ときにGDCでは、他業種からのエキスパートを招いて、講演を行うことがある。べつの業種のノウハウを吸収することで、ゲーム業界にも活かせれば……との発想によるものだ。GDC 2019会期最終日の3月22日(現地時間)に、掉尾を飾るセッションのひとつとして行われたDuolingo(デュオリンゴ)のシニア・エンジニア・マネージャー、カリン・ツァイ氏による“Lessons from 'Duolingo': How to Make Learning Hard Things Easy”が、まさにそれにあたる。

 『Duolingo』とはご存じのとおり、全世界で3億人以上のユーザーを擁する基本無料の外国語学習アプリ。講演は、2012年の『Duolingo』ローン後の3ヵ月後に入社し、ユーザー数100万人未満の時代から3億人に至るまでを見てきたカリン氏が、『Duolingo』で得た教訓をレクチャーするというものだ。まあ、『Duolingo』自体ゲーミフィケーションのひとつとしても捉えられるので、ゲーム開発にとっても親和性は高いと言っていいだろう。ちなみに、カリン氏自身もかなりのゲームユーザーであるようだ。

外国語学習アプリ『Duolingo(デュオリンゴ)』に見る、難しいことを簡単に学べるようにする方法論【GDC 2019】_01

いちばん重視しているのはABテスト

 「なぜDuolingoがGDCで講演をするのか?」とみずから問いかけたカリン氏は、「『Duolingo』も“楽しんでもらいたい”アプリである点でゲームと共通しています。ゲームデザインやマネタイズについても、課題の多くはモバイルゲームと共通しています。けっきょくのところ可処分時間は限られているのですから」と説明した。カリン氏がコメントするとおり、『Duolingo』のマネタイズはサブスクリプションと広告収入で、ビジネスモデルとしてはモバイルゲームと親しいものがある。

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 カリン氏は、「外国語と言えば、“つまらない”、“わかりにくい”、“難しい”というイメージがありますが、『Duolingo』はモバイル教育アプリとして、ほかのことではなくて、外国語学習に時間を使ってもらう必要があります」と、モバイルゲームとはまた少し違った立ち位置を説明したうえで、「ふつう人間は自発的ではない学びにモチベーションは少ない」と続けた。

 たしかにそれはそのとおりで、自発的ではないのにガンガン勉強する人は、自分の経験に照らし合わせてもそうはいない。学校には先生がいるのである程度強制力はあるが、オンラインではそんな先生は不在だ。つまり、ユーザーが自分の意志で勉強を続けたいと思わせる状態を作る必要があるのだ。難しすぎたりつまらなかったりすれば、すぐに止めてしまう。「そのへんはゲームと同じ」(カリン氏)とのことで、たしかにそのとおりだ!

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 そして、ユーザーという点で気をつけないといけないことがある。それはひとえに“外国語を学習する”といっても、幅広いタイプのユーザーがいるということだ。たとえば“吸収速度の違い”。与えられたカリキュラムに対して、すぐに吸収する人もいれば、そうでない人もいるだろう。その人のペースに柔軟に合わせられる必要があるのだ。また、“学習する背景”も異なる。短い時間しか使えない人もいれば、ある程度時間をかけてがっつりやる人もいる。そもそも“モチベーション”にだって違いがあるだろう。外国語を学習するには、「恋人とコミュニケーションを取りたいから」「旅行で活用するため」「仕事に活かすため」など、さまざまな理由がある。中には、「楽しみながら生産的な行動をしたいだけで、別に外国語を習得する気がない人」だっているのだ。

 そんな幅広いタイプに続けてもらえるものにしつつも、できるだけ広い範囲に「網を投げたい」とカリン氏は言う。必要なのは、“ユーザーを離れさせない学習曲線”だ。

 さて、世の中にはさまざまなデータがあるが、『Duolingo』が核としているのはABテスト。ABテストとは、ページの一部分を2パターン用意して、どちらがより効果的かを検証するテストのこと。『Duolingo』では何か変更を入れるたびにこのABテストを行っているのだが、「これが成功の秘訣だと言ってもいいくらい」(カリン氏)と、絶大な信頼を寄せる。『Duolingo』では、これまでに1800回はABテストを実施し、結果、一日のリテンション(※)が13%から55%に上昇したという。

※顧客に製品やサービスを継続してもらうこと。

 ちなみに、データを見るときは、ABテストの対象にならないユーザーが存在しうることに注意しないと、ノイズが入ってきてテストが無意味になるので注意が必要だとカリン氏。たとえば、レベル3に変更を入れたとして、そのレベルまで達していないユーザーがテストに参加していたら、そのデータはノイズが入るだけというわけだ。

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 少しABテストの事例を見ていこう。まずは、“大文字で答えがわかってしまう問題”。単語を並び替えて文章を作る問題の場合、多くの言語では“文頭が大文字になる”ため、言語を知らなくても最初の1語はわかってしまう。これはバグであるので、当初は直してしまおうと考えたのだが、ABテストの結果、1日のりテンションが0.5%下がったという。そのため、いまのところはまだ大文字は残ったままに。ここから得られた知見は、「ユーザーは、現状から少しでも難しくなると去る。難しいのは、そもそも効率的な外国語学習は難しく、簡単すぎれば何も学べないという点」とのこと。

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 事例その2。翻訳をするときに、“母国語→学習言語”にするのと、その逆とではどちらが難しいかというと、もちろん前者。ユーザーからは、「母国語→学習言語がもっとやりたい」という意見が届いていたのでABテストをしてみたところ、デイリーアクティブユーザーが1.5%落ちるという結果に。ここでの教訓は、「ユーザーの行動は必ずしも言うことと一致しない。これはほかのABテストでもよく見られる傾向だった。解決策をそのまま入れるのではなくて、問題を認識することが大切」(カリン氏)とのこと。

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 続けて事例3。では、ユーザーに少しだけがんばってもらうにはどうすればいいのか? 『Duolingo』では、学習時間目標を複数作り(5、10、15、20分)ユーザーに選んでもらった。その結果、20分に設定したユーザーのDAU(デイリーアクティブユーザー)が5分と比較して23%と大幅落ちたという。「難しいことを押し付けてもユーザーは去り、長い時間を選んだ場合も去る人が多かった」とカリン氏。

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 事例4。これはカリン氏が1年目に体験したこと。『Duolingo』では、学習内容を“レッスン”という単位でまとめているのだが、あるとき、うっかりレッスンをひとつ増やしてしまったという。ユーザーから見た違いは、“レッスン”を示すアイコンの数がひとつ増えただけ。ところがそのことにより、最初の“レッスン”をクリックしてくれる確率が3%も上がったという。かなりの上昇。「もしかしたら並び順が変わって、レッスン1の真下に全部終了したときに獲得するトロフィーアイコンが表示されるようになったからかもしれないのですが……」とカリン氏も自信なさげ。教訓は、「ユーザーの行動なんて予測できない。とにかく観察するしかない。だからこそABテストが有用だった」(カリン氏)というもの。たしかに、ユーザーの気持ちは掴めません!

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 最後に事例5。『Duolingo』には、難易度を示すクラウンレベルというものが存在する。そこで、「もっと難しい問題をやりたいかどうか、ユーザーに選んでもらったらどうか」ということでABテストを実施した。その結果は……2週間後のりテンションは上がったが、じつは強制的につぎのクラウンレベルに達するようにしたほうがリテンションが上がる確率は高かったという。「選択肢があると後悔を生むからかもしれない」とはカリン氏の言葉。

 ここで得られた教訓としてカリン氏は、“直観的だからといって正しいとは限らない”こと、さらに“正しい内容を測定しないと意味がない”ことを指摘する。そのために、できるかぎり頻繁に分析をするという。また、“完了データ”だけでなくて、“理解度”も計測すべきという、聞き逃がせない指摘もあった。「たとえば、チュートリアルを短くすれば完了するプレイヤー数は増加します。しかし、伝えたい内容が理解されたかどうかまでは測定できません。『Duolingo』では、国際規格に沿って理解度を確認していて、これで“理解度”を評価しています。そのため、たとえば特定の文法を教えるのがうまくいっていないといったことも判明するんです」とカリン氏。最終的に重視するのは、リテンションを高めることではなくて、理解度を深めることというわけだ。さらには、「ゲームに応用するなら、この国際規格に代わる“理解度評価基準”を用意する必要があるかもしれません」との興味深い提案も。

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ユーザーが学習しきれるコンテンツ作りを

 続いては、“学習しきれるコンテンツ作り”について。カリン氏は注意事項を挙げてくれた。

 まずは、“すばやく満足感を提供する”こと。“最初の数分”で使える文を覚えてもらえるようにすることがキモで、“いつか役に立つから”ということで単語を暗記させたりはしないほうがいい。「お、これできるな」と思わせることが大切なのだ。「これはゲームにも流用できるとカリン氏は言う。「きっと誰もがあるは程度やっているでしょうが、まだできることはあると思います。完結するゲームプレイのサイクルを早く体験してもらうとか」とカリン氏。

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 つぎは、“説明文は練習の代わりにならない”。基本、ユーザーは文字はあまり読まないということを認識すべきで、具体例をいくつも並べることで「ああ!」という気付きがあるというのだ。それで、自分の中でルールができるという。「脳の性能はすばらしくて、じつは明示的に示されるよりも、暗示的に示されたほうが記憶に残るんです」(カリン氏)。

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 3つめは、“難しい・つまらない概念は偽装する”。たとえば、レッスン名を“現在形”から“リクリエーション”に変更することで、学習することは“現在形”だけど、ユーザーの学習に対する満足度は格段に高まったという。

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 4つめは、“いろいろなコンテキストで何度も示す”。これは、“魚の絵を選んでください”→“魚を翻訳するとどの単語になりますか?”→“「私は魚を飼っています」を対象言語で書いてみましょう”といったように、同じ内容を別の文脈で示していくこと。これはさまざまなゲームでも行われており、“正しい→一般化”は、学習のうえでも有用性が高い。

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 5つめは、“記憶に残るものを作る”。これは言うはやすいが、実践するのはなかなかに難しいようだ。ちなみに、『Duolingo』には変な文ばかり集めたTwitterアカウントがあるらしい。「私のケータイには猫の写真が1000枚入っています」とか、「遺体はどこに隠せますか?」とか「お前は存在しない」とか……。ちなみに、“間違え”も記憶に残る。ただし、間違えたときにフラストレーションをあまり感じない状況を作る必要があるようだ。

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ユーザー自身が学びたい難易度を選べる

 コンテンツ作りに次いでテーマとなったのが、そのコンテンツの見せかた。その一例としてカリン氏が挙げてくれたのが、『Duolingo』で昨年導入したという“クラウンレベル”。『Duolingo』では、レッスンを終えるとクラウンを入手でき、“つぎに進みたい”となったらレベルを上げられる。ユーザー自身が、学びたい難易度を自分で選べるようにする仕組みだ。これを導入したところ、結果的に上位レベルのユーザーは、短期的にも長期的にも継続することがわかったという。こういう仕組みを作ることで、新規ユーザーに対する敷居を下げつつも、上級者には相応のゲームデザインを提供できるというメリットがあるという。

 「認知負荷は脳を疲れさせるため、高すぎるときびしい。一方で、低すぎると飽きてしまう。ユーザーを圧倒するほどのコンテンツは出さないこと。体験の学習曲線を考慮することが重要なんです。“あなたが教えたいこと”ではなくて、“ユーザーが学べるもの”を提供することが肝要です」とカリン氏。

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 たとえば、MOBA系のタイトルだと、「このジャンルを遊んだことありますか?」と最初に聞かれたりすることがあるが、それは、“あまりおもしろくないチュートリアルを飛ばす”という行為でありつつも、“認知不可を低くしすぎない=つまらないことをさせない”という配慮でもあるという。

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UXは文字には頼らない

 そして、“モチベーションを高めるためのUXのデザイン”。『Duolingo』では、“ユーザーに文字を読ませない”というのが方針としてあるという。説明はせずに、ひたすらにユーザーが解けるはずの問題を提示し続けるというのだ。これは、復帰したときに「思い出さなくてはならないことが少ない」という結果に繋がる。カリン氏いわく「DAUに占める復帰ユーザーの割合が多いのは。そのためもあるかと思います」とのことで、詳細を忘れてしまっていても、感覚的にすぐに思い出せるので、復帰の敷居が低いということなのだろう。

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 おつぎは、“燃え尽き”を防ぐための仕組み。さっさと進めたいだけの行為をそのままにすると、ユーザーは往々にして一気に燃え尽きてしまう。そのために、『Duolingo』では “Health”というポイントを用意している。この“Health”は、出題を間違えると減り、練習をこなすと回復する。つまり、身につくまで演習を重ねてもらえるというわけだ。これにより、一気に進めすぎることによる“燃え尽き”を予防しているのだ。

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 “燃え尽き防止”という意味では、励ましのメッセージも効果的なようだ。「間違えたときだって学んでいるんだよ」というポジティブなメッセージを少し表示しただけで、めちゃめちゃリテンションが上がったという。

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 そして、“望ましい振る舞いを推奨する”こと。端的に言うと、アチーブメントなどがこれに該当する。『Duolingo』の“Streak(連続ログイン)”は、ほかのユーザーに自慢することもできなければ、アプリ内通貨やアイテムといった報酬も用意されていない。それでもモチベーションを感じてくれているという。ちなみに、何らかの事情で“Streak”が切れてしまった場合に、切れた日の“Streak”を修復する“Streak Repair”というシステムをサブスクリプションプランに含めたところ、サブスクリプションからの収益が58%も上がったという。「たとえ報酬がなくても、ユーザーは“Streak”が好きなようです」(カレン氏)とのことで、確かに連続ログインに惹かれる気持ちはわかる!

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 最後に、「これからも皆さんの作る素敵なゲームでワクワクすることを楽しみにしています!」とカリン氏。他業種だからこそ気付ける知見も多く、ゲーム開発者にとっても極めて刺激的な内容だったようだ。講演が終わったあとのQ&Aに並んだ列の長さが、充実したセッションであることを物語っていた。

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