フリーランスのハッカー、ブランダイスが、ゆっくりと超高層ビルから落下していく。「これで終わりなのか」と盟友の顔を思い浮かべながら。運命の糸はいかにして彼をここに連れてきて、このような結末に導いたのか? 物語はその少し前、古風なバー“レッド・ストリングス・クラブ”に遡る……。
Deconstruct Teamのアドベンチャーゲーム『The Red Strings Club』を紹介する。インディーパブリッシャーのDevolver DigitalからPC版が本日配信開始され、架け橋ゲームズによるローカライズで日本語にも対応している。
さて冒頭の通り、主人公のひとりが死のうとしている場面から走馬灯的に始まる本作。舞台となるのは、サイボーグやインプラント技術が進化した近未来だ。
この時代、人々はインプラントにより、感情や思考傾向を制御することすら可能になっていた。ある者は出資者を増やすために説得力を強化し、ある者はネガティブな感情を抑え込むといった具合に。
一方、レッド・ストリングス・クラブの店主にしてバーテンダーであるドノヴァンは、かつての負傷によりインプラントの不適合者となり、そんな最新科学の恩恵から取り残された人物だ。
だが彼には、その代わりに特異な才能があった。客の中に隠されたさまざまな感情を引き出す、絶妙なカクテルを創り出すことができるのだ。インプラントに頼らずに、喜びも哀しみも自由自在に呼び起こす極上の一杯を。
ハッキングと特殊インプラントによる声真似で情報を引き出すブランダイスと、店に集まる人々からカクテルで情報を話させるドノヴァンは、裏稼業としていい情報屋コンビでもあった。
しかし、いつものようにブランダイスがグラスを傾け、ドノヴァンの見事な腕前に感心していたところに、壊れかけのアンドロイドが転がり込んできたことで物語が大きく動き出す。
ブランダイスが損傷したアンドロイドの頭脳にダイブして判明したのは、大企業であるスーパー・コンチネンタル社による極秘計画だった。インプラントによる感情コントロールをさらに一歩進め、今度はクライアントからの個別の依頼に応じる形ではなく、ネガティブな感情をこの世から等しく一掃するという。
世界と人々をネガティブな感情から救うという天使のような理想の裏には、人が人たる思考を大企業に操作される洗脳ではないかという悪魔の危険性が潜む。かくして計画を止めるべく動き出したふたりを中心に、ゲーム本編は進んでいく。
あらすじがちょっと長くなってしまったが、まぁこういうサイバーパンク的な近未来設定の中で、(本来はもっともアナログな)感情や思考をキーに進んでいく話なんだとご理解いただきたい。
前半はドノヴァンによる情報収集が、後半はブランダイスによる潜入作戦がメインで、前者はご想像の通り「店を訪れた関係者にどんなカクテルを出し、どんな質問で情報を引き出すか」、後者は「(ブランダイスのハイテク声帯模写で)誰になりきって電話をすれば誰が目当ての情報を教えてくれるか」がカギとなっていく。
いずれも一種のソーシャルハックとまとめることもできるだろう。「こういう類のことなら、こういう感情を刺激すれば喋ってくれるんじゃないか?」とか「この情報ならこの人が知ってそうで、となるとこの人になりきれば教えてくれるのでは?」といった推測によって謎を解き、真相に迫っていくのだ。
なお、どんなカクテルを出したか、どんな会話を選んだかといったプレイヤーの決断は記録され、それらが後の出来事に影響することもある。多少詰まる所があってもひと晩でクリアーできる程度のサイズの作品だが、よりよいエンディング、あるいは別の可能性を目指して、くり返しプレイするのが推奨というわけだ。
さまざまな人々の感情の隙間に入り込んでいく話なわけで、作戦を進める内に、キャラクターの意外な内面や関係性が判明して沁みることもしばしば。伊東龍氏による日本語版テキストは、ハードボイルド気味な文体でそのあたりの侘び寂びがスムーズに訳されていると思う。
果たしてブランダイスの結末には死しかないのか、仮にそうであるとすれば彼は最期に何を思うのか? サイバーパンク世界のバーテンとしてカクテルを作る海外産アドベンチャーゲームと言えば、昨年日本語版がリリースされたSukeban Gamesの『Va-11 Hall-A』が話題を呼んだが、あちらが人々が寄り添って辛い日常を忘れるための一杯だとすれば、本作は考えをめぐらせながら静かに自分と向き合うための一杯といったところ。テイストは違うので、“二軒目”をハシゴしてみるのもいいんじゃないだろうか。