WASD(ワスド)では、この8月よりアミューズメント施設向けに新たな接客サービス“デジちゃいむ”を開始した。このサービスは、呼び出し用のQRコードが印刷されたPOPをスマートフォンで読み込むだけで、ユーザーが希望する要望を店舗側に伝えられるという接客システム。ユーザーにとっては店舗に何をしてほしいかを気軽に伝えることができ、一方の店舗スタッフは作業の効率化が図られ……と、双方にとって利便性の高いシステムとなっている。

 “デジちゃいむ”を開発したWASDは、2020年に設立されたばかりの新進気鋭のベンチャー企業。ゲームセンターへの愛に尽き動かされて発想したという“デジちゃいむ”の制作経緯を、同社のおふたりに聞いた。

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盛島昇太氏(もりしま しょうた)

WASD 代表取締役 (文中は盛島)【写真右】

進木裕大氏(しんのき ゆうだい)

WASD 取締役CTO(文中は進木)【写真左】

WASD
 子どものころからゲームセンターが大好きという盛島昇太氏が、IT企業を経て今年1月に設立。取締役CTOの進木裕大氏は、『beatmania IIDX』仲間として、10年来の知り合い。「縮小しているゲームセンターの盛り上がりに少しでも貢献したい」との思いのもと、クラウド接客サービスである“デジちゃいむ”の企画、開発、運営に邁進する日々だ。現在スタッフは9名。

ゲームセンターへの愛に突き動かされて

――まずは、“デジちゃいむ”を手掛けるに至った経緯を教えてください。

盛島私は子どものころからとにかくゲームセンターが大好きで、大学時代の4年間も、当時住んでいた埼玉の辺境のゲームセンターでずっとアルバイトをしていました。

 そんなゲームセンター三昧の日々で、お客さんと店員のあいだにミスマッチが生じているという課題に気づいたんです。たとえば、UFOキャッチャーをしているときに、景品が取れないところに行ってしまったので、直してもらおうと思っても、店員さんが近くにいなかったり、あるいは備え付けの呼び出しボタンを押してもなかなか来なかったりということが往々にしてあります。店員さんが来たので説明しようと思っても、周りがうるさくて大きな声で話をするのがたいへんだったりします。あるいは、筐体のボタンが利かなくて、店員さんにを呼ぼうと席を立った瞬間に後ろで待っていた人が座ってしまって、その人に、「ここのボタン利かないですよ」と説明するのも煩わしかったり……。

――ゲームセンターは、ときに見る光景かもしれませんね。

盛島そこでお客さんがすごく不満を持ってしまって、来店される頻度が下がってしまったりする。業界としてはかなりの損失だなと感じていたんです。そんな中で思いついたのが、“デジちゃいむ”のもととなるアイデアでした。

――ゲームセンター好きが高じて思いついたのですね?

盛島その通りです。いまゲームセンターで主流なのは呼び出しボタンなのですが、1個数千円もするし、何十個も置けるものではありません。壊れたときのメンテナンスもたいへんで、「もっと簡単にできるような仕組みにしたい」ということで、試行錯誤のうえに思いついたのが、QRコードを使うことでした。

 QRコードならば、印刷して貼り付ければその場で準備できるし、破れても印刷し直せばいい。それで、筐体に貼ったQRコードをスマートフォンで読み込んでもらって、専用画面に必要事項を記入してもらうと、店員が所持しているスマートフォンやPCに呼び出しが来るというシステムを考案したんです。それで、『beatmania IIDX』仲間として、10年来の知り合いだった進木に合流してもらって、今年1月に立ち上げたのが、WASDとなります。

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“デジちゃいむ”は、筐体に貼ったQRコードをスマートフォンで読み込み、専用画面に必要事項を記入。店員が所持しているスマートフォンに呼び出しが来るようになっている。写真は、セガ ワールド 大森店での使用例。

――スタッフもゲームセンター人脈なのですね(笑)。進木さんが加わることで、“デジちゃいむ”はさらにブラッシュアップされていったのですね。

進木はい。“デジちゃいむ”に関しては、もともとはクラウドサービスということもあって、全部WEBで完結しようということで動いていたんです。ただ、ブラウザだと店員さんに通知がこなくて気づけない。それだとオペレーションになじめないということで、店員さんが使用する端末に対してはアプリ化して、プッシュ通知がいくようにしました。

盛島そのへんは進木の得意領域なので、話が出てから10日くらいで形になりました。ご存じの方も多いかと思うのですが、ゲームセンターでは店員さんは連絡用にインカムを携行しています。それにプラス子機端末を1台持ってもらって、お客さんの対応をしてもらうことにしました。

進木選択肢の追加もありましたね。“デジちゃいむ”は呼び出し機能からスタートしているので、最初はボタンがひとつだったんですよ。それから“お客さんが何をしてほしいのか、知りたいだろう”という意見が出たんです。ただ、お客さんが毎回要望することを打ち込むのは面倒なのではということで、選択制にしたんです。だいたい頻出する呼び出し内容は、3つか4つに集約されるだろうということで。これにより、店員さんも、お客さんが何に対して困っているのか把握できるので、たとえば“ボタンが壊れている”という問い合わせだったら、変わりのスイッチを持っていけるので、効率的でもあるんです。

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――ふたりでユーザーの気持ちになって、ブラッシュアップしていったようですね。

盛島そうですね。

――プロジェクトは順調に進んだのですか?

進木最初はクラウドファンディングで資金を募ったのですが、調達できたのは36000円でした(笑)。

盛島ただ、そこで落ち込むということはなくて、むしろまったく逆です。もともと“こういうサービスを作ってやろう”ということで動いていたので、自分でも使えるかどうかわからないし、世にも出ていないサービスに対して、少額でも応援していただける人がいるということを心強く感じました。緊急事態宣言真っ只中の頃に動いていた資金調達がコロナを機に頓挫し、2週間後には会社の資金がなくなってショートしてしまうという状況だったのですが、「絶対に世に出さないといけない!」と気持ちを張り、あきらめずに100人以上の投資家に対してアタックしたんです。クラウドファンディングで提供していただいた金額自体は少なかったのですが、応援していただいているという事実は、WASDを続ける大きな原動力になっています。

――いま、ゲームセンターなどで順次使用されているようですね。

盛島はい。セガさんやタイトーさんなどの関連ゲームセンターで順次使用していただています。コネもなかったので、代表の連絡先から問い合わせをさせていただいたのですが、私がゲームセンターのスタッフだったこともあってか、「このサービスいいですね」と高い評価をいただきまして。

 ある意味では、新型コロナウイルスの影響も大きいかもしれません。実際のところ、“デジちゃいむ”は、お客様が自分のスマートフォンを使ったり、店員さんに端末を持たせたりと、お店のオペレーションが変わるので、受け入れられるのだろうか……という不安があったんです。それが、新型コロナウイルスの影響で、「接客方式を変えていかないといけない」という転換があって、かなり使っていただけるようになったんです。

進木チャット機能も、新型コロナウイルスの拡大を受けて、あとから追加したフィーチャーですね。“デジちゃいむ”は、もともとゲームセンターの店員さんを呼ぼうというサービスだったのですが、対面の対応をしないで済むのであれば……ということで、実装することにしたんです。

盛島さらに言えば、“デジちゃいむ”はもともとゲームセンター向けに作っていたのですが、新型コロナウイルスで接客の方式が変わるということで、家電量販店やホームセンターといった、他業種の方にも注目していただいています。

――実際にゲームセンターなどで、“デジちゃいむ”を使用されての反響はいかがですか?

盛島世界最多級のクレーンゲーム専門店のタイトーステーション 府中くるる店でも“デジちゃいむ”を採用していただいているのですが、8月末のグランドオープン時には、1日に300件の呼び出しがあったそうです。

――300件も! それだけニーズがあったということですか。

盛島“店員さんを呼ぶ手間が省けて助かる”といった意見が寄せられているようです。SNSなどでの反応を見ても、“こういうサービスを待っていた”という声もあって、うれしいです。お店サイドにしても、お客さんからどのような要望があるかわかるし、店員がどのように接客しているのか把握できるということで、好評をいただいています。“接客はこういうふうにやると、もっと気持ちよく遊んでいただける”というデータが取れて、各スタッフの教育にも役立つのではないかと、考えています。

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ゲームセンターを社交の場として残せるように

――“デジちゃいむ”で、今後予定している展開について教えてください。

盛島現時点で導入が確定しているのは、ビデオ通話機能と店内マップ連携機能です。たとえば、家電量販店でテレビのことを知りたいときに、「いま担当者がいなくて」と言われることもありますよね。それが、QRコードを読むと、遠方の専門家と直接ビデオ通話で相談できるようになるんです。また、各店舗で用意している店内見取り図と連携しどこでお客様が呼んでいるか一目で確認できるようになります。入ったばかりの新人でも迷わずお客様のもとへ行けるので、教育の手間が削減されます。

――ゲームセンター向けに考えている追加機能とかもありますか?

盛島できるかどうかはわからないのですが、考えていることはあります。ゲームセンターでは、筐体とコンセントの配置にすごく悩むんですよ。大きな筐体からのコードを何個も同じコンセントにつないでいると、ヒューズがあがってショートしてしまうこともあるんです。決められたワット数という括りの中で、「この筐体とこの筐体を合わせて……」と悩むながら配置を作ったりしています。風営法上配置図を警察に届けでないといけないのですが、現状その書類は手描きやExcel、CADなどで描いているんです。

――それはちょっとたいへんそうですね。

盛島それをもっと簡単にデジタル化できれば、相当簡略化されます。できるかどうかはわからないのですが、“デジちゃいむ”にはそういった機能も実装できればと思っています。

――“デジちゃいむ”は、今後いろいろな可能性が広がりそうですね。ゲームセンターのことがお好きだから、“こうすればよくなる”ということが、つぎからつぎへと出てくるんだなあ。先ほどお話されていましたが、そこから派生して、他業種での使用例も増えているのですね?

盛島はい。“デジちゃいむ”はゲームセンターから始まったシステムですが、いろいろな業種で使えるサービスを考えています。人が直接対応しなくて済むような案内業務をどんどん自動化、遠隔化していく方針を取っています。

 現在はしゃべることが得意ではない方やハンディキャップを抱えていてしゃべることができない方などがお店のスタッフとコミュニケーションを取る環境があまり整備されていないんです。とくに後者だと、スマホを見せたり、手話や筆談が多いのですが、手話だとわかる人じゃないと使えないし、筆談も含めかなり面倒です。それが、当社のサービスが普及することで、スマートフォンで自分のやってほしいことを簡単に伝えることができれば、コミュニケーションを得意としていない人でも、お店で適切なサービスが受けられるようになるんです。

――そういうところまで見据えていらっしゃるんですね。

盛島たとえば、駅で、車椅子に乗っている方が電車を利用するときは、基本窓口に行って、要望を伝えて、介助をしてもらうらしいんです。それが、窓口でお願いをするのはものすごく抵抗があるみたいで、駅の改札の前で長いこと躊躇ったあとに、ようやく意を決して話しかけるという方もいらっしゃるみたいなんですね。

 それが、当社のサービスであれば、駅に着いた段階で、メッセージを送っておけば、駅員さんもすぐに対応してくれるということも可能になるんです。そんな世の中を作ることができたら……ということを目標に、サービスを展開しています。

――“デジちゃいむ”では、新しいITを活用してのいまの時代に見合った、コミュニケーションのありたかを模索しているのですね?

盛島そうですね。とはいえ、あくまでも起点はゲームセンターなんです。ゲームセンターには、複雑なオペレーションもあるし、接客の難易度はとても高いと私は思っています。ゲームセンターの接客の課題を解決するというサービスが、世の中のコミュニケーションのありかたも変えられるのであれば、まさにゲーマー冥利に尽きます。

――ゲームセンターで育まれたサービスと言えそうですね。

盛島最初にお話した通り、僕は小学生のころからゲームセンター通いをしていて、自分のいまの交友関係って、ほとんどゲームセンターつながりなんです。ゲームセンターの中で交友関係を作ってきた。もちろん、いまでもアーケードゲームを楽しませてもらっていますし、自分を形作ってきた要素のほとんどは、ゲームセンターからもらっています。社会に出てストレスで押しつぶされそうになることもあったのですが、そんなときに支えになってくれたのがゲームセンターでした。

 であれば、ゲームセンターの環境を、自分のアイデアや自分たちの力でさらによくできるのであれば、これ以上幸せなことはないと思っています。憩いの場としてのゲームセンターがどんどん減っているという現状があるわけですが、何とかサポートできないかなと思っています。

――ふと、うかがってしまうのですが、ゲームセンターの魅力って何ですか?

盛島そうですね……“居場所ができる”かなあ。バイトをしていたゲームセンターでは、常連さんとも仲がよくなって、バイトが終わったあとも、夜が明けるまでゲームの話をして、そのあと家に帰って6時くらいに眠る……みたいなことをしていました。そんな体験ができるのも、ゲームセンターというロケ-ションがあればこそですよね。

進木音ゲーをやっていると、順番待ちで知らない人と隣になったりして、知り合いになるということがよくあるんですよね。いままでまったく関わりのなかった10歳以上も年上の人と会話が盛り上がったりして。幅広い年代の人と知り合いになれたりして、社交の場としてもおもしろいし、自分も学校以外の友だちがゲームセンターでできたりして、まさに居場所ができるんですよ。

 盛島とも思いはいっしょなのですが、そんなゲームセンターを社交の場として残せるように、何かしらのことができるとうれしいなという気持ちがあります。

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店舗での活用例:セガ ワールド 大森店 “デジちゃいむ”の利用者は右肩上がりで増えている

 “デジちゃいむ”を早期から導入している東京・セガ ワールド 大森店では、利便性の高さからお客さんに好評とのこと。お店全体に対する意見を聞く“ご意見ボード”的な使いかたもしているそうだ。

 お店の入り口では、“デジちゃいむ”の使いかたをポスターで紹介している。現在、お店にあるほぼすべてのビデオゲームの筐体に、“デジちゃいむ”のQRコードを貼り付けている。また、大森店では、スマートウォッチに問い合わせが届くようになっていて、見逃しはほぼないとのことだ。

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セガ ワールド 大森店 店長 高橋享平氏

 当店では、7月末から“デジちゃいむ”を使用していまして、試しに使ってみたお客様が、使いやすかったのでまたつぎも……という形で、右肩上がりで利用者を増やしています。最初に“デジちゃいむ”のことを聞いたときは、あくまでも物理的な呼び出しボタンの代用品かなというイメージだったのですが、お客様のちょっとしたご意見もリアルタイムでうかがうことができて、とても便利なシステムですね。WASDさんによると、将来的にはインカムの機能も搭載するかもしれないとのことで、今後アミューズメント施設関係のオンラインのシステムとして、必要不可欠なものになってくるのではないかと思っています。

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