2018年6月27日、東京・東銀座にあるカドカワセミナールームにて、“ゲームビジネスアーカイブ”の第5回が開催された。5回目となる今回は、メガドライブ版『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』といった人気タイトル開発の中心人物である元セガの中裕司氏が登場。これまでに手掛けたタイトルについてや、セガ家庭用ゲーム機の黎明期についての貴重なエピソードを披露してくれた。ここでは、その模様をお届けしよう。

 2018年6月27日、東京・東銀座にあるカドカワセミナールームにて、“ゲームビジネスアーカイブ”の第5回が開催された。ゲーム制作だけではなく、ハード開発や広報、宣伝・営業、メディア関係者などの幅広い業界関係者を招き、ビジネス上の貴重な知識や経験上の情報を後世に残すべく開催されている本イベント。

 5回目となる今回は、メガドライブ版『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』といった人気タイトル開発の中心人物である元セガの中裕司氏が登壇。これまでに手掛けたタイトルやセガ家庭用ゲーム機の黎明期についての貴重なエピソードを披露してくれた。

2018年1月よりスクウェア・エニックス社員として活動中の中 裕司氏。本編開始前には、病床にてクリエイテブな素養が培われたといった自身の生い立ちを語ってくれた。

 トーク本編は、中氏がセガに入社した1984年からスタート。出身地である大阪の仲間に「オレの作るゲームに100円入れろよ!」と勇んで上京したものの、配属先はSG-1000向けのタイトルを開発するパーソナルコンピューター事業部。「部署の人数は30人くらいで、とてもゲームメーカーとは思えなかった。仕事も自分で覚えろというスタンス」であったと発言。新人研修で制作した処女作『ガールズガーデン』は、当時はプログラマーだったHiro師匠(現セガ・インタラクティブ所属)とともに約4ヵ月で制作したのだという。

 そのため、ゲーム制作過程についての質問に対しても「プロっぽっくない(笑)。そもそも34年間のあいだで、システマチックにゲームを作ったことはない」と回答。「理想は一生同じゲームを作り続けていたいけど、だいたい1年半で飽きてしまいます」と語り、来場者の笑いを誘っていた。

自身が手掛けたゲームの画像を見ながら当時の様子を語っていった中氏。

 トークは進みセガ・マークIII時代へ。プログラマーが10数名程度には増えた部署に「突然畳一畳分くらいの基板が持ち込まれて」(中氏)開発がスタートしたのだという。そこで手掛けた『F-16 ファイティングファルコン』や『スパイvsスパイ』には、オリジナル版にはない要素を盛り込んだことを説明。中氏のサービス精神の旺盛さがうかがえるエピソードだろう。

 当時過程容器への移植は不可能と言われていた『スペースハリアー』の移植を実現させた中氏だが、原作があまりに好き過ぎて、なんと正式なプロジェクトとなる以前に作り始めていたのだと説明。キャラクターの周囲にある“フチ”をどうにかしたいと思っていたが、その状態でもゲームになる手応えを感じた上司がゴーサインを出したことで、商品化が決定したのだという。また移植にあたっては、原作のディレクターである鈴木裕氏に「3Dの極意を聞きに行った」という。

 SF・RPG『ファンタシースター』で話題となったスムーズにアニメーションする3Dダンジョンも、同様に勝手に作り始めたのが最初だったと振り返る中氏。アニメーションを実現するためにはたいへんな手間ひまが必要で、また容量もグラフィックパターンだけで4メガビットとなり、圧縮プログラムを用いることで1メガビットに収めることができた(それでもスピードの遅さには納得できていなかったが)と語った。

マークIII時代に中氏が手掛けたタイトル群。野球のルールをよく知らないまま作った『グレートベースボール』は、開発終盤にオマケで用意したホームラン競争があったことでバランス調整が行えたと説明。

 トーク後半はメガドライブ時代の話題に。『スーパーサンダーブレード』に続いてプログラマーとして参加した『ファンタシースターII』では、前作に引き続き3Dダンジョンをやりたかったのだが、先行して制作されていたグラフィックデータの容量が大きく断念。バトルの背景を簡略化などをするも容量が足りず、「納期に必ず間に合わせるから!」と会議で大見得を切ってカートリッジに容量増加を勝ち取った(その分完成まではハードな仕事だった)のだという。また、当時の多くのプレイヤーに衝撃を与えたネイのシナリオに関しては、「物語に抑揚があったほうがいいと思ってそうしたが、プレイヤーからはたいへん罵られた」と当時の思いを説明。後に『ファイナルファンタジーVII』をプレイして、ようやくその気持ちがわかったとの発言も飛び出した。

『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』開発以前に中氏が出掛けたメガドライブタイトル。

 展示会で見たアーケード版『大魔界村』に感銘を受け、カプコンからのソースコードやグラフィックデータの提供を受け(またも容量の圧縮に悩まされながら)移植を実現した中氏。その後に開発した『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』が大ヒットしたのはよく知られるところだ。

 しかし『ソニック』以前の一時期、製品化されなかったプロジェクト『メタルランサー』を開発していたと語った中氏は、なんと当時の開発中ROMを実演! 星空の中を飛び交う宇宙船の前で、敵キャラクターがなめらかに拡大縮小する画面を目の当たりにした来場者からは、オドロキの声が漏れていた。

世にでることのなかった幻のタイトル『メタルランサー』。開発途中のROMなためゲームにはなっていないが、自機の操作や敵の出現などが可能となっていた。

 さらに秘蔵アイテムの披露は続き、何とメガドライブ時代の開発現場を取材した映像を上映。テレビのニュース番組でオンエアされたというこの映像には、めったに表に出ることのないセガ社内の開発室が映し出されている。映像そのものは15秒という短いものだが、開発機材や仕事中の中氏(!)など貴重なモノが写っており、来場者はシーンごとを解説をする中氏の声を聞き逃すまいと、熱心に聞き入っていた。

開発中だった『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』のソースコードの一部を説明する中氏。ループを作る際のコリジョン(当たり判定)の策定に苦心したとも。
グラフィックデザイナーが使用していたデジタイザー。マウスのように操作して、画面のドットを打っていくための機器だ。
開発室の様子。画面手前でパソコンに向かって作業をしているのが当時の中氏。
M5(えむご)と呼ばれたメガドライブの開発基板。本体が完成する前なのでいろんなものがむき出し。

 その後は『ソニック』シリーズについてのエピソードが披露された。時代がサターンに差し掛かったところで残念ながら時間切れとなり、イベントは終了となった。中氏は話し足りなそうな様子であったので、次回以降のサターン/ドリームキャスト編の開催での、さらなる貴重なエピソード披露に期待したいところだ。

ハードでグラフィックの回転拡縮機能を持っていたスーパーファミコンに対抗するべく、メガドライブのソフトウェアで同機能を実現したでもプログラムも披露された。
イベント終了後の中氏。隣は、イベント発起人で司会進行を受け持った元BEEP編集長の川口洋司氏。