27年続くマンガ『スーパーマリオくん』の作者、沢田ユキオ氏にインタビュー。マリオに捧げた半生について聞く

『スーパーマリオくん』の作者として知られる、マンガ家の沢田ユキオ氏にインタビュー。マンガ家を目指したきっかけや、2017年9月に発売された『スーパーマリオくん 傑作選』への思い、ゲームの最新作である『スーパーマリオ オデッセイ』についてなど、さまざまなことをうかがった。

 こんにちは! “ほぼ最新! kikaiのマリオグッズ情報局”を連載している、マリオ大好き! なライターのkikaiです。

 『スーパーマリオ オデッセイ』で盛り上がる今日このごろですが、そんなマリオが活躍している、現在唯一のマンガをご存じでしょうか? その名も『スーパーマリオくん』(以下『マリオくん』)。『月刊コロコロコミック』(小学館)にて連載中の、『スーパーマリオ』シリーズを題材としたギャグマンガです。その歴史は長く、なんと27年! 単行本の巻数にして52巻も連載されています。これは、現在『月刊コロコロコミック』で最も長く連載されているマンガでもあるのだとか!

 私はこのマンガが大好きで、幼い頃に手にした1巻から現在まで、スピンオフ作品を含むすべてを購入してきました。ぜひ作者である沢田ユキオ先生にお会いしたい! そして『マリオくん』のお話をお聞きしたい! と長年抱いていた願いが叶い、ついにインタビューを実施! マンガ家を目指したきっかけや、2017年9月に発売された『スーパーマリオくん 傑作選』への思い、ゲームの最新作である『スーパーマリオ オデッセイ』についてなど、マリオに捧げた半生にまつわるさまざまなことをうかがいました。

沢田ユキオ
1953年3月12日生まれ、大阪府出身。1980年に『テレビランド』(徳間書店)にて『のってるヒーローくん』でデビュー。代表作に『スーパーマリオくん』、『オレだよ!ワリオだよ!!』(小学館)、『スーパーマリオブラザーズ2』(徳間書店)など。現在『月刊コロコロコミック』(小学館)にて、『スーパーマリオくん』を連載中。

どうしてもマンガを描きたくて、仕事を辞めて大阪から東京へ

――本日はよろしくお願いします。まずは沢田先生の経歴からうかがいたいと思います。先生は、どういった経緯でマンガ家を目指されたのでしょうか?

沢田 小さいころからマンガは描いていました。けど、当時はそれで生活できるとは思っていなかったんです。むしろお笑い芸人になろうかと思っていたぐらいで……。

――ええ!?

沢田 僕は大阪出身で、吉本新喜劇が身近にあったので、そっち(お笑い芸人になること)のほうが早いのかなっていうぐらいの気持ちだったんですけどね(笑)。実際は、ふつうに大学を卒業して、地元のスポーツ用品のメーカーに就職しました。それからは仕事がすごく忙しくて、しばらくマンガが描けなかったんです。そのときに初めて「あ、自分はやっぱマンガ描きたいんだな」って感じました。あるとき、外回りの仕事で上司と話をしていた中で趣味を聞かれ、「マンガが好きで、ずっと描いてました」って答えたら、「じゃあどうしてそれをやらないんだ」って言われまして。マンガを描くのに飢えていた状態にその話が重なったこともあって、仕事を辞めてマンガ家になるため上京したんです。

――そのとき、周りの反応はどうだったんですか?

沢田 とても反対されました。父親とは毎晩ケンカしていましたね。賛成してくれたのはうちの弟と友だちです。弟は警察官で、大阪から動くことはないので、「自分は好きにやらしてくれ」と言って。25歳ぐらいのときに上京してきました。それからいろいろあった中で、たまたま『スーパーマリオ』の話が来て……確か最初は1986年の……。

――コミックス40巻に掲載された、初めて『スーパーマリオ』を描いたというマンガ(※)ですね。

※『マリオくん』40巻掲載「特別面 スーパーマリオブラザーズ」。40巻記念企画として掲載された。元は1986年発行の『小学三年生』2月号に掲載されたもの

沢田 そうそう、それです。当時の学年誌『小学三年生』(小学館)に掲載されたマンガです。ファミコンのマリオですよ、『スーパーマリオブラザーズ』。(コミックスを見ながら)いま見るとマリオの帽子とかクッパのデザインがちょっと違いますね。

――当時はゲーム画面が粗かったので、キャラクターの姿はパッケージを参考にするしかなかったですもんね。

沢田 そうですね。でも、何で警察の帽子みたいにしたかはまったく覚えてないです(笑)。

――『スーパーマリオ』を描かれる前、マンガ家として最初に描いたものは何だったんですか?

沢田 知り合いを通して依頼をもらった、小学館の学年誌の読者ページが最初でした。それを見た徳間書店の方からお誘いをいただき、『テレビランド』で『のってるヒーローくん』を描いたりと少しずつ広がっていきましたね。それで、『小学三年生』で『スーパーマリオブラザーズ』を掲載した後に、徳間書店の『わんぱっくコミック』で『スーパーマリオブラザーズ2』のマンガを描きました。ほかにも各誌で『ゼルダの伝説』や『魔界村』などのゲーム原作のマンガを描きました。

――それらを経て、1990年に『マリオくん』の連載を始められたんですね。ゲーム原作のマンガ作品が多いようですが、ゲームは趣味で遊んでいたんですか?

沢田 マンガを描くことが決まってから始めました。それからハマって、『スーパーマリオ』以外にも何本か遊びました。野球が好きなので『ファミスタ』シリーズとか。あのころのゲームが懐かしくて、去年出たミニファミコン(ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ)も買いましたよ。

――『マリオくん』を読んでいると、とくに初期のころは『メトロイド』や『星のカービィ』などいろいろなゲームネタが出てきたので、お好きなのだと思っていました。

沢田 その通りです(笑)。

――先生はゲームコミックのパイオニアだと思いますが、最初は、ゲームをもとにマンガを描くって、どう描けばいいのか悩みませんでした?

沢田 それほど苦労はなかったですよ。原作つきの仕事をいただいたような感じで。どれぐらい好きなようにアレンジしていいのかな? って思いながら描きました。何もないところからよりは、キャラクターが決まっていたので動かしやすかったです。

長く連載してきたからこそ、うれしかったこと

――沢田先生が『スーパーマリオブラザーズ』から最新の『オデッセイ』まで描き続けてきた中で、長期連載してきたからこそ思うこと、考えることなどをお聞きしたいと思います。多くのマリオゲームをマンガ化されていますが、描くうえで気をつけていることは何ですか?

沢田 えっと……、下品にならないように!

――(笑)。

沢田 まぁウンチとかは出てくるんですけど、汚らしくならないように(笑)。品を保ちつつ、ネタとしてコミカルにしています。それと、ギャグであることをメインにして、それにゲームの要素を入れています。

――マリオのゲームといっても、さまざまなジャンルが出ていますよね。アクション以外にも、RPGであったりパズルであったりと。ジャンルが変わることで、描きやすさに影響はありますか?

沢田 途中でRPGシリーズが入るとホっとするんですね。最初はアクションのシリーズのように、ストーリーがガチっと決まってないほうがやりやすかったんですけど、シリーズを重ねるごとに毎回同じような話になってきちゃうんですよ。クッパ軍団ともう何度も戦っているじゃないですか。最後にどうやって決着を付けるのか悩みますね。バナナの皮で滑るとか、自分でボタン押して自爆しちゃうとか、そういうオチにしたこともあります(笑)。RPGだとあらすじが見えていますし、冒険のパートナーとなるキャラクターも変わりますからね。アクションとは少し違ったキャラクターを描けるのが楽しいです。

――『月刊コロコロコミック』だけではなく、複数誌に『マリオくん』を描かれたりもしていますよね。同じゲームを題材に複数誌に描くといのは大変だと思います。

沢田 そうですね。基本的には同じなんですけど、ちょっとパターンを変えなければならないので。始まりは同じですけど、同じネタは使わないように注意しています。いまは『月刊コロコロコミック』と『月刊コロコロイチバン!』で連載をしているのですが、今回の『オデッセイ』編のお話だと、まずクリボーをキャプチャーするんですけど、その後の展開はそれぞれでちょっと変えています。

――なるほど!

沢田 『月刊コロコロイチバン!』では、敵キャラクターをメインにしたスピンオフ的な話を描くこともありますね。周りのキャラクターを描くのも楽しいんですよ(笑)。

――これまでに題材にしてきたマリオのゲームの中で、好きなタイトルや、印象深いタイトルはどれですか?

沢田 好きなゲームは『スーパーマリオサンシャイン』です。水をバシャバシャかけるのが気持ちよかったので。それと、『スーパーマリオ64』です。初めての3D空間で空を飛べるようになったのが驚きでした。ストーリー的には『マリオ&ルイージRPG2』も好きです。ベビィマリオたちといっしょに冒険できるのが画期的でしたね。印象深いのはやっぱり『スーパーマリオRPG』! このゲームは、初めて子供たちと一緒に遊んだゲームだったんです。親子3人で攻略しながらマンガを描いたので印象深く残っています。『スーパーマリオ64』の発売が迫ってきていたので、あのような唐突な終わりかたになってしまいましたけど(笑)。

――マンガを読んで「えー!! 」ってなりました(笑)。読者の皆さん、その結末はぜひコミックスでご覧ください。(※)
※ 『マリオくん』51巻と52巻に前後編で分けて掲載されている。

沢田 あ、50巻といえば『スーパーマリオメーカー』も印象的ですね。連載25周年記念でコラボさせてもらい、僕が作った“沢田ユキオ特製コース”を配信しました。キャラマリオも作っていただき、『マリオくん』がマリオのゲームに登場したのがすごくうれしかったです!

――コミック発のキャラクターがゲームに出てしまうなんて、すごいですよね。ほかにうれしかったことはありますか?

沢田 『マリオくん』を描いてないと会えなかったような人に会えたことですね。

――それはどんな方ですか?

沢田 だいぶ前のことですけど、長嶋(茂雄)監督です。僕は野球好きで巨人ファンなんです。当時、学年誌で“マリオとヨッシーのジャイアンツキャンプ入門”っていう企画を担当に無理言って実現してもらって、キャンプ場のある宮崎に3日ぐらい行ったんですよ。ブルペンとかベンチとか、練習場を自由に見学させてもらって、そのときに長嶋監督といっしょに写真を撮らせていただきました。もうドキドキで!

――そのときの写真がコミックス16巻に載っていましたね。とてもうれしそうな顔で写っていて(笑)。

沢田 そうでした! いろいろな選手にお会いできて、とても楽しい3日間でした。帰ってから短い期間で原稿を仕上げるのが大変でしたけど(笑)。

――天国の後には地獄が待っていたんですね(笑)。

沢田 ほかに、会えてうれしかった方は、やはりマリオの生みの親である宮本(茂)さんですね。宮本さんとは年が近いんですよ。そのうえ、顔が似てるって前々から言われていて。以前、任天堂に新作ゲームのことを取材しに行ったときに、宮本さんにお会いすることができたんです。そのときに『ニンテンドーDSiカメラ』の“似てる度カメラ”で撮影してみたら……、それほど似てなかったんですよね(笑)。

――(笑)。宮本さんとのツーショット写真がコミックスの40巻に掲載されていましたね。

沢田 はい、そのとき交換させていただいたサインも載せています。

――間寛平さんにもお会いになっていましたよね。コミックス4巻の巻末に“ギャグを習いに行く”という企画で載っていて。

沢田 お会いしましたね。寛平さんも顔が似てるって言われてたんですけど……、あまり似てなくて。むしろ寛平さんの息子さんの方に似てましたね。

――(笑)。

沢田 あと、連載を続けてきてうれしいと思うのは、『マリオくん』を読んで育った人が、いま立派なマンガ家になっているということです。曽山(一寿)先生とか、『ケシカスくん』のムラッセ(村瀬範行先生)とか。『マリオくん』を超えて、どんどん有名なマンガ家になっていくのはうれしいですね。