2019年11月28日に発売され、圧倒的な密度のシナリオ&グラフィックを始めとしたクオリティーで大きな話題を呼んだPS4用ソフト『十三機兵防衛圏』(発売元:アトラス)。
本作は重要な場面で流れるボーカル曲も含め、楽曲も高い人気を誇っており、2021年2月27日には本作の楽曲をリミックス&アレンジをしたアルバム『十三機兵防衛圏 Remix & Arrange Album -The Branched-』が発売される。
本アルバムは、『十三機兵防衛圏』でサウンドを担当したベイシスケイプがみずからアレンジを担当。収録曲には、本作の登場人物である因幡深雪ボーカルの新曲や、崩壊編をイメージした新曲『-[PROTEASE]-』を加えた全14曲が収録されている。
今回、このアレンジアルバムについてベイシスケイプを直撃。メールインタビューを行った。『十三機兵防衛圏』の作曲者の一員であり、今回のアレンジアルバムでサウンドディレクターを務めた工藤吉三氏を中心に、アルバムの制作秘話や、“本編とは別のありえたかもしれない分岐”というコンセプトに迫る。
――今回のアルバム制作はベイシスケイプさんで制作されたものとのことですが、音楽制作で参加されたスタッフと役割などをお聞きできますでしょうか?
工藤吉三参加しているスタッフは弊社の崎元、金田、渡邊、菊池、そして私の5人です。私は今回のアルバムのサウンドディレクターも兼任しております。
――『十三機兵防衛圏』のアレンジアルバムを出そうと思った経緯、理由は?
工藤きっかけはアトラス山本様(山本晃康氏。『十三機兵防衛圏』プロデューサー)から『十三機兵防衛圏』1周年記念生放送にベイシスケイプへ出演のご依頼をいただいたことです。そのときはイベントに合わせてDJ的に披露できる崩壊編曲のプレイリストを作って、それをもとにアルバムとして出せたらという考えでした。
しかし企画を進めるうちに、『十三機兵防衛圏』をプレイして下さった方がより深く楽しめるものにできないか、本編の音楽を担当した私たちだからできることはないか、と思いアトラス様、ヴァニラウェア様にもご相談させていただき、今回のようなコンセプトアルバムという形にしました。
『十三機兵防衛圏』1周年記念生放送
――今回のアルバムのコンセプトをお教えください。
工藤“ありえたかもしれない「分岐」”をコンセプトにしています。同じメロディを持つ楽曲でもアレンジやリミックスによって本編とは違った物語を感じさせることができるのではないかというアイデアをもとに全体を構成し、曲想を膨らませていきました。
――“ありえたかもしれない「分岐」”とは、人によって解釈が異なるところだと思いますが、どのような分岐を想定したのか、今回のアレンジに参加された方々に具体的なイメージを共有されたのでしょうか。それとも、各作家にお任せをしているのでしょうか?
工藤特定のストーリーラインを音楽で説明するのではなく、聴いてくださった方それぞれにストーリーや分岐された世界観を想像していただいたり、感じていただいたりするようにしたい、そのための“きっかけ”を含むアプローチにしようということを制作メンバーで共有していました。
“きっかけ”というのは、たとえば本編での雰囲気とアレンジ版での曲調がガラッと変わったときに、本編をプレイ済みの方は無意識に本編の楽曲のイメージや使用されていたシチュエーションとオーバーラップしてアレンジを聴かれることになると思います。このときのギャップに意図を感じるように編曲したり、また本編の楽曲の断片が別の曲にリミックスされていたり、わかりやすい部分としてはそのようなアプローチで制作しました。
――アレンジをする楽曲の選曲基準と、この12曲(新曲2曲を除いた数)が選ばれた理由を教えてください。
工藤崩壊編からのアレンジ曲を中心にしようというのは最初に決めていたことでした。本編OST(オリジナル・サウンドトラック)では崩壊編の楽曲名が関連性のある一連の名称になっているのですが、今回のアルバムでは違った分岐を織りなすようなアプローチを取ることで、多面的なおもしろさを持つものができるのではないかという狙いがありました。
それ以外の選曲基準もいろいろあるのですが、ひとつはやはり本編でのイメージが強いものを選びました。先ほどお話したように本編との違いやギャップを踏まえてアプローチを考えるときに、本編での印象が強い曲は有利なのかなという考えからです。
最初にそれらの点を踏まえて私から各作家に担当曲を提案したのちに、コンセプトを踏まえてよりおもしろくなりそうなものがあったら自薦してもらったりして、選曲をしていきました。
――新曲についてお聞きします。『-[PROTEASE]-』は、崩壊編をイメージしたとのことですが、具体的にどのようなシーン、シチュエーションなどをイメージされたのでしょうか?
工藤ちょうどアルバムの真ん中に位置する曲ですが、崩壊編の連なりに挟まる“異物”のような立ち位置の楽曲です。本編ではボス曲のような立ち位置に『-[DEOXYRIBOSE]-』がありましたが、『-[PROTEASE]-』は今回のアルバムでそれに相当する曲としてイメージしています。
アレンジアルバムになぜ、新曲が入っているのかという異物感や、曲名、楽曲のアプローチなどいろいろな視点で解釈が生まれるような曲にしました。
――因幡深雪の新曲『Stellar Memories』のコンセプト、曲名、歌詞のイメージなどをお教えください。
工藤この曲は“因幡深雪とこの曲を知る年代の人間の雑感”として下記のようなコンセプトがあります。
“ファーストアルバムの中の1曲で、全体の中で1曲だけ雰囲気が違い、曲も歌詞も曖昧で何を意味しているのか分からない。アルバム発売当時、どのような意味があるのか若干は考察されたが、結局はよくわからず、ファンの間でもなんとなくそのまま放置された。”
ぜひどのような意味をもった曲なのか、音楽と歌詞から皆様にご想像いただければ幸いです。
――今回のアルバムに収録されたアレンジ楽曲のそれぞれの制作秘話、想い、苦労した部分など、どんなものでも構いませんので、各曲のエピソードをお聞きできますか?
金田充弘
『-(LYSINE)- -Branched-』
制作当初工藤より「このアルバムは全体としてダークな方向になりますのでダーク、ダークでお願いします。」と言われていたのですが、そんなにダークに作れなかったかも……という反省が若干あるものの、この曲が一番ダークよりになったと思います。これもまた分岐の一つという事で(汗
『-(PHENYLALANINE)- -Branched-』
こちらは昨年(2020年)11月28日に行われた“十三機兵防衛圏1周年記念生放送”の中で行われたオンラインライブで流した曲から分岐したものでして、『Brat Overflow』のヴォーカル部分と『-(PHENYLALANINE)-』をマッシュアップした構成になっております。つまり分岐しつつも合体もしているという!
『Mornin', Sunshine! -Branched-』
制作当初工藤より「このアルバムは全体としてダークな方向になりますのでダーク、ダークでお願いします。」と言われていたのですが、この曲は本来ものすごく明るい曲なのです。そこで冒頭に不安げな区間を追加してほしいと言われ、不安げな演出をなんとかひねり出したところ全体を通して聴いてみればなんか不思議な雰囲気の曲になりました。白みがかった灰色というか。案外いけてる分岐になったのではないでしょうか?
『Heated Debate -Branched-』
あらためて聴き返してみたらこの曲はあんまり原曲から雰囲気に差がない気もしましたが、より陰鬱さが地味に強化された分岐になったかなと思います。それよりなぜこの曲の曲名が『Heated Debate』なのか疑問です! ひょっとして何かの曲とタイトルをつけ間違えたのではないかっ?? いや、これもまた分岐のひとつです。
渡邊里佳子
『-(THREONINE)- -Branched-』
どれほど正確に伝わるか怪しい個人の感覚的な事で申し訳ないのですが、この『-(THREONINE)-』は原曲を書いたときから強くて明るい黄色のイメージがついていました。
それが個人的に気に入っている部分ではあったのですが、だからと言ってそれをただ正面から強調するようなアレンジでは意味がないような気がして迷う最中で、“持ち味をより際立たせるためにどう汚していくか”という方向で考えることにしてみたら急に手が進むようになった記憶があります。好きにやりすぎて前後の流れがつながらなくなるということが何度か起きましたが、いまではいい思い出です。
『-(TRYPTOPHAN)- -Branched-』
普段ゲームBGMのお仕事で原曲から別のアレンジを作る場合、基本的に旋律以外の要素は大きく変えることが多いです。それは劇伴音楽として原曲とは別の用途が明確に存在するからなのですが、今回は音楽が主体のアレンジアルバムということで普段より個人的な好みを前面に押し出して制作しました。
アレンジアルバムという存在に自分はこう在ってほしいのだという願いのようなものは人それぞれあると思いますが、今回は曲を通して私なりの解釈を何か少しでも示せていればいいなと思います。
『In the Doldrums -Branched-』
通勤で自転車を漕いでいるあいだに独り言を漏らしつつ発想を練りました。今回担当した他の曲でも同じことをやっています。大体は手法や内容に関するようなことが思い浮かんでいましたが、この曲に関してだけは真っ先に映像が出てきて、それにつられて発想が出てきたような感触でした。もしかしたらそうでもなければやらなかったアレンジかもしれません。
私と同じものでなくとも、聴いてくださった人の脳裏に何かの情景が浮かぶことがあればうれしいです。
『-{EDGE OF THE FUTURE} -Branched-』
この曲は最後にアレンジ制作を始めて、本当に締め切りギリギリまで書いていました。制作中はとにかく1日1日が濃く、変な話ですが最後のほうになるに連れて苦しさもなくなってきて充実したいい時間だった気がします。そしてそこまで粘らせてもらえたのも幸せだったと書き終わってからしみじみ噛み締めています。いろんな人に助けられました。
ひとつの分岐の行く末を、最後まで見届けていただければ幸いです。
菊池幸範
『-(METHIONINE)- -Branched-』
アレンジバージョンを制作するにあたってまず考えたのは、メロディやモチーフを音楽的に再構成したいということでした。オリジナルバージョンは、バトルシーンに合わせた4つの構成(イントロ、パート1、2、3)になっておりまして、再生時間もゲームプレイ時間に合わせて伸縮する仕様でした。今回のアレンジは、楽曲としてのまとまりがあるので、じっくり聴いて楽しめる音楽になったと思います。
力が尽きても決してあきらめない、全力で戦い続ける頑張りをイメージしたバトル曲です。ぜひ『十三機兵防衛圏 オリジナル・サウンドトラック』と比較しながら聴いてみてください!
工藤吉三
『Brat Overflow -Branched-』
本編のメインテーマにあたる楽曲で、このアルバムでも1曲目の曲です。役割の多い曲で、導入としての役割を果たしつつもこれからの全14曲への伏線になるような曲になったと思います。
『(ISOLEUCINE)- -Branched-』
この曲は「リミックスしたら楽しいだろうな」と本編で作曲したときから感じていて今回念願叶ってうれしい……と思っていたところ、ふたを開けてみればコード進行も構成も編成も変わりゴリゴリのアレンジという趣で本編ともまた違う聴き応えになったのではないかと思います。この曲の作業を終えて思ったのは、この曲「リミックスしたら楽しいだろうな」ということでした。
『Halcyon Days -Branched-』
制作当初金田さんに「ダークな方向になりますのでダークにもっとダークにお願いします。」などと焚き付けている裏側で誰よりもキラキラしたアレンジを進めていました。原曲が放課後の沢渡さんのイメージがあったので、沢渡さんと青春を過ごしたら楽しいに違いない間違いない、という強めの妄想に囚われて制作しました。
――“オリジナル・サウンドトラック”と異なり、1枚のアルバムとしての起承転結と言いますか、曲順も含めた構成にこだわりがあるように感じました。この曲順、曲間などへのこだわり、想いがありましたら、お教えください。
工藤そうですね、14曲でひとつの作品としての流れを感じられるような配置をし、曲間は前後の曲の関係性を考えながら、句読点を打つように決めていきました。
ゲームの劇伴ではなく、今回のような音楽作品を出すのであればアルバムを通して聴くからこそ得られる体験を大事にしたいと思っています。
――ヴァニラウェア平井有紀子さんの描き下ろしジャケットは、登場人物がある年代の姿になっていますが、このイメージでオーダーされたのでしょうか? それとも、平井さんからのアイデアだったのでしょうか。また、ジャケットイラストを見たときの感想もお聞かせください。
工藤これは平井さんからいただいたアイデアです。事前にコンセプトをお伝えし、具体的な構図や内容などはすべておまかせでお願いしました。
じつは初めて見せていただいた際、同時に3案いただいていてどれも魅力的でしたが、今回採用させていただいたものがインパクトの強さとコンセプトとの兼ね合いで抜きんでているように感じまして、このジャケットがいいと思った理由をたくさん箇条書きにして「ぜひこのジャケットにさせて下さい、お願いします!」とお伝えしました。
――このアレンジアルバムをどんなシチュエーションで聴いてほしいですか?
工藤このアルバムを聴いていただいたあとに、本編を再度プレイしたり、OSTを聴いてみたりして、アレンジ方向性の違いや、本編での使用シーンとの対比をしたりして楽しんでいただければうれしいです。一通り聴いていただいたら、本編の楽曲とミックスしたプレイリストを作成するのもおもしろいかもしれません。
――“ありえたかもしれない「分岐」”をテーマにすれば、また異なる解釈のアレンジアルバムを作ることもできると思うのですが、その可能性は……?
工藤音楽に限らず、本編で示唆されているように“無限の可能性”がある作品だと思います。ファンの方も含めいろいろな形で新しい解釈などを見られたら1ファンとしてもうれしいです。
――最後に、『十三機兵防衛圏』のファンにメッセージをお願いします。
工藤今回のようなゲーム音楽のコンセプトアレンジアルバムというマニアックな企画が成立したのも『十三機兵防衛圏』に発売後も熱い想いを寄せていただいている皆様のおかげです。ありがとうございます。
このアルバムは本編をクリアーした方が一番楽しんでもらえるような狙いを絞りきった作品になっておりますので、ぜひ本編をクリアーした方は手に取っていただき、まだクリアーしてない方はまずは本編を遊んでいただいたあと、手に取っていただければ幸いです。
アルバム概要
タイトル:十三機兵防衛圏 Remix & Arrange Album -The Branched-(ebten 専売商品)
発売日:2021年2月27日(土)(同日デジタル配信予定)
CD価格:2,750円[税込](2,500円[税抜])
ジャンル:ゲームミュージック
アーティスト名:ベイシスケイプ
レーベル: ベイシスケイプレコーズ
収録曲数:全14曲(予定)
製品番号:BSPE-1101
JANコード:4582317080396