サイバーコネクトツー代表取締役、松山洋氏によるノンフィクション著作『エンターテインメントという薬 -光を失う少年にゲームクリエイターが届けたもの-(以下、エンタメ薬)』(発行:Gzブレイン)の発売1周年を記念したイベントが開催。11月1日にクリーク・アンド・リバー社本社にて、松山氏がゲーム業界を目指す学生や業界人向けのワークショップを行った。

 『エンタメ薬』は、病気のため3週間後に視力を失う少年が『.hack//G.U. Vol.3 歩くような速さで』を遊びたがっていると連絡を受け、まだ発売前の同ソフトを少年のもとへ届けた、という松山氏の体験談を10年経って改めて取材し、執筆したノンフィクション。2017年11月1日の書籍発売後、まるで奇跡のような実話に大きな反響があった。

CC2松山洋社長、異例の“神対応”続きだった『エンタメ薬』発売からの1年をふり返る_01

「この1年で何が起きたのか、1周年というこの機会にご報告します」と切り出した松山氏。本書の特設サイトには、業界関係者など65名からの感想・応援コメントが掲載されているが、まずこのメンツがすごい。「本を読んでコメントを書いてくれないか」とお願いして実際に書いてくれた方もいれば、頼んでもいないのに「応援したい」と先方からコメントを送ってきたり、わざわざイラスト付きで描いてくれた方もいるのだとか。その多彩な顔ぶれと熱いコメントの数々は実際にこちらの特設サイトを確認していただきたいが、ワークショップではいまだから言える裏話も語られた。

「なんと、ジャンプ編集部からもコメントいただきました。集英社の人間がKADOKAWAの本にコメント出して、それがファミ通.comに掲載されるって、もうね、業界がメチャクチャな状態になっているんですけど(笑)。あとで聞いたら、やっぱりモメたらしいです。でも、『NARUTO -ナルト-』や『ジョジョの奇妙な冒険』で世話になっているし、本を読んで実際におもしろかったし、コメントしないっていうのはないだろう、と。あとは誰がコメントするのかという話し合いが行われたそうです」(松山氏)

 松山氏とサイバーコネクトツーのこれまでの実績や人柄、それに本の内容も相俟って、異例とも言える対応が取られたようだ。

 そのほか、講演依頼やメディアの取材なども数多く受けたが、なかでも大きかったのがフジテレビ『奇跡体験!アンビリバボー』からのオファーだ。書籍発売から約1ヵ月後、本を読んだという番組担当ディレクターから直接、サイバーコネクトツー福岡本社に電話がかかってきてオファーを受けたそうで、松山氏はもちろん即決でOK。『アンビリバボー』といえば、再現ドラマのクオリティが高く、ゴールデンタイムで長く続いている長寿番組だが、やはり制作にはかなりの時間がかかったようだ。

 まず、本の登場人物全員にディレクターが直接会いに行き、話を聞いて構成台本を作成、それをもとに再現ドラマの役者オーディションを行ったとか。松山氏は自分で「私の役はオデコが広くてうるさい人になるんだろうな……」と思ったそうだが、実際にその通りになった。さらに、再現ドラマのあいだに差し込まれる本人出演VTRも何度も収録が行われた。カメラを回していたにも関わらず、番組ではまるごと使われなかった人もおり、松山氏のインタビュー取材も数時間に及んだが、採用されたのは数分だけ。改めて、番組制作は膨大な素材を集め、そこから選り抜いて作られているのだと実感したそうだ。

 番組のオファーを受けたのが2017年12月。制作は順調に進んで2018年2~3月には放映予定だったが、ある日、スポンサー問題がふりかかってお蔵入りの危機にも見舞われた。どういうことかといえば……。

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 一時は番組側から「十中八九、放送できない。4月以降に延期する打ち合わせをしたい」と言われていたそうだ。しかし、番組がダメ元で任天堂に相談したところ、最終的にはたったひとつの条件付きで、予定通り放送できることに。

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 じつはこの話、2018年3月1日に無事『奇跡体験!アンビリバボー』が放映された際、Twitter上でも話題になっていたのだが、松山氏の口から改めて事の顛末が語られた。任天堂が見せてくれた懐の広さ、心意気も、『エンタメ薬』の内容に突き動かされてのものだったのかもしれない。10年前の出来事が松山氏による神対応なら、書籍発売後にはエンタメに携わるさまざまな人たちが呼応して神対応をしてくれた、と考えるのは穿ちすぎだろうか?

 この本をきっかけに小児がんというものを知り、「何か役に立ちたい」と考えたという松山氏は、全国の施設に本書の寄贈も行っている。松山氏の秘書などスタッフが一軒一軒電話をかけて対応していったそうで、全国192都市のがん相談支援センター262施設に、合計545冊を寄贈した。

「我々サイバーコネクトツーはもちろん、ゲームを作るのが本業の会社で、世界中の子どもたちを笑顔にするゲームをこれからも作り続けていきます。ただ、それだけじゃなくて、こうした様々な情報発信もしていきたいと思っていて、WebサイトやSNSもやっていますのでぜひ注目していただけたらと思います」(松山氏)

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 『エンタメ薬』発売1周年の報告はここでいったん終わり、続けて来場者向けのワークショップが行われた。サイバーコネクトツーと松山氏らしく、尖っているけれども本質を突いたユニークな内容だったのだが、全国の専門学校等で松山氏が講演を行う際にはお題として出しているそうなので、興味がある人は現地で体験してみてほしい。

 最後に、『エンタメ薬』にも関連するふたつの告知があり、ワークショップは終了となった。ひとつは、イベント開始時刻に合わせて公開されたとある手記について。『エンタメ薬』で松山氏が発売前のソフトを届けた少年、藤原洋さんがみずから半生をふり返り、綴ったもので、こちらのファミ通BOOKSまとめサイトにて全文無料公開されている。最初に原稿を受け取った松山氏は、「もはや『エンターテインメントという薬』じゃない、こんなん“劇薬”やん!」と思ったというが、なぜそれを公開するに至ったのかも前文に書かれているので、ぜひ目を通していただければと思う。

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 もうひとつは、漫画連載のお知らせ。ゲーム業界を舞台に「この10年、ゲーム業界で何が起きたか」をテーマにした作品で、松山氏が原作を務めている。リアルな業界の話が描かれており、サイバーコネクトツーはもちろん、いくつかの会社やサービスが実名で登場するとか。「自分で言うのもなんですが、めっちゃおもろいです。たぶん……炎上するだろうね(笑)」(松山氏)とのこと。現在、鋭意制作中で、年内には連載開始予定だ。