水口哲也と上田文人。いちゲームファンの視点で見たときに、独創性の高いゲームを作るふたりからは“似た空気”を感じる。“空気”と表現したのは、「そうなんだろうな」という憶測で感じたものだから。では、いち記者の視点で見たときはどうか。インタビュー取材での受け答えからは“似た匂い”を感じる。似た雰囲気が漂うふたり。比較対象を用いた説明が難しい、独自性の強いゲームを生み出す水口氏と上田氏のクリエイティブの源泉とは? 『Rez Infinite』、そして『人喰いの大鷲トリコ』の発売から時間が経過し、落ち着かれたであろう2017年3月上旬、アメリカから帰国したばかりのふたりに時間をいただいて対談を実施。お互いの印象から初めて出会ったときのこと、ゲーム制作のベースにあるものについて言葉を交わしていただき、ふたりのバックグラウンドを垣間見させてもらった。

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水口 哲也(写真左、文中は水口)
 1965年生まれ。北海道出身。1990年、セガ・エンタープライゼス(現セガゲームス)に入社。在籍時に『セガラリーチャンピオンシップ』、『スペースチャンネル5』、『Rez』などをプロデュース。2003年、キューエンタテインメントを共同設立。『ルミネス』、『NINETY-NINE NIGHTS』、『Child of Eden』などを世に送り出す。2006年からは音楽と映像のクリエイティブユニット、元気ロケッツとしても活動。現在は2014年に設立したエンハンス・ゲームズ(Enhance Games, Inc.)の代表を務める。

※エンハンス・ゲームズ(Enhance Games)公式サイト

◆『Rez Infinite』
 水口氏がプロデュースを務める最新作。2016年10月13日に配信されたプレイステーション4、プレイステーション VR用ソフト。ベースは、2001年11月22日にセガ(現セガゲームス)から発売されたプレイステーション2、ドリームキャスト用ソフト『Rez(レズ)』。コンセプトである“共感覚”は、プレイステーション VRでプレイすることでより強烈なものとなっている。新ステージとなる“Area X”で得られる体験は唯一無二のもので、プレイしたあとに感動して泣き出す人がいるほど。

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上田 文人(写真右、文中は上田)
 1970年生まれ。兵庫県出身。1995年、株式会社ワープに入社。1997年、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)に入社。『ICO』 、『ワンダと巨像』ではキャラクターデザイン、ゲームコンセプト、ゲームデザイン、ディレクターのすべてを担当。『ワンダと巨像』は、2006年のGame Developers Choice Awardsにて、BEST GAMEを含む5部門を制覇。一躍その名が世界に知れ渡った。2013年にgenDESIGNを設立。

※genDESIGN公式サイト

◆『人喰いの大鷲トリコ』
 上田氏がゲームデザイン、ディレクターを務めた最新作。ソニー・インタラクティブエンタテインメントより2016年12月6日に発売されたプレイステーション4用ソフト。非力な少年と、巨大な人喰いの大鷲。遺跡のような場所で出会ったひとりと1匹は、その場所からの脱出を目指して歩みを進める。どのシーンを切り取っても、絵画を切り取ったかのような画作りとなる世界は、石柱の歪み、ライティングの調整、風の動きなど、ミクロな部分まで徹底したこだわりをもって作られている。生命が宿っているかのようなトリコの自然な仕草は、多くのプレイヤーの心の吟線を揺れ動かす。

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創作のベースにあるもの

水口 世代でいうと、僕が上田さんのひとつ上の世代になるのかな?

上田 そうですね。先輩という感じです。

水口 そんな感じはぜんぜんないけどね(笑)。

上田 僕は水口さんが作られたゲーム、たとえば『セガラリーチャンピオンシップ』(※1)をプレイヤーとして遊んでいましたからね。僕がゲーム業界に入ったのは25歳のときだったので、ほかの開発の方と比べるとちょっと遅かったのではないかという気持ちもあるんですけど、ゲーム業界に入るより以前にセガサターンを買って遊んでいました。ですので、同じ業界の人というよりも自分が遊んでいたゲームを作った人、という印象が強いです。初めて水口さんにお会いしたときも完全にその印象でしたね。「あ、あの水口さんだ」という(笑)。

※1……『セガラリーチャンピオンシップ』:1995年に稼働がスタートしたセガ(現セガ・インタラクティブ)のアーケードゲーム。セガサターン版は1995年12月29日発売。

水口 僕はそういう意識がぜんぜんないので、先輩とか後輩とかどうでもいいというか(笑)。

上田 世代を大別すると、水口さんは第2世代になるんですかね? 上の世代に、宮本さん(宮本茂氏)や堀井さん(堀井雄二氏)がいらっしゃって。そのつぎの世代……黄金期ですよね、水口さんは。

水口 そうなのかな? そういえば上田さんと最初にお会いしたのは……。

上田 僕が覚えているのは、『ICO』(※2)の完成披露パーティーに水口さんがいらっしゃっていて……。ちょうど『Rez』(※3)が同じタイミングで発売を迎えて、表参道のレストランでパーティーを開かれたときに初めて水口さんをお見掛けしたのですが、ちゃんと話したのは『ICO』のパーティーが最初ですね。

※2……『ICO』(イコ):2001年12月6日、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)より発売されたプレイステーション2用ソフト。ディレクターとゲームデザインを上田氏が務めた。
※3……『Rez』(レズ):2001年11月22日、セガ(現セガゲームス)より発売されたプレイステーション2、ドリームキャスト用ソフト。ユナイテッド・ゲーム・アーティスツが開発を手掛け、水口氏はプロデューサーを務めた。

水口 すごく記憶に残っているのが、GDC(※4)のアワードのとき。じつは、上田さんとは不思議な縁があって、『ICO』と『Rez』が同じタイミングでデビューして、確かサンノゼで行われていたと思うんだけど、GDCのGame Developers Choice Awardsで『ICO』と『Rez』がGame Innovation Spotlights(※5)のアワードをもらって。

※4……GDC:ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンスの略。世界各国の開発者を中心としたゲーム開発者会議。プログラミングやデザイン、生産管理やグラフィックなど、多岐にわたる内容のカンファレンスや討論が行われる。GDCの前身となるComputer Game Developers Conferenceが1998年に開催。GDC2017はアメリカ・サンフランシスコ モスコーニセンターにて開催された。
※5……Game Innovation Spotlights:アメリカ・サンノゼで開催された第2回Game Developers Choice Awardsの部門賞。『ICO』と『Rez』は、Excellence in Visual Artsにもノミネートされており、『ICO』がWinnerに輝いた。

上田 そうでした。

水口 そのときの記憶がすごくありますね。

上田 じゃあ、2002年ですね。

水口 ポイントポイントで上田さんとはすごくシンクロしているんですよね。

上田 そうですね。

水口 今年もそういう意味ではシンクロしているよね。『人喰いの大鷲トリコ』と『Rez Infinite』がGDC2017のGame Developers Choice Awardsでノミネートされて……。今回は現地に高橋慶太くん(※6)も来てくれて。上田さん、慶太くんと食事をしたときに彼が言っていたのは「ある意味、作家性の強いクリエイターが少ない中で、この(3人の)感じって連帯感があるよね」と(笑)。

※6……高橋慶太氏:ゲームクリエイター。ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)在籍時に『塊魂』、『のびのびBOY』を制作。その後『Tenya Wanya Teens』、GoogleのARプロジェクト“Tango”向けに『WOORLD』を発表。現在は『Wattam』を開発中。

上田 (笑)。高橋くんと初めて会ったのも、2002年のGDCのときだったんですよ。多分そのときは水口さんはお会いしていなかったかもしれないですけど、たまたま会場で高橋くんを見かけて。そのときが初めてですね。水口さんとお会いしたタイミングと近かったかもしれないです。

水口 それからの縁で上田さんとは週刊ファミ通で対談をやらせてもらったり。

上田 『Child of Eden』(※7)のときですね。

※7……『Child of Eden』:2011年10月6日、UBIソフトより発売されたプレイステーション3、Xbox 360用ソフト。キューエンタテインメントが開発を手掛け、水口氏はプロデューサーを務めた。

水口 けっこう話してますよね。

上田 でも、クリエイティブの細かい話に関してはあまり話したことがない印象があって。ですので、今日はいろいろと聞いてみたかったんですよね。僕の中の水口さんの創作についてよくわからないところがあって……。基本的にゲームを作っている人って、自分の中に持っているビデオゲームの体験をベースに創作している人が多い印象があるんですけど、水口さんは多分そうじゃない感じがしていて。僕はどうなのか、自分ではわからないんですけど、どこが創作のベースになっているのかなっていうのが、すごく気になっていたんです。ある人は映画だったり音楽だったり、ビデオゲームそのものだったりという人もいると思うんですけど、「水口さんはどこなんだろう?」と直接イメージがつながらないところがおもしろいと思ったんですよね。

水口 どこなんだろう……。

上田 おそらく、メディアアートだったり、音楽だったりというイメージはあると思いますが、ゲームの枠の中からというよりは、ゲームからもう少し引いたポジションで見ているのかなって。僕もどちらかといったらそういうふうに意識して創作したいという思いがあるので、ゲームの中だけというよりはゲームをやらない人にやってほしいとか、ゲームをやっていることはカッコいいんだというか、もっと文化的価値があるんだとか、そういう意識を持ってやっている数少ない開発者なのかなと感じていたんですね。

水口 それはありますね。自分の軸がどこかというふうに考えると……。

上田 きっとゲームではないのかなという印象を持っています。以前お話ししたときは「『ゼビウス』(※8)が好き」とおっしゃっていたと記憶していますが……。

※8……『ゼビウス』:1983年に稼働がスタートしたナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)のアーケードゲーム。

水口 やっぱりゲームを作る以上は、ゲームが軸にはなっていますよね。ただ、あまりジャンルとか形とか、型にはまった何かというものは好きじゃないので、毎回「人が感動できればいいじゃん」というぐらいの……。逆に「ジャンルは関係なく、人が「わお!」と言ってくれるものは、いったいどうやったらできるか?」ということばかり考えてる気がしますね。そういう意味では、ジャンルは何でもいいのかもしれない。

上田 “ゲームジャンル”という言葉はあまり好きじゃないということですよね? たとえば、企画書を作るときに「ゲームジャンルは○○○○」と書くのがイヤだったり。それはすごくわかります。

水口 どちらかというと「組み上げていったらこういうジャンルになった」ということなんですよね。それは買ってくれた皆さんも、売るのを手伝ってくれた人たちも、伝えるためには「どこに置けばいいんですか?」というのがあるじゃないですか。「どう呼べばいいんですか?」とか「どうカテゴライズすればいいんですか?」という。それはしょうがないと思うんだけど、どんな言葉を持ってきても「いつもハマらないな」という変な気持ち悪さがあって。これは一生ぬぐえないんだろうな……。

上田 なるほど。僕も最初に発想するときは、まずジャンルを決めて、というふうには考えないです。「このゲームのジャンルは何ですか?」と聞かれることに対してすごくガッカリするというか。そういうことがこれまでもありましたけど。

水口 上田さんは、最初はどういうところからスタートするんですか?

上田 ゲームを作るときですか? うーん……。

水口 たとえば『ICO』にしても『ワンダと巨像』(※9)にしても『人喰いの大鷲トリコ』にしても、僕は上田さんの作品を遊んだときに、“やりながら時間をかけて自分の中に残っていくもの”というのが確実にあって。その残っていくもの、というのが言葉にするとすごくさりげない、本当にひと言ふた言だったりするんだけど、それがクセのように刻まれるので、いつもニクいなと思うんだけど……。

※9……『ワンダと巨像』:2005年10月27日、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)から発売されたプレイステーション2用ソフト。『ICO』に引き続き、上田氏がディレクターとゲームデザインを務めた。

上田 ビジュアル優先で思いついたり、ゲームメカニックからスタートしたり、タイトルによってその都度違うんですけど……。ただ、何かを思いついたときにつねに考えているのは「果たして、これはゲームでしか表現できないものなのかどうか」ということです。そこを照らし合わせたうえで「ゲームでしか表現できないもの」になったときに、初めてそこから先のアイデアを膨らませていくというか……。

水口 それってやっぱり、体験に置き換えるってことですよね?

上田 ゲームとしての体験ですよね。

水口 たとえば、映画でも同じことができるけども……。

上田 そうですね。もしそうなら、別にゲームで作る必要はないと思っています。たぶん水口さんも同じように、ジャンルも違うし、表現形態も違うと思うんですけど、ビデオゲームでしか表現できない……ビデオゲームっていう枠組みもどうかと思うんですけど、その表現じゃないといけないものになっているかどうか、ということを意識されているのかな、と感じていました。

水口 それが唯一無二の体験になっているかどうか、ですね。同じような体験を10年前も20年前もしていて、テクノロジーの進化が体験をすごく新しいものに生まれ変わらせてくれるという力がなければ、新しいテクノロジーをその表現に使っても仕方がないし。進化があるのであれば、それを新しい体験に加えたときに起こる化学反応でこれまでにない感動にいざなってくれるかどうか。そこがやっぱりいちばん。そこがないと、作っていても盛り上がらないというか……。

上田 それはテクノロジーも重要な要素だということですか? テクノロジーの進化というか、新しいテクノロジーを使う、ということがキーになっているということでしょうか?

水口 なんだかんだ振り返ってみると、そうなっていますね。ゲームはそういうものだからおもしろいし、やめられないという気持ちでゲーム業界に入ったんだけど、そのころの進化のスピードと比べて、最近はどんどん早くなってきているじゃないですか。音響とか映像とかネットワークとか、いろいろな表現力があって、ついにVRとかARとかMRも出てきて。僕の中では、『Child of Eden』が……なんというか、終わったときの喪失感がすごかったんだよね。「あ、ここから先、もう行けないな」と思っちゃって。それは何かというと、もちろんKinect(キネクト)のような新しいテクノロジーが楽しいものだったというのもあったんだけど、そういうものがまわりに出てくれば出てくるほど、モニターの四角い画面の中で向こう側に世界があるという感覚がどうも空虚な感じになってきて。当時、3Dの眼鏡をかけて3Dの立体もやってみたけど、頭の中にあったイメージとどんどん乖離していくというか……。

上田 そんなに変わらなかったということですね。

水口 変わらなかったんだよね、感動が。あの四角い画面が、自分の中では考えないようにしていたんだけど、画面がどんどん遠く小さくなっていくようなビジュアルが……。満足感はあったんですよ、作り終えたという。だけど、すごくむなしい感じがあって、「ちょっと、しばらくはどうしようかな……」と思っちゃった記憶がありますね。

上田 それは、お客さんに新鮮な体験を提供できない状況だったということですか?

水口 うん。ここから先はそうだな、という。

上田 画面の中でいろいろとアイデアを練ったとしても、本当に新鮮な体験を提供できるかというと、そこが難しいと。

水口 同じことの繰り返しになっちゃうと思いましたね。

上田 僕も自分が何か衝撃を受けたという記憶をたどっていくと、たとえば『バーチャファイター』(※10)で、ポリゴンになってものすごく生々しい動きで画面に表現されて、それが自分で操作できて、という体験。自分が操作したキャラクターがテレビの中で動いているという衝撃がビデオゲームには存在していて、それとともに成長してきたというのが確かにあって。ただ、それが今後進化していったとしても、当時と同じインパクトをいまのお客さんに与えられるかというと難しいんですよね。そういう意味で僕はあきらめた……というと極端ですけど、もうそういう進化とは違うベクトルでモノを作っていこうと考えたタイプのデザイナーなんですよね。ゲームのメカニックとかテクノロジーというのは当然必要なんだけど、そこをメインに据えるだけではインパクトをお客さんに与えることは難しそうだと。であれば、同じテクノロジーなんだけど、より深い体験とか、物語のようなところで進化していくというのが、これまでの映画とか音楽とかもそうであったように、ビデオゲームも同じ道をたどるのかな、なんて考えて。『人喰いの大鷲トリコ』は、そういう発想で作ったんですね。新しいテクノロジー、新しいメカニックというよりは、それは多少おさえて、そこで体験する物語というか、より感情の部分でお客さんに届けばいいな、と考えて。

※10……『バーチャファイター』:1993年に稼働がスタートしたセガ(現セガ・インタラクティブ)のアーケードゲーム。AM2研が開発を務めた対戦格闘ゲーム。

水口 最初に『ICO』をやったときの感動というか、そういうのがいまでも残っているのって、多くの人がもちろん言っていることではあるんだけど、キャッチコピーにもなっていたよね、「この人の手を離さない。僕の魂ごと、離してしまう気がするから」と。女の子の手をつないで、いつも心もとない状態で「もしかすると本当に離れてしまって、会えなくなるかもしれない」と感じられて。その不安な感じを引きずりながら、風に吹かれて、石橋を進む。あの感じ……あの時代ってプレイステーション2ですよね?

上田 そうですね。

水口 いま見ると、当然だけど表現力は低い。だけど、そこにプレイしながら自分で補完したり補ったり、頭の中で妄想したり考えたりっていうあの隙間の感じがね、ずっと消えないで残っていて。たぶんいまでも残っているんですよね、ずっとその感覚が。『人喰いの大鷲トリコ』では、あの感覚のさらに上をいく。すごく似たような感覚にさせられるものがあるんだけど……。つかず離れずというか、最初は距離があるんだけど、だんだん相手との関係性ができあがっていって、気持ちが少しずつ通じ合っていくというプロセスを体験させられるじゃない。それが軸にある中で、信じられないような表現力が随所に満載でしょ? こんなに“風”を感じたゲームは初めてというか。音もそうだし、木とか光とか霧とか、ありとあらゆるところで風を感じて。すごく高いところにいる感覚も。あれをなんとかこう……。昔は「映画的な雰囲気を持ったゲーム」と例えられたかもしれないけど、いまはそういう形容詞じゃないと思う。

上田 「映画っぽい」というのは誉め言葉でしたよね、昔は。

水口 いまは何というか……映画と比較するものじゃないですよね。

上田 映画って……最初に話した自分のベースになっているもので言うと、僕の中では映画の記憶はすごく強くて。いちばん多感だった時期に体験した娯楽の中でナンバーワンが映画だったんですね。音楽もそうなんですけど、ちょうどミュージックビデオが最先端だった世代だと思うので。ただいつもビデオゲームを作るうえで感じているのは、優れた映画、いい映画を作るためのノウハウだったり、優れた音楽を作るための方法論というのは、いいビデオゲームを作るためのTipsにはなりえないんじゃないかと考えていて。それがたとえば……このたとえがうまく説明できるかわからないんですけど、料理にたとえると映画とか音楽という一方通行の表現はフルコースの料理に近い……。フルコースの料理の複雑なレシピというのがあって、それにならって調理すればお客さんの満足する料理になります。でも、ビデオゲームの場合はそういうわけにはいかなくて、お客さんが料理人も兼ねているわけなので、あまりに複雑なレシピには対応できない。料理の味はもちろんですが、料理をいかにおいしく感じさせる状況を作っていくか、ということがビデオゲームじゃないのかな、と考えています。だから、おいしい料理を作るというよりは、たとえばマラソンの後のなんでもない水がおいしいと感じるような、すごくお腹が減ったときの何でもないおにぎりがおいしいと感じるような、そういったものだと思っています。『ICO』も『ワンダと巨像』も『人喰いの大鷲トリコ』もそうですけど、たいそうなシナリオはないですし、映画的な繊細なカット割りだったり、編集があるかというとそうじゃないんだけど、それでもなんとなくお客さんに伝わって残るものがあるのだとしたら、きっとものすごくお腹を空かした状態で食べたおにぎりと近いのかなと。映画が大好きなので映画をお手本にしたいとは思うんですけど、映画のレシピはゲームでは通じないかな、と最近はさらにそう感じるんですよね。

水口 流れている時間がぜんぜん違うんだよね。向こうからお話がやって来るということじゃないし。

上田 映画は映画で、ものすごく完成された表現なんですけどね。最近映画を観ていても思います。出張中の飛行機で「暇だなあ」と思って映画を観始めるんだけど、最初の10分くらいで興味を引いて、最後まで観てしまう。映画はすごく完成された表現だと思うんです。正直に言うとビデオゲームという表現の中では、そこまで達することは難しいのではないかと感じています。