2021年8月24日~26日まで、CEDEC公式サイトのオンライン上にて開催された日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けのカンファレンス、CEDEC2021。
3日目となる8月26日にはソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)による、『Ghost of Tsushima』(ゴースト・オブ・ツシマ)に関するセッション“『Ghost of Tsushima』のローカライズができるまで”が披露された。登壇したのはSIEのローカライズスペシャリスト・坂井大剛氏と、ローカライズプロデューサーの関根麗子氏。
なお、週刊ファミ通2020年10月29日号(2020年10月15日発売)では、『ゴースト・オブ・ツシマ』に関する特集をおこない、アートワークの掲載やフォト企画などをお届けした。その中で、ローカライズチームへのインタビューもおこなった。
ファミ通.comには掲載されていないインタビューであり、実際にインタビューを担当した筆者としては、“このセッションの中に、インタビューが引用があったほうがより興味深い内容になるだろう”と感じた。そのため、本セッションでは語られていない内容ではあるが、合間合間にインタビューで語られていたことを一部抜粋しつつ、このセッションのリポートをお届けする。
なお、インタビュー抜粋に登場する“石立”とは、『ゴースト・オブ・ツシマ』の元シニアローカライズプロデューサー・石立大介氏のこと。現在はSIEを退職しており、本セッションにも登場していない。
ローカライズとは?
『ゴースト・オブ・ツシマ』とは、鎌倉時代に起きた元寇をテーマにしたオープンワールドアクションアドベンチャー。日本の対馬島全土が舞台となっており、プレイヤーは境井 仁を操作し、武士としての教えに背き“冥人(くろうど)”となり、モンゴル軍(蒙古)から対馬を救う時代劇を描いている。
開発はアメリカのサッカーパンチ・プロダクションズが手掛けており、海外ゲームでありながらも、本作は日本を舞台にした作品である。そのため、原文はもちろん英語。SIEのローカライズチームが原文を翻訳し、ゲームに落とし込むことこそが、まさに今回のテーマとなる“ローカライズ”だ。
SIEのローカライズの方法は、素材となるセリフなどのテキストが到着したのち、翻訳。それを外部会社で台本化してもらい、声優陣によるボイス収録をする。本作は蒙古兵の音声であるモンゴル語を除き、9割以上の音声を日本語として収録したという。
その後、音声の必要のない、ユーザーインターフェースや技名、クエスト名など、ゲーム内テキストを翻訳。それが完了すると、誤字脱字などのチェックをおこなっていく。その作業期間はタイトルにもよって異なるが、今回は開発延期や製作期間中に新型コロナウィルスの問題が浮上したこともあり、1年以上費やしたとのこと。
海外スタジオが作る鎌倉時代を、日本らしくローカライズする。本セッションではそのチャレンジの中から得られた教訓を交えて、『ゴースト・オブ・ツシマ』のローカライズ方法が語られていった。
●インタビューで語られた、関連する話題
── 本作のテキストを翻訳していくプロセスを具体的に教えてください。
坂井 ほかのゲームのローカライズとさほど差はありません。 まず、 海外から素材となるテキストが到着します。 それを翻訳し、 日本語テキストの下書きを作っていきます。 人によってやりかたは異なりますが、 私の場合ですと、 日本語の現代語訳を作ります。 その現代語版を、 辞書などを活用しながら、 古い言葉に組み直して、 本作らしいテキストを作りました。 その下書きが終わると、 つぎは英語の音声の長さに、 日本語テキストの長さが当てはまるように調整する“尺合わせ”があります。それが終わると、いよいよ台本が完成し、 日本語音声の収録がスタートします。──収録が完了したら、作業も完了ですか?
坂井 いいえ、つぎはゲームに全音声を入れて、ゲーム内で会話の流れがおかしい場所や、シーンと声のテンションや感情が違う点などをピックアップし、再度収録します。石立 また、そのあいだにもサッカーパンチ・プロダクションズから「ここのテキストを変更しました」と報告がくるので、その都度翻訳と収録を行います。……ときどき変更報告がないのに、じつは変わっていた、なんてこともあったりして、たいへんでした(苦笑)。
坂井 ありましたね(笑)。オープニングから、ゲームのロゴが出てくるまでの流れと、あと仁が志村を城に救出しに行く流れなどは、数回リテイクしました。何度もやり直したので、どれが本当のバージョンなのかわからなくなったり(苦笑)。
開発側がやりたいことを汲み取る
まず大事なのは、サッカーパンチ・プロダクションズのやりたいことを汲み取ることだと、坂井氏は語る。サッカーパンチ・プロダクションズが掲げた目標は、日本の文化に敬意を持って表現すること。世界中のプレイヤーに楽しんでもらえる作品にすること。大人も楽しめるシリアスな作品にすること。この3つだった。
つまり言い換えると、中華系文化が日本に入り混じるなどといった、いわゆる“トンデモ日本”にはしないこと。そして歴史に忠実であることを優先せずに、エンタメ性を持たせること。そしてハリウッド映画的な世界観ではなく、時代劇を作っていくこと。サッカーパンチ・プロダクションズと日本のローカライズチームの目標が同じになることで、共通のゴールが生まれる。そのおかげで、ローカライズチームだけで判断できることが多くなり、自由なローカライズができたという。
なお、サッカーパンチ・プロダクションズの“トンデモ日本にはしない”という目標は、かなり覚悟を持って掲げていたそうだ。「海外で作られた日本が舞台の作品で、トンデモ日本じゃないものって、本当に数えるぐらいしかないですよね」と坂井氏は語る。実際、開発の早い段階から日本のSIEに連絡が来たそうで、日本らしさを作り出すために、制作には日本のチームも関わっている。
たとえばサウンドチームは、野鳥の声や木々の揺れる音といった環境音を、実際に日本で収録したそうだ。また、デザインチームは風の導きなど、ユーザーインターフェースアイコンもデザインしたとのこと。ゲームに活用できるようなロケーションを取材班が取材し、実際にゲームのグラフィックに落とし込まれたスポットやオブジェクトは多い。
そういったサッカーパンチ・プロダクションズから要請の中には、ローカライズチームが直接関わったものもいくつか存在する。たとえば手紙、絵画などに書かれている文字は、ゲーム内でもテクスチャとして描かれているので、随時翻訳していったそうだ。また、ミッション開始時などに表示される題字も手掛けている(海外版でも、ミッション開始時には縦書きで“仁之道”と表示される)。
その際にも気を付けたのが、歴史に忠実なのではなく、エンタメ性を重視しつつ、時代劇らしくすることだ。たとえば手紙は、一般庶民が書いたにしては漢字も多く、教育レベルが高い。ただ時代考証に忠実な、ひらがなばかり、濁点も使わないような手紙にしてしまうと、ユーザーにとっては読みにくく、読む気すら起きないと坂井氏は語る。ユーザーに理解してもらえなければ、そこにこだわりを持っても意味がないのである。
感情を優先するドラマ作り
そこから、ローカライズの方針も決まっていったという。ローカライズチームは“感情ファースト”で翻訳することを決めていった。いわゆる“エモさ”を重視したということだ。そして、感性と分析の両立も重要とのこと。
まず“感情ファースト”という点について。『ゴースト・オブ・ツシマ』が感情メインの物語であると、坂井氏は語る。「語弊があるかもしれませんが」と前置きしつつ、主人公の境井 仁はつねに葛藤の感情で揺れ動くし、政子は復讐に燃えてつねに怒り狂っている。坂井氏は「作中で理知的だったのは、コトゥン・ハーンくらいでしたよね」とコメントしていた(たしかに……)。また、時代劇はそもそも“エモさ”を持つコンテンツということからも、ローカライズではロジックよりも感情を優先して手掛けていったそうだ。
続いて、感性を使うということについて。多くのプレイヤーに“時代劇っぽい”と感じてもらうことが重要なので、そこを鍛える必要があった。ローカライズチームは時代劇にそれほど詳しいわけではなかったので、やはり時代劇などを見て、時代劇らしい言葉などを勉強をしていったそうだ。
最初にはマンガ(劇画)『子連れ狼』の原作者・小池一夫氏のワークショップに参加して、時代劇の作り方を学んだとのこと。その際に印象に残っているというのが、「昔のことなんて誰も知らないのだから、正解なんて存在しない。おもしろいことが大事だ」という小池氏のコメントだという。もちろん正解がないからといって自由にやっていいというわけではなく、ぶれない軸を1本持って表現すべき、という意味とのこと。
また、サッカーパンチ・プロダクションズが参考にした映画、マンガといったものもすべて吸収したそうだ。もちろんそれらをすべて引用するわけにはいかないので、知識を蓄えることで“時代劇らしいセリフや言葉”というのを自分の“感性”として身に付けていった、ということ。また、つねに“これは時代劇らしいのか?”と、客観視する視点も重要だと坂井氏は語る。
そして“分析”。ひたすら本を読み漁り、鎌倉時代のことや元寇のことなどを勉強していき、ローカライズに使える枠組みを作っていったとのこと。たとえば、鎌倉時代の武士と庶民のことを知ると、キャラクター性を付ける中で、武士と庶民を同じ扱いにすべきではないということが分かってくる。ただし、あくまで“感性”や“感情”をメインに据えたそうで、「乱暴に聞こえるかもしれませんが、たとえ事実と違っても大多数の人にとって、感情移入の妨げになるほどの違和感なく伝えられたら良い、ということです」と、坂井氏はコメントした。
つまり、『ゴースト・オブ・ツシマ』では、時代劇らしさを追求するのではなく“大多数のユーザーが、時代劇っぽいなと感じるような言葉選び”を掲げて、ローカライズに取り組んでいったそうだ。
●インタビューで語られた、関連する話題
──細かなワードについても教えてください。紫電一閃など、 ゲーム内でも特徴的な技名はどのように決めたのでしょうか?
坂井 連殺や猛撃などは、そのままゲームのシステム名に日本語らしく落とし込んだのですが、奥義だけはカッコよくするようにしました。紫電一閃は英語版ですと“ヘヴンリーストライク”という技名なのですが、最初は“天の一太刀”という技名だったんです。ですが音声収録の際に、カッコイイ時代劇みたいな技名にしようということで話し合って、紫電一閃という技名に決まりました。
石立 そうでしたね。でも、変更してよかったと思います。技を習得するときも、雷が印象的なシーンでしたし、まさに紫電一閃。
──ミッション名はどのように決定を?
坂井 ミッション名については、 時代劇マンガの『子連れ狼』などを参考にしつつ、ミッション全体の流れなどを見て、ほぼ日本語版オリジナルのミッション名にしています。
──では、暗具の名前などは?
坂井 暗具は英語版ですと、たとえば“てつはう”は“ブラックパウダーボム”という名前だったりして、 そのままだと日本語版としては使えませんよね。ですから、蒙古兵から奪うというところからも、てつはうにしました。てつはうに関しては、絶対に採用しようと決めていましたね。ただ、鈴だけはちょっと悔いが残るかなと。英語版ですとウィンドチャイムとあり、鈴として進めていました。ですが、ゲーム内では風鈴の形でぶら下がっているものが、鈴ですよね。じつは風鈴の形がゲームに実装されたのが、かなり開発の最後のほうだったんです。ずっと鈴で進めてきたものですから、仕方ないと妥協しました。
──英語版ではゴーストと呼ばれる存在を、“冥人”にした理由も教えてください。
石立 マーケティングの発表との兼ね合いもあり、“ゴースト”は真っ先に翻訳しなくてはならない存在でした。そのまま訳すと、亡霊や幽霊といった存在になりますが、日本的な感覚だと、弱い存在に感じますよね。鬼や冥鬼というような名前にする候補もあったのですが、人間ながらダークな雰囲気も感じられる“冥人”という名前に決めました。
──英語版の“honor”を“誉れ”と翻訳した理由はありますか?
坂井 “誉れ”は、最初“名誉”として翻訳していました。ただ、どうもこれは鎌倉武士らしくないな、とずっと思っていたんです。そこでもう一度辞書で調べ直したりして、いちばんぴったりに感じた“誉れ”としました。
石立 また、現代人にもなんとなく意味が伝わりますよね。ほかにも“誇り”と翻訳することもできますが、その当時の誉れや名誉の概念が、単に自分が誇りに思うことではなく、他人に認められるという面を含みますので。
日本語だからこその表現
具体的な言葉選びについても語られた。たとえばメインミッションである“仁之道”は、英語版では“Jin's Journey”であり、直訳すると“仁の旅”である。サブクエストの“浮世草”は“Tales of Tsushima”。直訳で“対馬の物語”。直訳よりも時代劇らしい雰囲気を醸し出すために、仁が自らの道を歩むイメージの“仁之道”、儚い浮世の物語を表す“浮世草”を選んだそうだ。
また、メインストーリーの章を表す“〇之段”は、英語だと“ACT 1”という表現になっている。日本語版では仁と志村の関係性を考慮し、武道などの用語である“守破離”の言葉から、“守之段”などと表記していったとのこと。仁が志村の教えを守る章、それを破り発展していく章、そして志村から離れていく章、ということだ。ちなみに“守破離”という言葉は、鎌倉時代よりももっと後の時代の言葉とのこと。
ほかにも、明らかに日本人がおかしいと思うところについては、開発側の了承を得て改良していったという。たとえばキャラクター名。仁の伯母である百合は、英語名では“Yuriko”である。当時の常識で考えると、一般平民に“子”が付くことはなく、貴族たちが使っていた名なので、子をとって百合のみにしたそうだ。
なお、ほかにも名前については裏設定がある。たとえば政子は血気盛んな女性のため、“父親が、貴族の姫様のようにしとやかになるようになるよう、付けた名前”という設定があったりするのだ。坂井氏も「こちらはメディアで語っているので」と言っていたように、まさしく下記記事にて名前の由来が語られているので、併せてチェックしてみてほしい。
武士は異質、庶民は親近感
そういったことを踏まえて、実際に英語テキストを翻訳していくわけだが、言葉選び、芝居(ようは声優の演技)、テキスト作成をどうするのかという課題がある。
まずは言葉選び。本作はオープンワールドなので、時代劇に寄りすぎる語り口とは相性が良くないと判断したそうだ。なぜならば、ゲームを遊びながら会話を聞く必要があるので、あまりにも難しい語り口だと、会話の内容が頭に入りにくいからだ。たとえば馬でほかの人と並走したりするシーンなどで、小難しい会話をされると、たしかに理解が難しそうだ。そのため、語り口は現代的ながらも、鎌倉時代らしい言葉選びをしていったとのこと。
ただ、すべてのキャラクターにそのルールを適用したわけではない。『ゴースト・オブ・ツシマ』は仁や石川などといった武士チーム、ゆなや竜三などといった庶民チームに分けられており、上記のルールは武士チームのみに適用されているとのこと。庶民チームは近代の言葉も入れて、現代っぽさを出しているという。
坂井氏は「とくに志村や石川先生が分かりやすい例だと思いますが」と踏まえて、作中での武士たちは名誉や面目を重要視していて、現代人の観点から見ると行動が異質に見えると語る。その異質さを出すためにも、違和感が出るように現代口語とは違う語り口にしているそうだ。そして庶民のほうが現代のユーザーの目線に近いので、ユーザーが共感しやすいように、言葉や語り口を選んだとのこと。
和歌は古語をメインに使っているが、平安時代のいかにもな和歌にはしなかったそうだ。貴族たちの詠む和歌ではなく、武士である仁が詠む和歌であるため、おしとやかな和歌では違和感がある。また、仁も「和歌は得意ではない」と作中でも言っていたことにも由来するという。
伝説の武具を手に入れる“伝承”ミッションの琵琶法師の語りは、あえて難しい言い回しにしたという。ある程度の文言と映像の勢いなどがあれば、なんとなく伝わるだろうと判断したそうだ。「最悪BGMとして楽しんでもらえればと」と、坂井氏は語る。
●インタビューで語られた、関連する話題
── 琵琶法師の語りは、 古語のような言い回しですが、こちらも苦労されましたか?
石立 琵琶法師の語りは、 古典文法のように見えて、 じつは雰囲気だけを模したもので、通常のセリフと同じく、 意味が伝わることを優先しています。 ただ、 琵琶法師と和歌に関してだけは、 意味が完全に伝わらなくてもいいと考えました。 和歌の意味は字幕である程度フォローできますし、 琵琶法師にはわかりやすい絵もあるので、大丈夫かなと。
──和歌はどのように制作されたのですか?
石立 英語版だと“Haiku”という名称ですが、日本人なら和歌と俳句の違いがわかるので、日本では和歌という名前にしました。翻訳上では制約があって、まず、すべての文章を五・七・五・七・七に収める必要があります。また、選択肢が3×3×3つあるので、ひとつの和歌作りに対して全27パターンを用意します。そして、その全パターンで、意味が通じるようにしつつ、かつゲーム内のグラフィックに合った文章にする必要がありました。そして、“〇〇を想って”というテーマがあります。とりわけ注意したのが、古今調の和歌にしないことです。当時の鎌倉武士に和歌を詠むほどの教養はなく、本当に上級層だけが扱うような文化でした。そんな荒々しい武士たちが古今和歌集にあるような、 たおやかな和歌や恋愛に関する和歌を詠むのは変ですよね。 ですから、 無骨さや質朴さを出しました。
声優陣のキャスティング
続いては声優陣の演技について。どういった方向性でキャストを決めるのかは、ゆな(声:水野ゆふ)と、竜三(声:多田野曜平)のオーディションの際に決まったという(その時点で仁(声:中井和哉)、政子(声:安藤麻吹)、コトゥン・ハーン(声:磯部勉)は決まっていたのだとか)。
なぜ水野さん、多田野さんに決めたのかというと、演技から“泥臭さ”を感じられたからだという。『ゴースト・オブ・ツシマ』のテーマは、“泥・血・鋼”であり、そこにマッチしたからだそうだ。そこからキャスティングに迷ったときは“王道のかっこよさ”ではなく、“泥臭さ”を選定基準にしていったのだとか。
また、演技も“感情ファースト”に芝居してもらったのだという。英語版の芝居を踏襲するのではなく、あえて演技を変えることで“英語を翻訳した日本語版”ではなく、“日本の『ゴースト・オブ・ツシマ』”にすることで、よりプレイヤーの感情を揺さぶろうと考えたそうだ。
そのため、英語版と日本語版では、じつはキャラクター性に少し違いがある。実際に流された映像は、仁と政子の会話シーン。日本語版は政子がつねに怒っているような、荒げた口調だ。英語版は家族を失ったかなしさが感情のメインになっており、じつはもの悲しい語り口なのだ。
なぜ政子の基本感情を怒りに変えたのかというと、政子の本当の感情は悲しみ、やさしさだったからだという。基本は怒っているからこそ、ちょっとしたところで垣間見える、政子のやさしさ、悲しさを表現するために、怒りをメインにしたそうだ。そのためにも、「クズ」や「虫けら」などの汚い言葉も、政子のセリフに採用したとのこと。
サッカーパンチ・プロダクションズの意向は汲み取りながらも、日本のプレイヤーに楽しんでもらうためならば「大胆なプラン変更もありだと思います」と、坂井氏は語った。
●インタビューで語られた、関連する話題
── では、オーディションでその声優を選ぶ決め手となった理由などを教えてください。
坂井 仁役の中井和哉さんは、 実直でマジメな感じでありながら、未熟なところも感じられる演技をしてくださって。これぞまさに仁だと思い、お願いすることにしました。志村の大塚明夫さんは、仁が子どものころ、父の葬式で志村が慰めるシーンと、ゲーム中盤に武士たちを鼓舞するシーンの2場面でオーディションをしました。志村のやさしさと、きびしさの二面が見られるシーンで、それをすべて内包していたのが大塚さんの演技でした。
石立 また、ゆなを水野ゆふさんに決めたときに、キャスティングの方向性が決まった気がしましたね。ゆなは現代語に近い言葉遣いなので、一歩間違えると鎌倉時代に転生してきた現代人のように見えてしまうんです。それをうまくカバーしつつ、這いつくばって泥をすすって生きてきたかのような背景を感じられるのが、水野さんの演技でした。
坂井 石川は、対馬イチの弓取でありながらも、人間性に欠陥のあるキャラクターです。ですので、豪胆で強そうなんですが、ユーモアや隙のようなものが見えなくてはなりません。単にカッコイイだけであの言動だったら、本当にどうしようもない人間になってしまいます(笑)。それが千葉 繁さんの演技により「ああ、石川はある意味本物の人間味がある人なんだな」という解釈が生まれるわけです。
──プレイした身としては、まさにズバリな配役ですが、迷った配役もあったのでは?
坂井 とくにたかは迷いましたね。たか自体が、見た目はヒゲを蓄えているのに、性格が弱々しい男性ですから、見た目とのギャップがあって、どういった声にすべきか悩みました。しかも、中盤ですごく重要な役割を担っており、かつプレイヤーにショックを与えなくてはならない存在です。そこで石立が、山口勝平さんならば、それをうまく表現してくれるだろうと判断し、山口さんにお願いすることにしました。結果的に、難しい役柄であるたかを、見事に演じてくださいました。
“神は細部に宿る”を忘れずに
そしてゲーム内のユーザーインターフェースや、ミッション名などのテキストには、非常にこだわりを持って制作したという。たとえばゲーム内に出てくる文章も、教育レベルの違いを出している。とはいえ読みにくいものにはならないように気を付けたそうだ。
また、防具のデザインを変える“染め”は、英語版を翻訳するのではなく、防具ごとに決められたテーマで独自に名前を付けていったそうだ。たとえば“旅人の装束”は、“流人”や“浮草”といった、旅に関する名前にしているとのこと。
ミッション名は、英語版だとシンプルすぎたり、英語のもじりを利用したものが多かったので、日本版では大きく変更している。ミッションの中心人物やできごとに焦点を当てて、名前を付けていったそうだ。また、百合や石川などといった、キャラクターに紐づく連続ミッションは、固定の言葉を用意。たとえば百合ならば“在りし日の〇〇”、石川ならば“〇と〇と”。プレイヤーは細かいところまで見てくれるので、こういった部分で喜んでほしいという思いがあったそうだ。
テキストに注目して遊んでみては?
以上で本セッションは終了。どのようにして翻訳していったのか、英語版との違い、日本語の選びかたなど、とても興味深い内容となっていた。『ゴースト・オブ・ツシマ』を遊ぶ際には、そういった部分も意識してプレイすると、またひと味違った楽しみが生まれるのではないだろうか。最後に、インタビュー記事の一文を、本記事の締めとさせていただく。
──いまだからこそ語れる開発秘話はありますか?
坂井 じつは竜三のセリフは、最初、かなり尖ってツンツンした性格として収録したんです。カットされましたが、腹を探り合うセリフが多かったり、いまより影のある男として描かれていました。ところが開発後期になって、仁と竜三の出会いの場面のカットシーンが送られてきたのを見たら、ふたりともとても笑顔で、「ふたりはこんなに仲がよかったのか!」と(笑)。ふたりの距離感を縮めないといけない、となって、一度収録を終えていた竜三のセリフを、もう一度すべて録り直しました。