膨大化していくシナリオ制作作業をいかに効率よく行っていくのか?

 2017年8月30日~9月1日の期間、パシフィコ横浜にて開催された日本最大級のゲーム開発者向けカンファレンス“CEDEC 2017”。ここでは、最終日に行われたセッション“『GRAVITY DAZE 2』ゲームシナリオ制作:または私は如何にして心配するのを止めて制限を愛するようになったか”の模様をお届けする。

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 今回のセッションは、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が発売するプレイステーション4用ソフト『GRAVITY DAZE』シリーズのゲームシナリオ制作において発声した問題点と改善策を、実際にシナリオを担当した佐藤直子氏(SIE・ゲームデザイナー)が自らの経験談を通して語ってくれるというもの。
 なお、佐藤氏とタッグを組んで『GRAVITY DAZE』シリーズのシナリオ、ローカライズ関連を担当してくれたベイリー・エリック氏(SIE・ゲームデザイナー)も登壇予定だったが、やむなき事情により急遽アメリカに帰国する必要ができたため、今回は欠席となり、佐藤氏ひとりで全講演が行われていった。

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▲佐藤直子氏(ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ JAPANスタジオ プロダクトデベロップメント部 ゲームデザイナー)。

 ゲーム制作時に発声する心配事とはいったいどのようなものなのか? ひとくちにゲームシナリオと言っても、ジャンルによってさまざまなスタイルが存在しているが、今回の説明は『GRAVITY DAZE』シリーズのジャンルでもあるアクション・アドベンチャーを想定した具体例となっている。
 シナリオ制作と言うと、小説やマンガ、映画といったメディアと同じように捉えられがちだが、ストーリー表現の技法が確立されているこれらの受動的なメディアと異なり、ゲームは時間や視点のコントロールがユーザーに委ねられている能動的なメディアであるため、その手法も大きく異なっていると佐藤氏。とくにテクノロジーの進化によってストーリー表現も変化を続けているなど、試行錯誤の連続であるとのこと。企画立案時に想定していた仕様や物語も、技術的問題や作業工程の問題などで実現できなくなることもあれば、よりおもしろくするための仕様変更などもマスターアップの瀬戸際までくり返されるのがゲーム制作の現場である。
 また、原稿用紙1枚が約1分になる映像メディアと違い、ゲームシナリオではこの定義でボリュームを計るのが難しく、制作開始時に予算計画を立てることが困難であることも、直面する問題であると佐藤氏は語っていた。

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“グラビティ語”導入は、演出とコストダウンの効果を狙ってのもの

 『GRAVITY DAZE』の開発は、プレイステーション Vitaという新ハード専用タイトルであるということ、新規IP(知的財産)作品であること、重力を用いた新機軸アクションであることと、新しいチャレンジ尽くしであったため、すべてが手探り状態で非常にスリリングな状況であったと回顧する佐藤氏は、『GRAVITY DAZE 2』でもハードをプレイステーション4に変え、さらに前作を超えるエピソードを用意する必要性や、街に暮らしている人々の活気を生み出すための大幅なボイス増といった、さまざまな課題に直面することになったそう。

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 『GRAVITY DAZE』シリーズを制作するにあたり、シナリオ面でいちばん最初に実施した改善策が、“グラビティ語”と呼ばれる架空言語の採用であった。わざわざ新しい言語を作るのは、制作と運用面からしても単純なコスト増に直結するものと思われがちだが、本シリーズのそれは、表向きは独自の世界観の演出を狙ったものとしながらも、じつはローカライズ時の音声収録と実装によるコストダウンを見込しての採用であったことが、佐藤氏の口から明かされた。『GRAVITY DAZE』が実在する世界を舞台にした作品だった場合にはこの手法は使えなかったが、現実に存在しないファンタジーの世界であったため、その設定を逆手に取って、架空言語を導入でき、結果的に演出面の効果とコストダウンという効果を実現できたのとのこと。

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 “グラビティ語”は、地球上に存在しない言語でありながら、『GRAVITY DAZE』の街並のイメージや、デモシーンで採用されているバンド・デシネ(フランス語圏のマンガ表現手法)風のアートスタイルから、フランス語圏の雰囲気を感じさせるものを制作コンセプトとしているそう。ただし、あまりにでたらめな作り方をしてしまうと違和感を覚えられるので、ある程度しっかりとした文法や構成を感じられるものにする必要性があったそうだが、ゼロから新言語を構築するのは手間がかかりすぎるので、すでにある言語を架空言語に変換するやり方を導入。そこで、メインの開発チームがいる日本語をベースに、変換ツールを制作したとのこと。“グラビティ語”は、看板やポスターといった景観を作成するアーティストも利用するため、変換ツールはエクセルのマクロ機能を使ってシンプルなアルゴリズムで構成。操作自体も簡単なものにしたので、アーティストたちも自由に利用することができ、作業効率のアップに直結することができた。

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 さらなるメリットを得るため、“グラビティ語”のテキストと音声はセットにして考えないという、運用法も採用された。たとえば、ゲーム中に「左右に〜」といったセリフがあった部分が、ゲーム調整が行われたために「上下に〜」とテキストメッセージが置き換えられた場合でも、音声に関しては声の感情が合ってさえいれば問題なしとの判断でそのまま変更しないといった独自ルールを設定。このルールを採用することによって、ほかのセリフとして収録した音声データを、違った場面で流用することもできるようになるなど、音声収録後に発生したシナリオの変更や追加にも柔軟に対応できるように。

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 “グラビティ語”の音声面での最優先項目は、生き生きとした感情を乗せること。セリフを多少言い間違えても問題がないので、音声収録の際には声優たちがストレスなく演じられるよう、間違えてもそのまま演技を続けてもらうように指導していたそうである。

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ストーリー面を描くために導入された3種類のデモについて

 『GRAVITY DAZE』シリーズでは、ストーリーを組み込むために3種類のデモを用意。ひとつ目は、2Dの手書き画で構成された動くマンガ的表現の“コミックデモ”。ふたつ目は、3Dモデルを用いた映画的表現の“ムービーデモ”。3つ目が、2Dフェイスウィンドとテキストを組み合わせた紙芝居風表現の“会話デモ”である。
 『GRAVITY DAZE』の制作当初は、作品の雰囲気からコミックデモのみを想定していたそうだが、重力アクションの躍動感を伝えるには動的な演出が必要であるとの判断から、ムービーデモの採用も決定。キャラクター性や物語を見せる会話が主になる場面や、ゲーム素材からの汎用が見込まれない場面(過去の回想シーンなど)はコミックデモ、派手なアクションや必殺技を見せる動的場面や、ゲーム素材からの流用が見込める戦闘場面などはムービーデモといったように使い分けが行われている。

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 ドラマの見せ場であるコミックデモと、アクションの見せ場であるムービーデモに対して、まったく異なる理由から用意された表現手段が、会話デモである。これは、ゲームシナリオの調整に対して柔軟に対応できるための保険的な役割を担ったものとのこと。

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▲こちらは、会話デモを導入していなかった状況で、ミッション追加要望を受けたというシチュエーションを、『GRAVITY DAZE』の会話デモ風に再現したもの。ゲームをおもしろくするための追加要素の希望とは言え、そのためにかなりの労力を割くことになるだけでなく、追加が叶ったとしてもシナリオで整合性がとれなくなってしまう可能性も持ち合わせている。

 このような絶望的な状況を打破するための救済案が、会話デモとなる。この会話デモ自体は『GRAVITY DAZE』の第1作から導入されているが、第2作の制作にあたり、開発チームに“会話デモツール”の制作を依頼したと佐藤氏。このツールはシンプルな操作で会話デモのプレビューを作成できるもので、直感的な操作で2Dフェイスウィンドとフキダシを作成できるだけでなく、テキストの打ち込みから実データの登録や、SEやBGMを付けることまで可能になっている。この“会話デモツール”によって、1000を超える膨大なデータ作成が可能になったと佐藤氏は語る。

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▲“会話デモツール”の導入によって、各ミッション担当者がプロットライターとしてシナリオ作成に加わることができるようになるなど、大きなメリットが生み出された。

 従来の作り方だと、シナリオ追加の依頼があっても、シナリオライターの作業待ちで作業が進められなかったり、追加したとしても整合性が破綻したりするといった危険性を持っていたが、“会話デモツール”を導入したことによって、シナリオ面の整合性が取れるといった面だけでなく、シナリオライターの作業負担までも軽減することに成功。佐藤氏は、会話デモはゲームとストーリーにおける乳化剤として必須のものであると熱く語っていた。

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“日米ペアシステム”によるシナリオ&ローカライズ制作手法

 『GRAVITY DAZE』のローカライズにあたっては、佐藤氏とエリック氏がタッグを組んだ、“日米ペアシステム”で作業にあたっており、日本語テキストが作成されると同時に、英語テキストの作成も行われていたとのこと。制作チーム内にローカライズ担当者がいることによって、内容についての疑問や、海外との折衝も迅速に行うことができ、結果的にローカライズスケジュールの大幅短縮に貢献したそうである。

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 多言語のローカライズにあたっては、まず日本語テキストを英語化し、その英語テキストを多言語に翻訳する手法が採られている。このときに問題となるのが、欧米の言語と比べて情報量が少ない日本語の特性。日本語は主語を省略することが多く、男性、女性、数といった情報も名詞に含まれていないうえ、文末に日本語独特の語尾が付いている場合などもあり、これらの情報が英語化の際に消失することが頻繁に発生するようで、それをもとに多言語化していくと、さらに大変な状況に陥ることになってしまう。実際、翻訳者はゲーム画面を見ることなく、渡されたテキストを元に英語化を行うため、このようなニュアンスの異なる翻訳がされることは少なくないとのこと。

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 “日米ペアシステム”を採用することによって、多言語のベースとなる英語テキストを作成する際に、男性名詞や女性名詞など、翻訳に必要な補足情報をト書きで追加することができるようになり、翻訳で発生する情報の消失を事前に防ぐことが可能に。また、英語から多言語翻訳をする担当者のために、テキストのファイル情報から自動的に表情の情報を抜き出し、表示する仕組みも採用。こういったシステムの導入初期には、不慣れも手伝って苦労したことも多かったが、結果的にはかなり助けられることになったとのこと。

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 佐藤氏は“日米ペアシステム”導入によるメリットとして、日本の開発チームと海外部署とのやりとりが円滑に行える点も指摘。これは、異なる国と作業面でのやりとりをしていると、お互いの状況が見えずに、また文化や条件などの違いもあってギスギスした雰囲気になりやすいところ、両方の国の文化を理解するメンバーが介在することで、作業の受け渡しがスムーズになるメリットを説明。『GRAVITY DAZE』では、開発チームのニーズを海外部署の理解できる形として伝え、海外からのニーズも同じように開発チームに理解できる形にして伝えてきたとのこと。モチベーションが大きく結果に繋がるので、海外部署も含めて仲良くすることが非常に重要だと述べていた。

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 ゲームシナリオ制作に長く携わってきたものの、いまだにこの仕事は手探り状態で不安が尽きることはなく、毎回ストーリー表現の難度の高さに頭を悩ませていると言う佐藤氏は、みんなでチャレンジを続けていき、ストーリー表現を高めていきたいと語る。最後に、今回の講演を“費用対効果を考慮した手法の取捨選択”、“ツールと仲間の力でボトルネックになるのを防ぐ”、“異なる特性を理解し合い、メリットへと変える”の3点にまとめて、セッションを締めくくった。

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