たった30分にも満たない、一行のセリフもない試遊デモ。多重スクロールしながらプレイヤーのアクションと連動してアニメーションするインタラクティブな情景だけで、感情が持っていかれて泣きかけてしまう。

 インディーパブリッシャーDevolver Digitalが2018年12月にNintendo SwitchとPCで配信を予定している『GRIS』は、2000年代後半からの記者生活の中で疑いなくもっとも美しいゲームである。

 『GRIS』を開発しているスペインのNomada Studioは、スタジオのクリエイティブ・ディレクターでもあるConrad Roset氏の「自分のアートをゲームにしてみたい」という願望にふたりのゲーム開発者が協力を決意したことで生まれたスタジオだという。

 だから『GRIS』は同氏による水彩画のようなタッチのイラストによるアニメーションで全編彩られていて、しかも単にその絵面が綺麗なだけでなく、感傷的な音楽やプレイヤーのアクションまでも含んだゲームそのものが一個の芸術作品として昇華されている。幻想的かつ隠喩的な風景が揺れ動き、言葉にならない意味をもって心に流れ込んでくる。

『GRIS』セリフなしの情景だけで感情が持っていかれる、これまで見た中でもっとも美しいゲーム【PAX WEST】_03
『GRIS』セリフなしの情景だけで感情が持っていかれる、これまで見た中でもっとも美しいゲーム【PAX WEST】_04

 この圧倒的なアートの力を理解してもらうにはテキストとかスクリーンショットで説明するより(そして恐らく動画を見てもらうよりも)、実際に遊んでみてもらうしかないと思うのだが、野暮と思いつつもゲームとしての説明を続けよう。

 『GRIS』は、主人公の少女Grisが美しい調べで歌う場面から始まる。そして突然訪れる休符と、喉を押さえる彼女。これは、声を喪ってしまった彼女が世界をさまよっていく話だ。

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『GRIS』セリフなしの情景だけで感情が持っていかれる、これまで見た中でもっとも美しいゲーム【PAX WEST】_01

 ゲームとしての体裁は、冒険が進むに連れて主人公の使える能力やギミックが増えていくプラットフォームアクションになっている。二段ジャンプで高い所に登れるようになったり、赤い花びらのようなもので自分を空高く打ち上げられるようになったり……そうして障害物などがあっても、乗り越えて先に進めるようになっていく。

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Grisの前に立ちはだかる“鳥”。叫んでいる時は吹き飛ばされてしまうが……。
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木の抽象画のようでいて、実は枝の周りに水をまとっている不思議な何か。

 しかし本作は、そういったあれこれをほとんど説明しない。セリフはないし、文字での解説もせず、ユーザーインターフェースもごく一部必要最低限のものがたまに出るだけで、それもすぐ消えていく。

 プレイヤーに明確な“意味”を与える代わりに、『GRIS』は画面で語り続ける。ちょっとカメラのズームを変えたり、ポツンと新アクションが試せるものがあったり。感覚的に引き寄せられて、Grisが新しい能力やマップギミックを発見するのと同時に、プレイヤーも「こういうことなのね」と理解する。非常にクレバーな設計だ。

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 そしてプレイヤーの没入を説明で途切れさせないからこそ、先に挙げてきたような情景や、そこに込められた感情がプレイヤーに流れ込んでくるのだろう。

 thatgamecompanyの『風ノ旅ビト』的なやり方とも言うことができると思うが、“『風ノ旅ビト』的”と評されたゲームは数あれど、本質的にこのレベルまで突き詰めたゲームには出会ったことがなかった。日本でも配信を予定しているそうなので、リリースの暁にはぜひトライしてみて欲しい作品だ。