2020年9月2日~4日、初のオンライン開催というかたちで行われたCEDEC 2020。本稿では、会期初日の9月2日に行われた、スクウェア・エニックスの谷山輝氏、伊勢誠氏、河盛慶次氏による“すべてを出し尽くせ!FINAL FANTASY VII REMAKEにおける泥沼サウンド制作秘話”の内容をリポートする。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 本セッションでは、『ファイナルファンタジーVII リメイク』(以下、『FF7R』)のサウンド作りに用いられた技術とともに、サウンド制作における技術改良の紹介、今後に向けた反省などが発表された。

 本作をただプレイしているだけでは見逃してしまう、しかし言われてみるととんでもない工夫が詰め込められたサウンドの舞台裏を知ることができるため、技術者のみならず、『FF7R』ファンにとっても興味深い内容となっている。

最新技術をフルに活用した動的な音作り

 まずは、そもそも『FF7R』におけるサウンド作りのテーマがどんなものだったのかが紹介された。

 アクション性の高いRPGとなった『FF7R』では、カットシーンからバトルがシームレスに移行する。それに併せ、サウンドも場面に合わせて動的に変化するインタラクティブなサウンドにしていこう、というのがサウンドデザインの主題になったという。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 そのテーマを実現するための土台となったのが、スクウェア・エニックスのサウンド部が開発しているマルチプラットフォーム対応のサウンドドライバーであるSEAD(Square Enix Audio Driver)であり、そのおもな機能となるMAGI、MASTS、ZeroONEの3項目だ。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 MAGIはシームレスな音楽の遷移を可能にするものであり、従来のように決まったポイントで曲をクロスフェードさせるのではなく、曲のテンポや小節からリアルタイムに切り換えのポイントを作り出し、切り換わる曲がひとつなぎの楽曲であるかのような転換を可能にするもの。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 MASTSは、リアルタイムモーション分析によるキャラクターの動作音自動トリガーシステム、つまりはキャラクターの動きに合わせた音を自動で生成するためのシステムだ。

 毎フレームごとにキャラクターの骨の位置情報と接地情報を使って音を作り出すため、従来のようにモーションひとつひとつに音を設定する必要がなくなったという。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 そしてZeroONEは動的にサウンドを変化させるための仲介パラメータであり、具体的な例としては、闘技場のガヤを変化させる盛り上がり度が挙げられている。音を変化させるための指標を数値化したものと考えればいいだろう。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 セッション内では実際に盛り上がり度を変化させることでのガヤの変化を示す動画が流された。

 歓声1、歓声2、と異なる音が切り替わるのではなく、盛り上がり度の上昇に合わせて実際に声を出す観客の数が増え、声の質も変化していく様子が感じられ、まさに動的なサウンド変化を体験できた。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 MAGIによるシームレスなBGMの変化、MASTSによるキャラクターの動作に合わせた音の発生、そしてZeroONEによる状況に合わせた動的な音の変化によって、『FF7R』のインタラクティブサウンドは成り立っているということだ。

ファイナルファンタジーVII リメイク

シームレスサウンドの作成と問題点

 BGM制作を始めるにあたってまず検証されたのが、オリジナル版のサウンドだ。

 オリジナル版ではほぼつねにBGMが流れており、BGM以外は効果音のみで、ダイアログの音もなく、環境音なども限定的なものだった。なお、当時のサウンド容量はわずか512キロバイトだったそうで、河盛氏も「よくやってたなと思う(笑)」との言葉をもらした。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 リメイクにあたり、環境音などほかのサウンドが大きく変化するなかで、BGMは従来通りでいいのかと協議した結果、シームレスにBGMを変化させ、一部のシーンを除いてあらゆる場面でつねに音楽が流れ続けるようにしよう、という結論が出たそうだ。

 実際にそのシームレス性を紹介する動画では、クラウドが神羅の兵士と戦いながら八番街を駆けるシーンが流された。

 バトル時、非バトル時で音楽の調子が変わるだけではなく、噴水が近い場所での戦闘、イベントが進んでヘリコプターが降下してきたときなど、シチュエーションに合わせて非常に細かくアレンジが変化する様子が披露され、作り込みの深さに驚かされた。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 ワンシーンを切り取っても非常に細かいな変化があることからもわかる通り、明らかな問題として浮かび上がったのは、全編を通してこの形式で制作するには膨大なリソースと緻密な設計が必要になる点だ。

 その問題を事前に解決するために、BGM制作に入る前のイメージ共有も強化したという。

 従来であれば、必要なBGMをリストアップするところまでが全体の共通認識の基本となっていたが、『FF7R』ではチャプターひとつぶんのゲームプレイをキャプチャーし、ディレクターの要望に沿ってその動画に仮BGMを、実機で鳴らすとの同等のクオリティーで付けていったそうだ。

 その動画を再生しながらイメージ共有を行うことで、イメージのすれ違いによる修正作業をなどを減らしたのだという。実際のところのこの方法は功を奏し、制作にも有効だったと河盛氏は語っている。

 つぎに示されたのが、インタラクティブミュージックを作るうえでのポイントだ。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 とくに大事にしたのは『ファイナルファンタジー』シリーズの特徴であるメロディーで、曲によっては区切りのいいところまで待ってから切り換えを行うなど、シームレス性と同時に曲自体のイメージも大切にしていたとのこと。

 また、カットシーンのBGMはカットシーンに入ったタイミングで切り換わるのではなく、その直前のプレイヤーが操作するシーンからシームレスにつなげているという。

 実例動画では、実際にプレイヤーが自由に操作できるシーンからカットシーンへの移り変わり、そして再び操作可能なシーンに戻った後の変化などが紹介された。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 バトルシーンの音楽の移り変わり同様に、不自然なつなぎ目を感じさせない、まさにシームレスな変化になっているだけでなく、水のせせらぎなどの環境音に耳を傾けさせるための変化なども加えられていることを、改めて感じられた。

 河盛氏は、インタラクティブミュージックの使いかた自体が特別なのではなく、そのシームレスな切り換えをたくさん取り込んだのが『FF7R』の特徴だとしている。また、長年ファンに愛されたタイトルだからこそ、多様なアレンジを生み出すための土台ができたいたのだとも語っている。

 逆に、新規タイトルで本作のような音作りを試みる場合には、楽曲の作りすぎや、そもそも楽曲が頻繁に切り替わることが本当に大事なのか、シームレスに切り替わっても印象に残る楽曲とな何か、といったことを考えるのが大事だという。

技術改良によって生み出されたキャラクターの動作音

 続いて、伊勢氏による解説では、キャラクターの動作音を生み出すMASTSの改良などに関する発表が行われた。『FF7R』以前にも使用されてきたMASTSだが、そこには大きくふたつの問題があったという。

 ひとつは、MASTSの仕組みが複雑でデザイナーが容易に理解できるものではなかったため、その調整がプログラマーのタスクになっていたこと。伊勢氏も最初に説明を受けたときはまったく理解できず、7回ほど説明を受けてやっと8割の理解になったと語っていたので、相当に複雑であることがうかがえる。

 そのため、MASTSはプログラマーにとっても負担の大きい要素となっており、またデザイナーとしても自分たちで調整ができず、要望の出しかたもわからないため、精神的にも負担がかかるものになっていたという。

 もうひとつの問題は、従来のMASTSはリアルタイムモーションを対象にしていたため、より緻密な仕組みでキャラクターを動かしているカットシーンは対象外になっていたこと。ゲーム全編を通してMASTSを使うことに挑戦したかったということもあり、これも大きな問題だった。

 そんななかで問題を解決すべく生み出されたのが、サウンドデザイナー主導型のMASTSだ。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 デザイナーが調整を行いやすいように仕組みを簡略化し、さらにキャラクターごとに動きや、カットシーンの動きにも個別で対応できるように改善されたことで、MASTSによる動作音の作成が容易になったという。

 新生MASTSは処理するデータも大幅に追加され、上物、足という2カテゴリーのなかで、以前は上物には肩と膝下しかなかったのが、首や腕などの項目が大幅に追加され、足カテゴリーにも擦りという項目が追加され、より詳細に音を作り込めるようになった。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 また、歓声などの大きなくくりの音に使用されていたZeroONEも改良され、動作音にも適用できるようになった。これにより、MASTSによる動作音の生成がカットシーンにも適用できるようになったというのだ。

 MASTSによる音生成を紹介する動画ではBGMはカットされ、鉄製の足場の上を歩く靴音だけでなく、クラウドが身に着けているパーツのカチャカチャとした金属音や、ささいな動きを感じさせる衣擦れの音などをよりしっかりと聞くことができた。

 ふだんのプレイではそこまで意識することはないと思われる、こういった細かな音の存在が、先ほど挙げられたシームレスなBGMの変化と相まってゲームの没入感を高めてくれているのだろう。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 改良されたMASTSは、カットシーン制作におけるコストを大幅に削減しただけでなく、モーションデータなどの影響を受けにくいことにより、モーションの変更などが発生した際にいちいち修正を行う必要もなくなったため、作業的にも精神的にも楽になったという。

ファイナルファンタジーVII リメイク

音の響きが生み出すダイナミックな空間表現

 続いては、谷山氏による空間表現の解説だ。ここで言う空間表現とは、背景の変化やユーザーの操作に応じて音の響きや聞こえかたなどを変化させ、聴覚的な情報によってその場の空気感などを伝える表現を指す。

 ここで紹介されたのは、特製のオーディオボリュームのレベル配置、ZeroONE前提のバスエフェクト構成、サウンド個別のZeroONEを用いた空間表現、というもの。

 特製のオーディオボリュームとは、Unreal Engine 4に搭載されているオーディオボリュームをサウンドチームが独自に拡張したもので、配置された領域にリスナー(操作キャラクター)が入った際の音に関係する各種設定を定めるものだ。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 つまりは場所ごとの音の聞こえかたを設定するということなのだが、セッション中に示されたスライドを見てもわかる通り、マップに応じてかなりの領域が配置されている。この配置作業もたいへんなものだったと谷山氏は語っているが、設定領域を示す黄色い枠の数を見ればそれは想像に難くないだろう。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 続いて、ZeroONE前提のバスエフェクト構成だが、こちらは音の響きのリアルさと出すためのエフェクトと、その音を誇張するためのエフェクトをどう調整していくか、というもの。その調整に、ZeroONE、つまり何かしらの指標を数値化したものを使用するというわけだ。

 この例としては、高い場所では遠くまで音が響くのに対し、低い場所では音が近く感じられるといった変化が挙げられた。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 また、オーディオボリュームによる領域ごとの音の変化は、扉の開閉など、遮蔽物の有無による音の変化も表現できるようになっている。こちらは列車に乗るシーンで扉が開いた瞬間や閉まった瞬間の音の変化を想像してもらえばわかりやすいだろう。

 3つ目のサウンド個別のZeroONEを用いた空間表現では、敵との距離による音の変化が例に挙げられた。

 音の発生源とリスナーとの距離をZeroONE化することにより、近くいるときはハッキリと聞こえる音が、離れているとくぐもって聞こえるようになる(自分の足音など、自分に近い音はシャープに聞こえる)といった変化により、臨場感を増しているのだという。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 専門的な内容になるため、言葉では理解しにくいかもしれないが、実際に音源が近いときと遠いときの音はかなり異なっており、こちらもプレイ中に特別注目することは少ないかもしれないが、プレイの没入感を強くしてくれている要素だろう。

自由度を上げたがゆえの問題

 動的な変化を強化することで、表現の自由度が飛躍的に向上し、よりいっそうリアルな体験を生み出すための万全な体制が整った、と思われたそうだが……。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

 ここでクラウドの凶斬りよろしく、スライドにバッサリと凶の字が投下される。まさかの不意打ちにチャット欄にも笑いが溢れた。

 問題となったのは、自由度を上げるということは表現の幅を持たせるということであり、よりよい表現が可能になった一方で、より悪い表現が生まれる可能性も出てしまったということだ。

 また、発生させる音を個別に設定しているのではないため、モーションの修正に合わせて音を調整する必要はなくなったが、逆に最終的な音の聞こえかたは外部の要因に依存するため、いつの間にか想定とまったく違う音になってしまうこともあったという。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 制作スタート時は音を制作する際の苦労だけを考えていたが、音の変化の確認、その原因解明、そして調整という修正部分が泥沼になってしまい、かなりの苦労があったそうだ。

 変化した音に対応していくだけでは対症療法的になってしまうため、すべての音作りに徹底させたことがあるという。それが、製作時点で情報を可視化することだ。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 そしてこの可視化をするうえで活用されたのが、ImGUIというグラフィック・インターフェース。これは、そのZeroONE値がどういった理由でそうなっているのかを可視化したもので、後々の調整を考え、各デバッグUIにそれぞれインターフェースを作成したそうだ。

ファイナルファンタジーVII リメイク

 これにより、ZeroONEで使用している値をリアルタイムに確認できるようになり、泥沼だった調整をスムーズに行えるようになったという。

 ImGUIと並んで活用されたのが、リアルタイムデバッガーのファーブルだ。こちらもサウンドに関連する情報をリアルタイムに確認するのに大いに役立ったとのこと。

ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク
ファイナルファンタジーVII リメイク

『FF7R』のサウンド作りを経て見えたものは

 サウンドのインタラクティブな表現の価値が一般に認められ、それを量産したのが『FF7R』のサウンドであり、それには動的な音の変化に対する文化的な需要や各種技術の向上が不可欠だったという。

 そして、サウンドチームが『FF7R』の制作を経て学んだのは、“最後まで調整しきること”、つまりは泥沼的な開発、調整を重ねていくことが重要であり、そのためにはバックアップ体制の構築や事前の準備が必要であるということだ。

 今後は、本作のようなインタラクティブサウンドの量産が基本になると覚悟し、その制作をスムーズに進めるためのオーサリングツールの改善、ImGUIやファーブルのようなデバッグツールの改善、日々継続的にエラーを検出できるような環境作りが大事になる、ということばで本セッションは締めくくられた。

 『FF7R』をすでにクリアーしたという人も多いだろうが、あえてBGMだけ、効果音だけに注目してプレイしてみると、それまでに見えていた(聞こえていた)のとは違う世界と出会えるかもしれない。

※画像はオンラインでの講演をキャプチャーしたものです。