『アイドルマスター』シリーズの総合プロデューサーであり、名物プロデューサーとして『アイマス』の配信番組やステージでおなじみのバンダイナムコエンターテインメントの坂上陽三氏。ガミPの愛称、もしくはステージに上がれば“ヘンタイ”コールが巻き起こる、『アイマス』開発スタッフの顔とも言える存在だ。
そんな坂上氏が、自身初となる書籍『主人公思考』(発売元:KADOKAWA)を2021年10月28日に上梓した。
本書は、2020年に生誕15周年を迎え、いまや市場規模600億円に上る『アイマス』のビジネス展開の成功を軸に、総合プロデューサーを務める坂上氏がどのように動き、いかにさまざまなスタッフを巻き込んでいったのか、その“人を動かす極意”をまとめたビジネス書となっている。
ゲームクリエイターがコラムをまとめた書籍などを出すことはこれまでにもあったが、ビジネスに特化した書籍を出すことは、まさに異例と言えるもの。坂上氏はなぜビジネス書を出すことにしたのか。初著書の出版経緯や本書に込めた想いなどを、坂上氏へのインタビューでうかがった。
書籍概要
『主人公思考』(坂上陽三・著)の購入はこちら (Amazon.co.jp)『主人公思考』
著者:坂上陽三
発行:株式会社KADOKAWA
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2021年10月28日(木)
判型:四六判
ページ数:256
ISBN:9784046054005
坂上陽三氏(さかがみ ようぞう)
1967年生まれ。兵庫県出身。1991年にナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)に入社し、ビジュアルデザイナー、プロデューサーなどを歴任。現在は『アイドルマスター』総合プロデューサーを務め、ファンからは“ガミP”の愛称で親しまれている。
会社員による会社員のための書籍
――今回、坂上さんがビジネス書を作られるということは、とくに『アイマス』のプロデューサー(『アイマス』ファンのこと)を中心に、驚かれた方が多いと思います。本書の執筆のお話が挙がったときはどのように思われましたか?
坂上KADOKAWAさんからのご提案だったのですが、自分が本を書いて、それを世に出すということを考えたこともなかったので、「え、僕が本を書くの⁉」とビックリしましたね。あと、「僕の本なんか出しても、売れないと思いますよ」とお話しました(笑)。
――いきなり(笑)。
坂上編集担当の伊藤さん(KADOKAWAの伊藤甲介氏)には「途中でダメそうだったら、遠慮なくやめてくださいね」と言いながらもスタートしたんですが、改めて考えてみると、本を書くということは自分の考えが文章として残るということでもあるので、作りながらも「これは責任が重いな」と感じましたね。
一方で、僕は少し前からバンダイナムコエンターテインメントという会社の中で“エキスパート”という役職になりまして。『アイマス』の総合プロデューサーを務めていますが、会社から「いままでの経験を生かして、これからの若手の育成を考えてほしい」という話も受けていたんです。
そこで思ったのは、会社の中でセミナーのようなものを重ねていくよりは、一度、僕の考えていることをまとめて世に出すことができれば、広く伝えることができますし、結果的に社内のスタッフにも整理して伝わるので、いい機会なのかもしれないと。
――なるほど。社内でセミナーなどをされる機会はあったのですか?
坂上はい。たまに、リモートなどで社員に集まってもらい、自分の考えを伝える場を設けているのですが、どうしても時間に限りはありますし、リモートだと伝わっているのかどうかもあまり手応えがなくて。また、その際に資料を作ったりしていますが、話す内容に合わせて変えたり更新したりする必要があるので、きっちりした本の形として残せるのはいいことだなと思いました。
あとは、自分で本を書くということは初めての経験ですし、新しいチャレンジとしていい勉強になるなとも思いましたね。
――坂上さんにとっても、いいタイミングだったのですね。書籍を出すと発表したときの、周囲の反応はいかがでしたか?
坂上想像していたよりも、皆さんが好意的に受け入れてくださっていたので、驚きましたね。「調子に乗ってる」とか言われてもおかしくないと思っていましたし(笑)。そもそも本書は、『アイマス』の裏話などをするものではなくて、僕の考えをまとめたものですので、それが受け入れられるのか不安もありました。それが、皆さんから好意的な反応をいただけたのは驚きましたし、ホッとしました。あとは、ゲーム業界の方々からは、おもしろがられましたし、心配されましたね(笑)。
――心配ですか?
坂上「そんな本出して大丈夫なの?」とか、「バンダイナムコって許してくれるんだね」とか。皆さんの想像のバンダイナムコエンターテインメントはどんな会社だと。書籍の内容が『アイマス』裏話まとめとかなら怒られますけど(笑)。
――それは怒られますね(笑)。でも、坂上さんの人気の影響か、発表された当時から、「欲しい!」という声や「もう予約しました!」という声が多かったように思います。
坂上皆さん、内容を勘違いされていないですかね(笑)。表紙には春香(天海春香)のイラストが載っていますが、内容はあくまで僕のビジネスにおける考えがメインですので。
――書籍のお話が挙がったときから、坂上さんの考えをまとめたビジネス書にするということ決まっていたのですか?
坂上はい。ビジネス本や内容の方向性については初めから決まっていました。本を書くにあたって前提としてお伝えしたかったのは、僕が多くの方と同じく、一企業に勤めるサラリーマンであるということです。
我々のようなゲームプロデューサーの肩書きを持つ人間は、メディアを通じてお話させていただくことが多いので、特別な権限を持つ人間であるように勘違いされることがありますが、実際はふつうの会社員です。
一般的なビジネス書といえば、起業家のノウハウだったり、豪腕のカリスマ社長の手腕などが語られたりすることが多いと思うのですが、本書は、サラリーマンとしてどういう過程でモノづくりをしていったのかというお話や、会社員として働く中で起こりうることにどのように対応していったのか、ということを“主人公思考”というテーマで、自分の視点で物事を考えていけるように、エンターテインメントに関わる僕の視点から「僕はこうやって実践したよ」ということを伝える形にしています。
――実際に本書を読ませていただきましたが、会社員による会社員のための書籍となっているように感じました。
坂上そうですね。一般的なビジネス書はメッセージ性が強くて、読んだ人を奮起させるようなものが多いと思うんですよね。でも、僕なんかはそういうのを読むと、怒られているように感じてしまって(苦笑)。ですので、本書はゲーム開発者向けでも、『アイマス』ファン向けでもなく、あくまで会社員としてビジネスに関わっている人や、これから会社員になるような人たちに向けた書籍となっています。編集担当の伊藤さんとは、「ビジネス書としては“逆張り”ですね」と話をしていましたね。
――書籍を執筆するとお話が挙がったときに葛藤などもあったのかと思っていたのですが、これまでのお話を聞いていると、タイミングがよかったこともあって葛藤はあまりなかったのでしょうか?
坂上タイミングもありますが、あまり深く考えすぎると及び腰になってしまうので、とりあえずチャレンジしてみた、というイメージですね。それは僕のスタンスでもあり、『アイマス』のプロデューサーを引き受けたときもそうでした。自分に向いているのか不安でしたが、まずは挑戦してみようと。
――来るものは拒まず?
坂上はい。オファーがあるということは、周囲にそれを望んでいただいているということでもありますので、まずはやってみることが大事だと考えています。もちろん、後悔することは多々ありますが、挑戦してみることは重要だと思いますし、そこから得られる経験は自身の大きな糧となりますからね。
――書籍の執筆において苦労したことはありますか?
坂上じつは、苦労した点はあまりないんです。書籍の執筆にあたっては、編集やライターの方々と何度も打ち合わせを行いましたし、企画が走り出してから早い段階で、書籍の内容の方向性がしっかりと共有できたので、スムーズに進行しました。ですので、僕の中では苦労というより、「本当にこの本が売れるのか?」という不安がつねにありましたね(笑)。
――書籍が完成したいまでも、不安がありますか?
坂上そりゃあ、いまでも不安ですよ。自分の伝えたいことが、しっかりと読者の方に伝わるのかは、読んでいただかないとわかりませんから。ですが、ライターさんや編集者さんがしっかりと読みやすく、伝わりやすい構成にしてくださっていますので、僕の伝えたいことや想いが皆さんの心に届けばいいなと期待もしています。
――各章が短めになっていたりと読みやすい印象がありました。書籍の章立てなど、構成において坂上さんからリクエストしたことはありますか?
坂上構成については、ライターさんと編集者さんにお任せしました。やはりプロの方にお任せしたほうが、絶対にいいものができますから。たぶん僕だけで構成を決めていたら、読みにくい専門書になっていたと思います(笑)。
これはゲームを開発しているときもずっと思っていることですが、その道のプロに任せられるものは任せて、その上で、ここだけは譲れないポイントはしっかりと理解を得て制作してもらうべきだと考えています。
――お話をお聞きしていると、本書は制作に関わられている方々と坂上さんがワンチームとなって取り組まれたんだなと感じます。
坂上そうですね。最初にお話をいただいたときに、「いまはフリーランス全盛で、ひとりで仕事ができる時代ですが、あえて本書では、会社員のすばらしさを説きたい」と説明を受けまして、逆張りのようなチャレンジに僕も共感できましたので、同じ温度感で制作できたのかなと思います。
――会社員が会社員に向けて書いた本は、意外とない気がします。
坂上そうですよね。この本が広く受け入れられれば、同じジャンルのものが作られると思います。僕以外にも、長年同じ業界で勤められている方が、職場で発生したことに対してどのように取り組んで、成功へと導いたかというお話はきっとおもしろいと思います。
――本書では、坂上さんのビジネスに対する考えのお話の中で『アイマス』の当時の成り立ちのお話や、コンテンツとしての商品価値の分析などもされています。ビジネス書として興味深い一方で、『アイマス』を商品として捉える考えを開示することで、ファンから反感を買ってしまうような懸念はなかったのでしょうか?
坂上とくにありませんでしたね。なぜかというと、それこそファミ通さんを始め、メディアさんのインタビューで赤裸々にお話させていただくことがありますし、たとえばマチアソビなどのイベントでファンの方に直接お話をするときに、本書で書いていることをお話することもあって。そういったお話を通じて、僕の『アイマス』への想いをある程度ファンの方も理解していただいていると感じているからです。
もちろん、本書を見て、僕の『アイマス』へのビジネス的な考えにギャップを感じる方はいらっしゃると思いますが、作品には莫大なお金がかかっていますので、ビジネスとして成功させないといけません。綺麗ごとだけでは作れないのは当たり前のことですので、そこに関する批判は、甘んじて受け入れることかなと思います。
――本書の中で、「ファンを信頼する」という内容の記載がありましたが、まさにそれと同じでネガティブな反応が来ても大丈夫とファンを信頼されている、と。
坂上それはあるかもしれませんね。『アイマス』を遊んでくださっている方たちの多くは、僕と同じ会社員の方だと思いますので、言葉は悪いですが、「世の中がそんなに綺麗なわけがない」と理解されていると思います(笑)。そういう意味で、ファンの方のことは信頼しています。
坂上氏のビジネスにおける思考と、後進の育成方針
――ここからは、本書の詳細な内容についてもお伺いします。タイトルにもあるとおり、“主人公思考”が本書のテーマであるということですが、この考えは、普段から周囲に伝えられていたのでしょうか? それとも、本書の執筆をきっかけに考えを整理された結果、生まれたテーマなのでしょうか?
坂上基本的には、周囲に伝えていました。とくに、『アイマス』の関係者や自分の部下になる人間には、こういうところをポイントとして捉えて、仕事に活かしてほしいという話はしていましたね。
――“自分ごととして考えてほしい”というところをメインにお話されていた?
坂上そうです。本当に、そうしないと自分も周囲もしんどいんですよね。事業って大きく分けると3つくらいの時代がぐるぐる回っていると思っていて。その変化がゲーム業界にも来ているんです。
僕が若手のころは、1年程度でゲーム開発が終わることがほとんどで。なんなら、数ヵ月で終了することもありましたから、流れの中で自分ごとと意識しなくてもできちゃうことが多かったんです。当時はゲーム業界の景気もよく、出せば売れる状態でした。これが最初の時代。
そこから少し時が進み、質が求められる時代になりますが、ここでは質を上げていくことで、ちゃんと物は売れました。クリエイターとして、良質な物を作るのは当たり前ですので、ここで苦になる人はいなかったと思います。
そして、個人の好き嫌いで判断されてしまう時代が来ました。これがいまです。いい商品ができて、その質が高くても、個人の好みによっては売れない場合があります。この時代のビジネスがいちばん難しいです。このようなときは、それまでの時代に比べて、より議論を重ねながら丁寧に商品を作る必要があるので、膨大な時間もかかります。
その状況に遭遇したときに、自分ごととして考えられなかったら、おそらく商品は作れないと思います。いつまで経っても商品が完成しない、ということも起こりえるので、そうならないために“主人公思考”を持つことが必要で、普段から周囲に伝えています。
――とてもおもしろい分析ですね。そういった思考について、周囲に広めたいと、今後も役立つということは考えていらっしゃったんですか?
坂上うーん、思考を広めるとか、役立つということより、そうしないと手離れが悪いかなと思っています。
たとえば、『アイマス』は現在5ブランド展開していますが、そのすべてに細かく関わることは、事実上不可能な状態です。もちろん、各ブランド等しく大切ですし、今後もファンの方に喜んでいただけるような展開をしていきたいと思っています。
そのためには、僕が入っていかなくても個々のブランドが展開し続けられるように、安心して任せられる人材が必要です。それぞれが、各ブランドのことをしっかりと自分ごとのように考えなくてはいけない。
それぞれが成長していくためには手離れが必要なので、自分ごとのように考えられる“主人公思考”は重要です。だからこそ、『アイマス』のプロデューサーにはこの思考を意識づけてもらうようにしています。
――ああ、そうなれれば、皆さんも考えることが楽しくなって、幸せに仕事ができるようになりますよね。そういえば、本書の中で、坂上さんがプレイステーションで発売された『リッジレーサー』や『デス バイ ディグリーズ 鉄拳:ニーナ ウィリアムズ』を手掛けられていたのを初めて知りました。坂上さんといえば『アイマス』というイメージでしたので、驚きました。
坂上確かにイメージはないかもしれませんね。『リッジレーサー』は、アーケードタイトルだったものを家庭用ゲーム機版として制作するというプロジェクトでしたが、誰もやりたがらなかったんですよ。
当時のナムコはレースゲームを得意としていて、とくにアーケードタイトルは人気でした。一方で、家庭用ゲーム機のレースゲームでは任天堂さんの『F-ZERO』くらいしか期待通りには売れていなくて。なかなかヒットを飛ばすことが難しいジャンルでしたので、プロジェクトに人が集まらなかったのは、仕方がなかったと思います。また、当時のゲーム業界では、いくつかの大手家電メーカーがゲームハードに挑戦してましたが、ゲームメーカー以外が作るゲームハードに対してネガティブな感情があったんですよね。
――懐疑的な声がありましたね。それでも、『リッジレーサー』はプレイステーションのローンチタイトルとして、大きなヒットを記録しました。
坂上あれは本書と同じく、逆張り的な挑戦だったと思います。とはいえ、可能性は感じていました。3Dでちゃんとテクスチャを貼って出せるハードというのは新しく、おもしろいと感じましたし、家庭用のゲームハードとしては非常に高いスペックでしたから。
ですが、開発期間はとても短くて。おまけに開発スタッフも少なくて、主要なスタッフは僕とプログラマーのふたりしかいませんでしたから。ですから、仕様などもふたりで書きながら進めていきました。大変でしたが楽しかったですね。ゲームの要素的にちょっと寂しかったので、“デビルカー”というライバルを自分で作って追加したりして。プレイヤーさんからは、“ゴキブリカー”と呼ばれましたけど(笑)。
――PSの『リッジレーサー』はめちゃくちゃやりました。デビルカーも必死にブロックして(笑)(※)。
※編注:『リッジレーサー』で、ライバルとして登場するデビルカーより先にゴールをすればデビルカーが使えるようになるという隠し要素。最高速度がとても速いため、行く手を遮りながら進む必要があった。
坂上ありがとうございます。あれ、僕が作ったんですよ(笑)。
――当時からお世話になっていました(笑)。本書では、人を動かすために自分はもちろん、相手に理解・共感してもらうことが大事だと書かれていました。『リッジレーサー』などを開発されていたときも、いまのようなことは考えていましたか?
坂上当時から考えていたと思います。まずは、自分が理解することが大事だと思っていまして。たとえばゲーム開発において、これまでにない新しい要素を入れる場合、まずは自分がそこにどんな魅力があるのか理解できていないと、まわりの人間から「それは違う」と意見されたときに、揺らいでしまいます。
ゲーム開発に限らず、仕事としてよくあることだと思うんですけど、自分がしっかりとその要素の魅力だけでなく、成り立ちなど前後を含めて理解し、そのうえで、お客さん……我々だと遊んでくれるプレイヤーさんがどのように感じるのかをしっかりと認識しないと、独りよがりなものになってしまうんですよね。たまにあるじゃないですか。クリエイターの我が強すぎて、プレイヤーが置き去りになっている作品が。
――好きな人はとことん好きだけど、ハードルが高いものなどはありますね。
坂上完全に仕様を理解したらおもしろいだろうけど、遊び始めたばかりのプレイヤーさんにそれを求めるのは酷だろう、というような作品を見かけるんです。そういった仕様を入れるなら、1段、もしかしたら2段階くらい段階を踏んで徐々に楽しさが理解できるようにデザインしないといけないはずなんですが、そこの過程が吹っ飛ばされている。任天堂さんのゲームは、そこに3段階くらい用意していて、本当に感心しますけど。
入れたくなるのはわかるんですよ。やっぱり、こだわりがありますから。僕も同じように尖った仕様を入れて、プレイヤーを置き去りにしてしまったことが過去にありますし。でも、「大丈夫! やればわかる!」という想いで入れたんだろうな、と感じるものはたいていお客さんにとってはノイズ、邪魔なものになってしまう。
いちばんは、お客さんに満足して製品を使っていただけることが重要です。ですので、その製品の売り、魅力は何なのかちゃんと理解する必要がありますし、そうすることで各要素に優先順位をつけられるので、ときには商品のために要らないと自分で判断できると思います。
――ちゃんとそのことを論理立てて、理解できているかが重要なのですね。
坂上そうです。ただこれは、けっこう難しいでしょうね。そこにもお金や時間がかかっていますから、捨てる、外すという判断をするのは。
――先ほどお話にも出ましたが、本書の中でも、坂上さんが初めて『アイマス』に関わることになったときに、自分の中ではあまり得意分野ではないという印象を持たれたとのお話もありました。その中で、坂上さんは『アイマス』のどういった部分で理解・共感を感じて、「これはイケる」と感じたのでしょうか?
坂上正直、そのときは、「これはイケる」という考えかたではなかったんですが、手応えを感じた要素のひとつは、トゥーンシェード(※)でした。
※トゥーンシェード:意図的に色の階調を少なくしたり、絵の輪郭に黒い枠線を付けたりすることで、アニメ(カートゥーン)調の3Dグラフィックを描画すること。
当時は、トゥーンシェードが用いられ始めていた時代で、いくつかの恋愛シミュレーションゲームでも使っているものがあったんですね。でも、そのほとんどがトゥーンシェードで描かれた女の子が画面の向こうに立っているだけのもので、「それだったら3Dじゃなくて、2Dでいいじゃん」と思っていました。
ところが、『アイマス』は女の子がステージで歌って踊るという点で、3Dを活用する必要があってトゥーンシェードを使う意味が見出だせましたし、それによって新しいビジュアル表現ができるのはおもしろいだろうなと感じたんです。
後は、『アイマス』のアドベンチャーゲーム的な要素にも惹かれました。先ほどレースゲームの市場の話をしましたが、同じくアドベンチャーゲームもヒットしていたのは『逆転裁判』くらいで、大ヒットが狙える市場じゃなかったんですね。その点、『アイマス』は女の子を題材にしたゲームですが、いわゆる恋愛アドベンチャー的な女の子と恋愛をする作品ではなく、アイドルとしてプロデュースしていくことが目的のゲームです。女の子が主人公のゲームでそのような作品はありませんでしたから、それもまたおもしろいなと感じたんです。
そんな、女の子が主人公で、恋愛アドベンチャーでもなく、シミュレーション作品の枠組みからも外れたゲームを莫大な開発費のもとで制作しようとする、言葉は悪いですが、バカげた挑戦には、ある種、共感もしていましたし、魅力を感じました。ただ、会社の同僚や上司からはかなり心配されましたし、いろんなことを言われましたけどね(笑)。
――売れるまでは風当たりが強いですよね……。社内での『アイマス』への風向きが変わったのは、いつごろだったのですか?
坂上いや、認めてもらえるようにはなったと思いますが、風向きが変わったことはないですよ(笑)。
――600億円の市場規模があるのに?
坂上利益を出したら出したで、さらなる成長を求められるのが会社ですよね。KADOKAWAさんもそうでしょ?(笑)
――笑うしかないです(笑)。
トップクリエイターは、良いものと売れるもののバランスを知っている人
――本書では、コンセプトシートのお話も興味深かったです。ゲームを作るときに、どのようなゲームなのか、といったコンセプトなどをプロデューサーがシートの形でまとめるというお話でしたが、コンセプトなどはディレクターやプランナーの方が持ってくるものだと思っていました。
坂上最終的にコンセプトシートの形で仕上げるのはプロデューサーが多いですね。ゲームのプロジェクトの立ち上がりかたはさまざまですが、ディレクターやプランナー、プロデューサーのコンセプトシートがきっかけでスタートすることがほとんどです。シートが持ち込まれたら、まずはコンセプトについてたくさん議論を行います。先ほどのお話と少しつながりますが、そのアイデアを求めている人はいるのか、お客さんに喜んでもらえるものなのか、それを本人が理解しているのか、キッチリと確認します。
僕はゼネラルマネージャーを務めていましたが、現場に直接立ち入らない立場でしたので、しっかりと最初にコンセプトを固めておかないと、何かトラブルが発生したときに守ってあげられないので、とくに気を遣ってすり合わせをしていました。上から「なんでこんなにお金かかるの?」と尋ねられたら、「ここを大事にしているので、これだけお金がかかります」と説明する義務がありますから。また、プロモーションには「ここが魅力だから、売り込んでほしい」と説明をしないといけませんしね。
プロデューサーも同じですが、そういったことを担当する人間は、ちゃんと開発がやろうとしていることをまとめて、明文化しておかないと指示できないんですよね。とくに、開発では100人規模の人間が動いているので、ちゃんと指示ができないとトラブルが起こりますし。逆にちゃんと方向性を示すことができれば、開発は順調に行われると思います。
そのためには、コンセプトシートを作って彼らの考えを認識しておく必要があります。
――それができるのが、プロデューサーのような全体が見られる人なのですね。
坂上そうです。言い換えると、プロデューサーは、良いものと売れるもののバランスをわかっている必要があるとも言えます。ただ、トップクリエイターの方は、このバランス感覚を認識する力が高い人が多いように感じます。
――本書の中で、『アイドルマスター シャイニーカラーズ』の制作プロデューサーである高山祐介さんが持ってきたコンセプトシートが非常によくまとまっていたとお話されていましたが、高山さんのシートはどういった部分がよくできていたのでしょうか?
坂上まずは、ターゲットについて、どのような人たちであるのかがしっかりと認識できていました。
これは高山自身が、『アイマス』が好きで、そのターゲットの中の人間であるということが大きいと思います。ただ、ターゲットの中の人間が企画を立ち上げるときの弱点として、自分の好きなところばかりを強めてしまうということがあるんですよね。でも高山は、「自分は『アイマス』のここが好きで、こういうターゲットに当てはまるけど、でもそれは『アイマス』全体で見た場合の一部である」といった、自分の立ち位置を客観的に見たうえでしっかりと考えられていた。
そのうえで、ターゲットとなるお客さんに対してのニーズがちゃんと作られているか、という点についても、彼はちゃんと理解していました。『アイマス』のベースとなるニーズのひとつは「たくさんの個性的な女の子たちと出会って親しくなりたい、仲良くなりたい」という点だと思います。これって当たり前のように思われるかもしれませんが、企画の時点でいろいろな要素・アイデアが浮かんでいますし、カッコいいコンセプトにしようとこねくり回してしまうのか、意外とみんなそういったベースの部分が抜けていたりするんですよね。その点、高山のシートは素直に作られていました。
――素直で、かつ、やりたいものが明確になっていたと。
坂上そうですね。明確に捉えていた点が良かったです。もちろん高山だけではなく、『シャイニーカラーズ』の開発プロジェクトメンバーがしっかりしていたんですが、先ほどの話にも出ましたが、「これは手離れがよさそうだ」と感じました。そう感じられるコンセプトシートって意外と少ないものなんです。
――なるほど。そろそろインタビューも終わりになるのですが、最後の質問に入る前に、ひとつお聞きしたい点がありまして……。本書の中では、後継者育成のお話も出ていました。となると、坂上さんの後継者、いわば、『アイマス』の後継者をどのように考えているかをお聞きしたいのですが、坂上さんの中で、『アイマス』の後継者は決めているのでしょうか?
坂上現状では明確には決めていないですし、先に決めておくというのは難しい話かなと思っています。たとえば僕が後継者にしたいと思っていても、本人はやりたいのかという問題もありますし、「後継者だ!」と仰々しく決めると、長い期間務めるのが当然といったイメージにもなってしまいますから。
それに僕自身もゼネラルマネージャーという役職の一環で『アイマス』の総合プロデューサーをやっていましたが、それ以外の仕事もいっぱいやっていたんですね。同じく後継者になる人も、『アイマス』だけやっていればいいってことにならないでしょうし。一方で、『アイマス』の責任者としてメディアなどに出演しますから、社内外から「『アイマス』の仕事しかやっていない」と思われたりして(笑)。自分で言うものではないですが、大変だと思います。
ですので、僕の後継者というのは、自然と決まっていく気がしますね。タイミングと、後は本人や会社の想いが合わさったときに決まっていくと思います。
――ありがとうございます。それでは最後に、本書をどんな方に読んでほしいかをお聞きできますか?
坂上やはり僕と同じような会社員の方はもちろん、これから会社員になる方にも読んでいただきたいですね。僕は30年間、会社員として、同じ会社で勤めてきました。エンターテインメントという業種ではありますが、きっと皆さんと同じような経験をしてきたと思います。ですので、本書では、会社の中で起こりうることについて、“主人公思考”をテーマに、どのように自分ごととして捉えていくのかということをつらつらとお話させていただいています。何かひとつでも、皆さんの心に響くものがあれば、それを受け取っていただけたら幸せです。ぜひ本書をよろしくお願いします。
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