2018年2月23日に リリースされたPC用アドベンチャーゲーム『YUMENIKKI -DREAM DIARY-』(以下、『YUMENIKKI』)。2004年にききやま氏が発表した伝説的フリーゲーム『ゆめにっき』を当世風のインディーゲームのアプローチで“リイマジン(再構築)”した作品ということで、国内外のファンの注目を集めている。
今回は、同作の企画・発売を手掛けたKADOKAWA、開発・販売を担当したアクティブゲーミングメディアそれぞれの代表スタッフに、開発にまつわるエピソードを伺った。謎に包まれた原作者・ききやま氏に関する情報にも可能な範囲で踏み込んでみた。
【インタビュイー】
一之瀬裕之氏(中央)
KADOKAWA 『YUMENIKKI -DREAM DIARY-』プロデューサー
イバイ・アメストイ氏(左)
アクティブゲーミングメディア代表
水谷俊次氏(右)
アクティブゲーミングメディア『YUMENIKKI -DREAM DIARY-』ディレクター
ツクール作品の新たなエコサイクルを構築するための“リイマジン”
──『ゆめにっき』を“リメイク”ではなく“リイマジン”することになった背景を教えてください。
一之瀬 近年、『ツクール』シリーズで作られたIPの小説化やコミカライズ、映画化などが増えていく中、それをきっかけに、かつてのユーザーさんがふたたびプレイヤーとして戻ってくる流れができています。そんな中、もっとも有名な『ツクール』作品を、現代のゲームの指向性・方向性に則った形で再構成して提供することで、そのサイクルを促進したいという思いがありました。『ゆめにっき』は海外人気も高いんですよ。
──そうなんですか?
一之瀬 プロモーションが始まってから、ヨーロッパや南米、アジアの方々も公式Twitterの投稿をリツイートしているようです。
──海外でも人気ということは、すでにそれぞれの言語のローカライズもされているのでしょうか。
一之瀬 おそらく有志が海賊版の言語パッチを作って遊んでいたのだと思います。
水谷 開発者がここまで情報を提供していない尖ったゲームって海外でも珍しくて、日本と同じようにたくさんの考察サイトが存在します。2018年1月から、英語に正式対応させた『ゆめにっき』をSteamで配信していますが、アクセスが多いのは断トツでアメリカでした。僕個人の感想としては『ゆめにっき』はナラティブ(個人体験的)なインディーゲームの走りだと思っています。
──そういった国際的な注目度も見越しての『ゆめにっき』だったんですね。
一之瀬 当初はそういうわけではなかったんですけど……単純に、私自身が『ゆめにっき』のファンなので(笑)。
──開発がアクティブゲーミングメディアさんになった理由は?
一之瀬 今回はインディーゲームの文脈に則った開発になるだろうとの見通しがありました。となると、以前からインディーデベロッパーさんを応援していて、海外展開にも強いメーカーといえばアクティブゲーミングメディアさんしかないだろうと。
イバイ 私たちの会社は社員の3分の2が外国人なのですが、以前その中のひとりのスペイン人のファンに日本に来た理由を尋ねたところ「『ゆめにっき』が好きで……」と言っていたんです。それを聞いてすぐに、弊社の中西(一彦氏。アクティブゲーミングメディアのセールス部部長)から、今回の仕事をとってきたという連絡がありました。
──すごい偶然というか、シンクロニシティですね。
イバイ 彼はもちろん『YUMENIKKI』の開発メンバーで、キャラクターデザインなどのクリエイティブ全般を手掛けています。
──過去に移植開発などを手掛けられていたとはいえ、アクティブゲーミングメディアさんにとっても『ゆめにっき』のリイマジンというのは、かなり大きいチャレンジだったのではないかと思うのですが。
イバイ 弊社がソフト開発部署を設けたもともとの意図としては、自社で積極的に開発していこうというよりは、開発をなかなか完了できない個人のインディー開発者の支援をしたかったというのが発端なんです。ただ、『ゆめにっき』のリイマジンをやることになるかも……というときにスタッフたちが大喜びしていた姿を見て、これは絶対にやるべきだと思いました。過去には移植開発などを手掛けていましたが、原作があるものの素材などほぼゼロの状態からゲームを開発するというのは今回が初めてで、『YUMENIKKI』のおかげで部署が大いに育てられましたね(笑)。会社としてもちょうど10期目を迎えるタイミングで、世界で高い人気を誇るタイトルを担当できることは非常にシンボリックな出来事であり、大変幸せなことだと感じました。
原作者・ききやま氏が『YUMENIKKI』に託したこと
──本作は『ゆめにっき』の作者のききやまさんが全面的に協力されているとのことですが、そのあたりの交渉はスムーズに運んだのでしょうか?
一之瀬 ききやまさんとは今回の件があって初めて連絡を取ったわけではなく、ツクール事業の中で何度もお会いしています。とても誠実な方で、昨年の東京ゲームショウにもわざわざ(『ツクール』シリーズの)ブースに来ていただいたりしましたね。
──まったく表に出てこない方なので、ご健在とわかって安心しました。……ちなみにどこにお住まいなんでしょうか?
一之瀬 ききやまさんは物静かで、自分からいろいろ投げかけていくスタイルの方ではないので、私から明かすわけにはいきませんが、『YUMENIKKI』の制作を始める際には、このインタビューに参加している3人でききやまさんのもとにご挨拶に伺いました。
──そのような関係性だったということは、一之瀬さんのほうからことあるごとにアップデートなり新作なりの話を持ちかけていた……ということですね?
一之瀬 直接的にではありませんが、「何か新しいことをやりたいですね」という投げかけだけは、その都度させていただいていました。それで実現したことのひとつが、『RPGツクールMV』にコンバートした『ゆめにっき』のブラウザゲームとしての公開です。『ゆめにっき』の魅力をいまの若い方にも広げていきたいので……ということを訴えて、了承していただきました。
──ききやまさんのお人柄がおぼろげにうかがえたということでこの際だから伺ってしまいますが(笑)、『ゆめにっき』の不思議な世界観やシンボリックな事象の数々については、ききやまさん自身、どの程度意図されていたものなのでしょうか?
一之瀬 と言いますと?
──ゲームの構成がすべてにおいてインスピレーション重視なのか、あるいは、ファンがネットで公開している考察のように、あらかじめ綿密な計画に基づいて構築されたものか、という疑問です。
イバイ その点に関して、ききやまさん自身はあえて何もおっしゃっていません。ただ、あくまでもいちファンとしてプレイした上での印象で言えば、「これは偶然ではないな」と思うところはたくさんあります。
──たとえばどのような?
イバイ 私はスペイン出身で、南米の文化の影響も強く受けているのですが、そういう観点からすると、作品内に登場する遺跡の存在や、色の使いかたは、「ただ何となくかっこいいものにしよう」と思ってできたものではないですね。
──おおっ!!
イバイ とはいえ『YUMENIKKI』で、「私たちの『ゆめにっき』の解釈はこうだ!」ということをことさらに主張したいわけではありません。謎は謎のまま残しながら、より多くの人に『ゆめにっき』の魅力を知ってもらえる作品になることが開発コンセプトです。
──『YUMENIKKI』の企画自体について、ききやまさんから何か要望などご意見はあったのでしょうか?
一之瀬 ききやまさんにはすべてのビルドに目を通していただいています。これは実際にお会いしたときに伺ったのですが、「説明的でないところが現実に近いですね」とお褒めの言葉をいただいています。最初の企画書を見ていただいたときもとくに要望はおっしゃらなかったのですが、これは、それぞれのユーザーさんたちに、自分たちが思う『ゆめにっき』があるように、開発にもあってもいいと思われているのだろうと我々は解釈しました。
"『ゆめにっき』らしさ"を問い続けたゲーム開発とその先について
──それはそれで、開発としては相当プレッシャーだったのではないかと。
イバイ 現場は難しかったと思います。KADOKAWAさんと定めたおおもとのコンセプトは守りつつも、個々の要素を具体的にどうしていくかについては、最後まで迷いながらの開発でした。ゲームディレクターには自分の理想があって、ゲームとしておもしろいと思ってもらえるように作りたいのですが、ほかのメンバーが「でもそれは『ゆめにっき』っぽくないからやってはいけない」といって軌道修正するという場面がたくさんありました。
──お話を伺う限り、アクティブゲーミングメディアさん側で大胆に踏み込んでみた、という要素は、あまりないようですね。
イバイ あくまでも、原作の新しい見せかたにこだわりました。まったくのオリジナルという点では、新しいキャラクターは多少入っていますが、メインはやはり、『ゆめにっき』の魅力を伝えることなんです。我々としては、少人数でできるだけ短期間で開発することで“インディーゲームの香り”を出すことに専念しています。
──実際にプレイしてみて、アクションゲーム的な要素が、あくまでも原作との比較ですが、だいぶ強まっている印象を受けました。
イバイ 確かにゲームらしい作りにはなっていますが、謎を探し回るという大前提は変わっていないと思います。
水谷 『ゆめにっき』はファンの皆さんひとりひとりの思い入れが強い作品なので、そのリイマジンとなると、どうしても解釈や表現の齟齬が生じてしまいます。ただ、制作側もユーザー側と同じように強い思い入れがあることを打ち出さないと大変なことになるので、そこに関してはしっかりと踏み込んだ作りになっていますね。
──ちなみに、実際の開発規模や期間は。
イバイ 開発期間は9ヵ月です。実作業に入る前の企画段階を含めると、ちょうど1年くらいですね。メインの開発スタッフは7~8人で、一部外注スタッフの力をお借りしています。アニメーション制作はグラフィニカさんに依頼しました。
──開発中のアクティブゲーミングメディアさんとKADOKAWAさんのあいだでのやりとりは?
イバイ 一之瀬さんのほうからいろいろとご指導をいただき、開発陣が鍛えられました。
一之瀬 弱ったな(笑)。
──一例で結構ですので教えてください。
イバイ たとえば「足音はもっと怖いものにしてほしい」といった指示や、窓付き(主人公)のモーションについて、アドバイスをいただきました。
──今回はSteam配信のPC版での展開ですが、今後プラットフォームが追加されていく予定は。
一之瀬 PCを持っていないユーザーにもプレイしていただきたいと考えてはいますが、正直なところ、PC版の売れ行き次第です。
──ほかのツクール作品でも、リイマジンを展開するお考えはあるのでしょうか。
一之瀬 (小声で)精力的にやってきたいとは思いますが……まずは『YUMENIKKI』をよろしくお願いします!(笑)
──わかりました。最後に、読者に向けてひと言ずついただければと。
一之瀬 開発のアクティブゲーミングメディアさんが作品に込めた“愛”を感じていただければと思います。あと、ツクール事業部が直接関わっているからこそのアッと驚く仕掛けも用意していますので、お楽しみに。
イバイ リイマジンに携わったことで、『ゆめにっき』がパワフルなIPであること、日本が誇るべき作品であることを、改めて実感しています。本作は、原作へのリスペクトありきで開発された密度の濃い内容になってるので、存分に楽しんでください!
水谷 これまでのファンはもちろんですが、この記事で『ゆめにっき』を知った方も、ぜひ遊んでみてください。初めて触れても楽しめるようになっています。
■撮影/和田貴光