PLAYISMより2021年4月14日にSteamおよびGOGストアにてリリースされたPC用ゲームソフト『黄昏ニ眠ル街』。

 本作を手掛けた個人ゲーム制作者で、イラストレーター、デザイナーでもあるnocras氏に、お話をうかがいました。

 『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』や『ポケットモンスター ソード・シールド』など、有名ゲームのアートに携わってきたnocras氏が個人制作を決意した理由や、クリエイティブのルーツとなる体験、影響を受けた作品など、興味深い話をたくさんお聞きできたので、最後まで読んでいただけたら幸いです。

nocras氏

イラストレーター、3Dデザイナー。個人サークルOrbital Expressとして活動している。『ファイナルファンタジーXIV 新生エオルゼア』Background Artist、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』プロダクションアート、『ゼノブレイド 2』コンセプトアート、『ポケットモンスター ソード・シールド』フィールドマップデザイン他実績多数。今回の『黄昏ニ眠ル街』が個人制作では初めての作品で、ゲームのほぼすべてを手掛ける。(リリースからの抜粋)

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『黄昏ニ眠ル街』Steamページ

『黄昏ニ眠ル街』は企業なら速攻で却下される企画

――『黄昏ニ眠ル街』を開発するにいたった経緯をお教えください。

nocras以前は3Dデザイナーとしてゲーム会社に勤務していたのですが、当時携わっていたのが規模の大きなプロジェクトばかりで、開発しているゲームの一部にしか関わることができませんでした。そのころから「いつか独力でゲームを作り上げたい」という欲望がずっとあったんです。

――ではそのころから本作のアイデアもすでに温めていた?

nocras世界観のもとになったのはフリーランスになってから趣味で描いていた東洋ファンタジー風のイラストになります。そのときはイラストを描いて満足していたのですが、次第にこのイラストをコンセプトアートに、ゲームとして形にしたいと思うようになりました。

 それからしばらく経ったころ、Unreal Engine4を勉強がてら触ってみたところ、「これならひとりでゲームを完成させられるかもしれない」と手応えを得られたのが開発をスタートする直接のきっかけです。

 グラフィックなどがある程度形になったところでTwitterやYouTubeにPVを出してみたんです。すると予想以上の反響をいただきまして、これはしっかり完成させなくてはと、開発に本腰を入れたという経緯があります。もともとは、しっかり企画を固めてつくったゲームではないんです。

――イラストをもとに開発をスタートしたとのことですが、そこからゲームとしての仕様を固めていく過程についても教えていただけますでしょうか?

nocrasいちばん最初のビルドではイラストを3Dに起こした街並みの中を、ただ歩き回って雰囲気を楽しむだけの、いわゆるウォーキングシミュレーター(※)のような作品でした。

 完成版も作品世界の雰囲気を楽しんでもらうというコンセプトは変わっていないのですが、途中からマップを探索してアイテムを集めることでどんどん別の場所に行けるようになるという、アクション・アドベンチャー的な要素を加えた形ですね。

 通常であればゲーム制作はゲームシステムのアイデアなどから始まるものだと思うのですが、自分はデザイナー・イラストレーターなので、どうしても見た目が第一になりますね。そういう意味でも、企業だったら「何がおもしろいの?」と速攻で却下されてしまうような企画なんですよ。そこを好き放題できたのも、個人制作の利点でした。

※ウォーキングシミュレーター:ゲーム的な駆け引きやチャレンジの要素がほとんどなく、作品世界を歩いて回ることで世界観や物語を味わうことに特化したゲームジャンル。3Dのマップを舞台にした主観視点の作品を差す場合が多い。代表作は『Dear Esther』や『Gone Home』、『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』など。

■ゲームの元となったコンセプトアート

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パブリッシャー・PLAYISMとの出会い

――本作のパブリッシャーを務めているPLAYISMさんとの縁ができたのはどのようなきっかけだったのでしょうか?

nocras最初のPVを出した数日後にはPLAYISMさんから連絡があって。すごくびっくりしました(笑)。でも、そのころは本作をそこまで大々的に売るつもりはなくて、細々と開発して、自分でSteamページを作ってリリースするか、くらいに思っていたんです。

 ただ、プロモーションなどをしていくうちに、周りの期待の声が予想以上に大きくなってきて。こんなに期待されているならちゃんと売ろうと決心したとき、いくつかの候補があるうち、PLAYISMさんがいちばん相性がいいかなと思ったんです。それでお願いすることにしました。

――PLAYISMさんが相性がいいと感じたのは、どういったところだったのですか?

nocrasよくも悪くも放任してくれるところですかね(笑)。たとえば「お金はたくさん出すから、こちらの要望も聞いてほしい」というパブリッシャーさんもけっこうあるようなのですが、『黄昏ニ眠ル街』では自分のこだわりを100%出し切りたかったので、ゲームの内容には口を出されない環境で開発するというのがすごく大事だったんです。

 その点、PLAYISMさんはすごく僕の考えかたを尊重してくだいました。アドバイスはたくさんいただけるのですが、それを押し付けられるようなことはぜんぜんなかったです。その上で、こちらではできない海外展開や翻訳はお任せできるということだったので、すごく僕のニーズとマッチした関係でした。

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――ひと足先に本作をプレイさせていただいたのですが、マップのデザインや収集アイテムの配置からは、プレイヤーにあの作品世界を隅々まで探索してもらいたいという想いが感じられました。

 たとえば「あの高い場所にあるアイテムを手に入れるにはどうしたらいいんだろう」と街並みを見渡してみると、「ひょっとしたらあの建物の裏に登れる場所があるんじゃないか?」と気づけるようになっていて、実際に行ってみるとそういうふうになっていたりとか。

nocrasまさに会社員時代からゲームのアートを手掛けるときに意識していたのが、「あの路地裏の先には何があるんだろう?」というような“冒険心をくすぐる”ものにするということでした。それで「この先が気になるから行ってみよう」と向かった先にはアイテムを配置するとか。気になる路地裏があるならそこにはゲームとしてもちゃんと意味があるようなデザインを心掛けています。

 自分自身が現実にお散歩などしているときに、路地裏とかを見つけると、ススーっとそっちに行ってみたりして、なかなか目的地に着かない人間なのですけど(笑)。浅草などの観光地に行ったときも、賑わっている通りよりも脇道に行ってみたくなったりします。

 そういった趣向は、小さいころから親しんでいたアニメやゲームの影響も大きいと思います。ジブリ作品だったり、当時遊んでいたニンテンドウ64のゲームだったり。アニメなら『天空の城ラピュタ』や『千と千尋の神隠し』、ゲームなら『スーパーマリオ64』や『ゼルダの伝説 時のオカリナ』が自分にとっての青春になっていて。そういった自分にとっての原点を彷彿とさせる要素が、『黄昏ニ眠ル街』にも入っていると思います。

――確かに本作をプレイしていて、世界観の面で『千と千尋の神隠し』を思い出すことは何度もありました。ニンテンドウ64のゲームを彷彿とさせる要素についても詳しくお聞かせいただけますか?

nocras『黄昏ニ眠ル街』では“大地の源”というアイテムを集めることになるのですが、手に入れたときの演出や、一定数を集めることで新しいマップが解禁されるような仕組みは『スーパーマリオ64』だったり、“聖域”というアクションが要求されるダンジョンのような場所は『ゼルダ』シリーズからインスピレーションを得ています。

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戦闘要素がない理由と、フォトモード

――“聖域”では頭を使いつつ、適度にアクションも要求されるチャレンジが豊富に用意されていますが、それらのチャレンジはすべてゲーム内通貨を支払うことでスキップできるようになっています。このスキップ機能を入れたのはなぜなのでしょう?

nocrasそもそもが“雰囲気を楽しんでもらう”というコンセプトのゲームだったので、ふだんゲームをプレイしない人にもクリアーしてほしいというのが大きいですね。

 ゲーム開発初期のころは即売会などでデモ版を出したりしていたんですけど、当時から遊んでくれた方っていうのはゲームファンというより、僕の絵を気に入ってくれた方たちでした。ただ、自分の趣向としては、ルーツでもあるニンテンドウ64のタイトルを彷彿とさせるようなアクションのおもしろさは導入したい、という気持ちもありました。

 それで、自分のようなアクションゲームのチャレンジが好きな方と、初期から応援してくれたアートの雰囲気を味わいたいような方。どちらのプレイヤーにも最後まで楽しんでもらいたかったので、基本はチャレンジを乗り越えてもらいつつ、探索でお金を集めれば誰でも先に進めるようにしたんです。

――『黄昏ニ眠ル街』には敵との戦闘のような要素がありません。これもゲームがあまり得意ではない方のための取捨選択の結果なのでしょうか?

nocrasもちろん戦闘が『黄昏ニ眠ル街』のコンセプトにそぐわないというのもあったのですが、いちばん大きな理由は自分にプログラミング経験が一切ないので、スキル的にも難しかったということです。中途半端になってしまう可能性がある要素を組み込むよりは、コンセプトに関わる部分の完成度を重視しようということになりました。

――大作ゲームには、ほぼ必ず戦闘要素がありますが、個人的には世界観が魅力的なゲームほど戦闘せずにずっと作品世界を歩き回っていたいと感じることが多くて。そういう意味では本作に戦闘要素がなく、作品世界を堪能することに集中できたのはよかったなと感じました。

nocras自分も雰囲気を楽しみたいゲームで急に戦闘が始まってしまうと、邪魔に感じることはけっこうあります。

――同じようなニーズを持つゲームファンは間違いなくいると思うので、そういった方は本作を気に入るのではないかなと思います。

nocrasそうですね、そういった方に遊んでほしいです。自分自身このゲームが100人中100人に受けるとは思っていなくて。どうしても一般的なゲームにはあっても本作にはない要素はたくさんありますし。でもその分、アートには全力を尽くしたので、そこで差別化できているかなと思います。

――この規模の個人制作のタイトルには珍しくフォトモードが実装されているのも、そういった強みを活かすためですか?

nocrasフォトモードでプレイヤー自身がお気に入りの写真を撮れるというのは絶対に入れたい要素でした。画角やアングルを調整できたりするので、ぜひいろいろと試していただけたらと思います。

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意外な“最近ハマっているゲーム”とは?

――個人制作の魅力についてはいくつか語っていただきましたが、逆に個人制作でたいへんだったのはどういったところでしたか? また、そうした困難を乗り越えるための工夫などがあれば教えていただきたいです。

nocras自分はけっこう飽きっぽいタイプで、同じプロジェクトに何年も関わっていると嫌になってきてしまうんですけど(笑)、『黄昏ニ眠ル街』はほかの仕事もしつつ足掛け3年にわたって開発を続けていたので、モチベーションの維持は難しかったです。

 それでも続けられたのは、PVへの反応や即売会でのユーザーさんからの応援があったからでした。単純な人間なので、それだけでやる気になるというか。

 あと、ヒントを得たり勉強するという口実で1週間や2週間、ゲームで遊ぶ以外のことをしない期間を作ったり。それから、ゼロから何かを生み出すのは物凄くエネルギーを使うんですけど、逆に企業さんからの依頼を受けて仕事をするのは、これもちょうどいい気分転換になりました。

 『黄昏ニ眠ル街』が和風ファンタジーなので、「和風飽きたな~」と思うことがあると、西洋風のアートを描くための資料集めをしたり(笑)。「ヨーロッパの教会、かっこいいなぁ」とか。そうやってメリハリを付けて作業できたのがよかったですね。

――ゲーム制作の気分転換で、ゲームを遊んだり、世界観の異なるゲームの資料集めをしていると(笑)。本当にゲームがお好きなんだというのが分かりますね。最近プレイしているのはどういったゲームなのですか?

nocrasもともと対人戦のFPSが大好きで……。

――えっ、そうなんですか? ちょっと意外です。

 『黄昏ニ眠ル街』からは想像できないと思うのですが、最近だと『エーペックスレジェンズ』だったり、そのまえは『PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS(プレイヤーアンノウンズ バトルグラウンズ)』や『オーバーウォッチ』とか。どの作品も数百時間は遊んでいます。

 もちろんインディーゲームをプレイすることも多くて、『黄昏ニ眠ル街』をどれくらいの規模感、ボリューム感にするか、という部分では『風ノ旅ビト』や『ABZÛ』、『RiME』などのゲームが参考になっています。短時間で深く印象に残る体験が味わえるのが、これらのインディーゲームの魅力ですよね。

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音楽制作にUjico*氏を起用した理由

――本作の音楽を担当するUjico*氏を起用することになったきっかけを教えてください。

nocras以前、Ujico*さんにアルバムのジャケットイラストを依頼していただいたことがあって。そのとき自分もUjico*さんの楽曲を初めて聴かせていただいたのですが、それがすごくよくて。今度は自分からUjico*さんに何かをお願いしたいとずっと思っていたんです。

 Ujico*さんの作る曲って、ノリノリのダンスミュージックから、物語のワンシーンのような情緒溢れる曲まですごく幅広いんですよ。絶対『黄昏ニ眠ル街』にもマッチする曲を作っていただけるはずだと思って、誰に楽曲を依頼しようと考えたとき、真っ先に頭に浮かんだのがUjico*さんでした。

――曲の方向性など、nocrasさんから細かくオーダーするというよりは、Ujico*氏にお任せするような感じだったのでしょうか?

nocrasまずマップがいくつあって、何曲必要で、という基本的なことはお伝えしました。Ujico*さんは何百曲という膨大な曲を作られていて、僕はすべて聴いていたので、このゲームにマッチする曲というのはすでにあったんです。「この場面で使いたい曲にイメージが近いのはこの曲です」というのはお伝えして、あとはほぼお任せでした。

 15曲収録されている本作のサウンドトラックはどれもジャンルがバラバラで、これだけでUjico*さんのあらゆる方向性の音楽を網羅できるものになっているかなと思います。

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気になるコンシューマ機への移植。次回作の話題も!

――『黄昏ニ眠ル街』は英語と中国語にローカライズされてリリースされますが、海外展開は早い段階から視野に入っていたのでしょうか?

nocras反応をいただく中で、英語でのメッセージなども多かったので、それで考えるようになりました。自分ではあまり把握できていないのですが、PLAYISMさんいわく、海外のイベントに出展したときの反響はかなり大きいとお聞きしています。和風テイストのゲームということで魅力的に映るというという部分もあると思うんですけど。

――確かに『シェンムー』シリーズや『大神』など、和風テイストで海外でも絶大な人気を集めている作品は多いですよね。

nocrasやはりそういったタイトルと比較されることは多いですね。最近のタイトルだと『原神』が、東洋風でアニメ調ということで、共通点があるので名前が挙がったりします。

――今後の展開についてもお聞かせください。まず『黄昏ニ眠ル街』にDLCなどの追加コンテンツを導入する予定はありますか? また、PC以外のハードへの移植の予定についてはいかがでしょうか?

nocrasDLCは現時点では出す予定はありません。ただ、発売後にいいアイデアを思いついて、何か追加する可能性はあります。技術的にはできるので。

 移植については、やはり「プレイステーション4やNintendo Switchで出たらやるのになぁ」という声はものすごく多いので、出したいなあとは思っています。初めての個人制作ということもあって、出せるかどうかもまだ分からない状態なのですが、僕個人の希望としてはやりたい、ということで。

――PLAYISMさんに移植をお願いしてみるとか……。

nocrasコンシューマ機のノウハウもあるパブリッシャーさんなので、ちょっと働きかけはしてみようと思います。PC用に作っているものを簡単にコンシューマ機用に落とし込めるのかとか、コスト面はどうかとか、大人の話になってくるので(笑)、まだなんとも言えませんが……。

――では移植については、このインタビューを読んだPLAYISMさんから話があるかもしれませんね。続編や次回作などの構想はありますか?

nocrasもちろん構想はあります。戦闘要素とかもそうですが、今回実装を断念したことはけっこうあるので。『どうぶつの森』や『マインクラフト』の“家を建てる”という要素が好きなので、そういったものも入れてみたいですし。いまは『黄昏ニ眠ル街』のことで頭がいっぱいですが、落ち着いたらチャレンジしたいと思っています。

――最後になりますが、『黄昏ニ眠ル街』をこれからプレイする方へのメッセージをお願いします。

nocras商業作品では絶対に見ることのできない自分のこだわりや好きなものを100%以上詰め込んだ作品なので、ぜひ遊んでいただいて、感じ取っていただけると嬉しいなと思っています。

 それから、開発初期のころからpixivFANBOXや即売会でずっと支援・応援してくださったファンの方々のおかげで完成まで来ることができたので、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。3年間、お待たせしました。いままでありがとうございました。

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