2021年8月24日(火)~26日(木)の3日間に渡り、オンライン開催されたCEDEC 2021。
本記事では、年8月25日に行なわれたディスカッション“キャラクター経済圏とIPクリエーションの視点から望む、ニューノーマル時代におけるメディアミックスの新パラダイム”の内容をリポートしていく。
こちらの討論は、メディア産業全体で長らく使われてきた“メディアミックス”という手法がいま別の形に発展しつつある中で、グローバル視点で今後展開するにはどのような課題を抱えているのかを見据えたものだ。
司会を務めたのは立命館大学映像学部教授・中村彰憲氏。同氏は2015年以降、“トランスメディア・ストーリーテリング”(※)(以下、TMS)について北米や日本国内のIPを分析し研究してきた。
※トランスメディア・ストーリーテリング:ひとつのIPを世界観に整合性がある形でマンガ、アニメ、ゲームなどに展開。それに触れたユーザーが各作品をパズルのようにつなぎ合わせて「そういうことか!」と感動を得られる大きな物語になるよう設計されたメディアミックス展開。メディアフランチャイズやライセンスビジネスは商品そのものを中心として展開するが、TMSは背景にあるストーリーを中心として展開するのが大きな違い。
今回は、近年とくに成功例を増やしているTMSをアカデミックに扱う中村氏に加え、さらにふたりのメディアミックスの識者がディスカッションに参加した。
ひとり目は、ブシロードなどのさまざまなゲーム会社でプロデュースならびにマーケティングを成功させ、“キャラクター経済圏”(詳細は後述)についての研究も牽引する中山淳雄氏。
ふたり目は、ゲームでは『428 ~封鎖された渋谷で~』などの代表作で知られ、アニメや舞台、ドラマのシーンでも広く活躍を続けるクリエイター・イシイジロウ氏だ。
近年のメディアミックスで絶大な成功例を収めたTMSの研究者を中心に、キャラクターが生み出す経済効果の発生過程を知り尽くしたプロデューサーと、メディアのジャンルを問わず、さまざまな人気IPを生み出してきたマルチクリエイターがそこに加わって、メディアミックスの今と将来を語る。
IPひとつで10兆円が動く!? キャラクター経済圏とは
ディスカッションの冒頭ではその前段階として、中山氏が研究する“キャラクター経済圏”と、イシイ氏が提唱する昨今のIPの在りようについて解説がされた。
そもそもキャラクター経済圏とは何か。中山氏はまず、近年とくに日米で数多く生み出されてきたキャラクターと、そのキャラクターが映画やテレビ、ゲームなどさまざまなメディアで生み出した経済規模についてのグラフを示した。
最大規模の例として『ポケットモンスター』が挙げられた。『ポケモン』は近年までさまざまな続編ゲーム作品に加え、テレビアニメや劇場アニメ映画、キャラクターグッズやカードゲームなどに派生し、生み出した経済効果は何と10兆円規模に及ぶ。
近年のゲーム市場全体の推移を見ると、『ポケモンGO』を含むモバイルゲームに加え、家庭用のオンラインソフトも急成長。
古くはアニメやマンガから誕生するIP市場。『ドラえもん』や『オバケのQ太郎』などが人気だった時代には、スポンサー企業のお菓子や玩具が主流で、そこからゲームへと派生していった。
それが後年、映像作品からゲーム化に派生する形に。そして、『スーパーマリオブラザーズ』や『パックマン』といった家庭用ゲームがIP化する時代を経て、いまではオンラインゲームからIPが誕生している。
アプリゲーム『BanG Dream!』のメディアミックス展開では、近年ならではのおもしろい現象が見られた。
ゲームとアニメなど複数のメディアミックスを展開する場合、アニメ第1期から第2期のあいだに、ユーザーからの期待値が1/10くらいまで落ち込むことも珍しくはない。しかし『BanG Dream!』の場合、この期間にゲームやイベントで盛り上げることで、期待値を上げ続けることができた。
アニメ需要を含め、近年はSNSなどのデジタルメディアで頻繁な、それこそデイリー単位のユーザー牽引こそが、キャラクター経済圏を育てる肝になっている証左のひとつと言える。
中山氏は、アニメを中心としたキャラクター経済圏を、恒星と惑星に似ていると考える。
恒星(太陽)に位置するアニメ製作委員会を中心に作品が展開し、そのファンが10万人、20万人と広がったところで、そのファンに何を提供するかと考える段になって、商品化やモバイルゲームといったものが周辺に惑星のように生まれていく。
この図を使うと、日本における代表的なキャラクター経済圏の規模や、経済圏が作られていく要素がわかりやすくなる。
メディアが統一されているという強みもあって、キャラクター経済圏はキャラクターを多く生み出していった日米が主導して生まれた。その中心軸は、時代とともに推移している。
ユーザーを引き付けるものも変わっていき、いまは多種類の展開をしながらも継続的、かつ統一的なストーリーが求められる。これをクロスメディア、メディアミックス、トランスメディア・ストーリーテリングといった、いち題材を複数メディアで展開する手法で経済市場化している。いまやそこにはファンとの相互作用が必要不可欠だ。
IPは進化する! あの続編がダレなかった理由は……
続いてイシイ氏から、氏が著書でも扱っているIPとストーリーについての見解が述べられた。
ゲーム制作においておもにストーリー部分を担当していた氏は、その見解を著書にまとめていくうちに、IPそのものよりも物語の作りかたについて考察し、講演していくようになった。
当時とくにヒットしていたのは、マーベル・シネマ・ユニバースの映画作品だ。その映画が毎回おもしろいシナリオを打ち出し、人気を博すことができるのはなぜなのか。
“成功するシリーズもの”には、3つの段階に“進化するIP”の存在が共通していると氏は考えた。この考えかたは中村氏が提唱するTMSにも非常に近い。
IP(知的財産権)について、エンターテインメント業界では、著作権だけではなく発明やタイトルの商標、工業所有権なども組み合わせたものと考える。
ディズニーランドやポケモンなど、単体のタイトルではなくそれがシリーズや個々のキャラクターの展開などをした場合も、ざっくりとIPとして全体を捉えるわけだ。
このIPを、イシイ氏は“ストーリーIP”、“キャラクターIP”、“世界観IP”の3つに分類した。ストーリーIPからキャラクターIP、キャラクターIPから世界観IPへと、進化し育っていくのだという。
最初から世界観IPとして作られて成功する例はほぼない。IPはまずストーリーIPとして客層の心を掴み、それがキャラクターIP、世界観IPへと育つことで、大きな成功を収める。
それぞれの分類ごとの代表作も挙げられた。昔の名作映画はほとんどがまずはストーリーIPに分類される。魅力的なストーリーが、その作品の人気を呼ぶわけだ。
日本ではストーリーIPが根強い人気を持っている。日本国内の映画興行収入ランキングを見てみると、上位にストーリーIP作品が固まっている。
しかしストーリーIPは続編が成功しづらく、いけたとしてもパート2やパート3くらいで止まっている。『ターミネーター』や『エイリアン』などで近年の続編が『2』の続きと謳っていたりするあたりからも、このことがわかるかと思う。
その限界を越えていくのが、キャラクターが作品の魅力を牽引する、キャラクターIPだ。
キャラクターIPに関しては、アメリカよりも日本が得意としている。また、少年ジャンプ作品は『北斗の拳』や『キン肉マン』など、多くがストーリーIPであり、そこを越えてきた一部が『ドラゴンボール』などのキャラクターIPだ。
キャラクターIPの歴史は古い。そして歴史が古いキャラクターIPは、演者が変わった続編でも成功している。演者や作家に縛られたIPは、世代交代すると続編が成功しないことが多い。日本では『男はつらいよ』の渥美清氏などが代表例だろう。
また、歴史がさほど古くないキャラクターIPの場合、世代交代(作家、演者、主役キャラクターが変わる事例)や、ゲームにしてもあまり人気が出ないといった、メディアミックスでの弱点を抱えている。
その弱点を克服したのが世界観IPだ。ここにマーベル・シネマティック・ユニバースが入ってくる。
世界の映画興行収入ランキングを見てみると、TMSであり、世界観IPでもある作品が上位に固まっているのがわかる。
当然、日本にも世界観IPはある。宇宙世紀を舞台に主役や時代などが大きく変わっても人気を博し続ける『機動戦士ガンダム』や、『Fate/Grand Order』でのマルチバース展開が成功した『Fate』は、まさに世界観IPだ。
イシイ氏がとくにIPの未来を予言するものとして挙げた作品が、世界のIPの頂点に立った『アベンジャーズ・エンドゲーム』と、日本のIPの頂点に立った『鬼滅の刃 無限列車編』だ。
『鬼滅の刃 無限列車編』は世界観IPではないが、シリーズものの作品でありながら、全体のストーリーにおける途中から始まり、途中で終わる作品である。そのような作品が人気となった構造にも、世界観IPやTMSに近い概念があるとのこと。
日米のキャラ経済はTMSが支える時代になる!
基本を解説したところで、視聴者のライブチャットの質問も交えつつのディスカッションが開始された。
経営者視点からのTMS
海外ではいまや、マーベル・シネマティック・ユニバースのように、映画やアニメ作品で世界をつなげていくTMSが数多く展開している。では、これを日本国内で実現するとなるとどうなのか。
中山氏はイシイ氏とほぼ同じ観点を持っており、サッカーのようにプロジェクト内で意図しない形でパス回しを行ない、それがうまく1点につながって、そこからフォーメーションができ上がっていくのが氏のIPが成長していくイメージだという
脚本を任せる作家によっては、特定方向に振り切ってエッジが立つことがある。それらにプロデュース観点やユーザーの反応からNGを出しつつ、まずはストーリーありきで2回、3回と積み重ね、世界観ありきのプロジェクトに育っていく、というわけだ。
俗人性、作家性はIPと切り離せない
イシイ氏は中山氏の意見に併せ、作家のノウハウや作品がそうしたくり返しの中でストックされてこそ、TMSの“材料”に使えるようになるという見解を述べた。マーベルなどはまさにその典型だという。作家が積み重ねたものが、IPには非常に重要なのだ。
『ガンダム』や『Fate』もその好例と言える。『Fate』はまだ奈須きのこ氏の作家性が強いIPだが、那須氏を中心に展開しつつも『Fate/Zero』でメインライターに虚淵玄氏を迎え、以降は家庭用版などで別作家も交えた展開などの積み重ねがある。その結果が『Fate/Grand Order』につながったと氏は見ている。
マーベルTMSの立役者と似た人が?
アメリカのIPでは作家よりもプロデューサーが有名となる。逆に、日本のIPではプロデューサーよりも作家が有名になる事例が多い。この一例としてイシイ氏は、マーベル・シネマティック・ユニバースを成功に導いたケビン・ファイギ氏と、『ガンダム』シリーズのプロデューサー・小形尚弘氏を挙げた。
『ガンダム』では最新アニメ映画作品『閃光のハサウェイ』のように、原作者が富野由悠季氏である作品を別の監督に任せたり、LEGENDARYとの提携で実写版プロジェクトをも動かしている。だが、小形氏がプロデューサーとして名前が世間に知られ、取材などでも取り上げられるようになったのはごく最近からだ。
富野氏の作家性による蓄積と、それをTMSに組み上げ世界観IPに育て上げた小形氏の出した結果。この辺からも、日米問わずTMSに必要な根幹が見えてくる。
動画配信が全盛のいま、TMSが増えたのはなぜ?
ディズニープラスやNetflixなどのオンライン動画配信サービス(OTT)でテレビドラマ・テレビアニメ作品を提供するTMS形式が、昨今のアメリカでは主流となっている。
国境の枠があった“テレビ”の在りかたがOTTによって崩れたからだ。アメコミ由来の作品などに国外からアクセスしづらかったが、その状況がなくなった。中山氏は、アメリカでの数百億の製作費をかけた大プロジェクトは、もはやOTTなくして語れないと考える。
逆に日本の場合、たとえば『ガンダム』をそうしたグローバルなOTTに乗せられるかというと、現状では限界がある。その状況で9割の売り上げを確保しようとすると、プロジェクト規模は20~30億程度が関の山だ。
アメリカがほぼ独占するOTTの活用が始まりつつある中、イシイ氏は「ANIPLEXによる動画配信サービスの買い取りなどの世界展開への準備が一矢報いる結果を生むのでは」と期待を語った。
OTTはTMSを支えられる“物量”を持つ
イシイ氏は、OTTとTMSの相性のよさの理由についても持論を述べた。
映画の三幕構成では、世界観を語るよりは主人公を語る展開になりがち。TMSに必要な世界観を語るにはあまりに情報量が足りない。
マーベル・シネマティック・ユニバースは、それを三幕構成に留めず、複数の映画作品でやってのけることで情報量を増やした。映画を何十本も作ると最初から発表して実行するというのは、「前作を観てないからわからない」という状況を生み出し、観客数を右下がりにしかねなかったのだが、成功できたのは特例と言える。
日本では以前はテレビアニメが53話、4クール規模で放送されていたり、たいへんボリュームがあるノベルゲームが流行ったりしたこともあり、TMSのベースとなる世界観が蓄積されるに足る情報量があった。
この“物量”という面において、OTTは非常に優れている。マーベルがOTTにシフトしつつあるのは、物語の物量を増やすために有効であると判断したのも大きな理由かもしれない。
3人が選ぶ、TMS的なシリーズものとは?
今回のディスカッション参加者であるお三方から事前に提出されたという、“TMSとして批評できそうなシリーズ作品”のランキングも公開された。
アカデミックな観点を持つ中村氏は、ゲームなども含めて世界観がしっかり統一されている『スター・ウォーズ』を1位に選んだ。
また、『ホビット』や『指輪物語』といった書籍作品を確認してから映画作品を楽しめる、J・R・Rトールキン作品(同じ理由でJ・K・ローリング作品)も上位に挙げている。
イシイ氏もトールキンやローリングは本質的な重要作品として、『クトゥルフ神話』シリーズなども世界観IPであるとして挙げた。ただし、商品の観点から考えると、IPはだれかが所有していなくてはならない。『クトゥルフ神話』はシェアードであり、同じ理由で公共の歴史である『三国志』なども、厳密にはIPではない。
プロデュース観点から中山氏が選んだのは、おもにスティーヴン・スピルバーグ監督の作品だ。同監督は『スターウォーズ』のジョージ・ルーカス監督と、『未知との遭遇』と『スターウォーズ』で互いに交換条件で利益を得ており、これはオタク気質なスピルバーグ監督が、ルーカス監督の利益追求の姿勢を真似るきっかけとなったという。
スピルバーグ監督は『E.T』のあたりから、グッズなども含む小売の10%というとてつもないロイヤリティーを要求し始めた。監督収入が4億のところ、小売で70~80憶の収入を得ていたそうだ。『インディー・ジョーンズ』の段階になると、50%のロイヤリティーというとんでもない条件を出し、それでも成功を収めたという。
シリーズ続編を作ることをとくに嫌ったスピルバーグ監督が、それでもフランチャイズのロイヤリティーを得るためか続編作品を作っていったという構図には、たしかにメディアフランチャイズのおもしろい側面を感じる。
イシイ氏は『ガンダム』や『スタートレック』といった、代替わりも行なわれている日米ではおなじみのTMSに加え、『仮面ライダー』や『プリキュア』といった作品についても触れた。
日本でさらに進化した世界観IP作品こそが、氏は宇宙世紀以外も含めた『ガンダム』や『プリキュア』、あるいは『仮面ライダー』などであるという。たとえば、名前に“仮面ライダー”とさえ入っていれば、その作品は世界観が完全に独立していても仮面ライダーのIPとなる。
この方式は、マーベルでさえまだ本格的には扱っていない。『スパイダーマン』の多次元設定(スパイダーバース)をひとつにするかもしれないと話題になっているが、日本ではすでに『仮面ライダーディケイド』などで、複数の仮面ライダー作品の世界をひとつの世界であるとして展開している。
『プリキュア』でも劇場版アニメなどを含めて同じような方式が取られている。『ガンダム』でも、『∀ガンダム』ですべてのガンダムの世界がひとつの集合体であると設定していた。イシイ氏はこれが、日本がアメリカよりさらに先に行っている世界観IPだという。
今後、マーベルなどが非常に厳密な仕組みによってこれを追いかけ、いつこの形式を取り込んで日本よりさらに先に行くかどうかに、氏は注目しているという。
TMSやキャラクター経済圏が台頭する中で、ゲームが果たす役割とは?
こちらは、ディスカッションの最後のまとめとして、中山氏とイシイ氏に投げられた質問だ。
先に触れたとおり、中山氏は日本ではプロデューサーが目立たず作家が目立つ風潮を挙げ、プロデューサー先行でTMSを作るより、作家の黒子としてプロデューサーがすり寄っていく方法がやはり日本ではまだ適していると述べた。
また、日本におけるIPゲームは商品化を重視しており、原作を活かしつつ邪魔しないように、なおかつそこにプラスアルファをするような、隙間を埋める作りかたをしていると感じているという。マーベルをうらやましいと思いつつも、いかに作家と協同する編集者のようにあるべきか。それが、日本でゲーム業界が生きる道なのでは、とのことだ。
イシイ氏は、日本のゲームの場合はクリエイターに著作権がなく、最近はインディーゲームでクリエイターに著作権を持たせようという動きがあることに触れた。ここから日本でもクリエイター発のゲームがより増えることで、TMS展開の材料のひとつになるのではと考えているという。
そうでなければ、ゲームは日本においては今後別のものになりかねないという。アメリカでは映画についてはプロデューサーが、マンガについては作家が著作者となっており、この形式でうまくいっている。日本では違う戦いかたをしていかないと、アメリカに追いつくことは難しいと氏は提言した。
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