日本ゲーム大賞2020 アマチュア部門 大賞 受賞者に聞く

 記者にとってのライフワークというと少し大げさになってしまうかもしれないが、毎年追いかけているテーマがある。日本ゲーム大賞 アマチュア部門だ。

 ゲーム開発を目指す人にとっての登龍門とも言える同賞は、ゲームの専門学校などが積極的にカリキュラムに取り入れていることもあり、学生さんたちの“腕試しの場”となっている。毎年受賞者を取材させていただけるのは、瑞々しい感性に触れることができて、おじさん記者にとってはまさに清涼のひとときだ。しかも、開発現場にはそれぞれ個別の注目すべき“ストーリー”がある。

 そんな2020年のアマチュア大賞を受賞したのは、大阪に校舎を構えるECCコンピュータ専門学校のCRAB制作による『OVEROIL CRABMEAT』。メンバーの3人にお話を聞いてみた。

日本ゲーム大賞2020 アマチュア部門 大賞

『OVEROIL CRABMEAT』制作者:CRAB(ECCコンピュータ専門学校)

日本ゲーム大賞2020 アマチュア部門 大賞を受賞した若きクリエイターたちに、開発の日々を聞いてみた
日本ゲーム大賞2020 アマチュア部門 大賞を受賞した若きクリエイターたちに、開発の日々を聞いてみた
魔女にとらえられた主人公“カニっち”を操作して、食べられる前に脱出を目指すパズルアクションゲーム。プレイヤーは“カニっち”と“フライヤーの網”の両方を操作し、足場となる食材やブロックをうまく動かして、油に触れないようゴールを目指す。油に触れると天ぷらにされ、魔女に食べられてしまいゲームオーバーとなる。

自分の実力を試すことができる場を求めて

 毎年決められたテーマに則って、ゲームを開発していく日本ゲーム大賞 アマチュア部門。毎年「どんなテーマなんだろう?」というのは興味深く見ているのだが、2020年は、ホームページにアップされた音を聞いて、イメージするものをゲーム化するという、いささかトリッキーなものだった。そのお題を“油のはじける音”と捉えて制作されたのが、大賞を受賞した『OVEROIL CRABMEAT』だ。

 『OVEROIL CRABMEAT』は、プレイヤーは主人公である“カニっち”と“フライヤーの網”の両方を操作して、足場となる食材やブロックをうまく動かして、油に触れないようにゴールを目指すというパズルアクションだ。審査員からの「グラフィックやサウンドなどから醸し出される世界観がとてもしっかりしており、全体的な完成度が高く、とても丁寧に作られていることが伝わってきます」(セガ/大橋宣哉氏)などと、創意工夫のあるゲームスタイルなどが高い評価を獲得し、全427応募作品の中から見事大賞に輝いた。

 本作を開発したのは、ECCコンピュータ専門学校のCRABの皆さん。チームリーダー谷口大輝さん、ディレクター上田菜那さん、アーティスト比嘉敦樹さんの3名だ。興味深いのは、谷口さんと上田さんにとっては、前年に引き続いての挑戦となること。おふたりは2019年にもアマチュア武門に応募し(そのときはもうひとりは別メンバーだった)、佳作を受賞。その結果が悔しくて、4年生になった翌年は学校のカリキュラム的にはエントリーする必要がなかったのにも関わらず、1年後輩の比嘉さんを誘って自主的に応募したという。

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中央が谷口大輝さん、左が上田菜那さん、右が比嘉敦樹さん。

 相当な気合いの入りぶりだが、谷口さん的にはアマチュア部門は挑戦し甲斐のある賞のようで、「最初にテーマが発表されて、フラットな条件でスタートして、ライバルがたくさんエントリーしてくるので、大きな刺激になるんです。何よりも自分の実力を試すいい機会です」という。甲子園ではないけれど、己の力を試すにはいい場所ということだろうか。「どんなテーマがきても受け止めるつもりでした」との谷口さんの言葉が心強い。

 開発は、そんなテーマを咀嚼するところからスタート。先述の通り2020年のテーマは、ホームページにある音を聞いて、テーマの音を“油のはじける音”と捉え、直感的に“アクションパズルで行くことにしたのだという(谷口さんいわく「本当に気まぐれで決めた」とのこと)。そこで、満ち溢れている油が揺れ動いたらパズル性があるのでは……ということで、企画がスタートしたのだという。「水位が下がったら行ける場所ができて、水位が上がったらいけない場所ができるといった具合に、何かをすれば何かができて、逆に別の何かができなくなるといった仕様はおもしろいなと思ったんです」と谷口さん。

 それでプロトタイプを作り始めたという3人だが、早々に「物足りない」と感じだのだという。「遊びの幅が狭いとな思ったんです。3、4ステージ目まではおもしろいのですが、それ以降作ったとしても遊びかたがいっしょになってしまう。そんなにステージ数を増やせない。そこが問題かなと」(谷口さん)と思い至ったのだという。

 遊びの幅を広げるという点において、状況を打破する思いつきとなったのが、波の動きを加えること。それまでは、水面(油面というべきか)を上下に動かすだけにしていたものを、波の動きを加えることで、格段に動きがバラエティーに富むものになったのだという。「もちろん、上下に動かすだけでもパズル性は生まれていたのですが、それだと、3、4ステージくらいで終わってしまう。そこで物足りないと感じたときに、左右に移動できたらいいなということで、波として動かすことを発想したんです。上下左右ですね。そこで選択肢が一気に増えたんです」(谷口さん)。

 突破口が開けてからは、開発は順調に進んでいったようだ。支えたのは上田さんと比嘉さんで、これまでに20本のタイトルをいっしょに作り、谷口さんの好みなどを知り尽くしているのではないかと思われる上田さんは、「私はレベルデザインの部分を担当したのですが、このゲームならではのシステムを最大限に活かせるようなステージ作りを心掛けました。難易度だったり、求められている部分がこのへんかなというのをしっかりと調整できました」と、信頼関係に裏打ちされた、納得のゲーム作りができた模様。

 一方の比嘉さんも、「全体のゲームとしての世界観をなるべく統一できるようにしました。アーティストは自分ひとりだけなので、それならしっかりと統一していこうということで、がんばりました」という。ちなみに比嘉さんは、これまではおもに背景を手掛けていて、キャラクターを作るのは本作が初めてだったとのこと。「キャラクター作りはなかなか苦戦しました。全部本気でやってしまうと、背景だけがクオリティーが高くなってしまって、キャラクターがへんにつぶれてしまうと思ったので、逆に背景に力を入れずに、その力をなるべくキャラクターに生かすようにしました」との苦労話も聞かれた。

 最初はトライ&エラーのくり返しだったそうだが、「自分がアイデアに悩んでいるときに上田先輩からデザイン案をいただいて、それをいいなと思って、3Dに起こしていったのが、うまくいくようになったきっかけでした」(比嘉さん)というからチームワークもばっちりだったのだろう。

 そこでふと記者が気になったのが、3人というメンバーの少なさ。ここ数年の流れを見ても、チームメンバーは多くなっている傾向があり、3人というのは少ないように思われたからだ。この件に関して谷口さんは、「少人数が好きな理由は仕事量が多いからなんですよ」と、ちょっぴり意外なお返事。「ちゃんとみんなでカバーし合って完成させたときの経験値は莫大だと思います。少人数でやったほうが成長しやすいと思ったんです。もちろん、プロになれば、この人数でやる機会は少ないかなとは思いますが……」というから、まあ、先を見据えてしっかりしています!

 また、2020年を語る上で外せないのが、新型コロナウイルスだ。それは、『OVEROIL CRABMEAT』の開発においても例外ではなく、2月に開発がスタートしてから、新型コロナウイルスが拡大してきた3月には即座にリモートに移行。その後、開発が終わるまで一度も3人で実際に会うことはなかったという。「みんなが顔を合わせないぶん不安になるので、とにかく進捗状況をまめにやりとりするようにしていました」(谷口さん)とのことで、とにかくコミュニケーションは密に取っていたようだ。さらに、少人数の開発体制だったことも、チームワークを維持する上では大きかったのかもしれない。

 結果として、大賞を受賞できた要因のひとつとして、上田さんは「完成度の高さ」を挙げる。2019年に佳作を受賞したタイトルはアーティストがおらず、少ない知識でのグラフィック作成はたいへんだったようだ。それが今回アーティストの比嘉さんをチームに引き入れることで、格段にグラフィックのクオリテイーがアップしたという。比嘉さんにとっては、ひとりでグラフィック面を引き受けることは相当なプレッシャーだったようで、「先輩たちに花をもたせたかったので、受賞したときはほっとしました」と、率直に心情を吐露していた。

日本ゲーム大賞2020 アマチュア部門 大賞を受賞した若きクリエイターたちに、開発の日々を聞いてみた
受賞時の模様から。

 谷口さんと上田さんはすでに学校を卒業しており、この4月からはプロとしてゲーム開発に取り組んでいる。アマチュア部門での大賞受賞を糧に、今後どんなゲームを贈り届けてくれるのか、楽しみにしたい。プロのクリエイターとして歩み始めた谷口さんと上田さん、そしてプロの道を進むに違いないであろう比嘉さんに、どんなゲームを作ってみたいか聞いてみると……(実際にうかがったのは社会人になる前ですが)。

 「理想は、どんな人からもおもしろいと言われるようなゲームを作ることです。ただ作るのではなくて、自分をより一層成長させて完成させたいです。“谷口が加わったからよくなった”を言ってもらえるように、とにかく自分を成長させたいです」(谷口さん)

日本ゲーム大賞2020 アマチュア部門 大賞を受賞した若きクリエイターたちに、開発の日々を聞いてみた
チームリーダー谷口大輝さん

 「おもしろいゲームを作るというのもそうなのですが、おもしろさを感じてもらったうえで、遊んでくれて思い出に残るような作品を作っていきたいと思っています。感動でもおもしろさでもいいのですが、刺激的にいい部分があって、何年後かに「あのゲームおもしろかったな」と思ってもらえるような作品を作ることが夢です」(上田さん)

日本ゲーム大賞2020 アマチュア部門 大賞を受賞した若きクリエイターたちに、開発の日々を聞いてみた
ディレクター上田菜那さん

 「遊んでいて楽しい、見て楽しいというデザインやグラフィックを手掛けていけたらいいなと思っています。『マリオ3Dコレクション』が発売されたときに、自分が小さいときに楽しんだ『マリオサンシャイン』をプレイしてみたのですが、いま遊んでもすごく楽しくて、すごいことだなと感動しました。しっかりと考え抜かれたゲームデザインには普遍性があると思います。自分もそんなゲームを作りたいです」(比嘉さん)

日本ゲーム大賞2020 アマチュア部門 大賞を受賞した若きクリエイターたちに、開発の日々を聞いてみた
アーティスト比嘉敦樹さん

 とのお答えが。何とも瑞々しい決意表明で、いい年をしたおじさん記者も、「がんばらねば!」と襟を正したくなります。さて、本記事が公開されるのは、ちょうど今年のアマチュア部門の応募が終了したかどうかのタイミング。今年はどんな作品が出てくるのか……気になるところです。日本ゲーム大賞2021 アマチュア部門 発表受賞式は、10月2日に東京ゲームショウ2021で開催予定なので、少し気が早いですが、気になる方はご注目ください。

 最後に、日本ゲーム大賞 アマチュア部門に対する谷口さんの推薦の言葉をご紹介して、本記事を締めさせていただきます。今後ゲームクリエイターを目指す若いクリエイターに対するメッセージであるとともに、日本ゲーム大賞 アマチュア部門の意義を語ってもいるような気もします。

 「日本ゲーム大賞 アマチュア部門は、テーマがあるがゆえに企画を立てるのも少し難しくて、捉えかたが人によってぜんぜん違ったりします。意見の衝突があったりすることもありますし、それこそテーマを感じられるプログラミング能力が必要なこともあります。絵もいままで書いたことのないようなものが求められたりすることがあったりして、開発していて受ける刺激がすごいんです。さらにには、ほかの学校の学生さんもたくさん参加するので、“切磋琢磨する”という刺激もあります。それを味わえるのは、学生でもこのアマチュアゲーム大賞くらいなので、ゲーム業界を目指す学生の方は、ぜひこの心理を味わってほしいです」(谷口さん)