Amazon.co.jp)高橋泰生氏(たかはし やすお)
ソニー・インタラクティブエンタテインメント
シニアスタッフプロダクトマネージャー
プレイステーションプラットフォームで商品化されるハードの企画を担当。先代PS VRに続き、PS VR2でも商品化に向け中心的役割を担う。
シンプルに、圧倒的な没入感を
――まず初代PS VRについて振り返っていただけますか。PS VRがゲーム業界にもたらした影響について、どのように感じていますか?
高橋VR体験とはどんなものなのかわからない方が多い中で、PS VRによって新しい体験があることを知っていただけたと思っています。エンターテインメントの可能性のひとつとして、平面の画面ではなく、空間の中に実在しているかのような体験を提供できたのではないでしょうか。
また、ゲーム開発者にとっても、空間の中で新しい体験を作れるというところで、その新しい要素を活用したゲームがいろいろと発売されました。ゲーム体験のポテンシャルを広げられる機会が作れたと思っています。
――そしてその次世代となるPS VR2がついに発売を迎えます。いまのお気持ちをお聞かせください。
高橋非常に長い開発期間だったので、率直な感想は、やはり「長かったなあ」と(笑)。PS VR2には非常に多くのスタッフやゲーム開発者たちが関わっていて、スタッフたちの遊ぶ姿は見てきましたが、ようやくユーザーの皆さんにも遊んでいただけるのが、非常にうれしく思います。
――初代PS VRを発売したときのお気持ちと比べて、心境の変化などはありますか?
高橋初代PS VRは、“VR機器”というこれまでにないカテゴリのプロジェクトを立ち上げる必要があったので、その苦労を味わいながら商品に仕上げていきました。
一方PS VR2では、初代PS VRでの体験をいかに進化させるのか、というところに長い開発期間をかけました。結果的には、とてもいい機器に仕上がったと思っています。体験会などでいただく感想も、想像以上に素晴らしいという声をいただくことが多いです。進化させる方向性は、間違っていなかったと実感しています。
――コロナ禍ということもあり、体験会を大々的に行うのは難しかったと思いますし、どうしてもフィードバックを得にくいというところで、不安などはありませんでしたか?
高橋そうですね。でも、限られた機会ではありますが、やはり体験していただくと、そのよさに気づいてもらえることが多かったです。少ない意見とはいえ、喜んでいただける姿を見ると、やはり体験会は必要だなと思いますね。
――では、PS VR2について深くお聞きしていきます。長きに渡る開発期間だったとのことですが、PS VR2はいつごろから開発がスタートしたのでしょうか?
高橋企画自体は2016年で、PS VRが発売された年です。この時点から、すでに次世代のVR機器を作る議論がスタートしていました。PS VR発売後はプレイヤーの意見も取り入れながら、どういうところを目標に開発するのかを決めました。
VRとしての魅せかたはさまざまある中で、やはり目標は“ユーザーに圧倒的な没入感を与える”ことでした。それとともに、多くのユーザーが快適に、そしてシンプルにVR体験ができるようにすることも目標でした。
――開発規模としては、初代PS VRと比べるとやはりスタッフなども増えたのでしょうか?
高橋ハードウェアとソフトウェアの開発は、それぞれ綺麗に分かれるているわけではありませんが、どう処理をさせていくのかを検討するために、今回はソフトウェアのスタッフを初期から投入していました。そうしたこともあって、PS VR2のほうが初期段階から多くのスタッフが関わっています。
――なるほど。それでは、今回の開発で注力したのはどんな部分なのでしょうか?
高橋とくに重要なのは、視覚体験とフィードバックの部分だと考えています。視覚から得られる情報がより鮮明になるよう注力していますし、フィードバックも、コントローラーからの振動、そしてヘッドセットの振動する新しい機能により、没入感が高まっています。
――PS VR2には多彩な新機能がありますが、最初から絶対に取り入れようとしていたものはありますか?
高橋目指す方向性としては、ほとんど初期から決まっていたものが多いです。たとえば“シースルービュー”ですとか、瞳孔間距離の調整は、快適性を高めるためにぜひ取り入れたいと思っていたものです。本体への接続がケーブル1本で済むようにしたのも、快適性を高めるための大きなポイントですね。
快適性を追求しつつ、一方で没入感をどう高めるのかは、悩みどころでした。ディスプレイをどうするのか、コントローラーから得られるフィードバックはどうするのか、といった部分は、かなり考え抜いて仕様を詰めていきました。
――ケーブル1本で接続できるのはうれしいところです。ただ、無線接続するという考えもあったのではないでしょうか。
高橋PS VR2は、PS5で動くことが前提として開発がスタートしています。もちろんその中で、無線接続の検討も行いましたが、結論としてはPS5にUSBケーブルを1本つなぐだけで体験できる仕様にしました。
――さまざまな可能性も検討したうえで、いまの形になったわけですね。本機の開発は、PS5の開発と並行して開発が進められたと思いますが、PS VR2側での要望などもPS5に取り入れられているのでしょうか。
高橋そうですね。VR体験をしていただく中で、いかに効率よく処理を進めていくのかは、突き詰める必要がある部分です。PS5側、PS VR2側でそれぞれ何を処理するのかは、かなり細かく精査して決めています。初代PS VRは、プロセッサーユニットという別の処理機器があったわけですが、今回はそれが無いので、PS5かPS VR2で処理するのかを決める必要がありました。
――では専用コントーラーをセットにすることも、初期から決まっていたのでしょうか。
高橋没入感を高める中で、やはり手の動きがゲーム内に反映されるのは重要な部分です。ハンドコントローラーは2本同梱して発売するべきだと、初期から決めていました。ただコントローラーの仕様は作っていく過程で決めていったことです。どうすれば没入感を高められるのか、細かく議論しながら進めていきました。
――PS VR2 Senseコントローラーは非常に高性能ですよね。あの形状でハプティックフィードバックやアダプティブトリガーもしっかり搭載されていて驚きました。
高橋機能として搭載することは決まっていましたが、それを人間工学に基づいて、ハンドコントローラーの中でしっくりくる形で体験できるように設計するのは、苦労したポイントです。VR体験の邪魔にならず、自分の手に溶け込むような形にする調整は、かなり時間を掛けました。
――それは、手のなじみやすさや、プレイしていて違和感のない形にする、などの調整でしょうか。
高橋もちろん、VR体験中、つねに握りしめるコントローラーですので、快適でなくてはなりません。また、手の動きを高い精度でトラッキングしなくてはなりません。そこはテストを何度も重ねて、微妙な調整を重ねていった部分です。
技術者たちのこだわりが詰まったデバイス
――シースルービューも、遊びやすさにつながっていてうれしい機能ですよね。
高橋シンプルかつ快適に遊んでいただく、というコンセプトの中で、「ヘッドセットを付けたままでもコントローラーを見て握れる」という構想は、初期からありました。実現方法についてはいろいろと検証しまして、別のカメラを専用に付ける案もありましたね。結果的には、ソフトエンジニアの努力によって、トラッキング用カメラを利用したシースルービュー機能を実装できました。
――ほかに、没入感を高めるために取り入れた要素はありますか?
高橋4K(片目あたり2000×2040)かつHDR対応で出力するのは、とてもこだわったところです。やはり解像度が高く、より現実に近い色彩が演出できれば、よりリアルかつ現実感のある映像になりますから、純粋に体験としての没入感が高まります。
――ディスプレイパネルには、初代PS VR同様に、有機ELが使用されていますね。これには、どのような利点があるのでしょうか。
高橋高い解像度もさることながら、繊細なビジュアルを描くにはコントラストも重要だと考えています。そのために、有機ELを引き続き採用しています。有機ELでは、たとえば完全なる黒色も表現できます。全体的に表現できる色の範囲が、非常に広いのが利点です。
それにプラスして、アイトラッキングも新機能として搭載したおかげで、ユーザーインターフェースの面でも没入感を高められたと思っています。
――アイトラッキング機能と言えば、それを活かした“フォービエートレンダリング”機能がありますよね。体験する側としては、視線を向けていない部分は見えにくいので、なかなか処理の差が実感しにくいのですが、実際のところ、この機能の効果は大きいものなのでしょうか?
※フォービエートレンダリング……プレイヤーの視線を中心とした部分を高解像度で描写し、視線が向いていない部分の解像度を下げることで、処理負荷を低減する機能。
高橋フォービエートレンダリングは、PS5側で高度な処理をしています。確かに、見ていないところの解像度が下がっていても、気づきにくいでしょうね。また、プレイヤーの目線が動いたときに解像度の違いが見えてしまわないように、遅延なく処理するようになっています。そのため、プレイヤーが見ているところだけが、自然に高解像度で見えるようになっています。これはプレイヤー側にはわかりにくい要素ですが、ゲーム開発者の方々にはとても喜ばれている機能です。
――これらの技術を活用するには、ゲーム開発者側にも高度な技術力が必要とされるのでしょうか?
高橋いえ、必要ありません。しっかりと準備をしましたので、かなり簡単に導入できる機能です。
――それは開発者にとって、さらにうれしいですね。
高橋アイトラッキングが付いているVRデバイスはほかにもありますが、一応機能として一部で使える、という感じだったと思いますが、プラットフォーム全体で搭載しているのは初の試みです。PS VR2でゲーム開発をしていただく場合は、アイトラッキングが使える前提でゲーム制作ができますから、新たな体験も作りやすいと思います。
――また、プレイエリア設定など、とてもわかりやすく、しかも設定しているだけでなんだか楽しくなる仕掛けが多くてうれしかったです。
高橋シンプルかつ使いやすいだけではなく、やはりプレイステーションのブランドのひとつとして進めているものですから、触って楽しいものでないといけません。デザインや設計には、かなりこだわりを入れています。
――こだわりポイントはたくさんあると思いますが、とくに苦労した部分はどこですか?
高橋ここまでお話しした要素を、すべてひとつのヘッドセットに入れて快適に遊べるものに仕上げることですね。PS VR2は、初代PS VRよりもコンパクトになり、しかも重量も軽くなっています。新しいパーツがたくさん乗っているにも関わらず、軽量コンパクト化を実現するには、処理自体を効率よくする必要がありました。
設計が効率的でないと、より多くのパーツが必要になったり、より大きな熱が出るようになってさらに排熱用のパーツが必要になるなどして、重さも増してしまいます。ですので、いかに効率のいいシステム作りをするかは、かなり苦労した部分です。
メカエンジニアスタッフたちは、ひとつひとつのパーツの重さを図って、「これを採用しなければ何グラム減らせる」と、本当に緻密な計算をしながら設計を進めていきました。
――それは想像以上にこだわり抜かれたポイントですね……! 初代PS VRのユーザーからの意見を見て、取り入れる要素を決めていったとのことですが、具体的にはどのような意見が多かったのでしょうか?
高橋まずは「セットアップが難しい」という意見は非常に多かったので、今回セットアップはかなり簡略化しました。あとは「もっと没入感がほしい」という意見です。もっと高い解像度で遊びたいというような、純粋な進化の部分を期待されている人が多かったです。
――ゲーム開発者たちからの意見も参考にされたのでしょうか?
高橋我々にはPlayStation Studiosがありますから、ゲーム開発者たちとかなり早い段階で議論を重ねることができました。たとえばコントローラーの配置ですとか、操作まわりの機能など細かいところまで、いっしょに決めていきました。
――ほかに、じつは進化しているポイントはありますか?
高橋じつはシネマティックモードも進化しているので、VRゲームのみならずこちらも体験してほしいです。VR非対応のゲームも、 VRヘッドセットを通して擬似的な大画面で遊べますし、今回は4K(片目あたり2000×2040)解像度かつHDR対応で、 リフレッシュレートが120Hzのディスプレイにもなります。また、映画を見るならば、 劇場の大スクリーンを見ているかのような感覚で楽しめます。
どうにかして体験してほしい!
――ゲームソフトについてですが、ローンチのタイミングで30本以上と、多くのPS VR2タイトルが揃ったのはすごいことですね。
高橋多彩なジャンルのゲームを発売していただけて、たいへんうれしく思います。なかでも『バイオハザード ヴィレッジ』や『グランツーリスモ7』などは、大型タイトルでありながらほぼ全編VRに対応するとのことで、ローンチの時点から高い没入感のあるVR体験を味わってもらえると思います。
――これだけタイトルがあると、PS VR2タイトルはかなり開発しやすいのかな、と思えるのですが、実際はどうなのでしょうか?
高橋まず初代PS VRや、ほかのVRデバイスも含めて、これまでの開発でVRタイトルへの経験値が溜まっていますから、純粋に開発者の方々のレベルが上がっていると思います。それもありますが、PS VR2側でもゲームを開発する方たちが開発しやすい環境作りは、積極的に行いました。今後もプラットフォーマーとして、しっかりと開発協力のバックアップをしていきます。
――とくに「これはすごい体験ができるぞ」というタイトルはありますか?
高橋正直タイトルが多すぎて、遊びきれないですよね(笑)。ただ、PlayStation Studiosのタイトルは、PS VR2の開発といっしょに進めてきた部分があります。映像やフィードバックといった体験のクオリティーは、『Horizon Call of the Mountain』をまず遊んでいただければ、ひと通りの機能を実感できると思うので、オススメですよ。
いつも思っていますが、PS VR2の体験のすばらしさを言葉で伝えるのは、非常に難しいです。この没入感というのは、実際に触っていただかないとわからないと思います。もし周囲に持っている人がいれば、一度体験させてもらってみてください。今回はセットアップも簡単ですし、体験させてもらう負担もきっと少ないと思いますからね。
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