2018年7月に発売された、スクウェア・エニックスのRPG『OCTOPATH TRAVELER(オクトパストラベラー)』。同作には、懐かしさの中に新しさもあるグラフィック、戦略を練るのが楽しいコマンドバトル、8人の主人公たちによるストーリーなど、さまざまな魅力があるが、作曲家・西木康智氏が手掛けた音楽もまた、欠かせないポイントのひとつだ。

 “往年のRPGらしさのある作りにしつつ、進化を感じさせる”をコンセプトに、オーケストラの音で作られた楽曲は、国内外のRPGファンから高い評価を得た。そんな『オクトパストラベラー』初のアレンジアルバム『OCTOPATH TRAVELER Arrangements -Break & Boost-』が、2019年2月20日にワールドワイドで発売を迎えた。
(なお、原曲をどのように作ったかは、以前西木氏に詳しく伺っているので、ぜひ下記の関連記事を読んでもらいたい)

 アコースティックな小編成の“Break Side”、ロックな小編成の“Boost Side”、ふたつの方向性のアレンジが収録されている同アルバム。こだわりを込めて作られたアレンジ楽曲について、西木康智氏と、スクウェア・エニックスの高橋真志氏、早坂将昭氏にうかがった。

「フロストランド地方」を聴いて、勝利を確信した――『オクトパストラベラー』初のアレンジアルバムは超自信作! 西木康智氏らにインタビュー_04

『OCTOPATH TRAVELER Arrangements -Break & Boost-』
2019年2月20日発売 3000円[税抜]
[Break Side]
フロストランド地方/踊子プリムロゼのテーマ/決意/赤き断崖の集落/崖下の村オアウェル/ボスバトル2
[Boost Side]
バトル1/ボスバトル2/理を司る者/旅路の果てに立ちはだかる者/魔神の血を継ぐ者/OCTOPATH TRAVELER -メインテーマ-

西木康智氏(にしき やすのり)

作曲家。これまでに『モンスター烈伝 オレカバトル』などの音楽を担当。『オクトパストラベラー』では70曲以上の楽曲を手掛けた。

高橋真志氏(たかはし まさし)

『ブレイブリーデフォルト』のアシスタントプロデューサー等を経て、『オクトパストラベラー』でプロデューサーを務める。

早坂将昭氏(はやさか まさあき)

学生時代に、ゲーム音楽を演奏する企画オーケストラで、指揮や運営、編曲などを担当。その経験を活かし、『オクトパストラベラー』ではアシスタントプロデューサー兼サウンドディレクションを務めた。

アコースティックとロック。2本立てのアレンジでワクワクしてもらいたい

――本日は『オクトパストラベラー』アレンジアルバムについてお話を伺おうと思いますが、新年最初の『オクトパストラベラー』関連のインタビューでもありますので、まずは昨年の振り返りからお聞かせいただけますか?

高橋2018年は、本当にあっという間でした。プロデューサーとして仕事をするのは初めてでしたので、右も左もわからないことが多かったのですが、西木さんを始め、いろいろな方が助けてくださって。宮内さん(『オクトパストラベラー』でディレクターを務めた、アクワイアの宮内継介氏)と初めてE3に行って、その後に西木さんとJapan Expoに行って……いままでにできなかった経験をさせてもらって、充実した1年でしたね。

――“オクトパス&ブレイブリー 年末年始企画2019”(※)にも、昨年『オクトパストラベラー』を遊んだ方から、たくさんの応募があったそうですね。

※対象期間中、往復はがきで同企画宛てに応募した人に、オリジナルデザインの年賀状(デザイナー生島直樹氏の描き下ろし)を返送するという企画。

西木何通くらい来たんですか?

高橋300~400通いただきました。このご時世、はがきでメッセージをお送りいただくというのは相当なお手間だと思うので、それでこの数が集まったというのは驚きです。じつは、曲の感想を書いてくださった一部の方へのお返事には、西木さんにもコメントを書いていただいたんですよ。

西木いままでにない経験で、もう、うれしさしかなかったですね。曲については、Twitterなどでエゴサをしたりもするんですけど、皆さん、すごく気に入ってくださっていて。以前ファミ通さんで“弾いてみた”(※)企画を実施していただきましたが、あの後も継続的に動画を上げてくださる方もいて、うれしいです。

※2018年9月7日(金)に配信した、『オクトパストラベラー』スペシャル番組にて実施した企画。ハッシュタグ“#オクトパストラベラー弾いてみた”を付けて、同作の楽曲を演奏した動画を投稿してもらうというもの。番組では、週刊ファミ通スタッフ/『オクトパストラベラー』開発スタッフがチョイスした作品を紹介した。

――早坂さんと西木さんは、2018年を振り返って、いかがですか?

早坂自分は、とくに発売後は、「オクトパストラベラー 音楽」とか「オクトパストラベラー BGM」とか、あらゆる組み合わせの言葉で音楽の評価を毎日検索していました(笑)。9割5部以上は肯定的なお言葉をいただけて、ひと安心でしたね。「あの曲は、こうしたほうがよかった」というようなご感想があれば、今後の参考にさせていただこうと思っていたのですが、本当にネガティブなご意見がなくて。予想以上で、うれしかったです。

西木発売前は、そのネガティブな意見が出る夢しか見ていませんでした(笑)。ですので発売後は、本当に“安心”のひと言です。こうしてアレンジアルバムを出せることになったのも、皆さんが音楽を好きになってくださって、ご要望くださったからこそだと思いますので。

――アレンジアルバムの制作が決まったのは、いつごろだったのですか?

早坂10~11月だったと思います。

――制作はかなり急ピッチで進められたんですね。

西木小編成のアレンジにすることは、最初に決まりました。ピアノコレクションという案もありましたが、ピアノ+αの編成でやりたいと思って、いろいろと考えまして……最初のアレンジアルバムということもあり、皆さんが期待している曲、聴きたいであろう曲はぜったいに入れたかったんです。人気上位の曲はほぼバトル曲だったので、ロック方向に特化したバトルアレンジは入れよう。でも、アコースティックなアレンジも聴きたい……ということで、2本立てのアレンジで行くことになりました。同時に、アルバムの名前を考えているときに、開発チームの皆さんから「“Break”と“Boost”に絡めてはどうか」とアイデアをいただいて、アルバムのコンセプトが自然にまとまっていきましたね。

早坂ピアノコレクションって、最初に出すアレンジアルバムとしての安定感がある反面、ある程度「こうなるだろうな」と予想できてしまうんですよね。それよりも、「どういうアレンジになるんだろう?」とワクワクしてもらいたいなと思って、小編成アレンジにすることになりました。

西木今回、何人かのアレンジャーに頼んでいるんですが、皆さん楽器が弾けて編曲もできるんです。バイオリンを弾いている吉田篤貴さんは、クラリネットもヴィオラも弾けますし。

――バイオリンとヴィオラまではわかるのですが、クラリネットも?

西木なんでクラリネット吹けるの? って聞いたら、「吹奏楽部だったから」って言うんですけど(笑)。「崖下の村オアウェル」のクラリネットはとても素敵です。そして、Boostサイドに関してはそれぞれ編曲して頂いたご本人に超絶ギタープレイを披露してもらっています。そんな感じで、極力色々なバリエーションを出せるように意識しています。

――我々が子どものころに聴いていたゲーム音楽は、元は音数が少なくて、アレンジアルバムでオーケストラ音源になることが多かったと思います。今回、原曲がフルオーケストラで収録されているので、「アレンジはどうするんだろう?」と思っていたのですが、小編成でもさまざまな方向性が出せるのですね。

高橋原曲はフルオケで、すごくリッチに作ってもらって、プロデューサーとして「100点満点!」と思って送り出したものでした。それをどうアレンジするんだろう……? と、僕も一個人として思いましたし、それが楽しみでもありました。

西木僕はゲームのほうのサントラで出し切った感がすごくて、「もう、引き出しがないです」という感じで(笑)。僕がアレンジすることも考えましたが、それよりも別の方にアレンジしてもらったほうがバラエティが出ると思い、今回はほかの方にお願いをしました。Boostサイドのほうはコンセプトも明確だったためか、すんなりといくつかデモが上がってきたのですが、Breakサイドの方はなかなかデモが上がってこず……もちろん全幅の信頼を置いてアレンジをお願いしているのですが、最後は軽く祈りを捧げるような気持ちでした(笑)。 そんな中ぎりぎりになって、ようやく「フロストランド地方」が上がってきたんです。それを聴いたときは、もう安心しました。本当にすばらしいアレンジで。「やった、これでスクウェア・エニックス音楽出版の人も安心だぞ」と送ったら、早坂さんにも即行で共有されていました。

早坂いただいた「フロストランド地方」を聴いた瞬間に、勝利を確信しましたね(笑)。

西木そうなんですよ。そのあと「ボスバトル2」が上がってきて、それもすばらしくて。本当に「いいアルバムになったな」と思いました。

「フロストランド地方」を聴いて、勝利を確信した――『オクトパストラベラー』初のアレンジアルバムは超自信作! 西木康智氏らにインタビュー_01
「フロストランド地方」を聴いて、勝利を確信した――『オクトパストラベラー』初のアレンジアルバムは超自信作! 西木康智氏らにインタビュー_02

とくにお気に入りのアレンジ曲はどれ?

――選曲について詳しく伺います。70曲以上ある中から、今回11曲が選び出されていますが、これはどのように選んだのですか?

高橋以前ファミ通さんに、ファンの皆さんの投票による楽曲ランキング(※)を作っていただきましたが、それをかなり参考にさせていただきましたね。

※週刊ファミ通2018年9月20日号(2018年9月6日発売)の『オクトパストラベラー』特集に掲載。先述のスペシャル生放送番組でも、ランキングの一部を紹介している。

――あっ、あのランキングが皆さんのお役に立ったんですね!? うれしいです。

高橋曲が好きです、という声はたくさんいただいていましたが、具体的にどの曲を気に入っていただいているのか、数値化するのは難しかったので。とても助かりました。

西木そのランキングを参考にさせていただきつつ、アレンジャーに「これはいいアレンジができそう」とインスピレーションが湧くものを考えてもらって。キャラクターテーマや地方のテーマは、たくさん入れられるなら入れたかったのですが、すべては難しいので、ひとつずつ選びました。

――先ほども「ボスバトル2」が話題になりましたが、この曲については、2種類のアレンジが収録されています。これはめずらしいですよね。

西木最初は、メインテーマを2バージョンでアレンジする予定だったのですが、やっぱり「ボスバトル2」が人気ですし、両方のアレンジが聴きたいなと思って。後から変更させてもらいました。

高橋ファンの皆さんの反応を拝見しても、「ボスバトル2、待ってました!」という声が多くて、期待に応えられてよかったなと思っています。

早坂ひとつのアレンジアルバムの中に、同じ曲がふたつ入るというのは、普段なかなか見ない取り組みですよね。

――今回収録されている12曲について、すべてがお気に入りだとは思うのですが、とりわけ印象に残っている曲はどれですか?

西木Breakサイドは「ボスバトル2」です。本当に、原曲の勢いを殺さないまま、アコースティックの小編成でありながら狂暴性を増していて。弦楽の荒々しさが際立っていて、何度聴いても聴き飽きないです。Boostサイドのほうは、「魔神の血を継ぐ者」です。原曲の崩し具合が、「本当にわかっていらっしゃるな」と。アレンジを担当した青木征洋さんはゲーム畑の方なので、ゲーム音楽のアレンジアルバムというもののコンセプトをよく理解されているんですよね。ほかのアレンジャーさんも同年代で、『ファイナルファンタジー』などを遊んで育った世代なので、みんなDNAレベルで「ユーザーが聴きたいのはここだ」というのをわかっているのだと思います。

早坂自分はBreakサイドについては「崖下の村オアウェル」がすごくいいと思っています。曲の崩し具合が本当にすばらしいなと。原曲の形をしっかり認識できる範囲で、まったく新しい曲としても聞こえるような構成に仕上がっている、というところですね。アレンジって、楽器数や音数が少なくなるにつれて、どんどん難易度が上がっていくんです。そのなかでの音の足し算引き算もさることながら、こんな構成の崩しができるなんて本当にすごいなと。自分も趣味で小編成やオーケストラアレンジなどをするのですが、今後その勉強材料にさせていただきたいぐらい理想的なアレンジでした。Boostサイドでは「OCTOPATH TRAVELER -メインテーマ-」でしょうか。イントロは90年代前半、サビの前くらいは90年代後半、サビに近づくと2000年代、みたいな感じで変わっていくのがとてもおもしろくて。

――同じ曲の中で、そこまで印象が変わるというのは珍しいですね。

早坂イントロは『スラムダンク』っぽいんです(笑)。

西木言わんとすることはわかります(笑)。

早坂そしてサビ前がミスチルっぽくて、サビに入ると澤野弘之さんっぽさがある。雰囲気の作りが1曲の中でどんどん変わっていって、また原曲とは全く違う独創的なアレンジだなと思いました。

西木「めちゃめちゃ悩んで、苦労した末のアレンジだ」と、編曲者の三矢禅晃さんは言っていましたね。アレンジをお願いする際、「ロックの方向性はありつつ、メインテーマの格式高い部分は残して」と伝えたんですけど、この発注、僕だったらキレていると思います(笑)。

――(笑)。高橋さんはいかがですか?

高橋新しい一面が見えた、という点で挙げたいのは「フロストランド地方」です。『オクトパストラベラー』の開発が佳境のころ、フロストランドの曲にすごく癒されていて。「ああ、この曲をずっとループしながら仕事したなあ、2018年」……という記憶が呼び起こされつつ、原曲を崩し過ぎずも新しいドラマが聴こえてくるようなアレンジで、「すごいアレンジだ」と思いました。それと、「踊子プリムロゼのテーマ」もお気に入りです。原曲は主人公テーマ群の中でもかなり初期にできたのも思い出深いですが、それがピアノとともにアレンジされることで、プリムロゼの違った一面が垣間見える感じがしました。

――ところで今回はBreakとBoost、2種類のアレンジの方向性が示されましたが、今後、別の形でアレンジする可能性も……?

西木皆さんのご要望があれば!

高橋先ほども言いましたが、70曲以上のうち、たった11曲しかアレンジできていないので、まだまだできると思っています。「もっと関連商品が欲しい」という声は国内外からいただいていますし、今後も検討は続けていきたいです。あ、音楽出版事業部の方もいるので、ここで言っておけば実現しやすくなりますかね。CD、もう10枚くらい出したいです!(笑)

――では、気が早いですがアレンジアルバム第2弾が出るとしたら、どんな方向性にしたいですか?

西木僕はボーカルアルバムをやりたいんですよ。もし、今回のアレンジアルバムを気に入っていただけたら、そういう可能性もあるかもしれません。リバーランドやウッドランドの曲をボーカルアレンジにして……自分の中では、アレンジャーの候補もすでに考えてあるんですよ(笑)。

――ぜひ実現していただきたいです。

西木まずは、今回のアレンジアルバムを聴いていただくところからですけれどね。本当に今回のアルバムは、てんこ盛りの内容で、できるかぎりのことをやり尽くして、自信を持ってお出しできるものになりました。公式サイトでは試聴もできますので、気に入ってくださったら、ぜひ手に取っていただければと思います。損はさせない内容になっていますので、ぜひ聴いてください!