2019年12月、アニプレックスがノベルゲームの新ブランド“ANIPLEX.EXE(アニプレックスエグゼ)”を発足した。「美少女ゲームは売れなくなった」とも囁かれる現在に、“ノベルゲームだから、おもしろい”をテーマに掲げ、美少女ゲームを手掛けてきたスタッフと共に魅力ある作品を贈りだすという。

 『同級生』や『To Heart』、『鬼畜王ランス』、『ONE 〜輝く季節へ〜』などが発表された90年代、 『君が望む永遠』や『CROSS†CHANNEL』、『Fate/stay night』などが世に出た00年代を美少女ゲームとともに過ごしたユーザーなら、今回発表されたブランドやクリエイターを見て「あのころの青春が帰ってくるのか」と期待しているかもしれない。

 しかし一方で、なぜアニメでおなじみのアニプレックスがこのタイミングで美少女ゲームのブランドを立ち上げるのか疑問に思っている人も多いだろう。

 はたして本当に美少女ゲームは売れなくなっているのか。美少女ゲーム業界の第一線は現在どのように進化しているのか。そもそも美少女ゲームやノベルゲームの本質とはなんなのか。

 ファミ通.comでは、アニプレックスエグゼのプロデューサーを務める島田紘希氏と第1弾タイトルに携わる各ブランドの代表に集まってもらい、座談会を実施。美少女ゲームの課題や未来、そしてアニプレックスエグゼが美少女ゲームを題材にどのような作品を作り、どんな方法で業界に切り込んでいくのかを2時間以上に及んだ取材で存分に語ってもらった。

山川 竜一郎 氏(やまかわ りゅういちろう)

『ジブリール』シリーズや『グリザイア』シリーズで知られる株式会社フロントウイング代表。

SCA-自 氏(すかぢ)

ムーンフェイズ株式会社代表。ケロQと枕の統括でもある。ANIPLEX.EXE第1弾タイトルである『ATRI-My Dear Moments』ではアートディレクターを務める。

石井 秀典 氏(いしい ひでのり)

コアなファンを多数抱えるビジネスパートナー(ライアーソフト)代表。

島田 紘希 氏(しまだ ひろき)

ANIPLEX.EXEの発起人であり、本プロジェクトのプロデューサーを務める。

美少女ゲーム業界は特殊な村社会?

――本日はお集まりいただきありがとうございます。まずは皆さんのこれまでの活動を振り返る形で座談会を進めていければと思います。フロントウイングさんは1999年に設立されたんですよね。

山川そうですね。最初はカードゲームを輸入・輸出する会社で、ゲームは趣味で作り始めました。

すかぢ前に調べてみたのですが、1999年、2000年、2001年でほぼ有名どころのゲーム会社がデビューしています。すでにWindows95や98が発売されおりPhotoshopなども使えたのですが、それでもほとんどの会社さんが16色でゲームを作っていました。つまり2000年前後までグラフィックのフルカラー転換期だったのではないかと。16色とフルカラーだと技術的にかなり違うので、そこで突然参入障壁が低くなり、たくさんのメーカーが参入できたのだと思います。この場にいるのは、そのころに参入していまも残っている3社です(笑)。

石井自分は皆さんと違って美少女ゲームユーザーではなかったのですが、知り合いに「こういう事業をやっているから見てくれないか?」と言われたことがきっかけでこの業界に入りました。自分がライアーソフトに参加したのは2000年ぐらいからですが、もともとは遊演体という名前で、プレイバイメール(※1)をやっていたメンバーが98年に立ち上げた会社です。

※1……郵便やインターネットを使っておこなわれる多人数同時参加型ゲーム。『蓬莱学園』シリーズなどが有名。

山川ライアーソフトは遊演体から生まれたんですね、知らなかった。

石井そうなんですよ。ライターが集まって作った会社なので、今でもライター主導でやっています。

島田ライアーソフトさんがシナリオライター中心であることに対して、枕さんはビジュアル集団みたいなイメージがあります。

すかぢビジュアル集団ですか(笑)。それにしても自分的には、シナリオライターを中心に動く会社があることに驚きです。

山川いやいや、シナリオライターが社員で絵描きさんは外注さんというパターンも多いですよ。ちなみにうちは作家に合わせてゲームを作る感じですね。

島田三者三様ですね。すかぢさんはご自身でシナリオとビジュアルも担当されていますね。

すかぢあんまり自分では描いていないです。今は修正とか全体のビジュアルの管理ぐらいのものです。

――シナリオやビジュアルの重要性というのは時代によっても変わってきたと思いますが、現在はいかがでしょう?

山川もちろんシナリオは重要視されているですが、現在は美少女ゲーム以外の業界からオリジナルの原作を求められることが多いです。昔だったらあかほりさんの事務所(※2)やスタジオオルフェ(※3)に頼むことができましたが、ブランド化までされている原作集団ってそんなに増えていないんですよね。

島田ライアーさんはそれこそ海原さん(※4)などのシナリオライターが社内に所属されていますよね。

※2……小説家のあかほりさとるさんが1992年に設立した“あかほりさとる事務所”。また同氏は現在マルチコンテンツ創作集団“SATZ”の代表も務めている。

※3……小説やアニメを手掛ける制作プロダクション。黒田洋介さんや倉田英之さんが在籍している。

※4……海原望氏。『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』などを手掛ける。『徒花異譚』の企画・シナリオ担当。

石井はい。シナリオはうちが作って、パブリッシングはほかにお任せすることも多いです。

山川アニメの会社から「原作を作りませんか」と相談されませんか?

石井そういうお話もたまにありますね。

山川うちもじわじわ来るようになっているんです。ただ、みんな、ニトロさん(※5)に相談にいくみたいなんですよね。なんでみんなニトロさんにいくのか聞いたら「ほかに思いつかない」と言われました。

※5……ニトロプラス。虚淵玄 氏、鋼屋ジン 氏、下倉バイオ 氏などが所属するソフトメーカー。

すかぢそれはクリエイターさんが言っていたんですか?

山川いえ、プロデューサーです。アニメの脚本が得意じゃないからどこかに頼もうとしたときに、ニトロさん以外は思いつかないみたいです。

島田ニトロプラスさんはもちろんですが、ほかにも美少女ゲームでたくさんおもしろい作品を作っているブランドさんがあると思うんです。お声掛けするのがニトロプラスさんしか思いつかないというのは、いまの美少女ゲーム業界がどうなっているのか外側の人たちがあまり見えていないのかもしれないですね。

すかぢエロゲー業界って特殊な村社会なんですよ。自分たちで完結してしまっているから外に出なかった。山川社長はかなり初期からいろいろなパイプをつなげていましたが、それはかなり特殊で。僕が知る限りでは、能動的に動く会社さんは少ないです。

山川そんな村社会を島田さんが今回つないできたというか、掘りにきたわけですね(笑)。

島田(笑)。

すかぢ今回の企画ってビジネス的に考えると成立させるのが難しいと思うのですが、美少女ゲームにはかつてものすごく熱かった時代があって、それを若い人に届けたいっていう島田さんの熱意があったからこそスタートできたのではと思っています。

――なるほど。

石井村社会ということですが、ニトロさんはシナリオを書いている人が皆さんつながっている印象がありますね。

すかぢライアーさんのシナリオライターさんはそんなことはないんですか?

石井うちはほら、何人も抜けちゃったから(笑)。

島田その話はやめましょう(笑)。

石井納期よりもクオリティが優先の人が多いんですよね……。

すかぢ知っています、そういうシナリオライター。うちの会社にもいます(笑)。

石井もちろんクリエイターが満足するものを作るのがいちばんいいのですが、5年や6年も待てるような体力がうちにはないんですよ。

すかぢあー5年や6年、まさにですねー。なにも言えませんなぁ(笑)。

山川代表が絵であるかシナリオであるかで遅れるところは変わってきますよね。だいたいは代表がやるところが遅れるんです。

――代表ということは会社のお金の管理もしているはずなのに不思議ですね。

すかぢお金の管理をしているからこそですよ。

山川スケジュールはあくまでも会社で決まったものであって、代表は本当の限界値を知っているんです。だからディレクターに〆切のことを伝えられても「そんなの俺には通用しない。俺は本当の締め切りを知っている」となっちゃうんです。

シナリオボリュームは美少女ゲームの特徴であって、弱さであって強さ

――皆さんが考える美少女ゲームや業界のいいところもお聞きしてよろしいでしょうか。

山川コンシューマゲームってシナリオライターが下っ端扱いされることが多くて、アニメは集団作業でどちらかというと絵が中心の世界なので、シナリオが中心なのは小説か美少女ゲームぐらいなんじゃないのか? って、昨日『ATRI』のシナリオライターの紺野さん(※6)と話していました。

※6……紺野アスタ氏。『この大空に、翼をひろげて』などを手掛ける。

すかぢシナリオライターが自由に力を発揮出来るのって、ライトノベルか“小説家になろう”か、エロゲーかぐらいの感じですよね。

石井いまとなってはライトノベルなどのほうが自由度が高いのではとも思いますが、美少女ゲームには表現の自由度が高いイメージがずっとありました。

島田確かに、いろいろな表現が許されている媒体なんだなと思っています。たとえば『サクラノ詩』(※7)で主人公とヒロインが桜の木の下で美を語るシーンがあるんですけど、一枚絵だけで体感10~15分くらい語っているんです。

すかぢあー、隙あらばボクのシナリオは語りますねぇ。

フロントウイング×枕×ライアーソフト代表座談会。アニプレックスが美少女ゲームを作る意義や業界の課題、未来を語る_01
ヒロインの御桜 稟(画像左)と主人公の草薙 直哉(画像右)

※7……『サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-』。枕による美少女ゲーム。もともとは2004年に発売予定だったが延期を重ねて2015年に発売された。シナリオはSCA-自氏と浅生詠氏が手掛けている。

島田これってアニメではなかなかできない表現じゃないですか。テキストと一枚絵だけで美について語らせ続ける表現って、もしかしたらラノベでも難しくて、美少女ゲームの文体だからこそなのかなと思っています。

すかぢ美少女ゲームって半年くらいでできるものと、アージュさんの『マブラヴ オルタネイティヴ』やTYPE-MOONさんの『魔法使いの夜』のように手の込んだものの両方を作れるんです。簡素化することもできるし、ものすごく重い演出にすることもできる。それはアニメやラノベではあまりできることではないですね。

山川いまでは効率が悪くなりましたけど、2000年とか2001年ぐらいはコンテンツをもっとも効率よく出力できる媒体だったんですよ。昔はテキスト用量が1MBくらいだったら、スタッフが10人くらいでも頑張れば半年とか8カ月くらいで終わっていた。あと、あくまで2010年くらいまでの特徴ですが、美少女ゲームは話が完結するというのもほかのエンタメと違うところでしたね。

島田最近でいうと『ファントムトリガー』(※8)はストーリーが続いていますよね。

※8……『グリザイア ファントムトリガー』。2017年に第1巻が発売された『グリザイア』シリーズ最新作。アニメ化もされた。

島田1本の作品のなかでルート分岐するわけではなく、ひとつひとつの作品にヒロインを用意して別々に発売していくスタイルも増えましたよね。ほかにも、ぱれっとさんの『9-nine-』とか。

山川2000年を越えてラノベが流行したあたりから、物語が完結しなくなりましたよね。でもエロゲーはずっと1本で物語が完結していたので、『グリザイア』シリーズで完結しないものを作った時は、「ふざけんなこの野郎、分割か!」みたいな感じですごく叩かれました(苦笑)。いまって、作っているほうもやっているほうも作品が終わらないほうがうれしい時代なので、一作で終わってしまうものは今の時代と合わないのかなと思っています。

フロントウイング×枕×ライアーソフト代表座談会。アニプレックスが美少女ゲームを作る意義や業界の課題、未来を語る_02
フロントウイング×枕×ライアーソフト代表座談会。アニプレックスが美少女ゲームを作る意義や業界の課題、未来を語る_03
フロントウイング×枕×ライアーソフト代表座談会。アニプレックスが美少女ゲームを作る意義や業界の課題、未来を語る_04
2011年にフロントウイングの設立10周年記念作品として発売された『グリザイアの果実』。2012年には各ヒロインのアフターや主人公の過去編を収録した『グリザイアの迷宮』が、2013年には完結編となる『グリザイアの楽園』が発売された。

――物語がしっかり完結する美しさもありますよね。

島田そうですね。続いていく魅力とひとつの作品で終わる魅力って、まったく別のものだと思います。

山川商売としては続いたほうがいいですけど(笑)、ユーザーとしては終わってくれたほうがうれしい場合もあります。それと時代が変わってシナリオがどんどん長くなっています。昔だったらせいぜい1MBくらいだったのに……。もちろん、長いものだけじゃなくて短いものもありますが。

石井価格帯もボリュームに合わせて変わったりしていますね。

山川8800円~9800円だったら2MBくらいなければダメですよね。ただ、いまのユーザーはそこまで長いシナリオを求めていないと思います。

島田個人的には、おもしろければ長かろうが短ろうがなんでもいいですね。

山川ユーザーの求めるものが多様化してきたってことですね。

島田それでいうと、ケロQ/枕さんのところは長大なシナリオが1つの魅力ですよね。

すかぢ以前は、『素晴らしき日々』や『サクラノ詩』がおもしろかったのかおもしろくなかったのかぐらいの感想しかなかったのですが、ここ1年ぐらいは「長い! いくらやっても終わらない」「え? いつまで続くのこのゲーム?」みたいな感想も増えてきています。最近の美少女ゲームをやっていない人からすると、一週間かかっても終わらないコンテンツっていうのが未知との遭遇みたいです(笑)。

山川昔は「1万円払ったんだから3カ月遊ばせろ」だったんですけど、やはりコンテンツが増えているからじゃないですかね。次から次にいきたいのに長いと次にいけない。

すかぢそこが美少女ゲームの特徴であって、弱さであって強さであるところだと思います。でも、長いって書いている人は途中で投げ出さずに最後までやってくれているんですけど、戸惑うみたいですね。「まだ終わらないの?」って。

山川読んでいる人にあとどれくらいで終わるかを書いてあげなくちゃ。現在何パーセントですって。

すかぢ電子書籍みたいですね(笑)。

島田ライアーさんはシナリオの長さは意識していますか?

石井企画段階で1.5MBに決めても、結局1.8MBとか2MBになるっていることはよくあります(苦笑)。ただ、今は商品の価格でボリュームを考えています。「フルプライスだと最低1.5MBないとダメだよね」とか「ミドルプライスだったら800KB~1MBくらいでおさえたいね」とか、そんな感じの作り方をしていますね。

山川会社が長くしろって言っているんじゃないんですよ。ライターが長くするんですよ。

石井黙っていると長くします(笑)。

山川ゲームのライターにノベルの企画をやらせると、適切な長さで書けないんです。そもそも、200~300ページの小説でキャラも立ててひとつの話を完結させるっていうのがほぼ無理じゃないですか。キャラクターが2人しか出てこないとかだったら大丈夫なんですけど。

すかぢ美少女ゲームが長くなる理由はキャラの多さですよね。あとは昔のゲームの慣習にとらわれていて、日にちをむやみにとばせない。小説だったら「1カ月後」とか「そして秋が来て……」とか、なんなら何も説明せずに、シーンを連続でとばせますから、そのあたりは文体形式の差ですよね。

島田『サクラノ詩』は5章と6章の間で結構時間を経たせていましたよね。

すかぢあの物語は20年くらいの規模の話だから、そもそも普通に書いていたら永久に終わらない。

山川毎日の出来事を描写して、3000日分の内容とか書くわけにはいかない(笑)。

すかぢそうですね。