日本ではゲーム自体よりも総賞金額の多さで話題にのぼることが多いMOBAタイトル『Dota 2』。現在中国・上海ではその世界最強を決める国際大会“The International 9”(略称TI9)が進行中だ。今回、記者は幸いにも“Steam Chinaローンチタイトル” の取材と日程が重なったこともあり、同大会を取材することができた。
 そこで今回はまず現地の空気をリポートし、その上で『Dota 2』はプロスポーツ(つまり興行可能なスポーツ)だと記者が感じるに至った経緯について記したい。

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会場のMercedes Benz Arena。トーナメントも大詰め、週末ということで会場は満員だった。地元チーム応援のため、ファンは中国国旗を持参。
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数十人を覆う巨大な国旗を持ち込んだツワモノも。

 まずは同大会の概要から。今年の総賞金額は現時点で過去最高の3400万米ドル(約36億円)。課金アイテム“バトルパス”の売上の25%を大会賞金に加える形式を採用して以降上昇し続けている総賞金額は、今年も最高額を更新している。
 出場チームはこれまでの大規模大会で好成績を収めた12チームと地域予選を勝ち抜いた6チームの合計18チーム。トーナメントはグループステージとプレイオフステージ(ダブルイリミネーション形式、敗者復活あり)に分かれており、現在はプレイオフステージも最終盤、この日曜日が最終決戦という状況だ。優勝チームには総賞金額の45.5%と優勝トロフィ―“Aegis of Champions”、そして『Dota 2』世界最強の称号を手にすることとなる。

eスポーツ先進都市、上海

 記者は多少MOBAの心得はあるし、複数のeスポーツタイトルを追いかけているが、とても『Dota 2』世界大会の分析や解説ができるレベルにはない。そんな状態で自分が『Dota 2』ファンの読者にお届けできる最善のコンテンツは現地の空気だろう。
 大会が行われている上海といえば、中国におけるeスポーツの首都を目指している都市。そんな上海で世界最大級のeスポーツイベントが行われているのだから、ここで起きていることは現時点でのeスポーツ興行における見本市・モデルケース的側面もあるはずだ。

 「これは設備さえあればどこでもできる」ということはもちろん可能だが、ここまでの規模となると「できる」と「やる」では大きな違いがあるだろう。そして映し出したのがチームロゴだった点も重要だ。大会やゲーム自体よりも、シーズンを戦い抜いてきた各チームへの敬意を尊重しているのだから。またeスポーツ大会がゲーマーだけでなく開催都市に向けてチームロゴを示していくというのは、市民がeスポーツに親しんでいるおよび好意的である“下地”のある都市以外ではやろうとすら思えないのではないだろうか。
 なお、近隣のショッピングモールでは100インチを超える巨大スクリーンで大会CMが流れ、近くのカフェでも巨大モニターで試合中継を流していたことも付け加えておこう。上海市は国内のeスポーツチーム誘致などの活動に加え、それを受け入れる上海市民の意識も着々と育んでいるように感じた。

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カフェで大会が中継されている様子。
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近隣ショッピングモールでも大会のPR映像が流されていた。

 また、大会内容とは関係ないが、会場内でビールを販売しているのは小さくない驚きだった。いままで国内外で何度かeスポーツイベントを観戦しているが、観客がビールを買えるのは初めてだったからだ。それは地域の人にとってeスポーツ観戦が(たとえばプロ野球観戦と同列の)ふつうの営みなのだということを示す証拠とも言える。

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その一方で親子連れ観戦者もいるのはこの説を補強するものではないだろうか。

魅せる演出とテクノロジー

 eスポーツ大会でAR技術を活用する事例は珍しくなくなってきたが、一般的なのは任意の場所に画像を浮かべたりチームフラッグをはためかせたりする使いかただ。今回の“The International 9”では、ドラフト(ゲーム開始前のキャラクター選択)でAR(拡張現実)技術を使用し、2チームのあいだにある空間に選択したヒーローの3Dモデルがアニメーション付きで登場している。これから戦うことになるヒーローどうしが睨み合う構図はなかなか盛り上がる。かなりアップで映しても粗が見えなかったので、ゲーム内モデルの流用ではなく特別に誂えたものだろうと想像する。もちろんそんな美麗3Dモデルも現実世界では見えないので、会場にいる観衆は会場内の巨大モニターでその姿を見ることになる。

 アリーナ中央はベゼルレスモニター、プロジェクションマッピング、LEDライト、照明を組み合わせた演出がなされていたが、それぞれが単体で機能するのではなく相互補完的に使われていたところに、運営サイドの経験の厚みを垣間見た。

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 アリーナの外側には、ゲーム内のショップ名“秘密商店(Secret Shop)”という名を冠したグッズショップや原寸大のキャラクター像も用意されていた。とくに“秘密商店”の人気は凄まじく、いつ行っても数百人単位で行列ができていたため、けっきょく記者は最後まで中に入ることができなかったほどだ。

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会場外には巨大なゲートと出場チームのバナーが並ぶ。

『Dota 2』は広義のスポーツ、少なくとも大成功しているプロスポーツ

 以上、大会の概要と会場の雰囲気をお伝えしてきた。以後は、記者自身が“『Dota 2』はスポーツだ”と感じるに至った理由を書かせていただこう。

 日本における『Dota 2』プレイヤー人口が限られていることを考えると、ほとんどの読者はチームやルールを知らないと想定する。かくいう自分もそれほど詳しくない。
 そこで、ひとつ質問をさせてほしい。「あなたはお正月に駅伝を見るだろうか?」そして、「駅伝という競技を実際にやったことがあるだろうか?」。前者がイエスで後者がノーならば、あなたが“The International 9”を楽しめない理由はほぼ消える。競技経験がなくとも“ある前提条件が揃えば”人は広義のスポーツ(つまりeスポーツも)を楽しめてしまうからだ。

 「突然こいつは何を言い出すのだ?」、と思った方。確かに唐突だった。申し訳ない。記者が言いたかったのは“優れた技能を持つ者が全力で競う姿”(スポーツマンだ)と“そこまでのストーリー”があると、案外何でも楽しめてしまう、ということだ。

 実際、記者はMOBAジャンルの知識はそれなりにあるが『Dota 2』知識はほとんどない。だがそこに“これまでの因縁”や“応援したい選手”なんかが加わってくると、観戦し、興奮している自分に気づくのである。

 もちろん出場しているどのチームにも因縁や物語はある。だが日本語情報の少ない『Dota 2』シーンでも、日本語で楽しめる“物語”がある。今大会でグランドファイナルまで勝ち進んだチーム、“Redbull OG”だ。記者はこのチームのことをRedbullが公開した長編ドキュメンタリー“Against the odds”(ざっくり訳せば“逆境に立ち向かって”か)で知った(@hahaha121氏、紹介ありがとう)。そして動画を見終えたときには、OGのファンになっていた。

eスポーツも『Dota 2』も知らなくて大丈夫。事実にもとづくこのドキュメンタリーは、ただひたすらに少年漫画以上の友情、団結、勝利を見せてくれる。2時間近くある動画だがへたな映画よりずっとおもしろいし、日曜日のTI9グランドファイナルがずっとずっと楽しめるようになるはずだ。もちろんこれを見たからといってOGを応援する義務はない。ただこれを見れば、『Dota 2』に、“The International”に熱狂する人の気持ちが分かる人は多いはずだ。

 記者は本稿を書く前にグランドファイナル進出を懸けたPSG vs OG戦を現地観戦してきた。そして試合内容と同じくらいじっくりと、試合を応援するファンの顔を見続けた。彼らの表情と歓声は、野球ファンやプロレスファンと何ら変わらなかった。歓声があり、ため息がある。こうして記者は、これがプロスポーツだと勝手に確信した。

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 種目が何であれ、人生を賭けるほどの努力を注いだ選手が苦難やプレッシャーを乗り越えて勝ち上がってくる姿に、人は熱狂する。
 それが箱根駅伝であれ、4年に一度行われるスポーツ競技会であれ、もともとはファン制作のMODとして生まれたゲーム(『Dota 2)のことだ)であれ、この事実は変わらない。

 しかも、会場でビールを売っているのだ!

 もちろんこれは、ただ運よく現地に行くことができた人間の個人的意見に過ぎない。だから皆さん、日曜日は“The International”を見て、その目で判断をしてみてほしい。

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OG vs PSG LGD戦終了後の様子。握手を交わす選手たち。

 なお会場には日本で『Dota 2』イベントを開催するなど精力的に活動しているMara氏も訪れており、公式放送にもたびたび出演している。氏が世界に向けて放ったラップやコメントが気になる方は、Mara氏のTwitterや公式放送のVOD(録画)をご確認あれ。