2019年11月19日。前作『シェンムーII』から18年越しとなる最新作『シェンムーIII』がついに発売された。

 2015年のE3 2015で開発とクラウドファンディングの募集が発表されてから4年半。

 『シェンムー』を待ちわび続けたファンたちにとって、長いようで短かった月日が流れていた。

 今回、『シェンムーIII』の発売に合わせ、『シェンムー』シリーズの生みの親であり、『シェンムーIII』で監督・総指揮を務める鈴木裕氏にインタビューを実施した。

鈴木裕に『シェンムー』のことを、訊く。

 『シェンムーIII』発売記念インタビュー。言葉にすれば簡単だけど、言葉以上に、胸に迫る想いや、感慨や、難しさがある。訊きたいことは山ほどある。

 でも、何をどこから訊けばいいのだろう。逡巡する記者を前に、『シェンムーIII』という長い旅を終えた男は、朴訥とした調子で問い掛けてきた。

鈴木裕氏(すずき ゆう)

 YS NET代表取締役社長。『シェンムー』の生みの親。1958年生。1980年代から『ハングオン』や『アウトラン』など大型筐体を使用するアーケードゲームを多く開発。1990年代には『バーチャファイター』シリーズで3D格闘ゲームブームを巻き起こした。1999年に『シェンムー 一章 横須賀』、2001年に『シェンムーII』を夜に送り出した。

いたずらっぽい笑顔で鈴木裕は編集者に尋ねた

鈴木 『シェンムーIII』、プレイされているんですよね。

―― あっ、はい、ええ。

鈴木 『シェンムーIII』、どうでした? いきなり逆取材になっちゃうけど(笑)。

――いや、もう、僕は『シェンムー 一章 横須賀』も『シェンムーII』も好きでプレイしていて、とくに、『II』のエンディングは「いったい何なのだこれは」と衝撃を受けて、あれから18年が経つものですから。

鈴木 はい、はい。

――いざ『シェンムーIII』の画面を前にして、18年ぶりにあの続きが本当に遊べるということにまず感動というか、なぜか、少しビビってしまって、プレイしていいものかどうか、ドキドキして、心を落ち着けるためにわけもなく一度コンビニへ行って。

鈴木 はい(笑)。

――その後にプレイを始めたのですが、なんかもう、「うわーっ、『シェンムー』だ!」っていう感動がまず大きくて。やはり製品版を遊ぶというのは格別でした……ごめんなさい、裕さんのインタビューなのに、いきなりしゃべりまくってしまって。

鈴木 いや、いいんじゃないかな(笑)。形式張って「あれはどうですか、これはどうですか」って聞かれてしゃべるより、そっちのほうがリアル感があっておもしろいでしょ。ゲームはどこまで進んだの?

―― ちょうど白鹿村のつぎのエリア、鳥舞に入ったところです。

鈴木 そう。……ということは、けっこう急いでプレイしたんじゃない?

――ええ。インタビューの前に、少しでも展開を知っておこうと。

鈴木 『シェンムーIII』は、物語を追うばかりじゃなくて、なるべくゆっくりと遊んでほしいんだけどなあ。けっこう、白鹿村も広かったでしょう。

――はい。最初はすごく限られているんですけど、どんどん行ける範囲が広くなっていきますね。ヒマワリ畑で子どもたちとかくれんぼができたり、ほのぼのしていて好きです。

鈴木 3月なんですけどね、早咲きのヒマワリ畑で(笑)。釣りもできますから、白鹿村で、のんびり遊んでくれたらよかったのに。

白鹿村では牛ものんびりしている。
のんびりとひまわり畑にたたずむ涼。

――きっと、僕だけではなく、プレイヤーみんなが悩むと思いますよ。「武功館の段位上げとか技書集めとか釣りとかずっとしたいけど、話の続きも気になる!」って。

鈴木 時間を掛けて遊んでほしいね。「時間がない忙しい人は遊ぶな!」といっそ言いたいくらい。それは冗談ですが(笑)。でも、ここで「買うなよ、絶対に買うなよ!」って書いたら、逆に買ってくれる人が増えたりしないかな?

――いやいや(笑)。さて、改めて、『シェンムーIII』発売を迎えたお気持ちはいかがですか?

鈴木 まずは、出資してくれたバッカー、待っていくれていたファンの方に、楽しんでもらえるようにと願っています。皆さんのおかげで世に出せたゲームですから。あとは不安と期待と……うーん。この感情は、ちょっとひと言では言い表せないですね。

――いろいろありましたからね。『シェンムーII』以降、思い出深いことといえば、どんなことですか?

鈴木 そうですね……「『シェンムーIII』を作りたい、出さなければ」という思いは、ずっと持っていて、自己資金でYS NETを立ち上げた後も、いろいろな形で模索をしていたんです。何しろ外国やいろいろなところで「あの続きはどうなるんだ、『III』はどうなんだ」って聞かれ続けていましたからね。

――(笑)。

鈴木 それでもなかなか実現のめどが立たなかった中で、2015年のE3のステージに立って、『シェンムーIII』の開発が発表できたこと。あのときの叫び声に近い歓声がいちばん忘れられないですね。

――あの発表は驚きました。

鈴木 同じステージで、『ファイナルファンタジーVII リメイク』や『人喰いの大鷲トリコ』が登場して、ファンから歓声を受ける中、舞台袖から「大丈夫かな?」って不安になりながら覗いていたんですけど、発表をしたら、大音声の、悲鳴でしたね。

――キックスターターでは、8億円ほどの出資が集まったわけですが、この金額というのは想定通りでしたか?

鈴木 想定はなんとも難しかったね。これまでやったことがないことだから。「2億円を超えたら作れる、作らなきゃいけない」とは思っていたけど。そのラインはすぐに超えて、僕も覚悟が固まった。「10億円くらいまでいけばいいなあ」と思っていたんだけど、そこまでは行かなかった。

――キックスターターで出資を募るというアイデアはどのように生まれたのですか?

鈴木 マーク・サーニー(※)という知り合いがいて、その人に聞いたんだけど、『Republique(リパブリック)』というゲームでキックスターターを成功させたライアン・ペイトンという人に引き合わせてもらって、話をいろいろ聞いて、やってみようと思いました

※マーク・サーニー氏……『クラッシュ・バンディクー』などを手掛けたゲームクリエイター。

――キックスターターが成功し、開発が実現できて、本当によかったです。ゲーム内で見られる出資者からのメッセージを見て、「ああ、こんなに『シェンムーIII』を待っていた人がいたんだ、『シェンムー』が好きな人が世界中にいたんだ」と、思わず胸が熱くなって、涙ぐんでしまいました。

鈴木 英語、日本語を始め、いろいろな言語のメッセージがあるよね。鳥舞のホテルのフロントにある台帳は見た?

――えっ? 見ていないです。あの、フロントのおばちゃんのインパクトが強すぎて、つい。いつも頭にカーラーを巻いている……。

鈴木 あの人もすごいよね(笑)。

あの人。

――あそこでテレホンカードを買うと、昔の仲間たちに連絡ができるのもうれしかったです。ちなみに、声優さんって、変わっていますよね。

鈴木 ゴローの櫻井孝宏さん以外は変わっています。櫻井さんは藍帝の声も担当していますから、ゴローも合わせて録ってもらいました。ほかの方の声は変わっていますね。

――昔の国際電話ですから、ちょっと声の感じが変わっていても仕方がないということで……。ああいった前作とのつながりを感じられるシーンというのは、ほかにも登場しますか?

鈴木うん、それなりに。白鹿村では父親の巌の過去もかなり出てきたりするから。

――その白鹿村では、行きがかり上、かなりお金を稼がないといけなくなります。あれ、けっこう、キツくありませんか?

鈴木 アルバイトや釣り、ギャンブルや生薬集め、さまざまな稼ぎかたがあるので、いろいろと工夫して稼いでください。

――お金が必要になるのに、村の子どもが「おじいちゃんの薬代のためにグルッパをコンプリートして売りたいんだけど、ひとつだけ出ない……」って言い出して、男気のある涼ですから、そこは回すだろうと気軽に引き受けたら、あれがまたぜんぜん出なくて!

鈴木 確か、出やすさの設定が3段階くらいあるんだったかな?

――僕はあそこで一文なしになりましたよ!

鈴木 アッハッハ。それは珍しいですね(笑)。

監督・脚本 鈴木裕その作業とは

――「『シェンムーIII』はじっくりプレイしてほしい」と、よく語られていいます。

鈴木 いまはスマートフォンもあるし、手軽に時間を潰すというよりも、しっかりとゲームを遊びたい人が買ってくれるのかなと思って、時間を掛けて遊べるようにしました。

――裕さんは、制作には具体的に言うとどういうところまで携わっているのですか。

鈴木 ひと言で言うと、ディレクター。ただし、プロデューサー的な仕事もやっています。

――シナリオはどのくらいご自身で書かれるのでしょう?

鈴木 メインの会話、ストーリーの部分や意思を決定するところの会話、親密度会話と呼ばれる部分は書いています。街の会話やフリー会話など、数がひたすら多いところは、性格や血液型、家族構成などの設定を渡してほかの人に書いてもらっていますが、上がってきたものに手を入れたり、難航しているなと思うと引き取ったりもしています。

――シナリオについては、かなりの分量をご自身で担当されているのですね。

鈴木 ええ。

――僕が初めて『シェンムーIII』を試遊したときに、10数年ぶりの『シェンムー』で、「あの『II』のエンディングからどうなっているんだろう!?」と興奮した状態でプレイを始めたんですね。

 でも、そんな肩に力が入った状態でお店の前にあるマップを手に取ってみると、“生薬あるあるマップ”と書いてあって。生薬あるあるマップ……。

 僕の力みに反してこの力の抜け具合に「ああ、そうそう、この感じがシェンムーなんだよなあ」と、笑うやら、力が抜けるやら、なんだかうれしくなったんです。

 “生薬あるあるマップ”の名前は誰が決めたんですか?

鈴木 あれは……俺(笑)。

―― やっぱり!

鈴木 (ニコニコと笑っている)。

――そのほか、テキストの話題で言うと、本作ではアイテムすべてに細かな説明書きがありますよね。ニンニクにはとても栄養がある、というような。

鈴木 開発では“フレーバーテキスト”と呼んでいるものですね。

――あのテキストって、ゲーム的には必要がない設定ですよね。ゲームとしては“回復量どれだけ”とか、“売価どれだけ”という数値だけあればいいわけですし。でも、書いてある。

鈴木 だって、ないよりも、あるほうがいいでしょう?

――確かに。ただ、本作ではアイテムの種類がとても多いですから、書くのにも手間というか、コストが掛かりますよね。

鈴木 でも、ないよりあるほうが、おもしろいでしょ?

――確かに。

鈴木 (笑)。

――おもしろいと言えば、いちばん笑ったのは、僕はあれが最高にどうかしていると思ったいうか……常軌を逸していると感じたというか、簡単に言うと爆笑してしまったんですけど。

鈴木 “アレ”というと。

――莎花とできる、“顔ジャンケン”。

鈴木 アッハッハッハッハ、あれね!

――いきなり、あのクールな涼が、顔を思い切り広げて「パー!」って。

鈴木 ちょっと……シュールな絵ですよね(笑)。

――お腹を抱えて笑いました。

鈴木 少しやりすぎたかな、と、思わないわけではないですが(笑)。

――しかも、白鹿村で流行しているらしいと。

鈴木 ああいう電気を使わない遊びが、田舎っぽくていいかなと思うんです。“坊主めくり”ってあるじゃないですか、百人一首の絵札を使う。あれって、技術や知識の介在する余地のない、ゲームとしては運だけの“運ゲー”なんですけど、でも、お正月とかに家族や親戚と遊ぶと楽しいですよね。そういうのが、電気もない、いい田舎の表現になるかなと思って作りました。あれも別になくてもいいんですけど、そういう風に、プレイヤーの10人中ひとりでも、おもしろく引っかかって気に入ってくれる人がいればと。10個くらいそういう要素があって、何かひとつでも印象に残ってくれたらと。

――そういうものが積み重なって『シェンムー』の世界が構築されていくわけですね。あと、今回から、ゲーム中で調べられる箇所やアイテムに、“赤い渦”のような目印が出るようになりましたね。

鈴木 ええ。前作までの感想で、「どこを調べたらいいかわからなくて、クリアーできずにやめてしまった」っていう意見がけっこうあって。『シェンムー』においてリアリティーは大事な要素なので、世界の現実感とは相反するので少し悩みましたが、わかりやすさを重視しました。あの表現が完璧な正解だと思ってはいないし、満足しているわけではないんだけど。やっぱり最後まで遊んでほしいので。

――本作は発売にいたるまでに何度か延期をされて、とくに開発後半では「遊びやすくなるようバランス調整を行っている」と仰っていました。調整というのは、具体的にはそういったことを試して検証したりしていたのでしょうか?

鈴木 開発を延期して作っていた部分は、おもに3つありまして、バランス、バトルの調整と、ストーリーの追加です。とくにストーリーの追加に関しては、より“エモーションを動かすようなイベント”を加えようと。つまり、○○が○○○○○○る、あのくだり……。

――えっ。

鈴木 あ、まだ鳥舞に入ったばかりなんだっけ。もう少し後になるとさぁ……。

――アワワワワ! あーあー聞こえない!!(叫びながら自分の耳をふさぐ)

鈴木 (笑)。まぁ、イベントを追加したわけです。そして、絵でたとえると、いったんは全体の調和をとってバランスを取っていた構図に、ひとつ大きなものをさらに追加すると、それは、そこだけただ足せばいいということじゃなくて、やっぱり全体の構図から手直しをしたり、色を変えてみたり、すべてのバランスが取れるようにしないといけない。だから、そういう作業をずっと行っていたんですね。

新作発売で改めて聞く『シェンムー』誕生秘話

――裕さんが『シェンムー』というゲームを開発することになったきっかけを、改めて聞かせてもらえますか?

鈴木 うん、僕はずっとアーケードゲームの開発をしていたんだけど、それは平均のプレイ時間が3分になるように設定しなければならないんです。平均3分ということは、少しうまい人が20分間プレイしたら、別の人は1分半でゲームオーバーにさせなきゃいけない。そういうものをずっと作っていて、逆に“ひとつの長いプレイでメッセージを伝える”ということをやってみたくなったんです。だけど、長らくアーケードゲームの人間だったし、当時は家庭用ゲーム機のほうが性能が劣っているという時代で、なかなか踏み切れなかった。

――『シェンムー』はドリームキャスト以前、セガサターンの時代から開発を進めていたんですよね。

鈴木 そう。最初に、“桃のじいさん”という技術研究用のプロトタイプを作って、「これはいけそうかもしれない」と手応えを感じました。だけど、新規のRPGをいちから作るというのは、たいへんなことなんです。その世界やキャラクターを理解してもらって、好きになってもらわないといけないわけだから。そこで、既存のIP(知的財産)である『バーチャファイター』をRPGにして『バーチャファイターRPG』というものなら、主人公のアキラやパイなどのキャラクターをある程度もうみんなにわかってもらっているわけだから、いいんじゃないかと。

――もともとある『バーチャファイター』の世界で、RPGにしてみようと。

鈴木 そこで開発を進めていったわけですが、『シェンムー』のストーリーが中国になったのは、それが下地にあるからなんです。つまり、アキラが八極拳の使い手だから。『バーチャファイター』のエンジンやキャラクター、技といった資産を使えば、ラウもいるし、酔拳なんて使う人もいるし、キャラクターそれぞれに技が140個ずつくらいあって、舞台を中国にして、これを活かすことでローンチコストを下げられるぞ……という目論見があったんです。だから開発当初の物語は、いわば“プレ・バーチャファイター”。若いアキラが日本から中国に渡り、さまざまな経験を経て、立派な八極拳の使い手になるという。

――おお、『シェンムー』っぽい。では、そのまま『バーチャファイターRPG』ではなく『シェンムー』になったのは、なぜでしょうか?

鈴木 その研究をしているときにちょうど、家庭用ゲーム機の新しいものを出そうという話になり、私も開発に携わりましたが、ドリームキャストというブランニューなハードで出すことになった。新しいハードには、新しいタイトルの方がいいだろうということで、新規IPとしての『シェンムー』になったんです。でも、途中まで作ってあるものもあるので、まずは“アキラ”を“涼”に変えてみて、ゲームが成り立つのかやってみようと試してみて。そういうところから始まりましたね。

――しかし、あの規模、あのクオリティーを目指した作品をセガサターンで開発していたというのは、相当キツかったのではないですか?

鈴木 サターンでもいいところまで行っていたと思いますよ。「涼の顔はサターンのころのほうがよかった」と言われることもあります。

――確かに、E3 2015で発表した、『シェンムーIII』初出時の涼と比べると……そうかもしれません。

鈴木 あれはね……。本当は3Dモデルは出さずに、イラストだけで出そうか迷ったんだけど、クラウドファンディングもあるし、何もないよりもあるほうがいいだろうということで、出したんです。もちろんあのころのまま製品として出すつもりはなかったけど、それでもあれはあのときの精一杯でしたから、お見せしようということになったんです。

『シェンムー』が旅であるなら鈴木裕という旅人はどこへ行くのか

――ファンに向けて伝えたい想いはありますか。

鈴木 『シェンムーIII』はクラウドファンディングのこともそうですが、バッカーの皆さん、ファンの皆さんのサポートがあってこそ完成したゲームです。本当に改めてお礼を言いたいですね。皆さんに望んでいただける限り、『シェンムー』を作り続けたいと考えていますので、これからもぜひサポートを続けてほしいなと思います。

――以前のインタビューで「『シェンムー』を遊び終えたとき、旅を終えた後のような感覚を持ってほしい」と仰っていました。

鈴木 うん。

――裕さんにとって、『シェンムーIII』の制作とは、まさに旅のようなものだったのではないでしょうか。

鈴木 旅か……そうかもしれないね(笑)。