マイクロソフトでゲームというと、断然Xboxが真っ先に思い浮かぶことと思うが、“マイクロソフトのゲーム事業”は、それだけではない。マイクロソフトは古くから“ゲーム開発支援”に取り組んでおり、技術共有のために開発者向けのカンファレンスを独自で開催していたりもする。WindowsやXboxというプラットフォームを超えて、開発環境の整備に取り組んでいるのだ。

 そんなマイクロソフトが、ここ数年力を入れているのがゲーム開発のDX支援だ。DXとは、最近よく聞くのでご存じの方も多いことと思うが、“デジタルトランスフォーメーション”の略で、デジタルテクノロジーによって、生活やビジネスなどを変革することを指す。端的に言うと、デジタルテクノロジーにより、ゲーム開発の敷居を下げるというのが、マイクロソフトのここ数年の注力ポイントだ。

 具体的にどんなことをしているかというと、以下の通り。

日本マイクロソフトのゲーム産業に向けたDX支援

リモートワーク環境下での働きかた改革への支援

・Microsoft TeamsなどOffice 製品によるオンラインコラボレーションツールの提供
・開発環境のクラウド化などフレキシブルな開発環境の構築支援

AIなどの先端技術によるゲーム開発者支援

・Microsoft Research(マイクロソフトの研究開発機関)とXbox Game Studiosの研究開発技術のゲームへの適用
・AI人材育成オンラインプログラムの提供

業界エコシステムの拡大に向けた支援

・ゲームコンテンツやテクノロジーをハブにした異業種交流の推進
・ゲーム関連スタートアップ企業の育成
・ゲームクリエイター支援

 なぜ、ゲーム開発のDXが大切なのか……。ここでは、日本マイクロソフトAsia Apps & Infra - Japan, Global Black Belt Technical Specialist 下田純也氏にレクチャーしてもらった。

下田純也氏

日本マイクロソフト
Asia Apps & Infra - Japan, Global Black Belt Technical Specialist

※本記事は、日本マイクロソフトの提供によりお届けしています。

DX化を推し進めることで柔軟な開発環境の構築を目指す

――マイクロソフトではXboxの事業のほかにも、ゲーム開発をサポートする取り組みをしているとのことですが、いつころから始まったのでしょうか?

下田技術共有というのは、マイクロソフト設立時からの方針と言えます。業界の活性化に向けて、古くからオープンソース化に取り組んできました。1990年代からはGDC(※)にも積極的に参加していますし、Xboxの開発者向けに、技術共有のためのカンファレンスを独自に開催してもいます。ゲームの分野だと、マイクロソフトはXboxというイメージが強いかもしれませんが、開発者支援の取り組みも行っているんです。その支援の領域で、ここ数年でもっとも力を入れているのが、DX支援ですね。

※ゲーム・デベロッパー・カンファレンス。毎年春にサンフランシスコで開催される世界最大規模のゲームクリエイターのためのカンファレンス。

――では、マイクロソフトがDX支援に注力する理由を教えてください。

下田ゲーム開発にはさまざまな課題があります。そのひとつが、次世代機が出てきて、開発コストがどんどん増大していることです。増えたコストをいかに下げられるかが重要です。

 また、新型コロナウイルスの影響もあります。テレワークが主体となる中で、いかに効率を下げずに継続的にゲーム開発に取り組むかが課題になっています。

 さらに言えば、コロナ禍の巣ごもりの中で、ゲームのプレイスタイルも変わってきており、そこにも柔軟に対応していかないといけません。これらに対応するために、柔軟な開発環境が求められます。いままではオフィスの閉じた環境の中で、みんなで集まって開発をしていたものが、リモートワークで大規模な開発をしないといけないわけです。

――柔軟な開発環境の構築に対応するのがDXということですね?

下田その通りです。海外ではワクチンの接種も進んでおり、とくにアメリカだとある程度は自由に外に出られる状況になってきたようですが、求職状況にしても、リモートで働ける環境のほうが人気があると聞きます。日本でも同じような状況になることは想定されていて、人材確保という見地からも柔軟に対応できる環境を構築していくことが、引き続き重要になってくると思います。

――そのための、“働きかた改革への支援”であり、“先端技術による開発者支援”なんですね。

下田はい。ちなみに、働きかた改革ということで言うと、戦略的に将来を見据えたうえでご対応なさっている会社として、バンダイナムコスタジオさんがあります。これまで、バンダイナムコスタジオさんでは、ほとんどの開発環境がオフィスの中にあったのですが、いまはMicrosoft Azureを活用してのクラウドシフトが進んでおりまして、とくに大事なサーバーはオフィスにあるものの、さまざまな開発環境のクラウドへのシフトが進んでいます。デバッグ作業などもクラウドの活用が始まっているんです。コロナ禍のたいへんな状況を逆手に取られて、フレキシブルな環境を構築されていますね。

――DX化の施策により、コロナ禍という逆境に対応しているわけですね。

下田その通りです。開発の柔軟性を支えるということで言うと、ビデオ会議システムのMicrosoft Teamsも大きな役割を果たしています。Microsoft Teamsは当社の開発環境であるMicrosoft Visual StudioやAzure DevOpsなどとも連携しやすくて、セキュリティーをきちんと担保しながら開発を柔軟に広げていけるんです。

 ちなみに、まだ詳細はお話できませんが、マイクロソフトではインディーゲームデベロッパーのお客様にも、柔軟な開発環境を構築していただけるような支援策を考えています。

――“先端技術による開発者支援”というのはどのようなものなのですか?

下田マイクロソフトでは、先端技術の研究に特化した部門として、Microsoft Research(MSR)を1991年に設立したのですが、2021年現在で、世界8拠点で1000人を超える研究者がさまざまな分野で日夜研究に励んでいます。

 研究領域はゲームに限らず多岐にわたっているのですが、そのMSRとXbox Game Studiosが協力して、ゲームに先端技術がどのように活用できるかという研究に取り組んでいます。いまですと、“AIがゲームにどう適応できるか?”といった研究などが積極的に行われていますね。


 先端技術による開発者支援などと聞くと、SF好きな記者はどうしてもワクワクしてしまうが、まあ、“未来のテクノロジーが手の届くところに来ている”といったところなのだろう。

 せっかくの機会なので、下田さんに“先端技術による開発者支援”の具体例をいくつか教えてもらった。例として挙げてもらったのは、『Forza Motorsport』シリーズと『Minecraft』、『Microsoft Flight Simulator』だ。

『Forza Motorsport』シリーズはAIに制御されたライバルカーなど、先端技術の宝庫

 Xboxプラットフォームを支えるレースシリーズ『Forza Motorsport』は、先端技術の宝庫と言えるだろう。同シリーズオリジナルのAIである“Drivatar(ドライバタ)”は、まさにその代表例。

 最初に“Drivatar”と聞いたときは、「何のこっちゃ?」と思ったけれど、要は人間らしい反応を見せるAIのことで、「グラフィックがリアルになるにつれ、重要になるのはライバルカーです。挙動があまりに単純だと、レースで競っている感覚にならないからです。ライバルといかに競い合っているかということで、プレイ時にアドレナリンがでてくるわけで、いかに人間っぽい挙動をライバルカーにさせるかというときに、MSRのAI研究の部門が、ゲームの開発部隊といっしょになって作ったのが、“Drivatar”です」(下田氏)とのこと。

 また、写真から3Dモデルを起こすフォトグラメトリや、実物をスキャニングして3D化するレーザースキャン(LiDAR)による実コースの再現も、先端技術を駆使してのもの。ちなみに、レーザースキャンはいまではスマートフォンにも入っているくらい手軽なものになったが、さすがに『Forza Motorsport』だと、遠距離でもスキャンできる、高価なものが使われているという。

『マイクラ』でAI学習も可能に! マイクロソフトのテクノロジーがゲーム業界にもたらすものとは?
マイクロソフトのテクノロジーのショウケースとも言える『Forza Motorsport』シリーズ。写真は2017年にリリースされた『Forza Motorsport 7』。

『Minecraft』AI学習の“実験の場”として大きな存在感

 全世界での販売本数が2億本を超え、月間アクティブユーザーが1億3000万人にも達するというモンスターソフト『Minecraft』で駆使されている先端技術はAIの学習機能。『Minecraft』上にAIが学習できる環境“Project Malmo”を構築し、同作の3D空間で、どうやったら効率よくAIに学習させられるかを、気軽に楽しく学べる場を提供しているという。

 これはどういうことかと言うと、そもそもAIを実際に動かして試すための環境を構築するのは難しい。『Minecraft』にはNPCに自動的に行動してもらうためのソリューションがもともと搭載されているので、それを拡張してAI学習のためのいわば“実験の場”を作り上げたのだ。「どうやったらAIに効率よく学習させられるのかの研究の場となります。楽しむAIを学べる土壌となるのが、“Project Malmo”なんですね」と下田氏。

『マイクラ』でAI学習も可能に! マイクロソフトのテクノロジーがゲーム業界にもたらすものとは?

 サンドボックス的にその世界で自由に楽しめる『Minecraft』であるが、まさにAI学習のためのサンドボックスとしても機能しているわけだ。たとえば、ここで学んだAIのアルゴリズムを、ほかのタイトルに活かすことも可能だ。

 この“Project Malmo”は無料で公開されており、AIの研究者なども多く参加。世界的なコンペも開催されており、日本の参加者も毎年上位に入賞しているという。コンペはAIテクノロジーの切磋琢磨の場となっているようだ。

 ちなみに、『Minecraft』では、AI学習とは別軸で、小学生や中学生がプログラミングの学習をするためのコンテンツともなっているという。近年、『Minecraft』は“学習教材”としての存在感も高まっているようだ。

“Project Malmo”紹介ページ

『Microsoft Flight Simulator』先端技術で地図データから3Dモデルを自動生成

 Xbox Series X|S版が7月27日に発売される『Microsoft Flight Simulator』では、飛行機に乗って地球全体を旅することができるが、広大な地球の3Dデータを人間の手で作ることはほぼ不可能。そこで、世界中の地図を網羅しているBing Mapsと連携して、その地図データをもとに、AIが建造物の3Dモデルを自動生成しているという。「地図データには、建物の形や高度などのデータ以上の情報はありません。そういった限られた地図データをもとに、建物や草原、森などをAIが自動生成して、フライトシミュレーターの世界を作り上げているんです」(下田氏)。

『マイクラ』でAI学習も可能に! マイクロソフトのテクノロジーがゲーム業界にもたらすものとは?

 『Microsoft Flight Simulator』には、MSRのほかに、blackshark.aiというオーストリアのスタートアップ企業も参画している。平坦なビジュアルを3Dモデルに構築する技術は、同社のテクノロジーによるものだという。blackshark.aiの公式サイトでは、同社のテクノロジーを使う前と使ったあとの比較映像が公開されているが、素直に感動させられてしまう。

 とはいえ、いかにランドスケープがリアルでも、ただ飛んでいるだけでは味気ない。そこで、『Microsoft Flight Simulator』では、リアリティーを増すために、実際の気象データを取り込んで、ゲーム中で現地の気象を反映させているという。

 また、管制塔との通信でのやり取りもリアリティーを重視。従来だと、ゲーム内の音声は事前に録音したものをあとから再生するというのが基本的な流れだったのだが、刻一刻と変わる状況に応じてしゃべってもらったほうが臨場感は高まる。そこで、『Microsoft Flight Simulator』では、“Azure Cognitive Services”を駆使している。

 “Azure Cognitive Services”は、マイクロソフトが提供する人間の認知機能をWeb APIで利用できるAIサービスで、たとえば音声系機能を利用すると声優の音声を機械学習することができ、状況に応じてAIが管制官の声を模してしゃべってくれる。「管制官の声が、世界中のどの空港に行っても同じだと興醒めですよね。成田でも羽田でも同じ声だったら現実味がない。そこで、“Azure Cognitive Services”では、さまざまな声優さんの音声を収録しておいて、AIがゲーム内で状況に応じた管制官のテキストを作成し、リアルタイムでそのテキストを声優さんの声でしゃべるようにしているんです。その組み合わせで、世界中を本当に飛んでいるかのような感覚が作りだせるわけです」(下田氏)

『マイクラ』でAI学習も可能に! マイクロソフトのテクノロジーがゲーム業界にもたらすものとは?

 さらには、状況に応じて管制官の音声に通信風の音響効果も乗せるというから芸が細かい。先端技術に代表される最新テクノロジーが、よりリアリティーのあるゲームプレイを実現してくれることは間違いなく、「ゲーム開発環境のDX化が、ゲームの進化をうながす」(下田氏)ということは言えるだろう。それがまさに、マイクロソフトがゲーム開発環境のDX化を推進する、大きな理由のひとつでもある。

Microsoft Game Stack特設サイト