声優、歌手として活動する今井麻美さんの歌手活動10周年を記念したインタビューをお届け。

 声優、歌手として活動する今井麻美さん。2009年4月22日に1stシングル『Day by Day / Shining Blue Rain』で歌手デビューした今井さんは、2019年4月22日で歌手活動10周年を迎えた。本記事では、10年間の思い出や、声優であり歌手であることへの想いなどを語っていただいた、インタビューの模様をお届けする。

今井 麻美(いまい あさみ)

5月16日生まれ。山口県出身。『アイドルマスター』シリーズ(如月千早役)を始め、『シュタインズ・ゲート』シリーズ(牧瀬紅莉栖役)、『超次元ゲイム ネプテューヌ』シリーズ(ノワール/ブラックハート役)など多数の作品に出演。2019年は、歌手活動10周年に加えて、声優活動20周年を迎えるメモリアルイヤーとなっている。

――まず、歌手活動10周年を迎えた率直な気持ちを聞かせてください。

今井私がロングスパンで物事を考えない故に、10年も続けられるなんて思いもよらなかったです。「10年間を振り返ってどうでしたか?」と聞かれると、あっという間だった気もしますし、不思議な感覚だなと思います。子どものころの10年とは間違いなく、違った10年でしたね。

――10年前に歌手活動を始めるというお話を聞いたときのことを覚えていますか?

今井いま、私が所属しているEARLY WINGの前身となる事務所のスタッフさんから「5pb.さんから曲を出さない? と言われているけど、どうする?」みたいな、軽いノリで報告されました(笑)。じつはその前にも「歌を出しませんか?」というお話をいただいたことがなくはなかったんですけど、途中で頓挫してしまって。当時はそのほかにも、すごく期待していたものが、ダメになってしまってへこむというようなことが多かったので、興味のあることでも、すぐに飛びつくような習性をなくしていたころだったんです。なので、「お話を聞いてみてからですかね?」と少しだけ期待をしつつも、不安のほうが大きかったのかなと思います。

――それは、また頓挫してしまうのではないかという不安ですか?

今井それもありますが、「私なんかが、本当に歌手活動を始めていいのかな?」という不安ですね。当時の私は『アイドルマスター』シリーズで、たくさん歌を歌わせていただいてはいたのですが、歌手として活動するには、声優としての知名度がぜんぜん足りなくて。声優として自信を持って、「こういう作品に出ています!」と言えない状況で、歌手活動を始めることに対して引け目を強く感じていたので、すごく悩みました。でも、基本的には“長い物には巻かれろ”というか、ふわっとすぐに受け入れてしまうタイプなので、キャラクター以外で歌うのがどういうことなのか、まだわかっていないという不安や心配はありつつ、「お声を掛けていただいたからには、がんばろう!」みたいな感じでした。

――濱田さん(※今井さんの歌手活動のプロデューサーを務める濱田智之さん。文中は濱田)にお聞きしたいのですが、どういった経緯で今井さんをプロデュースすることにしたのでしょうか?

濱田智之さん(以下、濱田) もともと、『Ever17』の楽曲を誰かに歌ってもらおうという話がありまして、「どうしようかな?」と思ったときに、知り合いの方に相談して、4人くらい候補をいただいた中のひとりが今井さんで。

今井「この人、知ってるから、この人でいいよ」って言ったんです(笑)。

濱田 端的に言うとそういうことです(笑)。でも、今井さんとは、それ以前にいっしょに仕事をしていて(※)、そのときに歌も収録していたので、どのくらい歌えるかや、声質を知っていたので。

※濱田さんがサウンドプロデュースをしている、プレイステーション2用ソフト『センチメンタルプレリュード』に今井さんは永瀬藍子役として出演。

今井それでもふつうはオーディションをしますよね?

――ということは。

今井一切なかったです。だから、たぶんそこまで熱心には選ばれていないのかなと(笑)。でも、そういう意味ではノリの波長が合うような気もしました。

――以前の仕事の際に魅力的に感じられていたということだと思いますよ。今井さんも不安はありつつも、歌手活動を始められることはうれしかったんですよね?

今井そうですね。歌を歌えること自体はうれしかったです。それに、そのときにいただいた楽曲が『The Azure~碧の記憶~』と『It's a fine day』の2曲だったんですけど、どちらもすごく好きな曲調だったので、「ラッキー!」と思いました。

――そこから歌手活動がスタートしたわけですが、声優であり、歌手であることについてどのような印象でしたか?

今井いまと昔とではだいぶ感覚が変わりましたね。それこそ、先日、スフィア(※声優の寿美菜子さん、高垣彩陽さん、戸松遥さん、豊崎愛生さんによる4人組みユニット)が10周年だと聞いて、「歌手活動としては、スフィアと同い年なんだ」とうれしい気持ちなりました。ただ、10年前はそのクラスの人たちがようやくCDを出せるという時代だったということでもあるんですよ。それより前になると、田村ゆかりさんだったり、堀江由衣さんだったり、私たちからとってみればトップスターのひと握りの方たちだけが音楽活動をされているというイメージがすごく強くて。だからこそ、当時の私はまだ声優として何も残せていないと思っていた時期だったので、恥ずかしいではないですけど、胸を張って「声優兼歌手です」と言えるビジョンはまったくなかったです。それが言えるようになったのは、ここ2~3年ですね。年齢を重ねて図太くなったというのもあるのかもしれませんが、長く続けることは、物を残していくことと同等の価値があるものなのだと、最近すごく感じるようになったんです。それこそ、先日、新曲のプロモーションでラジオ局に行ったときに、ソロ曲が100曲以上あることや、歌手活動が10周年であることをお話していたら、「えっ! そんなにたくさん出していらっしゃるんですね」とか、「10年も続けていらっしゃるなんてすごいですね」と驚かれていて。音楽業界でも10年続けるというのは、すごいことなんだなと実感しました。声優活動をしながら歌手活動を10年続けるということについても、どちらかを途中で挫折していたら、どちらも頓挫していたと思うので、続けることはとても大事なことなんだということを噛み締めているからこそ、いまは「(声優と歌手の)両方やっています」と胸を張って言えるのかなと。

――では、声優であり、歌手であることの利点などはあると思いますか?

今井私の場合は、卓球などのラリーに感覚が近くて。たとえば、声優という柱と歌手という柱があったとして、いまやっている仕事によって、球がポンポン飛んでいくんですよ。それが声優のところにあるときは、直前の歌手活動のスキルがすごく活かされるし、逆に歌手のところにあるときは、その前の声優で培ったスキルが活かされるという、ずっとラリーをしているイメージです。そういう意味では、それぞれの足りなかった部分が両方の活動を続けることによって、どちらも補われていくのを体感していった10年だったので、どちらかが欠けていたら、いまの私はないと思います。

――先日行われた、キャラソンJAPANの東京公演はまさに声優であり、歌手であることの集大成のように感じました。さまざまなキャラクターとして歌うという意味でもそうですが、『Fly High!』でのノワールとブラックハートを切り替えながら歌われていたのには驚きました。

今井あれは本当に思いつきでやったんですけどね(笑)。『ネプテューヌ』シリーズの楽曲は、同じ曲でも複数のバージョンが存在するんです。どのバージョンで歌うのかは私が決めたわけではなく、制作チームをはじめとするスタッフの方たちが選ばれて、ノワールのバージョンに決まったのですが、リハーサルで歌っていたときにブラックハート様が「ちょっと、私にも歌わせなさいよ!」と怒っている気がして。それで、急遽『Fly High!』をノワールとブラックハートのふたりで歌ってみたら、PAさんがいつも私の個人ライブも担当してくださっている方だったので、「あれは本番ではやらないですよね?」と渋い顔をされました(笑)。というのも、声の出しかたによって音響の調整が変わるので、ノワールとブラックハートを切り換えながら歌うと、そのたびに調整を変更する必要があるんです。しかも、どこをどういうように歌うのかは私の気分次第で、事前に決めていたわけではなかったので、私の一挙手一投足を見ながら調整してくれたのですが、終わった後に「ちょっとあれは無茶だったよね」と笑っていました。

――でも、その甲斐あってファンの方の評判はよさそうでしたね。

今井そうですね。今回、歌わせていただいた楽曲の作品は、私という人間を作るにあたって欠かせない、本当にお世話になってきた作品ばかりでした。そういう意味で、キャラソンライブというものに出させていただくからには、感謝を伝えたいという気持ちと、1曲1曲を妥協はしたくないという想いがありました。

――こういったライブへの出演も含めて、10年間でさまざまなイベントやライブを行われてきましたが、とくに印象に残っているものはありますか?

今井やっぱり、2012年の沖縄アコースティックライブですかね。あのときが、音楽って楽しいと思わせてくれたライブだったんです。それまでは、とにかく必死で一生懸命に歌っていただけだと思うんです。それは決して悪いことではないのですが、本番中に「楽しい!」と思えたのは、あの沖縄のライブが初めてで。会場が鍾乳洞の中だったので、音が共鳴して自分に帰ってくるんですよね。その感覚がすごく心地よくて、楽しく聴きながら歌っていたら、「もっと表現を深めたいな」という欲が出てきたような気がして。それ以来、もっと音を聴いてどういう風に音楽を表現したらいいのかということを模索し始めたように思います。

――今井さんはインタビューなどで、“アコースティックライブは自身を成長させてくれる場所”と話されていますが、それがキッカケだったんですね。

今井そうですね。それまでは、個々の楽器の音の区別もできなかったですし、上手いとか下手とかもわからず、好きとか嫌いくらいの感覚しかなくて。でも、あのときに、そのなんとなくしか捉えていなかったものを、知識を得たり、経験を積んだりして、ちゃんと理解することで、もっと音楽が楽しめるんじゃないかと感じたんですよね。

――なるほど。2019年3月9日には、多摩六都科学館にて、MISSION(※俳優の福士誠治さんと、作曲家の濱田貴司さんによるユニット)とのプラネタリウム朗読劇も行われましたが、こちらも10年間の活動の中でも新しい試みでしたよね。実際に会場で完成したものを聴いてみていかがでしたか?(※)

※今回の朗読会は映像演出の都合上、本編は収録音声となっており、出演者も来場者といっしょに客席で鑑賞していた。

今井絶句しましたね。まず、多摩六都科学館という場所に初めて行かせてもらったんですけど、想像を絶するプラネタリウムでした。以前、私がファンクラブ会員向けに朗読会を行わせていただいたサハトべに花や、子どものころに行ったところとも違っていて、映像が3Dのように見えたのが衝撃でした。私はいちばん後ろの席に座っていたのですが、最初の大きな宇宙船みたいなものが出てくるシーンでは、本当に手が届きそうで、思わず手を伸ばしてしまいそうになって(笑)。声を収録してときには、映像などはまだなかったので、私たち出演者は想像だけで収録していたのですが、本番は映像、音楽、演出などがいろいろなものを高めてくれて、想像以上でした。先ほど、お話した通り、私は過去にもプラネタリウムで朗読会をしたことがあったのですが、今回のように映像と朗読が合わさった形は初めてで、ある種、私の理想に近いなと感じました。

宣伝担当の藤本さん(以下、藤本) 今井さんがAIを演じていたのも、ファン的にはうれしいポイントだったのかなと。

――『シュタインズ・ゲート ゼロ』で、AIのアマデウスを演じられていましたからね。

今井今回は祁答院さん(※『コープスパーティー』シリーズなどを手掛ける祁答院慎さん)がシナリオを担当されていたので、アマデウスを意識していることはわかってはいたんですけど、収録のときにあまりにもロボット感が強過ぎるのかなと思って、何度も確認しました。でも、現地で聴いてみたら、自分が心配していたよりかは、すごく聴きやすくて。私はそういうところは素直で、自分が出ていた作品だけど「めっちゃいい!」と思いました(笑)。ただ、私だけ何役も演じることになっていたのは、鬼かなと思いましたね。しかも、ぜんぜん違う役とかではなくて、ふつうの女性ばかりで「大丈夫かな?」と心配だったんですけど、やるしかないなと。

――4役ぐらい演じられていましたよね。それぞれ演じ分けられていて、さすがでした。ちなみに濱田さんも出演されてましよね?

今井そうなんです! 私がディレクションしたんですけど。

濱田 めちゃくちゃリテイクされました(笑)。

今井もっと厳しくやればよかったですね。でも、濱田貴司さんが想像以上に上手でビックリしました。

――やっぱり、濱田貴司さんも出演されていたんですね。

濱田 僕以外の男性の声は貴司さんですね。

今井貴司さんは、ふだんしゃべっている声と、演技でやっていた声とでは、違うトーンを使っていたので、私でも最初はわからなかったです。

――楽曲にもおもしろい仕掛けが用意されていましたよね。福士さんと今井さんのソロ曲がそれぞれ流れたと思ったら、じつはひとつの曲だったという。それがすごくよかったです。

今井正直、皆さんがどういう風に受け取るんだろうと心配なところだったので、そう言っていただけてよかったです。でも、私たちよりもたいへんだったのは、私の楽曲の作詞をしてくださった、森由里子さんだと思います。由里子さんに失礼な言いかたになってしまうのですが、福士さんの楽曲と合わせて聴いた瞬間にマジで天才だと思いました。これは本当に難しかったと思います。

濱田 先に出来上がっていた、福士さんの楽曲と中途半端にハモっているからね。そこは歌詞を合わせないといけないし。

今井合わさっているところは、ミュージカルに近いので大丈夫なんですよ。でも、前半から中盤に私と福士さんが完全にいっしょに歌っているところがあって、そこはメロディーがぜんぜん違うので、歌詞を似たような内容にしてはいけないんですよね。そもそも、歌詞の世界観的も福士さんの曲と、私の曲では視点が違うので。それで歌ってみて感じたのが、おそらく由里子さんは、なるべく福士さんのジャマにならない言葉を選んでくださっているんですよ。

――被らないようにという感じですか?

今井いや、いわゆる輪唱みたいな作りかたではなく、完全に同時再生なので、どうやっても絶対被るんですよ。同時に違うメロディーを歌って、伴奏がいっしょなだけなので。そうしたときに、向こうの言葉を殺さない言葉を選んでくれていると私は感じたんですよね。たとえば、子音が強くない言葉を選んでいたり、どっかぶりしているところに破裂音を使っていなかったりとか。だから、私も強弱をあまり付けずに、わざと言葉を鮮明に歌わないようにしたほうが、ふたつの曲が合わさったときに、ぶつかりにくいのかなと思って意識しました。私も福士さんもわりとガッツリ歌う系なので、先に福士さんの楽曲が出来上がっていたからこそ、そこはすごくこだわりましたね。

 ただ、あまり強弱を付けずに歌ってしまうと、今度はソロになったときに映えないんですよね。そのさじ加減がすごく難しくて。最初はソロで歌っていたのですが、途中で福士さんのものを聴きながら歌うようにして、その後、福士さんの声を外して聴いて、ソロ曲としても、福士さんの楽曲と合わさった曲としても成立しているのか確認しました。物語で演じたキャラクター的にも私は見守る側だったので、私があとの収録のほうが合っていたと思いますし、そういった経験もあまりなかったので楽しくて、得した気分でした。

――楽曲の制作にはそんな苦労があったんですね。

今井でも、このプロジェクトですごいのは由里子さんだけじゃないんですよね。もちろん、歌詞をうまく当てはめてくれた、由里子さんのセンスがすば抜けてはいるんですけど、それと並行してこのプロジェクトをうまくまとめていた人がいるはずですよね。それが誰なのかと考えたときに、祁答院さんのストーリーが半端ないなと思いました。

――確かに朗読会なので、プロジェクトの鍵を握る部分ですよね。ちなみに、どういう順番で作られていったのですか?

濱田 まず、福士さんの楽曲の作詞と朗読のストーリーの制作がスタートしました。だから、どちらが先とかではなく、「よーい、ドン」で貴司さんと祁答院が同時に作り始めて、物語の第一稿を見て意見を出し合って、お互い修正していったという感じです。

今井だから、けっきょく今回の楽曲をまとめているのは、ストーリーなんですよね。そのストーリーが過不足や違和感がなく、すべてが引き立つように構築されているからこそ、曲を3段くらい上のランクに引き上げているところがあって。そこのバランス感覚がすごくて、「祁答院、天才だな」と思いました。本当にこの現場は天才ばかりで、貴司さんもすごいし、福士さんもすばらしいし、濱田さんも実力を発揮するときは半端ないので。私の楽曲の作曲は濱田さんが担当しているのですが、本当に難しかったと思うんです。じつは、出来上がるまでにはすごく時間が掛かって、なかなか届かなかったんですけど、それも納得だなと。あと、溝口くん(※福士さんの楽曲の作詞を担当した溝口貴紀さん)の歌詞もすばらしいし、多摩六都科学館のプラネタリウムも天才的だし、映像もすごかったし、私だけが凡人だなと噛み締めていました。

――いやいや、今井さんもすごいと思いますよ。5月29日には朗読と楽曲に加えて、イベントでは披露されなかったアナザーストーリーを収録したCDが発売されるんですよね。

今井そうですね。当日来られた方も、そうでない方も、ぜひ聴いてほしいです。

――話は変わりまして、今井さんはライブやイベントなどで、歌っているときとしゃべっているときのギャップがすごいなという印象があるのですが。

今井えっ!? 自分の中ではそんなに変わっているつもりはないです。

濱田 えっ!?

――でも、発売記念イベントなどで、笑い話をした直後にバラードを歌ったりしますよね?

今井あれは必死です(笑)。ライブ会場で歌うときは、衣装や照明などがあったり、自分の世界に没頭しやすい環境が整っているのですが、発売記念イベントの会場はそうではないので。歌手活動を始めたころは、そういった環境の中で『シャングリラ』や『花の咲く場所』といった楽曲を歌うことが難しくて、電気を消してもらって歌っていたりもしました。でも、電気を消さなくても歌えるようにならなければと思って、最近は環境が変わらなくても、なるべくスイッチを入れられるように意識してはいますが、自分の中ではそんなに変わっているつもりはないので、いま言われて「そんなになのかー」と思いました。

――確かに初期のころはそうでしたね。でも、さまざまなイベントやライブがありますが、その中でもトーク&ミニライブの形式の発売記念イベントがいちばん好きなんですよね?

今井そうですね。たった1時間のイベントなんですけど、新曲をほとんど初めてに近い状態で披露する機会だったりもするので。歌いながら自分の中でイメージを作っていったり、何の気なしにしゃべっている中で発見があったりしますし、何より皆さんが元気に来てくださる姿を見ると、ホッとするんですよね。あと、たまには握手会やお渡し会をやってほしいという意見をいただくこともあるのですが、私がめちゃくちゃ寂しいんです。

――寂しいですか?

今井私の性格の問題だと思うのですが、数秒くらいしかしゃべれないじゃないですか。だからこそ、その限られた時間の中で満足してもらえるように、つぎに来る方を見て、よく見かける人なのか、初めての人なのかということを頭をフル回転させて瞬時に判断しているんです。そうして、私から「久しぶりですね」とか、「初めましてですよね?」と、少しでも話しやすい状況にして、前段階を取っ払って本題に入ってほしいなという気持ちで臨んでいます。それはそれでやっているときは楽しいのですが、終わった後にすごく寂しくなるんです。話し足りないというか、「あの人の話をもっと聞きたかったな」と思ったりするんです。でも、トーク&ミニライブの形式では、私が話したり、歌ったりしたことによって、皆さんに満足してもらうというのが、いちばんのプライオリティになるんですよね。そこに対して、満足できるかできないかが、私の勝負になっているので、そういう意味では満足感を得ることが多くて楽しいんです。

――トーク&ライブが多いのはそういう理由だったんですね。続いて、作詞についても伺えればと思います。今井さんはこの10年間で数多くの楽曲を作詞されていますが、作詞するときに意識していることはありますか?

今井作詞をする前はいつも「どうか、いい歌詞が降りてきますように」と思っています。そして、出来上がった後は、意外と自画自賛しています(笑)。

一同 (笑)。

今井私はけっこう自己否定型の人間なのですが、そういうところはすごく素直で、「こんな歌詞が降りてくるなんて神!」と(笑)。だから、いつもそういう体験をしたいなと思いながら作詞をしています。

――作詞に繋がる話では『Blue Feather』について、以前のインタビューでは、2018年に起きた西日本の災害への想いが込められていると語られていましたが、その後、「じつはもうひとつ意味を込めていて、時がきたらお話しようと思います」と話されていたと思います。こちらについてはいかがでしょうか?

今井まだ秘密にしておきたいですね。私が話していないことを忘れてしまいそうなので、覚えていてください。

――わかりました。では、時がくるのをお待ちしています。あと、今井さんが作詞した楽曲の中では『僕から君に』があまりライブで歌われていないという意見を目にしたりすることがあるですが、こちらには理由があるのでしょうか?

濱田 やっぱり個人向けてのメッセージソング(※)だったので、これは僕があえて、外しちゃっているところがあります。

※『僕から君に』は、今井さんがパーソナリティを務めていた、ラジオ番組のスタッフの結婚をお祝いするために作られた楽曲

今井2015年に開催した“Wonder Place”(※)のような形式のライブだったら、歌いやすいかもしれないですね。

※ “Wonder Place”は、歌と物語が融合したミュージカルのような形式のライブとなっていた。詳細は以下の記事をチェック

――そうかもしれないですね。作詞だけではなく、『いっしょ。』(※)では作曲にも挑戦されていますが、いかがでしたか?

※2011年に発生した、東日本大震災のチャリティーソングとして今井さんが作詞と作曲を担当。

今井あのときは、とにかく何かできないかと必死でした。ひょっとしたら私が持っている財産を寄付することが、いちばん直接的な支援になったのかもしれないですが、当時はあの体験をして、のうのうと音楽活動を続けることができなかったんですよね。しかも、ちょうどライブが控えていた時期で。震災が3月にあって、ライブが5月に開催予定だったので、中止にしたほうがいいのかもしれないという意見も出ていた中で開催することになったんですけど、当時の私にはただ音楽活動を再開するというのは、気持ち的にやっぱり難しくて。「こんな状況で歌なんか歌っていたもいいのかな?」と思って、「音楽活動をするよりもみんなでボランティアに行ったほうがいいんじゃないか」と考えたりもしました。でも、「私は貧弱なので行っても迷惑になるだけだな……」とか、すごくいろいろ考えて悩んだりしていたときに、スタッフの方から「チャリティーソングを作りませんか?」とご提案いただいて。もし、私が「チャリティーソングを作ろう」と思っても、実現する方法がなかったので、そういうアツい想いの人たちが集まって、いっしょに音楽を作って、それを買ってくださった皆さんが、ある種、私を通じて募金するという形になっていくのは、私が生きる意味に繋がっていたような気がします。だからこそ、「なんとか曲を作らなきゃ!」と思ったのですが、作曲なんてやっぱりできなくて、安請け合いしてしまったとしばらく頭を抱えてしました。でも、締切りの当日に寝ていたら、ふっとメロディーが思い浮かんだんですよね。それを忘れないうちに急いでレコーダーに吹き込んで、濱田さんに送ってできたのが『いっしょ。』です。そういう意味では、作曲は私には難しいなとも思いましたし、適材適所というものがあるんだなと痛感しました(笑)。でも、そんな『いっしょ。』を好きだと言ってくれる人がすごく多くて。素朴な歌で私らしいと思いますし、それがいいと言ってくれるということは、自分を認めてもらえているみたいで、ありがたいなと思います。

――すごく覚えやすい歌ですよね。それこそ、初期のころのライブでは、ラストにお客さんも含めた全員で大合唱するのが定番でしたよ。

今井そうでしたね。

――歌詞も前向きなメッセージがありつつも、現実的な面もあったりするのが印象的です。

今井私らしいですよね。綺麗だけでは終わらないと(笑)。

――そうですね。すごく今井さんらしいと思います。では、10年間を振り返ってみて、変わったことと、変わらないことは何かありますか?

今井変わったのは……年齢と体重というのは冗談で(笑)。目に見えないプレッシャーをあまり感じなくなったかもしれないです。それこそ、「私なんかが歌を出していいのだろうか?」というのは、目に見えないプレッシャーから感じるものだと思うんですよね。自分で自分の首を締めている状態をみずから作り出していたのですが、時の流れが解放してくれたような気がします。ジワジワと陸地ができていくような感覚に近いのかもしれないです。もちろん、いまでも「いいのかな?」と思うことはありますが、あまりそういうムダなプレッシャーを、自分で作らないようになったのかなと。その部分は、すごく大きく変わったところでもありますし、それはきっとこの10年間で歌手であり、声優であるということを、ある程度、皆さんに認めていただけたから、自信を持てたんだと思って、本当に継続は力だったなと痛感しています。

――なるほど。では、変わらないことはいかがでしょうか?

今井変わらないのは……なんだろう。

濱田 ここは綺麗に「歌が好きなことです」とか言っておいたほうが。

今井……。

一同 (笑)。

濱田 ふつうのアーティストだったら、そういうことを言うのかなと。

今井そうでしょうね。じゃあ、名字とか(笑)。

濱田 それはブラックジョーク過ぎる(笑)。

藤本 でも、すごいよね。あだ名がずっと似会うというのが。

――確かにミンゴスってすごく親しみやすい感じがしますよね。

今井これは昔から変わらないのですが、私は空気を読み過ぎて空回りすることがよくあるくらい、会った人とどのくらいの距離感で接するのがいいのかを判断して、すぐに調整してしまうんです。でも、自分よりふた回りくらい歳が離れたファンの子でも、「ミンゴス」と呼んでくれたりするので、とても距離を詰めやすいんですよね。

藤本 後輩もミンゴスさんって呼びやすいよね。○○ちゃんさんとかだと言い辛いですけど。

今井だけど、親しみやすい名前だからなのか、「えっ、もう20年も声優やっているんですか」と驚かれたり、先輩だと思われていないことが多いんですよね。

濱田 ということは、10年経っても変わらないものは、人との距離感じゃない?

今井確かにそうかもしれないですね。10年前とあまり変わってないかも。未だに「先輩だったんだ」と言われることもけっこうあります(笑)。でも、私自身もあまり先輩扱いされるのが得意ではないので、すごくいいあだ名を付けた、あだ名の勝ち組だなと思いますね。

――そろそろインタビュー終了の時間が迫っているということで、核心的な質問を。歌とともに10年間活動されてきましたが、今井さんにとって歌とはどのような存在ですか?

今井そのときの気分によって変わるのですが、いまは鼻歌の延長だなと思っています。というのも先日、宮古島に行って自転車に乗ったんです。私は自転車が得意ではないので、すごく必死に運転していたら、ひとり旅をしている20代前半くらいの若い男の子が鼻歌を歌いながら歩いていて。ふだんだったら私も鼻歌を歌いながら歩くのに、そのときは自転車に乗るのに一生懸命で歌わずに運転していたので、その子の鼻歌を聴いたときに、すごくショックだったんです。「せっかく、こんなにいい環境なのに、私は鼻歌も歌わずに運転していて、バカじゃないの」と思ったんですけど、運転することに必死過ぎて、鼻歌を歌う余裕はなかったんです。でも、その後、浜辺でお茶を飲んでひと休みして帰るときには、自転車にもちょっとだけ慣れていて、鼻歌を歌いながら運転できたんです。そのときに、鼻歌が歌の原点だなと思いました。鼻歌は気分がいいときに出てくるものなので、ここから歌が始まらないといけないんだと。「こう歌わなきゃ」と意識してスタートするのではなく、自然の中で自然と出てくるものが、きっといちばん私らしい歌なので、そこに表現を持っていくのが、プロなんだろうなと思いました。

――まずは音楽を純粋に楽しむということですね。そして、いよいよ、ライブツアーが4月29日から始まりますが、現時点でお話できることはありますか?(※本インタビューは3月中旬に実施しました)

今井いまの段階ではセットリストもまだ確定していない状況です。ただ、いつもはプロである濱田さんにおまかせしている部分が多いのですが、今回はツアータイトルにもなっている通り“Anniversary”ということなので、私も歌いたい曲をリストアップして渡そうと思っています。衣装については、初期のころは細かいところまで私も携わっていたのですが、そうすると同じようなものばかりになってしまうので、最近はプロデューサーと衣装のおりえちゃんを中心に進めてもらっていましたが、今回は私らしさを全開に出して、いろいろなところをこだわりたいと思います。

――楽しみにしています。では、今後の目標などはありますか?

今井とりあえず、いまは“Anniversary”ツアーを無事に終わらせることが目標で何も考えられないので、ツアーが終わったら、また聞きにきてください(笑)。

――わかりました。では、最後にファンの方にメッセージをお願いします。

今井歌手活動10周年ということで、長い長い時間だったように感じますし、本当にあっという間だった気もします。10年間ずっと見守ってくださった方、久しぶりに私の活動を知った方、最近知った方、いろいろな方がいると思いますが、声優をやりながら音楽活動を行うということの意味を私がいちばん実感しながら、生きてきた10年間でした。そんな10年の活動の軌跡を振り返っていただきたいですし、振り返っていただくにはコンプリートアルバムの『rinascita』がオススメです。『rinascita』と、その後に発売された19thシングル『World-Line』、20thシングル『Believe in Sky』を足せば、これまでの楽曲がほとんど揃いますので、ぜひ私の音楽、歌を聴いてください。

[2019年4月29日23時40分 記事修正]
本文中の一部表記を修正いたしました。