衝撃的だった『ドラゴンクエストXI』のUnreal Engine 4採用発表

 ゲームエンジンと聞いて誰もが思い浮かぶ“Unreal Engine”。E3 2017においてもUnreal Engine 4採用タイトルが続々と発表されるなど、現在のゲームシーンを語るうえで欠かせないものとなっている。Unreal Engineの開発を手掛けるのはアメリカ・ノースカロライナにあるEpic Gamesだが、2009年には完全子会社としてEpic Games Japanが設立されている。国内メーカーのUnreal Engine採用が増加している昨今、Epic Games Japanの存在は大きなものとなりつつある。ファミ通.comでは、Epic Games Japan代表を務める河崎高之氏にインタビューを敢行。Epic Games Japan設立から現在の業務内容にいたるまで、ざっくばらんに話を聞いた。

Unreal Engine採用タイトル増加の理由は? ゲーム以外でのUnreal Engineの使われかたは? Epic Games Japan代表に聞く_03
▲Epic Games Japan代表、河崎高之氏(文中は河崎)。

――今日はよろしくお願いします。Epic Games、そしてUnreal Engineという単語を知らない方にも伝わる記事としたいので、基本的な質問もさせていただきます。まず、Epic Games Japan設立の経緯についてお聞かせください。

河崎 Epic Games Japanが設立されたのは2009年末です。会社の登記は2009年末となりますが、Epic Gamesとしては以前からUnreal Engine(当時はUnreal Engine 3)のゲーム会社向けのライセンスは行っていました。日本に法人がない状態でしたので、アメリカの本社から直接ライセンスをご提供し、サポートもアメリカからやるという形です。当時ですと『ロストオデッセイ』(※1)や、そのほか世に出なかったタイトルがいくつかあるのですが、アメリカから英語のみでのサポート、かつ時差もあるということで、日本のユーザー様にご不便をおかけしていて。これだとなかなかうまくいかない、という認識もあり、しっかりと日本に人を置いてサポート体制を整えようというのが日本法人設立のきっかけです。Epic Gamesが適任者を探しているときに、たまたま付き合いのあった僕を選んでいただいて、Epic Games Japan設立となりました。

※1……『ロストオデッセイ』:マイクロソフトより2007年12月6日に発売されたXbox 360用ソフト。ミストウォーカーの坂口博信氏が製作総指揮を務めたRPG。音楽を植松伸夫氏、キャラクターデザインを井上雄彦氏が手掛けた。

――最初から代表として河崎さんが入られたのですね。

河崎 そうですね。会社を作るところからですね。

――何人でのスタートだったのですか?

河崎 初日は僕ひとりでした。

――本当にイチからのスタートだったのですね。

河崎 そうです。2ヵ月後にひとり入り、1年目が終わるころには3人になって……と徐々に増えていった感じですね。

――河崎さんの前職についてもうかがいたいのですが、もともとゲーム業界にいらっしゃったのですか。

河崎 最初に務めていたのはゲーム業界ではありません。ゲームとは関係のない仕事を10年ぐらいやった後にゲーム業界に入りまして。それが2002年。7~8年務めた後、Epic Games Japanに入ったという形ですね。Microsoftに所属し、Xbox日本開発チームにいたこともありましたが、スクウェア・エニックスに移り、少し在籍した後にEpic Games Japanへ、という経歴です。

――Epic Games Japan設立時は、日本ではまだUnreal Engineを使ったゲームは少ない時期でしたよね?

河崎 そうですね。『ロストオデッセイ』はなんとか世に出ましたが、じつはその裏で日本の大手メーカー様によるUnreal Engine 3タイトルが開発されていたんですけれども、サポートがよくなかったり、いろいろな問題があってキャンセルになったプロジェクトがいくつかありました。当時の風潮としては「外部のエンジンはダメだ」、「信用ならない。いざというときに自分たちで作れないと困る」という意見が多かったですね。

――いまとは風向きが違ったわけですね。

河崎 ゲームエンジンに対しての認知がない時代で、Epic Games Japanを設立してからも最初の2年くらいは営業に行っても「そもそもゲームエンジンとは何か」というのを説明しないと理解していただけない状況でした。また、当時はゲームエンジンのことを知っていらっしゃる方ほどネガティブな印象を持っていましたね。Unreal Engine 3もそういう印象を持たれている方が多かったです。もっと以前に、とある3Dレンダリングツールがあったのですが、ある日、大手パブリッシャーに買収されてしまい「ライセンスを辞めます」という状況になり……。当時は3Dが出始めた時代でして、開発会社が「3Dをやるなら」と使っていたものが突然使えなくなり、皆さんすごく困ったんですね。そういう、悪い記憶と言いますか、トラウマもあって、根幹部分を外部に依存するのはリスクが大きい、というのが当時の状況でした。

――厳しい状況の中での会社設立だったと。

河崎 いま考えればそうですね。当時は何も考えていませんでしたが(笑)。

――Epic GamesはUnreal Engineだけではなく、デベロッパー、パブリッシャーとしてゲーム制作、販売も行っていますが……。

河崎 いまでこそパブリッシングも手掛けておりますが、当時は完全にデベロッパーでした。『ギアーズ・オブ・ウォー』であればMicrosoft、『バレットストーム』であればEAですとか、それぞれパブリッシャーがいらっしゃって。コンテンツのローカライズもパブリッシャーがやっておられましたし、PRや販売もパブリッシャーがやられていました。ですので、Epic Games Japanが日本市場で、ローカライズで、というのはありませんでしたね。唯一、手掛けたのは、iOS向けの『Infinity Blade』。パブリッシャータイトルだったため、ローカライズを自分たちでやらければならなくて。結果、僕がひとりでローカライズをすべてやりました。『Infinity Blade』から『Infinity Blade3』まで(笑)。

――(笑)。それはまたとんでもない作業量ですね。

河崎 ですので、変な日本語があったら僕の責任です(笑)。

――そういった状況ですと、スタッフを集めるのもたいへんだったのでは?

河崎 そうですね、スペックがあまりにも特殊で。まずUnreal Engineが使えて日本語と英語が両方しゃべれて、かつサポート業務をよしとするという。物を作りたい人が多いので、なかなかそういう達観した形で仕事に取り組んでくれる方が見つからなくて、人を探すのはたいへんでした。Unreal Engineを使っているプロジェクトが日本で少なかった時代ですから、Unreal Engineを使える人自体が少なく、使える人がいないからUnreal Engineを使うプロジェクトも増えないという悪循環で……。

――2017年現在、社員数は?

河崎 12名になりました。

――外国人の方が多いのでしょうか?

河崎 アメリカ人が2名ですので、大半は日本人です。もちろん、本社はアメリカ人が大半なんですけれど、日本に関してはお客さんが日本の方ですので、ふだんの仕事はほぼ日本語でやりながら、場合によっては本社の人間と英語で話す、という感じですね。

――Unreal Engineを知らない方に、河崎さんの言葉でUnreal Engineの説明をしていただけますか。

河崎 まずはゲームエンジンとは何か、というところから説明したほうがいいかと思うのですが、辞書的な言いかたをすると、ビデオゲームを制作するために共通して使える部分をパッケージしてまとめた開発環境、ソフトウェアになります。というのは、ゲームというのはRPGでしたり、アクションでしたり、アドベンチャーでしたり、さまざまなジャンルがありますけれど、どのゲームでも絶対に必要になる根幹部分があるんですね。画面に絵を書かなきゃいけないとか、コントローラーのボタンを押したら何らかの反応があるだろうとか。そういう根幹部分を毎回ゲームを作るたびにイチから作っていると、すごく無駄が多くなるわけです。我々は“車輪の再発明”という言いかたをしていますが、車輪は丸いのがいいのがわかっているんだから、クルマをデザインするたびに「タイヤは三角がいいのか? 四角がいいのか?」というところから作ってもしょうがないと。クルマは、トラックだったり、F1だったり、いろいろなバリエーションがありますが、クルマの根本部分はそんなに変わらない。だったらそこを切り出し、ライセンスという形でご提供することによって、いままではゼロから初める必要があったため、「画面上に画が出るようになるまで1年かかります」という制作速度だったのが、「ゲームエンジンを使えば開発初日から動かして遊べます」となるわけです。ゲームエンジンはさまざまな種類がありますが、Unreal Engineはかれこれ20年くらいやっていますので、おそらくいちばん歴史があると思います。表現力、描画力の高さを評価いただいていますが、我々としてはむしろ開発効率を上げられる、同じ時間、同じ人数でよりクオリティーが高いものをより早く作れる、というのがUnreal Engineの特徴だと思っています。Unreal Engine 4は、試行錯誤が早くできる、トライ&エラーが簡単にできるツールが充実している、というのが特徴ですね。

――20年前から3Dをやられていたわけですね。

河崎 はい。きっかけはちょっとユニークな話となるのですが、もともと『Unreal』(※2)というPC用のFPSがありまして。当時3Dは本当に出始めたばかりで、『Wolfenstein 3D』(※3)ですとか『DOOM』(※4)が世に出てきた時代。3DシューターがPCで話題を集めていたころです。それまでは狭いダンジョンの中で撃ち合うゲームが多かった中、『Unreal』は広い世界で撃ち合えるというのが人気を博していて。また、『Unreal』にはMOD(※5)ツールがついていたんですね。日本ではあまりMODは流行っていませんが、アメリカでは昔からMOD文化が強く、いまゲーム業界で働いている人は、だいたいMODで遊んでいた経験があり、MODでゲーム制作を覚えたという人も多い。MODの影響力はすごく大きいんですね。『Unreal』のMODツールの完成度が非常に高く、当時は「Unreal Engine」という言いかたはしていなかったのですが、バージョンを重ねるうちに、ほかの開発会社から「このMODツールを使うとすごく楽にゲームが作れるから使わせてほしい」と連絡がありまして。それがきっかけとなり「ビジネスとしてやりたいので、ちゃんとライセンスをください」と、外部の会社さんからいくつかお話をいただいて、「あ、これはビジネスになるかも」というところからUnreal Engineはスタートしています。「ゲームエンジンを作ろう」という志でUnreal Engineを作ったわけではなく、たまたま『Unreal』のMODツールを配っていたら、それを使ってゲームを作りたいという人が現れた、という。需要と供給が逆転しているところから始まっているんですね(笑)。Unreal Engine 2.5、Unreal Engine 3のころには、ゲームエンジンがビジネスとして成り立つというのがわかってきたので、その方向にシフトしたと。もとがFPSのMODツールですので、Unreal Engine 3のときによく言われたのですが、「シューターはすごく作りやすいけど、ほかのジャンルは作りづらい」という話は強くありまして。我々としても自覚していたところでしたので、Unreal Engine 4を作る際は、いままでのレガシーをすべて捨て去り、「ちゃんとしたゲームエンジンを作る」と。FPSのMODツールをちょっとだけ変える、というものではなくて、なんでも作れる汎用性の高いもの、というのがUnreal Engine 4となります。

※2……『Unreal』:Epic Gamesが開発を手掛け、GT Interactiveから1998年5月に発売されたPC用ソフト。FPSというジャンルでありながら、広大なオープンフィールドが用意されている点が新しく、ストーリー、演出、ビジュアル、音楽のいずれも高いクオリティーでユーザーから評価を得た。

※3……『Wolfenstein 3D』:id Software開発による、1992年に発売されたFPSというジャンルを確立したと言われる記念碑的作品。 アドベンチャーゲームやRPGなど、それまで一人称視点のゲームはあったが、マップ内を移動しながら撃ち合うという現在のFPSのスタイルを確立した。

※4……『DOOM』:id Softwareが『Wolfenstein 3D』の技術を進化させて開発したPC用ソフト。FPSというジャンルを代表する作品であり、その後のゲームソフトに多大なる影響を与えたほか、オンラインゲームの発展にも寄与。

※5……MOD:PCゲーム用の改造データ。Modification(変形)の通称。あるゲームのグラフィックやデータを改造するプログラムやファイルを指す。MODを導入することにより、そのゲームのグラフィックエンジンや物理エンジンなどの基本システムを用いつつ、本編とは別のシナリオ、グラフィック、モデル、システムで遊べるようになる。

――Unreal Engine 3まではバージョンアップを重ねていったイメージなのでしょうか。

河崎 そうですね。Unreal Engine 4でガラッと作り直しました。Unreal Engine 3のころは、増築につぐ増築、という感じでしたね。

――Unreal Engine 4をリリースされたのは2012年ですが、近年では多くのタイトルがUnreal Engineを採用されています。Unreal Engine 4になってから変わり始めたという印象でしょうか?

河崎 そうですね。Unreal Engine 4を出したタイミングとしては、これまでも基本的にはコンソールの世代が変わるのに合わせて大きなバージョンアップをしていましたので、プレイステーション2から3になったときにUnreal Engine 3、プレイステーション3から4になるタイミングでUnreal Engine 4を出しました。日本のゲーム業界ではプレイステーション4の世代になって求められる物量、開発の工数がプレイステーション3のときと比べると、すごく大きくなり、テクスチャ1枚とっても解像度が上がってものすごく手間がかかると。じゃあ、開発予算が倍になったとして売上も倍になるのかというとまったくそんなことはなくて。むしろ売上は減っていく傾向にあるので、それを踏まえたうえでゲームを作ってビジネスを成立させようとすると、効率を上げるしかない。少なくともプレイステーション3と同じぐらいの予算感じゃないと、そもそもビジネスとしても成立しないという環境になってきたわけです。そこでUnreal Engine 4を使うと、最悪でもプレイステーション3のときと同じくらいの予算感で物を作れます、というところを評価していただけたのかなと思います。おかげさまで、国内でもスクウェア・エニックスさん、バンダイナムコエンターテインメントさんなど、名だたる会社様に使っていただけるようになりました。

――国内でUnreal Engine採用タイトルが増えている状況を、どのように分析されているのですか。

河崎 ハードの世代交代で求められるものが多くなった、というのがいちばんの理由でしょうか。そのひとつのソリューションとして、Unreal Engineを選んでいただけたことが大きいですね。プレイステーション4発表初期のころに、『ストリートファイターV』や『鉄拳7』、『キングダムハーツ3』など、大きなフランチャイズがUnreal Engine 4を使うという発表をしていただいたので、そこから波及していった部分も大きいと分析しています。あとはなんといっても『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』で採用していただいたのが大きいですね。

――確かに、「『ドラゴンクエスト』最新作でUnreal Engine 4を採用」という発表は衝撃的でした。たとえば、特定のメーカーがUnreal Engineを採用したとして、開発後にそのメーカー内で自然発生的にUnreal Engine採用の動きが広まっていく、ということもあったのでしょうか?

河崎 非常にありがたいことに、バンダイナムコエンターテインメントさんがまさにそうですね。

――原田さん(原田勝弘氏。『鉄拳』プロジェクトディレクター)の影響が大きいような気がします。

河崎 当初『鉄拳』最新作でUnreal Engineの検討をされていて、結果的に我々のサポートに満足いただいたという経緯があり、原田さんや『鉄拳』チームの方々が社内でエバンジェリスト的に推していただいた結果、『サマーレッスン』や『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』、『CODE VEIN(コードヴェイン)』などで採用いただきました。

――エバンジェリスト的に動いてしまうほど、Unreal Engine 4が開発しやすいということなんですね。

河崎 一方、スクウェア・エニックスさんのように、Unreal Engineを使いつつ、自社のエンジンも使う、というやりかたもあります。いろいろな技術を使いつつ、というリスク分散のバランス。統一することによる効率のバランス。どちらのバランスをどう取るのかは、各社それぞれの戦略だと思います。

Unreal Engine採用タイトル増加の理由は? ゲーム以外でのUnreal Engineの使われかたは? Epic Games Japan代表に聞く_01