ファミ通ドットコム内にある、ゲーム業界専門の求人サイト“ファミキャリ!”。その“ファミキャリ!”が、ゲーム業界の最前線で活躍している、各ゲームメーカーの経営陣やクリエイターの方々からお話をうかがうこのコーナー。今回はコロプラを訪問した。
 

“ファミキャリ!会社探訪”第75回はコロプラ

 このコーナーには2度目の登場となるコロプラ。位置ゲーのパイオニア『コロニーな生活』以降、『クイズRPG 魔法使いと黒猫のウィズ』や『白猫プロジェクト』、そして最近では豪華クリエイターが参加した大作RPG『最果てのバベル』など、個性的な話題作を配信してきた。今回は、同社の社内体制の変更により、新たに設置されたアート本部から、第1制作部の伊藤大輝氏、丸野未奈氏、第2制作部から南敬介氏、渡邊英樹氏の4名に、アート本部を設立した目的や意義について伺った。

伊藤 大輝(いとう たいき)

アート本部 第1制作部 部長 デザイナー

丸野 未奈(まるの みな)

アート本部 第1制作部 マネージャー デザイナー

南 敬介(みなみ けいすけ)

アート本部 第2制作部 部長 デザイナー

渡邊 英樹(わたなべ ひでき)

アート本部 第2制作部 マネージャー デザイナー

プロジェクトごとにアートを強化

――みなさんの簡単な経歴から教えてください。

伊藤私はコンシューマーゲーム会社で働いていまして、2013年にコロプラに入社しました。もともとモーションデザイナーを務めていて、コロプラでは入社直後から『白猫プロジェクト』に参加して、モーション周りをメインで担当いたしました。

――『白猫プロジェクト』にはリリース後も関わり続けられたのですか?

伊藤リリース後1年半ほどは『白猫プロジェクト』に関わっていました。そのなかでマネージャーに就任し、『白猫プロジェクト』から『ドラゴンプロジェクト』の開発に移るタイミングで部長に就任しました。当時は『ドラゴンプロジェクト』のほか、『クイズRPG 魔法使いと黒猫のウィズ』(以下、『黒猫』)も担当していました。『ドラゴンプロジェクト』のリリース後、また『白猫プロジェクト』の担当に戻り、そこから2ヵ月ほどで組織変更があって、クリエイティブ本部という部署が立ち上がりました。

――クリエイティブ本部というのは、どのようなものなのですか?

伊藤社内のエンジニアとデザイナーが全員所属する部でした。そのなかで、第2デザイン部という3Dデザイナーが全員所属する部署の部長を務めていました。このときは特定のプロジェクトをメインに持つという形ではなく、全プロジェクトに関わりつつ、メンバーのアサインなど、広く組織の運用を担当してきました。そのクリエイティブ本部が2年ほど続いて、今年の3月に、いまの組織であるアート本部というものが立ち上がりました。

――それで所属もそちらに移った、と。

伊藤そうですね。アート本部の第1制作部で、引き続き部長を務めています。アート本部というのはクリエイティブ本部とは違い、プロジェクトに紐づいた組織の作りかたになっています。第1制作部では、『白猫プロジェクト』とそのほか未発表の新作を担当しています。人数的には『白猫プロジェクト』がかなり多いので、第1制作部はほぼ『白猫プロジェクト』のメンバーで構成されているような感じです。

――続いて南さんの経歴はいかがでしょうか?

私は現在、アート本部の第2制作部で部長をさせていただいております。経歴としましては、CGアニメーションやCM、映画など、映像制作会社に10年ほど勤めたあと、4年ほど前にコロプラに入りました。最初は『東京カジノプロジェクト』でモーションを担当、その後『白猫テニス』の開発に移りました。そちらでもモーションを担当していました。

――部長という立場になるまでにはどのような経緯があったのですか?

『白猫テニス』をリリースしてすぐ、マネージャーに就任しました。その後にクリエイティブ本部が立ち上がり、伊藤ともいっしょに仕事をするようになりました。『白猫テニス』の3Dを全体的に統括しながら、マネジメントをしていました。そこから2年ほどしてアート本部ができ、そのタイミングで第2制作部の部長を任されました。いまは『白猫テニス』と新作の立ち上げに関わっている状態です。

――なるほど。では渡邊さんは?

渡邊第2制作部のマネージャーをしています。私は、20年以上ゲーム業界歴があるのですが、もともと大学ではケミカルを専攻していました。大学院でケミカルの勉強をして、化学材料メーカーの研究所に3年ほど勤め、そこからゲーム業界に入りました。

――化学系からゲーム業界というのは意外です。ゲーム業界のキャリアでは、これまでどのようなことを行われてきたのですか?

渡邊さまざまなことを経験しました。最初は映像を作り、ゲーム制作会社に入ってからはキャラクター全般をやってきました。いちばんキャリアが長いのはモーションですが、それ以外にもキャラクターデザインからモデルセットアップ、演出など、いろいろやってきました。場合によっては、シナリオのプロットを書いたり(笑)。

――コロプラに入社されたのはいつごろでしょうか?

渡邊5年前の6月ですね。最初は『東京カジノプロジェクト』の開発に入って、それを4年前の3月にリリース。その後いまの上長の南が入社してきました。『東京カジノプロジェクト』リリース後は『バトルガールハイスクール』の開発に呼ばれたのですが、モーションデザイナーがいないという話を聞いていて、そんなはずはないだろう、と思って行ったら本当にいなかったんですよ(笑)。3年ほど運用に関わって、いまは新作を開発中です。まだ発表していないのでタイトルなどは申し上げられないのですが、そちらで3Dや2Dのキャラクターを中心に見ています。

――では、最後に丸野さん、お願いします。

丸野第1制作部で伊藤の下でマネージャーをやらせていただいています。前職は映像制作会社だったので、テレビCMや映画、テレビドラマなどのCG制作をおもに行っていました。5年ほど前にコロプラに入社しまして、リリース直後の『白猫プロジェクト』にアサインされて初めてエフェクト制作を行い、そこからはずっとエフェクト制作を行っています。

――ずっと『白猫プロジェクト』の開発、運用に携わられていたんですか?

丸野『白猫プロジェクト』を1年ほど制作した後、3ヵ月間だけ『黒猫』でカメラワークとエフェクトを担当し、その後『白猫プロジェクト』に戻るタイミングでマネージャーとなりました。おもにエフェクトのチェックであったり、エフェクト班と3Dキャラ班のマネジメントや、チーム内で3Dについて何か困ったことがあったときの相談役を務めています。

――みなさん、だいたい4、5年前に転職されたようですが、コロプラに転職した理由は何だったのでしょうか?

伊藤私がコロプラに来たタイミングでは、スマートフォンゲームがまさに上り調子という感じだったんですよ。前職はコンシューマーゲーム会社でしたが、後半ではスマートフォンゲームの制作にも携わっていました。少数精鋭で開発する感じであったり、ユーザーさまの手に届くまでのスピード感であったり、自分自身の裁量が大きいという実感があっておもしろいなと思っていました。
 そんななか、コロプラに勤めている知り合いが声をかけてくれて、まずは見学に、という話になりました。実際に会社の状況や皆さんが開発しているところを見ると、すごくフランクで楽しそうなのが印象的でした。そこまで転職活動をするという感じではなかったのですが、その時点でコロプラに行こう、と思いました。

――第一印象がよかったわけですね。

伊藤そうですね。見学に行ったときに、現在のアート本部の管掌役員兼本部長である森先が出てきてくれて、そこで話をしたときもフランクに話ができて、本当に雰囲気がいいなと思いました。僕としてはただ見学するつもりだったんですけど、森先と話をしているうちにだんだんと面接のような感じになりまして(笑)。

――スピード感があるお話ですね。南さんはいかがですか?

前職で映像を制作していたときには、UnityやUnreal Engineのような、リアルタイムエンジンを使った映像が話題になり始め、映像業界でもそうした案件を相談されることが増えていました。そこでリアルタイムを自分で勉強しようと思ったのですが、実際にやってみるとやっぱり難しくて、やるならそういったエンジンに強い会社に思い切って行くべきだな、と考えました。

――そこでゲーム業界への転職を考えられた?

そこまで強くゲーム業界……と限定はしていませんでしたが、UnityやUnreal Engineを使っているのはほぼゲーム系の会社でしたね。実際にコロプラはそれらを使ってゲームを作っていましたし、3Dにも強そうだなと思ったので、そこで決めました。

渡邊私もきっかけは伊藤に近く、前の職場ではガラケーのゲームやシミュレーションのゲームを作っていました。私としては、3Dの仕事がしたかったのですが、当時その会社では3Dの仕事がなかったんですね。UnityやUnreal Engineを使って3Dのアプリを作っているところはどこだろうかと考えて、前の職場を辞めたのが2014年の4月末で、その3月にコロプラが『スリングショットブレイズ』という3Dのアプリを出していたんですよ。それでこの会社はちゃんと3Dでアプリを作っているから受けてみよう、と思いました。つぎの職場が決まる前にすでに前職を辞めているんですよね。2Dの勉強などももう1回やり直そうかなと思いながら就職活動を進めていたら、通ってしまいました(笑)。

――ちなみに、3Dでアプリを制作しているという部分以外で何か大きなポイントはありましたか?

渡邊当時コロプラが出していた『プロ野球PRIDE』など、複数のアプリがランキングの上位にランクインしていて、ヒットゲームを量産できる会社であるところに魅力を感じました。ひとつだけがすごく売れても、一発屋になってしまうと後で困りますが、量産できるということはそれだけ力があるということですからね。強い印象として残っています。

――丸野さんは南さんと同様に、映像からゲーム業界へ、異業種への転職ですね。

丸野私は転職当時、27歳ぐらいだったので、別の会社も見てみたいという思いや、それまでは映像系だったので、まだやったことのないゲーム系の仕事もしてみたいという考えがありました。複数の会社を受けてはいたのですが、コロプラを受けた理由はみなさんも言った通り、当時3Dを使ってモバイルゲームを作っている会社が珍しかったんですよね。しかも『スリングショットブレイズ』や『黒猫』などのヒット作を複数出していて、渡邊も言っていたように、一発屋ではなく、何本もヒットさせていることがすごく印象的でした。そこでコロプラを受けて、内定をいただくことができた、という感じですね。

会社の規模は大きくなっても、現場の意見が開発に活かせる

――みなさん順調に転職されたわけですね。コロプラさんに入社されて、実際に中で働いてみてのご感想はいかがでしたか?

伊藤じつは私は知り合いに誘われるまで、コロプラのことはほとんど知らなかったんですよ(笑)。入った後の印象は、人のよさをすごく感じましたね。当時から採用の際には素直さといったところを見ていると聞いていました。実際に自分が採用する側の立場になっても重視していることですが、本当に話しやすい人が多いです。
 ゲーム開発の現場というとピリピリしていることも多いと思うのですが、コロプラではそういったことがほとんどなくて、とにかく働きやすいですね。入社当時からすると人数的には数倍になりましたが、それでもその雰囲気は変わっていないと思います。

僕は映像業界から入ったので、そもそもゲーム業界に対するイメージがありませんでした。最初に参加した『東京カジノプロジェクト』は割と映像業界出身の人が多く、ゲーム業界に初めて来た状況の中でもちゃんと役割を与えられて、それをまっとうできたと思っています。そういった意味で、私も働きやすい会社だと思いました。こちらの話も聞いてくれるし、何も知らないのにいろいろとしてくれて、助かりましたね。

渡邊前職では200人規模の会社に勤めていました。コロプラは、自分の入社時でもその倍の400人以上のスタッフがいましたので、「大きい会社のぶん動きづらいところもあるのかな」と思っていたんですよ。実際は、『東京カジノプロジェクト』の開発初期から参加し、少人数で「これから作っていくぞ」という段階だったこともあって、働きやすかったですね。
 もちろん会社としては大きいんですけど、プロジェクト単位で考えると非常に動きやすい環境だと思います。それから、コロプラの場合は社長の馬場(※コロプラ 代表取締役社長 馬場功淳氏)がゲーム開発をやってきた人間ですから、開発者の目線や開発者がどういうことで困るのかをちゃんと理解してくれています。これはすごく印象的でしたし、開発の現場としても、話がスムーズに進むので、やりやすいですね。

丸野私がいた映像業界の場合は、監督やクライアントありきで進むのが当然でした。こちらからやりたいことを提案することはできるのですが、最後に決めるのはやっぱり監督さんなどになります。コロプラの場合は、いろいろな人が裁量や意見を持って決めていけるんだな、というのがいちばん驚いたことです。

――現場の意見を反映させることができる、と。

丸野社内では、つねにどこかで誰かがその場でミーティングをしているような感じなんですよ。上からの指示に沿って作るのではなくて、現場に関わる人が作ったものがあって、そこで決まっていく。自分たちで思ったことを作っていけるというのは、おもしろいなと思いました。

――フレックスタイムの導入もされているようですが、福利厚生についてはいかがでしょうか?

昨年の2月に働きかた改革を導入して、フレックスタイムで働けるようになったんですが、22時以降の残業や休日出勤を原則禁止とすることで、全体的に社員がプライベートの時間を持てるようになったんじゃないかな、と思います。

伊藤そのほかに、“Kuma SPA”と言われるマッサージ制度ですね。免許を持った整体師の方がしっかりとマッサージしてくれます。自分自身、首や肩の凝りがかなりひどいタイプなので非常に助かっています。