プレイステーション4/Switch/PCで日本語版が配信中のRPG『YIIK: A Postmodern RPG』を紹介。

 Ackk StudiosによるRPG『YIIK: A Postmodern RPG』を紹介しよう。本作はプレイステーション4とNintendo SwitchおよびPC版が日本語対応で配信中だ。

 本作は現代が舞台のRPG。大学を卒業した主人公アレックスが地元に帰ってきたところ、出会ったばかりの女の子が目の前で不思議な空間に吸い込まれるという失踪事件に遭遇する。近所の友だちやインターネットで出会った仲間とともに事件を追っていくうち、世界の運命を左右する大いなる危機が迫っていることが判明する……。

「ポストモダン」が何かなんて知らなくて良し!

 さて本作、国内でちらほら「『Mother』や村上春樹に影響された~」といったような紹介をされていたり、サブタイトルの「ポストモダンRPG」という言葉から、なんか意識とか敷居が高いゲームと思うかもしれないが、そんなことはない。言ってしまえば90年代サブカル版『忍者らホイ!』(※)みたいなもんである。え、もっとわからないって?(※1990年にアスキーから出た、パロディとギャグ満載のファミコン用RPG)

 いやホント、留年の末になんとか哲学科を卒業したばかりの本作の主人公アレックスのような文化系ボンクラに聞けば「ふーん、そういうことね」と腕組みしつつ、“神の死”とか“大きな物語の終焉”とかなんとか言いながらポストモダンについてわかったようなわからないような説明をしてくれるかもしれないが、それはぶっちゃけあんまり重要ではない。

 むしろ重要なのは1999年という時代設定だ。タイトルのY2Kとは“西暦2000年”のことで、ここではおもに2000年になると大混乱を引き起こすと言われていたコンピューターの“Y2K問題”(※)を指している。(※古いコンピューターシステムが年数を西暦の下二桁だけで処理していたため、99から00に巻き戻ってしまい時間計算がおかしくなるというもの)

 そして1999年という21世紀を間近に控えた時代の雰囲気も大事だ。ノストラダムスが予言したアンゴルモアの大王の到来で世界が破滅するとはさすがに思ってなくとも、(よくわかってないのに)Y2K問題による破滅をなんとなく心配し、一方でかつて世界が夢見ていたバラ色の21世紀なんか来ないことは見えていたヌルい世紀末だった。

 そんな、いろいろと未来の行く末に微妙な不安を覚えつつも、まだ世界に少しだけダラダラして現実逃避する余裕が少しだけ残されていたころの話だとご理解いただきたい。

文化系ボンクラが世界の危機に立ち向かうセカイ系メタ・RPG

 というわけで本作は現代モノだ。20年弱は昔になるが、とにかく剣と魔法でドラゴンと戦うようなゲームではないし、核戦争後の世界で銃をぶっ放しながらサバイバルするわけでもない。

 そして現代的な問題にシリアスに立ち向かっていくような話でもない。大半が無職かフリーターか学生の、自分探しにしくじり気味の文化系ボンクラたちが人知れず進行する世界の危機に巻き込まれていくという、日本のサブカル文化の言葉で言えば“セカイ系”な話なんである(もちろん「セカイ系とは」なんてググらなくてよろしい)。

 「自分探しにしくじり気味の文化系ボンクラ」と書くと筆者が斜に見ているように思うかも知れないが、本当にそういう風に描写されているんだから仕方がない。主人公アレックスはあらゆることに(恐らく“村上春樹作品からの影響”だろう)クソ長い独白で考察を語ってみせるが、それすらもしばしば「今、難しいことを考えてるから話しかけるなって顔をしていた」といった具合に仲間からネタにされる。

「どうせ変なポルノ送ってきたんだろ?」で済むところをこれだけモノローグで喋るめんどくさいやつ。

 まぁそういう自分と世界との関係を模索してるめんどくさい連中が主人公のゲームなわけで、RPGという形式を使いつつRPGというジャンル自体に自覚的で(実際モロにJRPGの作品名が冒頭から出てきたりも)、あえて定石をスカすようなメタ/パロディな作りになっている部分がある。

 たとえば、剣の代わりにレコードやカメラを武器にするし、アーマーの代わりに着るのはシャツやジャケットで、回復アイテムはピザやシェイクで、レベルアップは自分の心理世界にある“マインドダンジョン”で行うという形。

 平和主義者のキャラクターは攻撃手段をそもそも持ってないし、敵はヤニ臭い場末のスーパーのレジ打ちのおばちゃんだったり、酔っ払いのオッサンだったり、うんちだったりする(やっぱり『忍者らホイ!』じゃないか!)。

 めんどくささの究極は、ターンベースの戦闘で攻撃するにも防御するにもいちいちQTE(クイックタイマーイベント)をクリアーする必要があること。これは新たなギミックが出てきた最初のうちは楽しめるのだが、実にめんどくさくなっていく。主人公アレックスの攻撃なんか、最高コンボをだすためには延々とジャストタイミングでボタンを押していかないといけない。

 こちらはタイミング押しで10連発以上成功させないとロクなダメージが入らない中で、逆にタイミング押し3連発を成功しないと結構なダメージ&状態異常を発生させる全体攻撃(もちろんQTEをひとりずつ行わせる)を景気よく放たれたりすると、なかなか心が死んでくる。

タイミング押しが苦手だったり、遅延のあるディスプレイを使っている人はキツいだろう、3連押しに成功しないとアウトなやつ。(ちなみにこれが一番難しいわけでもない)

 正直に言ってしまうと、戦闘もアイテムの価格もインベントリーもレベルシステムもマップ内の難度配分もサイドクエストへの導線も……つまりRPGとしてのシステムのほとんどの要素が、アイデアに対して十分に練り込まれているとは思えない。

 日本発売前にバランス調整のパッチが当たって多少難度が緩和されていたり、飛ばしたい演出の早送りや、ゲージを消費して発動するスローモードなどの補助もあるのだが、単に“新奇性のあるシステムのRPG”としてプレイするのはやっぱりちょっとキツい。

なんとも憎めない絶妙なダメ人間描写

 これはもちろんよろしくない。よろしくないのだが、実はRPG的なパート以上にアドベンチャーゲーム的なストーリー部分の比重が大きいうえ、そっちの出来は(サブカルでオカルトな話なので人は選ぶが)かなりいい。

 アレックスはかなりのダメ人間である。無職だし、2019年現在のリアリティからすると相当ヌルいモラトリアムをダラダラ生きてるだけでなく、仲間のことよりも自分のチンケな自尊心を優先させて全員に呆れられるような奴だ。でも憎めない。

 それは、しょうもないモノローグすらもひたすら重ねていくうちに、大抵の場合は彼なりに真剣に考え、真摯に語っているのが伝わってくるからだ。そうである限り、あやまちを犯したのなら、それを背負って正していけばいい。そんなテーマが後半の展開を形作っていく。

 丁寧に人物を描写していくのは他のキャラクターも同様だ。みんなどこかしら問題があったり傷を抱えているが、それぞれ自分なりのやり方で精一杯やってるんだというのが、(インディーとしては結構ゴージャスな)ほぼボイス付きの会話シーンを聞いていくうちにだんだん理解できる。

一行の中ではかなり大人なクラウディオ(しかもレコードチェーンのオーナーでもある)。「鍵あけらんない?」とダメ元で聞いてみたアレックスに対し、人種偏見ジョークで切り返す。

 そして、そんな機微を絶妙におさえた架け橋ゲームズによるローカライズも素晴らしい。メインの文章は当然のこと、本筋にはあんまり関係ないオカルト掲示板の与太話や、背景に置かれる“メールソフトに表示されているメールの中身”などのグラフィック素材まで日本語訳されている。

ゲーム内掲示板の全員が読むわけでもない場所のクソ長いテキストも気合でローカライズ。

 そして世界観の提示という点では、簡素なローポリゴン気味と油断していると時折壮絶な美しさを見せるグラフィックや、インディートロニカなサウンド(『Undertale』のToby Foxも参加)なども、刺さる人にはめちゃくちゃ刺さると思う。

 まぁそんなわけで、本作は妙にこだわっためんどくさい部分や微妙な部分もありつつ、同時にもしかするとそれが“あばたもえくぼ”と思えるぐらい忘れ得ぬ作品になるポテンシャルもある作品だ。

 本当に人を選ぶと思うが、「この雰囲気は自分が呼ばれているのでは?」と何か感じるものがあった人はトライしてみるといいかもしれない。