KONAMIの『Frogger in Toy Town』は、iOSデバイス向けのサブスクリプションサービスであるApple Arcadeで提供中のアクションゲーム。同社の長寿シリーズ『Frogger』の基本を踏襲しつつタップ&スワイプ操作だけで遊べる内容となっており、“ヒト”の家を舞台にカエルたちがピョンピョンゴールを目指す。

 開発したQ-Gamesのクリエイティブディレクターであり、元々はダンスミュージックや服飾などのマルチアーティストでもあるBaiyon氏に話を聞いた。

Baiyon(ばいよん)

テクノ/ハウス系のサウンドを中心に、グラフィックデザインなども手掛けるマルチアーティスト。Q-Gamesの『PixelJunk Eden』へアート&サウンドディレクターとして参加し、さまざまなゲームへの楽曲提供経験も。2016年にQ-Gamesに入社し、現在は同スタジオのクリエイティブディレクターを務める。

物理のカオスを楽しむ新しい『Frogger』

――まずはゲームのコンセプトと、サウンドのコンセプトの繋がりについて教えて下さい。本作は、Q-Gamesの近作『トゥモローチルドレン』や『PixelJunk Monsters 2』などのミニチュア感のあるグラフィックの流れを継いでいますよね。

Baiyon 元々「『Frogger』を新しく生まれ変わらせたい」という話を頂いたのが発端で、ならば『Frogger』の基本的なルールは踏襲しつつ、リアルな世界でやったらどうかというアイデアが出てきたんです。

 それはいま挙げて頂いたような写実的なライティングのアートスタイルだけじゃなくて、物理演算を入れたゲームプレイというのも大きかったですね。ディラン(ディラン・カスバート代表取締役)は「カオスを引き起こしたい」と表現していたんですが、物理が入っているので、同じようなことをやっても積み木の崩れ方が変わったり、毎回結果がちょっと違ってくるプレイ体験を入れられました。

 そういったこともあって、音も含めて全体的にアナログな手触りのある感じになるだろうなというのは早くから想定していましたね。

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_03
赤ちゃん登場により、おもちゃの列車がぐちゃぐちゃに。

――オリジナルの『Frogger』って一回の移動距離が決まっていて、すごいカチッとしたデジタルなルールで構築されているゲームだと思うんですけど、そういったアナログ感のあるコンセプトになったのはApple Arcadeという新しいプラットフォームで出たこととは関係あるのでしょうか?

Baiyon Apple Arcadeというプラットフォーム自体は基本的には関係なくて、「『Frogger』を新しく面白い形で生まれ変わらせたい」というのがコンセプトでした。

 元のゲームルールを踏襲しているので、かつて『Frogger』を遊んだことがある大人も遊べるし、キャッチーなアートスタイルなので子供も普通に遊べる。ちょうどいいバランスになったかなと。なので結果的にApple Arcadeの“ファミリー”というキーワードにうまくハマったかなという感じはありますね。

 ちなみに最終的にApple Arcadeのローンチタイトルという事になり、スティーブ・ジョブズ・シアターで行なわれたAppleの基調講演にも登壇する事が出来ました。初日本人らしいということ、初めて帽子をかぶって登壇したということに誇りを持っています(笑)。その様子が全世界にストリーミング配信されていたんですが、会場でもサウンドも含めて盛り上がって嬉しかったですね。

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_07
『Frogger』定番の川渡りも登場。

Baiyon 音も物理に合わせてやっているので、例えば金属の床に木製のものが落ちる場合とか、あるいはもっと柔らかい材質のものに落ちる場合とか、組み合わせが変わると音も変わるようにしているので、なかなか大変でした。

 でもゲーム世界で起こっていることをユーザーが音でも感じ取れるかどうかが手触りに影響してくるので、衝突するものの材質の組み合わせの表を作ってひたすら埋めていった感じです。

アーティストとしてもやってみたかった“本物の音”のサンプリング

――アナログ感を大事にするというのは前にやったインタビューでも言われていた事ですが、そことの繋がりは。ゲームのコンセプトにやってきたことがハマったのか。それとも元の興味に合わせて選ばれたのか。

Baiyon 正直に言うと両方ですね。やってみたい方向性としてぼんやりとイメージしていたものが、プロジェクトのコンセプトが固まってきた時に、「これならこんな感じにできる」とはっきりと見えたというか。

 それと、今回はどこまで行ってもマシュー・ハーバート(※)の影響が大きいですね。彼の発表した作曲についてのマニフェストとか、生活音を使って作曲する手法とか。

 今回はBGMと効果音をどちらもすべて担当しているんですが、コンポーザーとして考えたことがなかったオーダーが出てくるんですよ。「電車の音ください」とか言われて、「“電車の音”ってなんなんだろう?」と(笑)。

(※編注:音響/テクノ系の音楽アーティスト。家の周りの物が発する音や生活音などのサンプリングからクラブサウンドを作り出したり、ファストフードやファストファッションブランドなどの大量生産品を破壊する音を使った曲をリリースするなど、サンプリング行為を通じたアートパフォーマンスでも有名。文中で出てくるマニフェストとは2000年に発表された“P.C.C.O.M.”という宣言を指し、単に人の音を拝借するのではないオリジナルなサンプリング曲を作るためのルールが定められている)

――ははは、「何をもって電車の音とするのか」みたいな。

Baiyon もちろん、サンプリングライブラリーから「キャリキャリキャリ」って音を適当に持ってきてそれっぽく加工することはできるんです。でもそれは普通すぎるので、なにかもっと別の考え方ができないかなと。

 他にも「風の音ください」って言われて、「ピューッ」ってイメージはできますけど、でもそれは(擬音的な)イメージでしかないし、実際なんなんだろうと。「カエルが“助けて”って言う音ください」っていうのに至ると、そんな音存在しないですからね。

 それでいろいろと想像していたんですけど、ちょうどその頃にハーバートの『A Nude』というアルバムが出ていて(Bandcampで販売中)、それに結構影響されましたね。

 そのアルバムは被験者となる人を呼んで、その人の生活音をずっと録音して「音のヌードだ」って言って曲にするというものなんですけど。元は“おしっこの音”を録りたいという所から始まったらしいんですが、「普通イメージしてるそれは結局排泄された尿がトイレに当たる音でしかない、なら“本当のおしっこ”の音ってなんだ」と考えたらしくて。アホだなぁと(笑)。

 そういう“本物の音”という考え方と、ゲームならではのファンタジックな世界が自分のやれる範囲で接近できたら面白いなと思ったので、アーティストとしての自分の興味本位もあって掘り下げていった感じです。

――それで電車の音や風の音は結局どうしたんですか?

Baiyon 出てくるのがおもちゃの電車だったので、実際におもちゃの電車の車輪を鳴らして録った感じですね。風はUSB扇風機を用意して、羽根を指で抑えて「バッバッバッバッ」って鳴るのを風ということにして(笑)。

 カエルの「助けて」って声はさすがにどうしようもないので、確か自分で喋ったのをシンセサイザーの音と混ぜて、ピッチを変えたりしたかと思います。

――フォーリーサウンド(※)的な手法に至ったわけですね。昨年末に“ウィンター・ナイトメア”をテーマにした追加ステージがアップデートで入りましたが、それ用にも追加録音を?

Baiyon そうですね。BGMはちょっと変なミニマルテクノっぽいんですけど、ホラー系のテーマなのでSEもポルターガイスト現象とかをイメージしたものになっています。

 それもまた“本物のおばけの音”なんてないので、ないものをイメージして作る感じでしたね。普通に「幽霊の足音は~」とかいう話になるんですけど、出てくる幽霊に足ないですから(笑)。

 足跡だけの敵とかいるんですけど、木の上でも芝生の上でも出てくるから、コツコツ鳴っているのもおかしいんですよ。それで悩んでいたら妻が髪の毛を梳くブラシを持っていて「ガサッ、ガサッ」とやっていたので、「待てよ……それちょっと録っていい?」と。

(※編注:主に映画などで使われる、さまざまな物を使って撮影時にはなかった効果音を収録する手法。ゲームでも用いられることがある)

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_05
“見えない足”により周囲の物が崩れてくるというトラップ。

Baiyon なので開発中は、スタッフからできるだけいっぱいアイデアを聞いておいて、街中で「これ使える!」と思った時にすぐ録れるようにしていましたね。だんだん身の回りの音を録るのが癖になってきて、他に誰もいない踏切で待っている時とか、使うかわからないのにとりあえず録ってみたりしています。

 床の素材をホームセンターに買いに行ったりもしたし、キッチンのステージでコンロが出てくるんですけど、そのコンロの着火時の「チッチッチッ」って音は自分の家のコンロだったり、犬の鳴き声がディレクターの実家の犬だったり、子供もスタッフの生まれたばかりの子の声だったり(笑)。

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_06
コンロトラップ。

BGMも“サンプリング”がテーマ

――BGMでは何かトリッキーなことは?

Baiyon ベトナムの石でできた打楽器(リソフォン)とか、変わった楽器をいろいろ使っています。(サウンドルームの机に積まれたものをいろいろ鳴らしながら)こういう紙の筒の「スポンッ」って音とか、あとガラス瓶をチャリチャリ鳴らしてディレイをかけると気持ちよかったりとか。

――あ、後ろのテーブルめちゃくちゃ散らかってるなと思ってたんですけど、それ録音用のモノだったんですね。

Baiyon そうなんですよ。だから捨てられないように「録音用なので触らないで」と張り紙がしてあるという。たまに間違えてクリップとか物を置いていく人がいるんですけど、「これも何か面白い音が鳴るんじゃ」と使ってみたりしましたね。

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_02
散らかってるだけかと思ったら録音用のブツだった。

――BGMの曲はどれぐらい入っているんですか?

Baiyon 30曲弱ぐらいですかね。ただ今回は普段より1ステージのゲームプレイが短いので1曲も短くなっています。

 それとBGMではさっき言ったようにいろいろな物を楽器にしつつ、“サンプリングミュージック感”がテーマです。実際の音よりローファイになっていたり、あえてブツッとサンプルが切れるような感じですね。Akufen(※)や初期のPrefuse 73(※)みたいな。うまくバランスを取らないと安っぽく聞こえてしまうので、ミックスダウンにはかなり気をつかいました。

(※編注:いずれもアーティスト名。細かく刻まれたサンプル音で構成されたブレイクビーツやハウスで知られる)

ファミコンやスーファミをサンプリングしておまけ機能に

――また本作では第3の音の要素として、レトロなKONAMIタイトルの効果音を鳴らせるおまけ的な機能がついています。あれはどういう発想から出てきたんですか?

Baiyon 実は“サンプリング”というのはBGMだけでなく全体を覆うテーマでもあるので、せっかくKONAMIさんと仕事をするなら何か『Frogger』以外でもKONAMIの昔のゲームで何かサンプリング的な事ができないかなと思ったんです。

 だからBGMをサンプリングして使えないかとか、カバーみたいな事をできないかとかいろいろ考えたんですけど、あくまで『Frogger』のゲームなので、その世界に合うかと言うと少し難しい。

 そこで何ができるかと考えた時に、『スキタイのムスメ:音響的冒剣劇』などで僕がゲーム音楽のリミックスを手掛けた時に、そのゲームのSEを送ってもらってそれを音色のひとつに使うことが何度かあったんですね。

 それで「SE(効果音)使えたら面白いな、どうせ使うならカプセルトイのサウンドロップみたいにみんながSEを鳴らして遊べたらもっと面白い」と思いついたのがきっかけですね。

――あぁ、昔のゲームにSEを鳴らせるサウンドルーム機能がついてると無駄に連打とかしましたよね。ちなみにSEも録音したんですか?

Baiyon ファミコンやスーパーファミコンなどの実機を使って録音しています。でもステージの間って基本的にはBGMが鳴ってるから、そのままだと綺麗に録れないんですよ。BGMのみで録音したのを逆相にして打ち消そうか(※)と試したんですけど、それもなかなかうまく行かなくて。

(※編注:音の波形データを逆相=逆さまにして元の音と重ねると消える。これを利用すると、理論的にはBGMの上にSEが鳴っている状態からBGMのみの状態の逆相を重ねればSEだけが残る……はずなのだが、実際はなかなかそう簡単には行かなかったりする)

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_01
おまけ機能用のSEはファミコン/スーパーファミコンからサンプリングしたもの。

Baiyon それでプロジェクトのディレクターに調べてもらって「このステージだとここでBGMに休符が入るんで、その瞬間にジャンプしたら行けます」とか教えてもらってやってたんですけど、途中で『グラディウス』などにスタート前のデモ画面があることに気がついたんです。

 これがいいのは、デモ画面ではBGMが鳴らない作りになっていたので、そこで鳴ってるSEはそのまま録れるんですよ。それで録音出来るサンプルも結構多くて「あぁ、この時代はこういう作りでやってたんだ」と勉強になりましたね。

――音はステージで取らないといけないんですよね?

Baiyon そうです。ゲットする演出もちょっと凝って、対象の箱を取ると音が断続的にしばらく鳴って、最後に「ボカーン」とSEをゲットしたゲームのアイコンが出てくるんですけど、わかる人はそこまでに鳴ってる音で「あ、この音知ってる、グラディウスだ!」とか気づく仕組みです。

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_08
おまけ機能用のサウンドはスコアを貯めてアンロックできる隠しステージでゲットできる。
『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_09
アイテムをゲットするとSEが鳴り始め、ラストにアイコンが登場。何のタイトルかわかる人はわかるよね。

Baiyon 1タイトルにつき3個のSEが入っていて、iPhoneとかでそのままタップで押す場合はランダムなんですが、実はコントローラーを繋ぐとボタンに音が割り当てられて任意の音が鳴らせるようになっています。音のセレクションも短い音から“オチ”みたいに長い音まで段階つけて選んでいるので、遊べると思いますよ。

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_04
右下のアイコンでBGMを鳴らしつつ、懐かしいSEサンプルを鳴らしていけ!

サンプリングを通じて新たな繋がりを示す

――『Frogger』から『Frogger in Toy Town』という繋がりだけじゃなくて、音の面でも昔のゲームとの繋がりがあると。

Baiyon 「『Frogger』をいま生まれ変わらせるとはどういうことか」、という自分なりの解釈をサウンドでもやっている感じですね。例えば子供とプレイしている時にお父さんが「これ昔遊んでたゲームの音なんだよ」って教えたりしても面白いし。

『Frogger in Toy Town』の(やたらと凝った)サウンドの裏側。クリエイティブディレクターBaiyonに聞く“サンプリング魂”_10
縦画面でもプレイできる。

――“サンプリング”というと丸コピをイメージする人も多いですけど、元ネタがありつつ、それを組み替えて再構築して新しい解釈を示すという感じですかね。

Baiyon まさにそうだと思います。コンポーザーとしてこういう細かい“意味”みたいなものまで考えてしまうのはもしかすると余計なのかもしれないけど、逆にそれが自分が(ゲーム業界の外側からやってきた人間として)提供できる付加価値になるのかなと。

 ヴィンセント・ギャロ(※)が言っていた、「テクノロジーは愛のなさをカバーするためだけにしか使われていない。だから使わない」という言葉が好きで、実際フォトショップとかのソフトも全部「詳しくなくてもこういうものが簡単に作れる」という方向にどんどん向かってるじゃないですか。

 ということは、これからの時代は「何故作るのか」という部分が大切になってくると思うんですよ。そしてそこには今まで語られてこなかったたくさんのクリエイターの思いがあるわけで。音をサンプリングするということはその音の裏にある「どういった音なのか」「どこでどうのように録音されたのか」そして最終的には「そのサウンドのスタイルを内包するカルチャー」自体をサンプリングするという事になるんだと思います。クリエイターとしてはそこが醍醐味ですね。

 そして曲なら曲で、音楽が好きな人が聴いて「いいね」って思って、ゲームが好きな人も「面白い」と思うような、ゲームの体験の一部として機能しつつ、曲だけ取り出しても音楽史の中でちゃんと成立するものにしたい。両方がないとだめだと思うので、そのバランスはずっと探してますね。

(※編注:監督作『バッファロー'66』で一躍世界的に有名になったマルチアーティスト。俳優・音楽活動でも知られる)