“エムツー ショット トリガーズ”第3弾『魔法大作戦』発売記念ロングインタビュー(エイティング編) 振り向けば仲間がいた。原作開発時の熱き情熱を当時のスタッフに聞く

2017年11月2日に配信されたエムツー ショット トリガーズ第3弾『魔法大作戦』。先日掲載したエムツーへのインタビューに続き、原作開発を手掛けたエイティング/ライジングの横尾憲一氏、そして外山雄一氏にご登場いただき、当時の開発エピソードや心意気を存分に語っていただいた。

ライジング設立メンバーのふたりを召喚!

 2017年11月2日に配信開始されたエムツー ショット トリガーズ第3弾『魔法大作戦』。先日掲載したエムツーへのインタビューに続き、原作開発を手掛けたエイティング/ライジング(※)の横尾憲一氏、そして外山雄一氏にご登場いただき、当時の開発エピソードや心意気を存分に語っていただいた。ご存じの方もいるかと思うが、ライジングは元コンパイルのスタッフが開発の中心となったメーカー。その遺伝子がいかに受け継がれているかがよくわかる内容となっているので、『魔法大作戦』だけでなく、ゲーム史に興味のある方にも一読いただきたい。

※ライジングは制作、エイティングは販売を手がける会社として設立。現在はエイティングに一本化されている。

“エムツー ショット トリガーズ”第3弾『魔法大作戦』発売記念ロングインタビュー(エムツー編) 超魔法ボンバーな勢いで制作された過激な情熱を、開発スタッフに聞く

“エムツー ショット トリガーズ”第3弾『魔法大作戦』が発売! 発売を記念してのロングインタビューをお届けする!

インタビュー参加者
(前列左から)横尾憲一氏、外山雄一氏。
(後列左から)久保田和樹氏、堀井直樹氏、長野敦也氏。

横尾憲一氏
エイティングプロダクト制作部シニアプランナー。1991年コンパイルに入社し『スプリガンmark2』ロゴ原案、『電忍アレスタ』コンセプト部分参加。1992年にライジングの設立に参加。『魔法大作戦』ではグラフィック・ストーリーキャラクターデザインを担当。その後も『疾風魔法大作戦』、『蒼穹紅蓮隊』、『グレート魔法大作戦』、『バトルガレッガ』など、同社の主要タイトルで企画・グラフィックデザインを中心に活躍。

外山雄一氏
10代よりテクノソフトに在籍し企画・プログラマーとして『HERZOG』などを開発。コンパイルに移籍後は『武者アレスタ』、『精霊戦士スプリガン』、『スプリガンmark2』に企画・プログラマーとして携わる。1992年のライジングの設立に参加。『魔法大作戦』、『疾風魔法大作戦』、『蒼穹紅蓮隊』などに関わる。2017年9月にエイティングを退社。

[2017年11月24日午後8時20分]お名前の並び修正させていただきました。お詫びして訂正します。

ライジングを設立しアーケードの世界に参戦

――まずは、ライジング設立当初のお話をお伺いしたいのですが、設立以前は皆さんコンパイルに在籍されていたんですよね。

外山 そうですね。開発メンバーの4人はコンパイルから。プログラマーがふたり、デザイナーがふたり。サウンドは外部の本山(淳弘氏。『魔法大作戦』のサウンドコンポーザー)さんにお願いするんですが、それはゲームが形になってからでした。

――会社設立時そのときはどんなお気持ちでしたか? 20年以上前のことで記憶が薄れているところもあるかとは思いますが。

外山 設立当初の社長と会社を作ろうということになって、まず何を作ろうという話をしていて、誰とはなしに「アーケードをやりたいです」って言い出したんですね。1990年代前半のゲームの花形はやっぱりアーケードだという意識もあって。すでに『雷電』が市場に受け入れられていたこともあって、アーケードで縦スクロールシューティングを選んだ気がしますね。

堀井 アーケードゲームをリリースするためのツテはあったのですか?

外山 もともと社長が前職から東亜プランとのつながりがあったので。アーケードを作ろうということになって東亜プランに相談しに行きました。基板の権利の許諾を受けるのはもちろん、何度かアドバイスを受けながら作ったという感じですね。

堀井 なるほど、だから基板のチップがまんま東亜プラン製だったのか。

――アーケードのノウハウは東亜プランの協力があったと。

横尾 『魔法大作戦』企画の立ち上げ時にも「シューティングを作るにはどういうことを気にかけるべきか」という話を、当時の東亜プランの上村(建也氏。『究極タイガー』、『ゼロウイング』などのプログラマー兼コンポーザー)さんたちに聞かせていただいたんです。いちばん最初の企画では、中国の“武侠モノ”をモチーフにしたシューティングを作ろうとしていたんですよ。しかし上村さんからは「アーケードゲームはワールドワイドでウケないとダメだ」と言われて、企画を修正しました。『魔法大作戦』がワールドワイドかどうかは置いておいて(笑)。

――(笑)。持参いただいた当時の企画書を見ると、かなりゲームの細かい部分まで書かれていますね。完成したゲームに実装されているアイデアがすでにできていたりして。

エイティング所蔵による当時の企画書。ちょっと手を加えれば仕様書として通用しそうなほどにアイデアが書き込まれている。

堀井 人によってはこれを見て作っちゃうレベルですよね。

横尾憲一氏

横尾 基本的にはこれをベースとして作って、スタッフどうしで相談しながらですね。なにしろスタッフが4人なので、みんなで顔を突き合わせながら「もっとガーって動くんだよ」とか言いながら詰めていって。

堀井 4人ぐらいだと意思の疎通が凄くラクですよね。うちは移植だけで4人以上かかってしまっているので、意思疎通が大変っていう。でも話を聞いていると、東亜プランさんがいらっしゃったので、アーケードでやるのも無謀じゃないし、勝算があるみたいな感じだったんですかね。

横尾 そうですね。それに当時アーケードのシューティングはいっぱいありましたけど、コンパイルのシューティングはスクロールが速かったり、演出が多彩だったりで、アーケードになかったと思っていたんです。僕は『武者アレスタ』が好きでコンパイルに入ったこともあって、「『武者アレスタ』的なコンシューマシューティングをアーケードに翻案してやりたい」と言ったところ、企画の中島さん(和之氏。本作の企画兼グラフィックデザイナー)も賛同してくれまして、スタートしたというのがあります。僕自身は商品化されるようなシューティングを作るのは初めてだったんですけど、名作シューティングを作っていたふたりがいましたので、安心感はすごくありました

――蓋を開けてみたらコンシューマーとそう変わらなかった?

外山雄一氏

外山 搭載CPUはMC68000とZ80で、クロック数の差こそあれメガドライブと同じですし。でもじつは、開発途中で1回基板を変えているんですよ。開発当初はBCUというチップを使っていましたが、途中で『魔法大作戦』や『バトルガレッガ』などで使っているGCUというチップに変更しました。構成はさほど変わらなかったので、載せ替えはすんなりいきました。理由としてはGCUのほうが新しいぶんコストパフォーマンスがよかったんです。

堀井 ほかの当時のアーケードゲームと比べて「スペックが足らないよ」とか「こっちのほうがしょぼいけどがんばる」みたいなことは?

外山 当然他社の基板には鬼のように色数が多かったり解像度が高かったりしたものもありましたけど、足りないけどそこはしかたないと割り切っていましたね。

横尾 むしろその前に作っていたプラットフォームがMSXやメガドライブだったので、ROM容量が無限にあるように感じていました(笑)。「8メガかよ!」とか「こんなにカラーパレット使っていいの?」って(笑)。

外山 グラフィックデータが全部マスクROMに(分割・圧縮せずに)ベタ持ちできるので、それには驚きました。

――いちいち展開する必要がない?

堀井 そこは確かに解析する側も絵がすぐ出るからありがたい。

横尾 ただマスクROMを量産するために、マスターアップの数ヵ月前にグラフィックの締め切りがあったのはキツかった。画面を表示するプログラムがすべて完成する前に締め切りが来たので、とりあえずマスクROMの容量目一杯までに使いそうな絵素材だけは埋めておいて。

――そこは家庭用と流儀が違ったと。

堀井 アーケードだと、プログラムは書き換え可能なEP-ROMを使いますけど、グラフィックとかそれ以外の素材は先に読み込み専用のマスクROMを焼いてしまうので、あとから変更が効かないんです。

横尾 だから後半2面くらいはゲーム上で動いているのを見ずに納品した感じですね。開発ツール上でアニメーションとかは確認できましたが、あとはプログラム次第だったので、ちゃんと動いていてほんとうによかったですね。

久保田 そうだったんですか!

横尾 出来あがった絵が実機で確認できているわけではなかったんです。とくにコロシアムはBG面で描いているので、ツール上での確認がしにくく、「ちゃんと動いているな」、「順番間違えてないよな」って思いながら慎重に作業をしていました(笑)。

――開発全体の期間はどれくらいだったのでしょう?

横尾 僕らが1992年の3月くらいに上京して、『魔法大作戦』がリリースされたのが1993年の5月くらいでしたっけ?

外山 準備期間を含めると1年ちょっとかかっているんですよね。社内的には、作りかたが(家庭用と)変わってないのなら、もっと早く終わっている気持ちだったんですけどね。

横尾 ドットを打ち始めてからは1年かかってないと思うんですけど、やはりいろいろと準備があって。最初は、東亜プラン製の開発ツールを使っていたんです。ジョイスティックで操作するやつ。

堀井 あれでやってたんだぁ! ジョイスティックでドットを打つツールがあったんですよ。タイトーさんとかカプコンさんにもあるっていう話なんですけど、僕は触ったことない。

横尾 中島さんも僕も、その前はMSXを使ってドットを打っていたので、ジョイスティックには不慣れで。3日ほどがんばってみたのですが、だんだん肩に負担がかかってきて「お願いだからなんとかして!」と泣きついて、ジョイスティックの代わりにテンキーで操作できるモノを作ってもらいました。マウスはまったく使っていませんでしたね。

外山 開発環境はちょっと特殊でした。

長野 ところで、ライジングって社名はどんなふうに決まったんですか?

外山 名前にスピード感がほしかったんですよね。それに漢字で“雷神宮”って書くとカッコイイなと思いながら。

横尾 いわゆる日の出は“Rising”、社名は“RAIZING”でスペルが違うんですよ。社名のロゴで「雷神の絵を出そう」みたいな話も出たのですが、それは中島さんが断固拒否して(笑)。

長野 ロゴに稲光も入っていますもんね。

横尾 もともとコンパイルだったこともあって、みんな高速スクロールが大好きで(笑)。

堀井 名は体を表すですよおー! そうかあ、広野(隆行氏。元コンパイルのプログラマーで『ザナック』などを生み出し、同社のシューティングタイトルの礎を作った)さんの遺伝子かぁ。

『武者アレスタ』の遺伝子をアーケードに

――僕はリアルタイムで『魔法大作戦』をほとんどプレイしたことがなく、この取材用に改めてプレイしたのですが、率直に言うと「これって武者アレじゃないか!」と感じたのですが……。

堀井直樹氏

堀井 (割り込んで)そうなんですよ! 僕もゲームセンターで見たときに、「コンパイルのシューティングが出た!」と思ったんですよ、本当に。大雑把に言うと、演出過多になって3分で終わるように作られた『武者アレスタ』。だから当時の僕は、まともに2面もクリアーした記憶ないんですよね(笑)。いまでこそボンバーを惜しまず使えていますけど、当時は「使ったら負け」みたいな気持ちで、抱えて死ぬことが多かったですね。

――と、堀井さんもおっしゃっていますが(笑)。改めて、その点いかがなのでしょう。

横尾 はい、あえてですね。当時の縦スクロールシューティングって、ゆっくりスクロールが進んでじわっと敵が動くものがほとんどで、『武者アレスタ』のように自機やスクロールが速いゲームってなかったと思います。プレイヤーキャラクターに関しても、単に戦闘機を選ぶよりはわかりやすいだろうと開発当初から用意していたんです。『ストリートファイターII』の影響なのか、同時多発的にそういったシューティングが出てきましたが。

――当時のゲームセンターで大ヒットしていた『ストリートファイターII』シリーズは、ジャンルを問わずさまざまなタイトルに影響を与えていますよね。

横尾 キャラクターを入れるのに「ナンパな案だ」みたいな話が持ち上がって一瞬モメましたけど(笑)。

堀井 やっぱりあったんだ。

外山 タイミングの話だと『魔法大作戦』のリリース直前に『戦国エース』が出ているんですよね。社内では「これやばいんじゃない?」ってことになり(笑)。

横尾 しかも先に出るみたいな(笑)。

外山 こっちが先ならまだしも。みんなでロケテストを見に行きまして、そしたら意外と被ってなかった(笑)。

堀井 ロケテストを見に行くくらいまで気にする気持ちはわかります。でも僕らからすると、ビデオシステム→彩京なのと同じで、コンパイル→ライジングなんですよね。

――『武者アレスタ』に似ていると思ったのはもうひとつ理由があって、メインショットのパワーアップアイテムが落ちてくるパターンです。あれも武者、というか『アレスタ』シリーズの伝統ですよね。

外山 ほぼいっしょですよね。

堀井 アルゴリズム的には同じですよね。『バトルガレッガ』のコンティニュー後のアイテム散らばりもやっぱりこれで、コンパイルの血筋なんだと思うんですよね。

――放物線を描くあの動きは、どこから生まれたのでしょうか。

外山 『武者アレスタ』時代に中島が書いた企画書からそうなっていたような気がします。

横尾 一度上に上がることでプレイヤーがアイテム出現を認識できるので取りやすい。

外山 想像するに、東亜プランのゲームにあるようなアイテムが画面上を漂うのが嫌だったんでしょう。

横尾 「取ろうとしたらいつも死ぬ」って言っていましたね(笑)。

――東亜プランあるあるですね。

堀井 取ろうとして死ぬし、取らされて死ぬし、どっちもあってゲーセンって辛いなって(笑)。でも、『魔法大作戦』みたいに最初にちょっと上のほうに行って、放物線で加速をかけて落ちてくるっていうのは、遊ぶ側からするとフェアですよね。

――それにしても、意外なことにコンパイルシューティングの血脈がアーケードに流れ込んだのって『魔法大作戦』が初めてなんですよね。

外山 そうですね。コンパイルはセガの仕事をずっとしていましたけど、当初アーケード部署とのつながりってなかったですもんね。

堀井 アーケードだと『ぷよぷよ』シリーズぐらいですもんね。

横尾 それこそ『ザナック』的なアーケードゲームがあってもよかったと思ったような気はしますけどね。

もともとのタイトル名は『魔法大戦争』!?

――“鉄と魔法”という世界観は、どのようにして生まれたのでしょうか。

横尾 当時シューティングはインカム(ゲームセンターでの売上)が弱まっていたので、より多くの人に遊んでもらうには何かと考えたところ、RPG的な世界観だったらみんな知っているだろうし、ほかとも被らないだろうというところで選びました。でもシューティングだから「敵は爆発しないと気持ちよくないよね」ということで、メカ要素をプラスして。わかりやすさ重視ですし、スタッフみんな好きだったから自然に導き出されたというか。

堀井 タイトルに関してはけっこう変遷があったんですよね。

横尾 開発の終わり際に、タイトルをどうしようということで、みんなでホワイトボードに一日ひとつ出しまして。「そろそろ108つ溜まったから、これから決めていこう」ってことで。

外山 それで『魔法大戦争』が最終候補になったんですけど、アイレムの『海底大戦争』が出たのでボツに(笑)。

――タッチの差で被るのが多いですよね(笑)。

横尾 変更がまだ間に合うときでよかったですよ。

堀井 印刷物とか作っていたらやばかったですよね。

久保田和樹氏

久保田 資料の後半のほうに手描きのインスト(ラクションカード)があるんですけど、まだタイトルが『魔法大戦争』なんですよ。

横尾 たぶんロケテストの時期ですね。

堀井 インストの内容は製品版とほぼ同じだから、そんなギリギリまで『魔法大戦争』で進んでいたんですね。しかもロゴデザインもパノラマチックで、『海底大戦争』と被っている(笑)。

――あえてカタカナや英語ではなく、漢字にしたのは理由があったのでしょうか。

外山 まず東亜プランから言われたのが「ユニークなタイトルにしろ」、それと「海外版のタイトルは造語にしたほうがいいよ」と。とはいえ、我々はそんな意見をまったく無視して。

一同 (笑)

堀井 だって東亜プランのタイトル『鮫!鮫!鮫!』とか『飛翔鮫』とか勢い重視じゃ。

横尾 話を戻しますと、まずは読めないと覚えられないから駄目。あと一発目ということでパンチ力のあるほうがいいだろうと。候補に残った中で一番なのが『魔法大戦争』だったんです。そのほかの案では『魔法刑事』(マジックコップ)というのもあって、敵が全部魔法犯罪人だ、みたいな。

久保田 企画書に書いてあるんですよね。ゼロコップとか。

堀井 コップ好き(笑)。後の『アームドポリスバトライダー』の芽生えが。

――開発を終えたときの気持ちは?

横尾 やれることはやったかなという気持ちでした。これは基板に左右反転機能がないためキャラクターは左右対称でもデータとしては圧縮されない。だから鏡写しに描いても芸がないので、片側だけハッチが外れていたり、額に傷がついていたりと、アシンメトリー(左右非対称)にしたり、好きなことやりましたね。

堀井 ふつうは(容量や手間の削減目的で)反転にしちゃいますよね。当時は「やっぱアーケードすげえー! 反転使わずに全部描くんだ!」と思っていましたけど、開発に携わったら「なんだ、反転機能がないだけじゃん!」って(笑)。

横尾 そうなんですよ。しかもツールには回転機能とかもなかったので、「どうせ左右非対称にして手で描くなら戦車も迷彩にしよう」、「俯瞰にしちゃおう」とか、めんどくさいことをトコトンやったので。

堀井 そういう手間暇がかかっているぶんだけ、『魔法大作戦』全体から勢いめいたものを感じますよね。やっぱり1作目だし。

横尾 若かったのもあって仕事が楽しくて「こんなおもしろいことをやってお金を貰っていいんだろうか」って思っていました(笑)。できたものにも満足がいくものでしたし。

堀井 「やれるところまで全部やりました!」みたいなゲームがいっぱいありましたからね。いまだってその熱がほしい。

外山 メガドライブではCPUの能力で難しかったふたり同時プレイもできましたし、僕は昔からホーミング弾が好きなんですよ。だからガインのホーミング(スーサイダルダガー)は気持ちいいものができたと思っていました。

堀井 あれってけっこう処理食いますよね。

外山 そうですね。処理を工夫してなんとか動かしているんです。これは裏話なんですけど、ホーミングって便利だからちょっと弱くしなくちゃいけないじゃないですか、シューティング的には。

――まさかその結果、ガインが弱く(笑)。

堀井 爆発はどうなんですか? アーケードの基板になって随分派手にできるようになったと思うんですけど。

外山 そうですね。さらに派手に。面積はもちろん、表示能力はぜんぜん違いますしね。

堀井 『武者アレスタ』のころからかなり格好よかったからなー。トレジャーのnami(トレジャー作品の多くに関わるプログラマー。多関節好き)菅波さんが何かのインタビューで「『ガンスターヒーローズ』を作っているときに爆発のイロハは『武者アレスタ』から教わった」くらいなことも言っていて、ゲームを見ているとわかるんですよ。

外山 僕らは逆に『重装機兵レイノス』や『ファイネストアワー』からいただいたみたいなところはありますけどね。

――互いに影響し合っている、と。

横尾 爆発のパターン自体は中島さんがいちばんこだわっていたところで、最初に白い丸をドンと出してから煙を出すといった描きかたで。とにかくシューティングはパンチが大事だと。

堀井 凄くわかる。手応えなんですよね。

横尾 そうです。だから「シューティングは撃って爆発してなんぼ」みたいな話は何度も聞かされましたね。

ストーリーはゲームに従属すべきという考えがあった

――つぎに世界観やストーリーについてお聞かせください。さきほどもお話がありましたが、先行してデザイン作業が進んでいたことで、作り込めたのでしょうか?

横尾 ストーリーはゲームがある程度できてからあとづけで僕が書いたんですけど、世界観とかは先ほどのファンタジーとメカが組み合わさって自然にできたという感じですね。僕自身そういうのが好きなものですから、ぞろぞろと動くゴブリンとかも描いていてものすごく楽しかったですね。もっと描きたかった(笑)。

久保田 ゴブリンはけっこういろいろなアクションをしていますよね。背景で市民を襲ったりとか。

横尾 やっぱり、「敵は悪いヤツ」というのを見せる必要があるという、中島さんの考えですね。そういうのが重層的に重なっていったからかなと。また、制作は1面から順番に作っていったので、みんなで「つぎはこういう面にしよう」と、相談しあっている中で世界観ができあがっていったというのはあるかもしれません。

堀井 すっごい楽しそう。タイムスリップしてその現場を見てみたい!

――ステージ構成としても、平原があったりお城があったりとRPG的です。でも不思議なのが4面で、なぜ雲下にビル街が広がっているのだろうと。

横尾 あれはですね、そろそろお客さんも飽きるころなんじゃないかというのと、描くほうも「そろそろ現代的なメカも描きたい」っていうことで。

一同 (笑)。

横尾 だから「そういうステージにしちゃおうか」と。まぁ、よくある話でもあるじゃないですか。『猿の惑星』みたいに過去かと思ったら未来だったという。

――設定ありきではなく、アクセントというかゲームとしての見栄えを考えたうえでのものだったんですね。

横尾 そうですね。ずっと、ストーリーはゲームに従属すべきという考えがあって、その逆ではいかんだろうと。ゲームがおもしろい上で、それをさらにおもしろくするためのストーリーを作るべきだと。そのやりかたはいまでも変わってないですね。

――では、ライバルのバシネットが何度も挑戦してくるのもゲームデザインありきで?

横尾 あれは、そのまま大亜51(『武者アレスタ』に登場するライバル機)的な演出ですね。中島さんは「何度も同じことやるのは恥ずかしいしクドいよ」と言っていたのですが、僕は『武者アレスタ』のファンでしたし「お客さんも求めていますよ、もっとクドくやりましょうよ」なんて言ってライバルを出すことになりました。

――ちょっと余談になりますけど、『魔法大作戦』のキャラクターは、以後のライジング開発タイトルに、たびたびゲスト出現していますが、その理由をお聞かせください。

横尾 あのへんは自機のグラフィックができあがる前にゲームを作りたいと、矢川さん(忍氏。『バトルガレッガ』などのプログラマー。現在はケイブ所属)が言うものですから……。

堀井 わかった、仮キャラだ!

横尾 そうです。その流れで「せっかく作ったから入れちゃおう」という流れで収録したみたいですね。世界観云々より、お客さんが喜ぶほうがいいかと思って何も言わなかったんですが、あとから「メカガインを描いてくれない?」と言われて意味がわからなくて驚きました。描きましたけど。

堀井 でも矢川さんは、ほかのゲームのキャラクターを出すの好きだと思いますよ。『バトルガレッガ Rev.2016』を作っていますと伝えに行ったときに「『(アームドポリス)バトライダー』の自機を出そうぜ」っておっしゃって。できるといいですね、と返事をしつつも、内心では「それをやれるの矢川さんだけじゃん!」って思っていた(笑)。

横尾 ユーザーとしてもお祭り気分で楽しいですからね。当時また『ザ・キング・オブ・ファイターズ』とかも好きでハマっていたので。

堀井 わかるわかる。お祭り感ですよね。

――では、世界設定がどこかで繋がっているというわけでもなく。

横尾 ストーリーでは無理やりタイムスリップとか言っていますけど、そのあたりはプレイヤーにいろいろと想像してもらえれば。シューティングゲームはどうしてもゲームの中でストーリーのすべてを語りきれない部分がありますけど、そうした“行間”を用意しておけば、プレイしていないときにもゲームのことを考えてくれるというのもあります。『ゼビウス』のように、ストーリーを妄想し続けるというお土産を家に持ち帰ってほしかった(笑)。

市場での評判

――といった形で市場に出た『魔法大作戦』ですが、ビジネス部分とユーザーさんからの反響とか両面での反響っていかがでしたか。

外山 当時は直接聞くことはあまりなくて、ネット……といっても当時はパソコン通信の掲示板ですけど、家庭用に比べると書き込みは少なくて、どれくらい盛り上がっているのかはわかりませんでした。稼動直前に『ゲーメスト』へ「誌面で取り上げてください」ってお願いに行ったら、そこでの反応はよかったので安心しました。

横尾 その年のゲーメスト大賞のベストシューティング賞の2位でした。『魔法大作戦』開発時はインカムについてはとくに気にしてなかったし、言われもしませんでした。その後には「こっちの『ストII』とか『バーチャ』は5分で100円稼ぐのに、お前らは30分で100円かよ」という話を営業担当から聞いたりというのはありました。それを受けて、プレイ時間が短くなるように考えたのが『疾風魔法大作戦』だったり。

堀井 それで速く進むほどスコアがアップする仕組みが生まれたのかぁ。レースゲームは速く終われば終わるほど気持ちいいですもんね。

横尾 もともとの話はそうでした。幸い『魔法大作戦』の基板のセールスはそこそこよかったので、続編の話が持ち上がって。

外山 具体的な数字までは覚えてないけど、当時のシューティングだから1000枚は出てないじゃないかな。枚数で言えば、『疾風魔法大作戦』のほうが出ていたと思います。

――改めて会社創生期を振り返ってみて、どんな青春でしたか。

横尾 ひと言で言うと若かったなと(笑)。やりたいことをやらせてもらいつつも、独りよがりすぎる部分に関して言い訳じみたことを言ったとき、中島さんから「うん、そこのところ俺は解ったけど、お前はそれをプレイヤーひとりひとりに説明して回るつもりなのか?(そんなことはできないだろ?)」と注意されたことは、いまでも心に残っています。

堀井 熱いな~。

横尾 いまはネットのおかげでそういう部分も伝えられちゃうし、言いたくなる気持ちはわかりますけど、世に出したからにはお客さんのものなので、そこはグッとこらえて。

――お客さんにとってみればできあがったものがすべてですからね。外山さんはいかがでしょう。

外山 僕も25、6歳だったので、若かったなというのはありますね。いまでもシューティングゲームはプレイしますけど、当時はいまよりもっと遊んでいて、そんな自分が遊びたいように作っていた。それ以上のことはあんまり深く考えてなかったなと(笑)。

一同 (笑)。

横尾 マンションの一室で4人で作っているものですから、あまり会社という気もしなくて、月曜日からみんなで飲みに行ったりしていましたからね。

――くるりと振り向けば、スタッフ全員の顔が見える仕事環境だったわけですね。

横尾 本当にそうですね。当時はグラフィックデザイナーがふたりだったものですから、1面ごとに交代でボスと背景を受け持ったのですが、互いを意識しつつ、「つぎはもっとよくしてやる」という気持ちで進めていました。ですので、互いの持ち味を100%出せたのではないかと。

長野敦也氏

長野 人数が多くなると、必然的に角が取れてきちゃうっていう。

堀井 そういうのが伝わる味の濃さなんですよね。関わっている人がひとり変わるだけでぜんぜん変わってしまって、遊んだときにいきなり「これコンパイルのアーケードのゲームだ!」と思えるあたりが少人数で作っているところの利点というか。当時、「これは『武者アレスタ』だ」って言い切っている人もいたからね。

横尾 アーケードは、遊んでいるお客さんを直接見ることができるのでそこはやっぱりよいところかと。でも、これからは自分の家で遊べるんですね。

若い血潮の結晶を感じてほしい

――ところで今回の移植にあたって、なにかアドバイスはされたのでしょうか?

横尾 キャラクターの顔などのグラフィック面を監修しています。

久保田 キャラクターの顔パターンをこちらで増やす以上、当然原作者の監修は必要ということでお願いしたのですが、ちょっと……、いやかなり枚数が多くなってしまって申し訳なかったです。

横尾 25年前に描いたドットをベースにしたものを監修するのは、その若い時の自分が目の前に現れたようで、もう照れくさいですね。ちょっと自分で直したりして(笑)。

堀井 ゲームで動いているだけならいざ知らず、まじまじと確認していじられるわけですからね。それはキツイですよ。横尾さんには非常に世話になっていますが、それ以外はわりとフリーダムに。外山さんや横尾さんが作ったいろいろな料理の素材で、まだ我々が目にしていないものまできっちり味わうためのモードとかを作ったので。

横尾 そういう意味ではエムツーさんにお預けして、あとは何をされても信用していました。溢れる愛をもって包んでくれているので。

外山 初のコンシューマー移植なので、当時僕らが若くて荒削りだった部分を、エムツーさんがいい感じにしてくれていると思うので、そこを楽しんでいただけるといいと思います。

(2017年9月にインタビュー)



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