インドネシアのMojiken Studiosによる2Dドット絵のアドベンチャーゲーム『A Space for the Unbound 心に咲く花』を紹介しましょう。

 本作は日本語に対応し、2023年1月19日にプレイステーション5/プレイステーション4/Xbox Series X|S/Xbox One/Nintendo Switch/PCで順次発売予定です(PC版のみ日本時間の20日深夜)。

インドネシアの突き抜けるような青空とふたりの不思議な少女

 物語の舞台となるのは青空の下に広がるインドネシアの地方の町。地元高校に通う青年アトマを主人公に、そのガールフレンドであり不思議な力を持ったラヤのほか、最近力を使いすぎて消耗しがちなラヤを心配するルルやマリンといったふたりを取り巻く人々の物語が描かれます。

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ラヤの能力で猫天国にワープ。餌あげ放題。

 もうひとつの重要な鍵を握るのが、Steamで公開されているプロローグ部分(製品版でも最初にプレイする)に出てくる別の少女、ニルマラです。彼女は“共作者”であるアトマの助けを借りながら、空き地に放置されたバスを拠点に童話を執筆していました。

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雨宿りしながら語り合う時間。

 ラヤとニルマラ、ふたりの女の子の物語は隣合わせに進んでいきます。プロローグのラストでは、雨で増水した川に落ちたニルマラを助けようとして、逆にアトマが川に流されてしまいます。しかし次の章の冒頭でアトマが気付いた時、そこは学校の教室で、授業中に寝ていたらしいアトマを呆れたラヤが見下ろしているのでした。

 ラヤはなぜ不思議な力を持っているのか? アトマに何があったのか? ニルマラは彼女の物語の結末をきちんと書けたのか? そもそもニルマラはアトマが見る夢の中の存在だったのか? 多くの謎を抱えたまま物語は進んでいきます。

 これは単なる爽やかなインドネシアン青春物語ではありません。青空の彼方にゆっくり広がる雲のように、いずれやってくる大波乱の予兆はもうそこにあるのです。

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アトマを心配そうに覗き込むマリン。空には分厚い雲が立ち込める。

ドット絵で鮮やかに描かれるインドネシアの田舎町と地元文化

 アドベンチャーゲームとしてはかなりオーソドックスな作りで、各章ごとに大きな問題が設定され、それを解決する手がかりをつかむために町を奔走し、その過程で別の小さな問題を解決していくといった流れで進んでいきます。

 たとえば、能力の使いすぎで消耗したラヤを元気づけるためにケーキを買いに行くと、パティシエがオーナーと喧嘩して店を飛び出してしまっており、ケーキの材料を探して町中を回ることになるが、実際入手するには別の問題を解決しないといけない……といった感じです。

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バクソ(インドネシアの肉団子スープ)の露店で聞き込み。ローカル飯が出てくるのもいい感じ。食べてみたくなる。

 全部で10エリア弱(建物内や特殊エリア除く)のコンパクトな作りの町の中に巧みにクエストが練り込まれているのは本作のうまい部分です。最初のうちは多少迷ったりするかもしれませんが、物語が進むに連れて「確かそれっぽいのがあの辺を曲がったところにあったな」とか「これはこの前行ったあのオヤジの店のことだな」と、自分の地元のように歩けるようになることでしょう。

 そうして町のあちこちに行ったり来たりするうちに、路上の物売りやコンビニ代わりの雑貨屋、ストリートフードの露店や、道端でダラダラしているオッサン、そこら中でゆっくりしている猫(撫でられる)にいたるまで、のどかな情景が続くこの田舎町に親しみがわいてきます。

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インドネシアのクラシックな大衆音楽であるクロンチョンを愛する兄貴。

スペースダイヴで心の奥底に触れる

 本作の物語体験や謎解きでは、アトマが持つ赤い“魔法の本”が重要な役割を果たします。内心に何か問題を抱えている人に対してこの本を使うと、彼らの精神世界に入る“スペースダイヴ”と呼ばれる力を発動できるのです。

 スペースダイヴで入る精神世界は彼らの心の枷になっているトラウマや心配事などが具体化しており、アトマはちょっとしたパズルやミニゲームなどをこなして解決を試みます。心の中の問題がうまく解消されると現実の問題もひとつ解決に近づく……という寸法なわけですが、個々のキャラクター像に別の角度から深みを与える、ストーリーテリング上のいい仕掛けにもなっています。

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映画スタッフが猫のようになってしまったので精神世界に入ると、そこは猫に占拠されていた。

 ちなみにスペースダイヴ中はそこが精神世界であるがゆえに比較的なんでもアリな作りになっており、中には現実世界で集めた証拠を精神世界での“裁判”に持ち込んでその人物のバックグラウンドを解き明かすという『逆転裁判』シリーズのパロディ的なパートまであります(成歩堂風に「異議あり」もやる!)。

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なぜか自分は軍人だと主張しはじめた教頭先生をただすべく、成歩堂風に「異議あり」するアトマ。

日常と非日常、救済としての創作行為と呪い。繊細に編まれた物語

 本作を開発したMojikenが以前に手掛けたポイント・アンド・クリック型アドベンチャーゲーム『When the Past was Around 過去といた頃』と本作は見た目のタッチこそ異なりますが、簡単には言い表しきれない心の機微を描き出す繊細なストーリーテリングは変わりません。

 具体的にそれがなんなのかネタバレするのは避けますが、あまりハードな描写はないものの鬱や自殺などのネガティブなテーマが扱われ(ゲームの起動時に警告も出る)、じっくりとその問題に向き合っていくことになります(ちなみに筆者のクリアータイムは結構探索して細かいセリフや収集物を回収して7時間超といったところ)。

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何があったのか、突然切れて教会を焼いちゃったプスパさん。次第にさまざまな人が抱える心の闇に触れていくことになる。

 そんな中で、うまく作品のトーンのバランスを取ってくれる清涼剤となっている要素がふたつあります。そのひとつは、ゆったりとした時間が感じられる日常描写です。

 先に書いた町の情景以外にも、マップのあちこちで拾えるコーラ瓶の蓋などの収集物に細かい説明がついていたり、町中にいる猫の一匹ずつに名前をつけられたり、それぞれは些細なものなのですが、ダークな展開のあとも一息つく余裕を与えてくれます。

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猫は撫でられるだけでなく、一匹ずつ名前をつけられる(3つの候補からの選択制)、再会した際はその名前で呼んでくれる。
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収集物である空き瓶のフタ。作品世界をちょっとだけ立体的に感じさせてくれる仕組み。

 もうひとつは、ニルマラが父親の反対を受けながらも書き綴っている物語です。物語を進めていくと、彼女がプロローグで書いていたらしい物語の断片が手に入っていきます。この物語自体もちょっと悲しい話なのですが、そこには一筋の光のような希望が感じられます。

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ニルマラの物語が1ページずつ手に入る。

 本作はプロトタイプが作られてから8年かけて開発されたそうですが、重要な場面で挿入されるドット絵のカットシーンなども美しく、ヘビーなテーマにじっくり取り組んだ詰まった物語になっています。

 しいて不満点を挙げるとすれば、QTE的にプレイしていく格闘パートがたまに長過ぎるのと、メインクエストをすべてクリアーしただけではニルマラの物語の全ページが手に入るわけではないこと、終盤で流れるボーカル曲に字幕が欲しかったといったあたりでしょうか。邦題のサブタイトルにある“心に咲く花”を求める多くの人に触れてみて欲しい作品です。