2018年8月22日~24日の3日間、神奈川・パシフィコ横浜にて開催されていた国内最大のゲーム開発者向け技術交流会、CEDEC2018。最終日となる開催3日目に行われたセッション、“「モンスターハンター:ワールド」飛躍を支えた3つの開発改革”の模様をお届けする。

 ステージには、カプコン 第二開発部 第一開発室に所属する3人の開発者が登壇。つい先日の8月20日、全世界での出荷本数が1000万本を突破した『モンスターハンター:ワールド』(コンシューマー版、PC版、各ダウンロード版販売実績を含む)は、如何にしてカプコン史上最大のヒット作となったのか。開発チームのエンジニアにとって画期的ともいえる改革について語られていった。

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『モンスターハンター:ワールド』の開発改革を語る、カプコン 第二開発部 第一開発室の3人。写真左より深沢 巧太氏、酒谷 佑一氏、西谷 宜記氏。

 本日の講演内容は、開発改革について3つのテーマに分けて行われた。それぞれの主題は、以下の通り。

  • モンスターとハンターの“作り方”改革
  • マルチプレイにおける“設計”改革
  • 長期大規模プロジェクトにおける“明確化”改革

 まずは『モンスターハンター:ワールド』のリードエンジニアを担当していた深沢氏より、最初の議題、《モンスターとハンターの“作り方”改革》のに関する解説が行われることに。『モンスターハンター』は2004年の登場以降、これまで多くのシリーズ作が作られてきたが、『モンスターハンター:ワールド』以前までの制作手法は、ゲームデザインのセクションから上げられてきた要望をエンジニアが請け負って制作するスタイルが行われていたそうで、(モンスターの動きといった)ゲームの基本部分のコードも伝統を引き継ぐかのように連綿と続いていたと、深沢氏。
 ただ、世界をターゲットに新たな『モンスターハンター』を目指すという命題を掲げた新作『モンスターハンター:ワールド』を制作するにあたり、これまでのエンジニア主導の制作スタイルを踏襲したままでは、多種多様なシステムの高度化に対応できないとのことから、改革のアプローチを提言。早期の段階で、『モンスターハンター』に特化したエディタの開発に着手したそうである。

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プレイステーション4やPCというハイスペックな環境での開発にあたり、従来の制作スタイル(エンジニア主導型)では、各分野からの品質要求が激増してしまうとの懸念点から、エンジニア視点での開発改革に着手した経緯が語られていった。

 「このエディタは、『モンスターハンター』を開発することだけに適したもので、これにより各自が自己解決でき、加えて『モンスターハンター』としてのこだわりを追求できるようになりました」と語る深沢氏は、モンスターの制御に関する“モンスターエディタ”を元に、その仕様を解説していった。
 これまでの開発環境下では、モンスターの行動やエフェクトなどに関しては、ゲームに実装して動かしてみなければ結果を見ることが出来なかったところ、この特化エディタを用意することで、エンジニア以外の担当者でもすぐに確認・編集が行えるようになり、結果エンジニアの負担も大きく軽減。ひいては、それぞれの専門分野の担当者がこだわりたいポイントを、より作り込めるようになったとのことで、「クリエイティブに携わるエンジニアとして、挑戦したいところに集中することができるようになり、おもしろさへの追求にこだわれるようになりました」と、特化エディタによる効果を説明していた。

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モンスターエディタひとつをとっても、行動を司るAIエディタや部位マネージャー、アタリ判定を制御するコリジョンエディタに、エフェクトをコントロールするバレットエディタ、行動範囲を判定するナビゲーションメッシュなど、さまざまな要素が存在している。『モンスターハンター:ワールド』のために用意された特化エディタによって、モンスターのユニークな生態系の制作や、複雑な地形への対応、縄張り争いといった、従来シリーズを超える世界観の構築が実現したというわけだ。

 続いて、解説者をプレイヤー(ハンター)エンジニア担当の酒谷氏にバトンタッチし、講義は《モンスターとハンターの“作り方”改革》のハンター編に突入。
 『モンスターハンター:ワールド』は日本のユーザーだけでなく、海外のユーザーにも受け入れてもらうことを目標に開発が行われたというのは前述の通りだが、海外ユーザーに受け入れられるために、どのような改革が必要だったのか。従来シリーズの海外での評判は、「(ひとつひとつの動作がとにかく)スローテンポ」や「(回復薬を使う際などに)動きを止められることがかなりストレス」と散々だったと酒谷氏。「『モンスターハンター』は、シリーズを重ねながら、さまざまな要素の追加、進化を遂げてきましたが、ベースは初代から変わっていません。そこで、『モンスターハンター:ワールド』では、プレイヤー(ハンター)をいちから作り直すことにしました」と、海外ユーザーに受け入れられるために大幅な改革に着手したそうである。
 ただ、従来のスローテンポな部分も、モンスターとの駆け引きを楽しんでもらうために意図的に組み込まれたものとのことで、そこで、今回はまったく違う操作形態を作り上げるのではなく、従来の全アクションの見直しを徹底的に行い、これまでの味わいは残しつつもトータルでの操作感の印象がよくなることを目指した改革を実行。その結果、「いろいろと改善を行ったところ、(社内テスト環境で)操作感がよくなったという声が多くなりました」と改革への反応は上々のようで、さらに海外でのユーザーテストの結果でも(これまでのスローテンポといった)不満がほぼ解消されていたそうで、「このまま進めていけば、多くのユーザーに受け入れてもらえると確信することができました」と、酒谷氏は語っていた。

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 酒谷氏は、プレイヤー班のエンジニアとして前述のアクション部分の開発に取り組んできたそうだが、このプレイヤー班は、開発スタートの時点でエンジニアとゲームデザイナーが1名ずつ、アニメーターが2名の計4名という、少数チームの編成。とにかく作業のスピード感が求められるプレイヤー班は、情報共有の手間がかからない少数のほうが適していたそうだが、今回の『モンスターハンター:ワールド』は過去作品のコードはいっさい使わず、いちから新たに作り直すといった改革を行っているうえ、グラフィックやモーション部分も含めて作り込む部分が増えていることから、開発中期に各パートを1名ずつ増員。最終的には7名の編成で、プレイヤー(ハンター)のアクションに関する部分が作り込まれていった。

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 プレイヤーを構成する要素はたくさん存在しているが、その中でも重要な項目のひとつに、アクション遷移がある。これは、何かしらの条件を判定し、それが成立したら、つぎのアクションをセットするといった仕組みのプログラム。たとえば大剣の攻撃アクションにしても、なぎ払い、斬り上げ、タックル、回避など、さまざまなパターンが存在しているが、これらのアクション遷移をノードベース(さまざまなアクションの処理をグラフィカルなインターフェースで設定するツール)で行おうとすると、かなり複雑な状態になってしまいかねない。
 そこで、変更頻度が低いアクション要素については、ノードベースではなくコードによって制御するという、ツール+コードのハイブリッドシステムを構築。これにより、リアルタイム性による待ち時間の減少や、変更したい箇所をすぐに調整できる管理のしやすさといったメリットが発生し、その結果ゲームデザイナーとエンジニアの無駄なやりとりが削減でき、大幅な効率化が実現できたと酒谷氏。

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ハイブリッド化したことによって、ツールとコードのどちらで設定したのかがわかりづらくなるというデメリットも発生するのだが、プレイヤー班が少人数だったためにコンセンサスが取りやすく、結果的に得られるメリットのほうが大きかったそうである。

 アクション遷移のツール+コードによるハイブリッド化による効率化によって、“新しいモノづくり”をする時間が確保できたとのことで、新たな挑戦に挑むことができる機会が増えたメリットも指摘。『モンスターハンター:ワールド』に導入されたカスタムショートカット機能や、双剣の空中回転乱舞は、酒谷氏が空いている時間で試験的に作ってみたところ、“おもしろければ入れてしまおう”という開発チームのスタンスから採用に至ったと、驚きの誕生秘話が明かされた。

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「ここで紹介するものは、誰に頼まれたわけでもなく、私が勝手に作ったモノです。仮組をして見てもらい、気に入ってもらえたので本実装になりました。カスタムショートカットは、私の担当箇所とはまったく関係のないところなのですが、自分が欲しいという理由で作りました。双剣の空中回転乱舞も、何かキャッチーなものを作りたいと思い、遊びで作ったのがきっかけで生まれた技です」と語る、酒谷氏。

 ここで、解説者がネットワークエンジニアを務めていた西谷氏に代わり、議題は《マルチプレイにおける“設計”改革》に関する内容に突入。
 『モンスターハンター』は、サーバークライアント型のゲームではなく、P2P方式(ピア・ツー・ピア:複数の端末間で通信を行う際のアーキテクチャのひとつ)でマルチプレイを実現しているソフトになるが、『モンスターハンター:ワールド』では、“救難信号システム”という、世界中の誰でもが任意に参加できる仕組みを新たに導入している。この“救難信号システム”を採用するために、『モンスターハンター:ワールド』では“伝統フロー”と“今風フロー”という、ふたつのセッション(※)を採り入れていることが明かされた。
 “伝統フロー”とは、集会エリアを起点とし、クエストの出発と帰還をくり返したり、チャットでの交流を行うネットワーク関連のゲームフロー。“今風フロー”とは、世界中を検索して見つけたクエストに参加し、終了したら解散という、最近のオンラインゲームでの採用例が多いゲームフローで、これが今作の“救難信号システム”となっている。
 『モンスターハンター:ワールド』は、海外ユーザーも含む新規ハンターに、ワールドワイドで遊んでもらいたいという意図も込められていることから、従来のオンラインスタイルと、新しいオンラインスタイルを同居させるという、新たな試み(二重セッション)が採り入れらたわけだが、導入にはシステムの複雑化や各種通信エラーといった難題が山積していたそうである。しかし、前述の酒谷氏が語っていたシステムの効率化によるエンジニアの作業時間の確保によって無事に導入できたと、西谷氏は語っていた。

※マルチプレイを行う際、複数人が所属するグループのこと。このグループに属しているプレイヤー間でマッチングの検索やデータの送受信が行われる。

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 これまでの『モンスターハンター』シリーズでは、モンスターどうしで通信同期を行うのは大型モンスターだけだったところ、『モンスターハンター:ワールド』では登場する全モンスターに対して、通信同期が行われている。これは、エリア切り替えのない広大なフィールドにいる多種多様な生態系が、まるで本当にそこにいるかのような行動や争いをくり広げるという演出を再現するためで、そのためにデータの送受信の見直し、削減が行われたとのこと。
 従来はホストに担わせていたデータ管理を、各メンバーに分散処理するなど、徹底した効率化が図られ、その結果によって世界中のユーザーを対象に、最大で80体ものモンスターが跋扈する世界で狩りを楽しめる世界が構築されたというわけだ。

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 最期の議題となる《長期大規模プロジェクトにおける“明確化”改革》では、ふたたび深沢氏が解説を担当。
 『モンスターハンター:ワールド』のプロジェクトは、ひとつのフロアーでは収まりきらないほどの大人数が開発に携わっていたために業務は細分化されており、方向性のズレや放置案件発生のリスクといった問題を抱えていた。そのため、本作の開発サイクルは3ヵ月ごとに目標設定(マイルストーン)を定め、それを“報告会”、“全体チェック”で確認するといった流れで構成。
 “報告会”は、チーム全員が数時間作業を止めて、各分野のチームのマイルストーンの成果を発表する場。少しのあいだ作業が止まってしまうという自体にはなるものの、現状何ができていて、これから何をすべきかが明確になるため、方向性のズレや放置案件といった問題を事前に解決できるメリットのほうが大きいと深沢氏は語る。

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 “全体チェック”は、開発に携わる全スタッフが作業の手を止めて、(開発中の『モンスターハンター:ワールド』を)ユーザーとして遊び倒す取り組み。これは数日間を通して実施され、参加者全員の意見をレポートとして集結。クリエイティブに関わる集団のため、気になる箇所を見直したいというネガティブよりの意見が集中するそうだが、「これは作品の品質を上げるために、とても大切なことだと捉えています」と深沢氏。各スタッフが、自分の担当箇所以外にも忌憚のない意見を提出することで、見えにくい問題点が浮かび上がったり、優れた部分の指摘は担当者のモチベーション向上につながるなど、さまざまな点で大きな効果があるそう。
 “報告会”と“全体チェック”の実施によって、根本から直すべきバグの早期発見といった効果ももたらされるなど、品質向上と開発の安定化という、作品のクオリティアップに大きな貢献を果たしていることが語られていった。

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 また、QA(デバッグ)期間は、バグの総数や内容などをリアルタイムで把握できるように視覚化することによって、全員が問題点の把握と対策に挑めるフローを確立。これも品質管理向上の一環で、「ネットワーク関連はエンバグ(enbug:ある変更が元になり、ほかの箇所で別のバグを生むこと)が発生しやすかったため、通信に詳しい人員2名を別ビルから同一フロアに引っ越してきてもらいました。そして、都度テストをしてもらう態勢を取ったところ、バグも激減しました。こうやってバグをつぶしていけば、さらにフォローに回れる人員が増え、さらに安定化を進めることができます」と深沢氏は語り、本セッションを締めくくった。

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 今回のセッションで語られた3つの講義は、まったく新しい『モンスターハンター』を作り出すために必要なもので、これらのエンジニアの改革によって世界中で大ヒットを記録している『モンスターハンター:ワールド』が生み出されたというわけだ。数百人規模という膨大な開発人員ながら、全員が同じ目標に向かって進めるようにするための意識改革は大きな効果をもたらしているようで、とくに全スタッフがプレイヤーとして遊びに徹する“全体チェック”は、プロジェクトの方向性のブレをなくしつつ、さらにおもしろい作品を作ろうという意気込みが集結する驚きの試みだが、こういった思いが集まっているからこそ、全世界で1000万本も売り上げる傑作が生み出されたのだと納得。まだまだ勢いが止まらない『モンスターハンター:ワールド』だが、つぎの改革にも大いに期待したいところである。