テレビシリーズを始めOVA、劇場公開作品まで、多彩なメディアでストーリーを展開し続ける『ガールズ&パンツァー』。現在は劇場公開作品の『最終章』が展開されており、その第3話が前作から約1年9ヵ月の期間を経て、2021年3月26日に劇場上映となる。

 今回は、第3話の上映を祝して音響監督の岩浪美和氏にインタビューを実施した。“極上爆音上映”が好評を博したことでも知られる『ガルパン』は、作中の“音”に関しても、徹底的にこだわり抜いて制作されている。『最終章』では、最先端の立体音響方式“ドルビーアトモス”を採用。その音響は、ますます洗練されている。『ガルパン』の音は、どのようにして生み出されているのか。岩浪氏へのインタビューから、その秘密に迫る。

岩浪美和 氏(いわなみ よしかず)

『ガールズ&パンツァー』シリーズ音響監督。神奈川県出身。ミキシング・エンジニア、映像演出を経て、音響監督を務める。“ドルビーアトモス”(イマーシブサウンド)で積極的に制作を行っている。

飽くなきチャレンジは最高の音作りのために

『ガルパン 最終章』第3話公開記念! 音響監督・岩浪美和氏に極上の“音”へのこだわりを訊いた

――最高の音響で上映を楽しむ“極爆上映”に代表されるように、『ガルパン』では音作りにもこだわりが光ります。その中で、音響監督とはどのような仕事をするのか教えてください。

岩浪アニメに関わらず、映像作品には音の要素が3つあります。ほとんどの作品で、音はセリフ、音楽、効果音の3つの要素から成り立っていますが、アニメの場合ですと、セリフは声優さん、音楽は作曲家さん、効果音は音響効果さんというエキスパートがそれぞれいます。音響監督は、そういった専門家の皆さんと協力しながら、監督が望む音、期待以上の音を生み出すのが仕事です。

――監督が作品全体を統括し、音響監督はまさに“音”を司る監督という感じでしょうか。ところで、岩浪さんは、アニメのほかに実写映画やゲームなど異なるジャンルの作品の音響も手掛けられています。作品のジャンルによって、作業内容も変わるのでしょうか?

岩浪ジャンルによって大きく変わることはありませんが、時代の流れによる変化には敏感ですね。動画配信サービスが普及するなど、以前と比べて視聴する環境がどんどん多様化していて、テレビやPCはもちろん、スマートフォンで動画を楽しむ方も増えています。どんな再生環境でもベストな音を作るために、日々勉強しながら作品に反映させています。『ガルパン』に関して言うと、最終章から“ドルビーアトモス”(※1)を使った、最先端の音作りをしています。

※1 ドルビーアトモス…… 立体音響方式のひとつ。従来のサラウンドよりも、臨場感のある音で没入感を高めてくれる。

――ドルビーアトモスでは、音はどのように聞こえるのでしょう?

岩浪たとえば、戦車の砲弾が飛んでいく軌跡を、音で正確にトレースできるようになりました。5.1chのときは、砲弾が後ろから飛んできたというのがなんとなくわかる程度でしたが、音に3次元情報を付加できるドルビーアトモスなら正確にわかります。そういう意味では、『ガルパン』には非常にマッチしている技術ですね。砲弾がびゅんびゅんと飛び交うシーンでは、現場にいるような臨場感を楽しんでもらえるのではないでしょか。

――観客自身が、砲弾の飛び交う戦場にいるかのような臨場感が(笑)。

『ガルパン 最終章』第3話公開記念! 音響監督・岩浪美和氏に極上の“音”へのこだわりを訊いた

岩浪それに、『ガルパン』は耳が肥えたファンがとても多い作品です。ドルビーアトモスで音を作る意義が大きいので、「やりたい、やりたい」とずっとアピールしていました。個人的に、ドルビーアトモスで音を作りたかったという思いが強かったというのもありますが(笑)。

――岩浪さんは日本各地の映画館に直接足を運んで、みずから音響調整をされていますが、どういったきっかけで始めたのですか?

岩浪じつは、以前は多くの劇場がアニメ映画を小さな音で上映していたんです。映画の音量は0VU=85dB(※2)という既定値で再生するという基準があるのですが、劇場の認識として「アニメは子どもが見るものだから小さい音で」というが考えがあったと思います。それは音響監督として非常に不満でした。そして、その流れが変わったのが2015年に公開された『ガルパン』劇場版の立川シネマシティ(※3)での極上爆音上映の大ヒットでした。

※2 dB…… デシベル。音の単位。

※3 立川シネマシティ……東京都立川市の映画館。『ガルパン 劇場版』や『マッドマックス 怒りのデスロード』などコンサート用の音響設備を使用した“極上爆音上映”、“極上音響上映”を実施し人気を博している。

――おお。

岩浪僕ら音響チームが手掛ける音はダイナミックレンジを広く使っています。つまり、テレビとは異なり、映画館で上映する作品では、小さい音から大きな音まで表現できる音の幅が広いので、それをフルに使った映画館ならではの大音場(だいおんじょう)が実現できる。それまでは音の幅を効果的に使うアニメ作品が少なかったんですが、『ガルパン』が特徴的だったのは、日常シーンの小さな音もあれば、戦車の砲撃や爆発など非常に大きな音もあるという点で、これが“極上爆音上映”ととてもマッチした。

――実際に僕も拝見しましたが、砲撃音で劇場全体が揺れるほどの迫力を感じました。

岩浪ファンのあいだで非常に好評で日本全国、日本以外からも集まって、大ヒットにつながりました。これにより、「音にこだわることで観客が足を運んでくれるんだ」ということが伝わって、音に力を入れる映画館が全国で増えていると感じますよ。いい音で映画を楽しめるのは僕にとってもお客さんにとってもうれしいことですし、『ガルパン 劇場版』以降、劇場作品を手掛けるたびに、全国のいろいろな劇場に足を運んで音響調整をしています。

――岩浪さんが実現したかったアニメ映画の音に対する意識改革が、『劇場版』をきっかけに全国に広がりつつあると言えるかもしれません。

岩浪すべての劇場を直接調整するのは無理ですが、“音を大事にする”という認識は全国の劇場に広まってきていると感じています。僕の理想は、どの映画館で観ても、お客様に最高の音を楽しんでいたくこと。この理想を実現するために、音の調整のお手伝いをしているというわけです。あご・あし・まくらを出してもらえれば、どこにでも伺いますよ(笑)。

――(笑)。全国の映画館を回られている岩浪さんから見て、音がいい劇場かどうかを判断するときのポイントは?

岩浪劇場の違いは少しマニアックな話になりますが、設備は作った時代によって固定されてしまうので、
それをどうやって運用していくかが大事なります。いちばん重要なのは、作品にあった音量を担保してくれているかどうか。これは知識と技術と経験がいるので、腕のいい映写技師さんがいる劇場は、音はもちろん絵のクオリティーも高いです。

――映写技師というと、映画『ニュー・シネマパラダイス』のおじいちゃんの仕事。

岩浪ああ、そうです(笑)。10年ほど前から普及してきたシネマコンプレックスは、誰でも運用できる、つまり、専門知識のないアルバイトでも映画を上映できるのが強みでしたが、本来は映写技師がいたほうがいい。音や絵のいい劇場には、いまも腕のいい映写技師さんが残っているんだと思います。

『最終章』第3話はシリーズ屈指の情報量!?

『ガルパン 最終章』第3話公開記念! 音響監督・岩浪美和氏に極上の“音”へのこだわりを訊いた

――『ガールズ&パンツァー』は、題名の通り、ガールズと戦車の組み合わせが特徴の作品です。ただ、音作りにおいては、女の子のかわいい声と銃撃音・戦闘音は両極で、共存させるには難しさもあるのではないですか。

岩浪そこは水島努監督の力が大きいですね。水島監督は自身で音響監督を担当する作品もありますし、作品の音のイメージが頭の中でしっかりとあって、セリフのときは余計な音がしないような映像作りを最初からしているんです。

――制作初期の絵コンテを描く段階から、「この場面にはこの音、音楽が乗る」という具体的なイメージができているのですかね。

岩浪そう思います。最初から音づくりのことが考慮されているから、指示通りに作れば女の子たちのかわいいセリフと爆発音などが共存できる作品になるんです。もちろん、セリフや効果音が聞き取りやすいように、音響側でも細かい調整をしていますが。

――具体的には、どのような調整が行われるでしょう?

岩浪そうですね、たとえば、「だった」というセリフと「バン!」という銃撃音がかぶったとします。そういう場合、セリフの「だ」や「た」に銃撃音がかぶると、音は聞こえないのですが、「っ」にかぶせればちゃんと聞こえるんですよ。1000分の何秒単位で音を動かして調整するという作業を行っていくという感じですね。

――それは……多大な労力が掛かりますね。

岩浪水島監督は音作りにもいっさい妥協をしない人ですから、音響チームもやり甲斐があります。たいへんではありますが、音響監督の立場で言うと、仕事が非常にやりやすい監督のひとりです。

――と言いますと。

岩浪日本のアニメは切迫したスケジュールで作ることが多く、我々が最後に音をまとめるダビング作業を行うとき、絵が完全にできていないという状況も決して珍しくありません。でも、水島監督はダビング作業までにちゃんと絵を完成させてくれる。最終的な絵を観ながら音を作れるので、絵がないときよりも作業を進めやすいですし、クオリティーも上がっていると思います。

――なるほど。水島監督は、映像だけでなく音の面もこだわり抜く姿勢が作品にも現れている特徴かなと思いますが、岩浪さんが何か自分の“作家性”、ご自身の特性というものを考えたとき、どのようなものになるでしょうか?

岩浪うーん、なんでしょうね……。「つねにうまく作りたい」とは考えています。それには、答えを短時間で見つけるべきだと思いますし、最終的にはおもしろいと言ってもらえるものを作りたいですね。平たく言うと、「うまい、早い、おもしろい」ですかね。牛丼屋のキャッチフレーズっぽいですけど(笑)。

――(笑)。ダビングと言えば、2021年2月28日の公式Twitterでは「第3話のダビング作業が終了した」と写真とともにツイートされていましたね。

岩浪あの写真を撮ったのは、本当にダビングが終了した直後で、精も根も尽きて、疲れ果てていましたが(苦笑)。

――そうだったのですね。確かに皆さんの表情にそれが現れているような……。歴戦の音響チームが疲弊するほど第3話のダビング作業はたいへんだったのですか?

岩浪『ガルパン』の音作りはいつも何かしら苦心するところがあるのですが、今回はいつにも増して難しかったですね。シリーズが長く続くと、お客さんの要求はどんどん高くなっていきます。これまでと同じことをやっても飽きられてしまいますから、今回も新しいことにチャレンジしているのですが、どうすればいちばんいい音が作ればいいのか悩みました。

――『最終章』第3話では、どんなことにチャレンジしているのでしょうか?

岩浪これまでの『ガルパン』の試合は、力と力が正面からぶつかり合う展開が多かった。ですが今回は、とある試合で心理戦が展開されます。心理的な駆け引きが多く、登場人物たちの感情も複雑で、これを音でどう表現するのかという点が、音作りの難度を高めた要因でした。

――心理戦。確かに、砲撃は実際に音が出ますが、“心理の音”というのは現実には存在しないわけですから、音作りが難しそうです。

岩浪それに、映像技術も以前よりも進化していて、画面の情報量がとにかく多い。音を通して、視聴者に的確な情報を伝えられるように、音響プランニングにはこれまでの作品の中でいちばん時間を掛けました。画面上で起きている事象すべてに音を付けるのは簡単です。

――ええ。

岩浪ですが、今回は戦いながらチームとしての戦略の駆け引きや、個人の思いが交錯する。ドカドカ大きい音を鳴らすだけだと“思い”がスポイルされてしまうんですね。音を付けるにしても、音の種類や組み合わせは無限に考えられます。『最終章』第2話から試合会場がジャングルだったのも課題でした。これまでもいろいろな場所で試合を行ってきましたが、密林で戦うのは今回の試合が初めてですから。ジャングルの環境音も、耳をそばだてて聴いてほしいですね。

『ガルパン 最終章』第3話公開記念! 音響監督・岩浪美和氏に極上の“音”へのこだわりを訊いた

――コロナ禍での収録も苦労が多かったと思います。

岩浪第2話までは新型コロナウイルスが流行する前だったので、スタジオに皆が揃って収録できましたが、コロナ禍では密を避けるために少人数で収録を行っています。ふつうのスタジオですと、3人ずつ収録するのが一般的なのですが、『ガルパン』は3人だと難しい。チームごとにアフレコをしたかったので、スタジオのスタッフに工夫してもらい、5人ずつ同時に収録できるようにしました。もちろん、ブースを分けるなどして、徹底的な感染予防を行っています。

――岩浪監督の説明をお聞きして、『最終章』第3話を観るのがますます楽しみになりました。

岩浪僕はもちろん、音響スタッフ一同、精魂込めて作っていますので、ぜひ楽しんでいただきたいですね。いろいろな情報を受け取ったうえで、「あのキャラクターはいま何を考えているんだろう」とか、「つぎは何をするんだろう」とか、いろいろ考えながら観ていただくと、より堪能していただけるのではないでしょうか。それに、1回目と2回目では受け取る印象が違うと思いますし、新たな発見もあると思います。

――西住みほ役の渕上舞さんも、「2回目を観ると合点がいく」と語っていました。

※西住みほ役渕上舞さんのインタビューは下記関連記事をチェック!

岩浪上映時間は約48分ですが、まったく短く感じない、内容の充実した作品になっていると思います。とにかく情報量が多いので、一瞬たりとも目が離せません。覚悟を決めて、楽しんでください!

『ガルパン 最終章』第3話公開記念! 音響監督・岩浪美和氏に極上の“音”へのこだわりを訊いた

作品情報

  • タイトル:『ガールズ&パンツァー 最終章』第3話
  • 上映日:2021年3月26日(金)より全国劇場にて上映開始
  • 出演:渕上舞、茅野愛衣、尾崎真実、中上育実、井口裕香 ほか
  • スタッフ:監督 水島努、脚本 吉田玲子、キャラクター原案 島田フミカネ、キャラクターデザイン・総作画監督 杉本 功 ほか
    (敬称略)