お気に入りは“情けない”あのキャラクター?

 川原礫氏による小説を原作とした公開中の劇場版アニメ『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』の観客動員数140万人および興行収入20億円突破を記念して、伊藤智彦監督のオフィシャルインタビューが公開された。

『劇場版 ソードアート・オンライン』細田守監督から学んだ教えや『君の名は。』ヒットに見る日本アニメの今後――伊藤智彦監督オフィシャルインタビュー_01

 アニプレックス配給のもと、2月18日(土)に全国公開された『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』は、AR空間を舞台にキリトとアスナの活躍を描く完全オリジナルストーリー。今回公開されたオフィシャルインタビューでは、なぜ『ソードアート・オンライン』が多くの人を魅了するのか、映画『君の名は。』ヒットに沸く日本のアニメ業界の今後、そして細田守監督から学んだ教えなどが語られている。

『ソードアート・オンライン』の世界はいずれ実現する?

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▲伊藤智彦監督(文中は伊藤)

――『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』は、テレビアニメ『ソードアート・オンラインII』の後の世界を描いたものとのことですが、映画から入っても楽しめますか?
伊藤 “主人公としてキリトとアスナがいること”、“舞台がゲームの世界であること”、“キリトがゲーム内でものすごく強いこと”の3つが分かっていれば大丈夫です。

――アニメや小説の世界観を知らずとも楽しめると。
伊藤 もちろん知っていればより楽しめますが、「作品を知らなくてもおもしろかった」という声もよく聞くんですよ。映画からハマって、“じゃあDVDや過去シリーズも見てみよう”という流れになればいいな、と。

――これまで『ソードアート・オンライン』は、VR(仮想現実)のお話でした。映画ではそちらではなくAR(拡張現実)を扱っていますね。
伊藤 はい。最初に原作者の川原礫さんが「今回はARをやりましょう」と宣言をしたことで決まりました。それを聞いたときは「VRより技術的に後退しているのでは?」とスタッフもざわつきましたが。

――と言いますと?
伊藤 物語でのVRは、ユーザーの意識をゲーム内に飛ばす夢の技術です。それに対して現実をベースにしたARは“地味なんじゃないか”、“実際に体を動かすのでは話として無理があるのでは”と、みんな気にしていました。ですが、『ポケモンGO』の事例を見て“意外といけるのかも”と途中で心変わりしましたね。川原礫さんは時代を見通す目を持っているな、と(笑)。

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――プレイステーション VRの出現やスマートフォン技術が進歩するなか、いずれ『ソードアート・オンライン』の世界は現実化すると思いますか?
伊藤 なくはない、と思います。いろいろと法整備などが必要になるでしょうけど。むしろなったらいいな、という側面も作品には込められているので。

――ARを映像表現するにあたって苦労された点を教えてください。
伊藤 ARは、表現としていくらでも地味にはできるんですよ。単純に物体の上にウィンドウ表示をつければ、それでARでござい、ということになってしまうので。地味にならないためにはどうするかという点には苦労しました。そこで、街の背景を塗り替えるなどインパクトのある表現も使うように心がけました。

10億円突破が目的じゃない? 伊藤監督の達成目標は

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――本作は伊藤監督の映画初監督作品ながら、すでに興行成績13億円を突破(※取材日時点)する好成績です。いまの率直なお気持ちは?
伊藤 うれしいというより、ホッとしている気持ちが大きいですかね。諸手を挙げて「ヤッター!」というのも違うんですよ。10億円を突破することが自分の達成ポイントではなく、まずはしっかりと作品を完成させるのが第一。つぎに漠然と、みんなに見てもらえるといいな、といった気持ちでした。

――では、監督として“ヤッター!”というポイントはどこなのでしょうか?
伊藤 作ったスタッフが満足してくれたことでしょうかね。作り終わってから「おもしろくないっすよ。お酒が進まない」という感じだったら俺も落ち込みますよね。スタッフみんなから「よかったです」と言われるのが自分の目標でした。

――本作を制作するうえで意識した作品はありますか?
伊藤 『君の名は。』の名前を出させようとしてません?(笑)制作中に公開されたので観ましたが。どちらかというと『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『アベンジャーズ』などのマーベル作品を意識しました。そうした作品は、大量に出るキャラクターをいかにさばくかも大事じゃないですか? 今回の映画では多くのキャラが動き回るので参考になりましたね。

――『君の名は。』の話題が出ましたが、伊藤監督はご覧になっていかがでした?
伊藤 いまの若い人たちはこういうのがいいんだな、と。時代の傾向として、理詰めよりは感情優先のものをみんな見たがっているんだろうと感じました。

――『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』にその影響はありましたか?
伊藤 いえ。とくに舵を切りかえることはしませんでしたが、無理に理詰めにこだわるより、感情を解放して楽しむことが、いまの時代は大切なのだと知りましたね。

――一方、『君の名は。』は一部の評論家から“理論的でない”と評価されていました。
伊藤 もちろん何割かの理屈は必要です。でも、その理をあえて抑えて感情を優先させるポイントがあるんじゃないかな、と。できるなら俺は、理のパーセンテージを高く持ちたいですが。

――なるほど。
伊藤 今後は『君の名は。』のヒットを受けて、そのプロットにのっとった劇場オリジナル作品がどんどん生まれてくると思います。ただ、個人的にはあまりそうしたことに左右されず、細々と仕事を続けていきたいですね。

劇中で好きなキャラクターは意外にも……

――伊藤監督から見た『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』の注目ポイントはどこですか?
伊藤 アクションシーンです。MX4Dなどに限らず、劇場用に最適化された画と音にこだわりました。家庭環境では味わえない体験ができると思います。具体的にはラストバトルに注目してほしいですね。もう目を閉じることは許されない。まばたきするとカットに追い抜かれるというか……そこは目をかっぽじって見てほしいです。

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――では、伊藤監督の好きなキャラクターというのは?
伊藤 テレビシリーズではシノンという女性キャラが好きでしたが、劇場版ではオリジナルキャラのエイジですね。主人公と対立する役ですが、こいつが情けないやつなんですよ(笑)。

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――“情けない”と言いますと。
伊藤 たとえば、彼が最初の戦闘のときに「ついてこい!」と走り出すのですが、誰もついてこない。かわいそうなやつなんです。最初、俺は気にならなかったんですけど、あとでスタッフに「いつもここで笑っちゃう」と言われ、“なるほど、けっこうイタい子なのかな”と。俺はそういうキャラが好きで、主人公のキリトくんより親身になれますよね。奥さんにも「主人公の言っていることはよく分からなかったけど、エイジのほうが共感できる」と言われました。

――キリトよりエイジに感情移入する観客が多かったらおもしろいですね。
伊藤 若い人たちは強いキリトくん、アスナさんに共感すると思うんです。何でもできる万能感を持った世代ですから。でも、大人は違います。

――違いますか。
伊藤 世代で感情移入するキャラクターは変わると思うんです。子どものころ、“ファーストガンダム”を見てアムロ目線でのめり込んでいても、大人になって見返すとブライト艦長の中間管理職的な立場に共感するような。

――大人目線で見るとエイジに対して「分かるぞ!」という気持ちになると(笑)。
伊藤 はい。みんながみんないい思いをできるわけじゃないぞ、と。つらいところを多く背負っているキャラですね。彼目線で見ると切ない話になっちゃうかもしれませんが。

細田守監督から学んだ教えとは

――細田守監督のアニメ映画『時をかける少女』や『サマーウォーズ』では助監督を務めていらっしゃいましたが、伊藤監督が細田監督から学んだことを教えてください。
伊藤 映画に立ち向かう姿勢ですね。“テレビのエピソードを抜け出したものを映画と言って作るんじゃないよ”と。それ1本で劇場に来た人を満足させるものを作らねばならない、そしてエンターテインメントでなければならない、と。

――その思想が受け継がれているのですね。
伊藤 “受け継がれて”というか、マネをしたというか(笑)。当時、適当なことを言ってよく怒られました。「お前はもうちょっと考えて作りなさい!」なんて。

矛盾は「ゲーム内の世界だから許される」

――マルチなメディア展開を見せる『ソードアート・オンライン』ですが、なぜこれほど多くの人を引きつけるのでしょうか?
伊藤 じつは俺もよく分からないんです。なんとなくですが、特筆した魅力というより、ドラマ性やアクション性、舞台設定などの複合的な評価によって多くの人に受け入れられた気がします。

――“これだ!”という分かりやすいポイントがあるわけではない、と。
伊藤 あえて言うなら、日本のアニメはひ弱な体型の男性が活躍する場合が多いじゃないですか。そこに批判的な意見も多いですよね。けれど、『ソードアート・オンライン』の場合ではゲーム内の世界だから“パラメーターが高いから強い”と理由付けがなされています。この、ある種のリアリティも人気の理由かもしれませんね。“これはゲーム世界の物語だからさ”というエクスキューズがある。

――最後に、『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』をどんな人に見てもらいたいか、教えてください。
伊藤 アニメや原作のファンはぜひ見てください(笑)。キリト、アスナのラブストーリーも見どころなので、『ソードアート・オンライン』を知らないカップルで観に行っても楽しめると思います。

――ところで今後、どんなアニメがヒットするんでしょうか?
伊藤 それが分かっていたら、むしろ黙っています(笑)。そんなの絶対にバラしませんよ!

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作品概要

◆作品名:劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-
◆公開日:公開中
◆配給:アニプレックス
◆上映時間:119分
◆原作:川原礫(「電撃文庫」刊)
◆原作イラスト・キャラクターデザイン原案:abec
◆監督:伊藤智彦
◆脚本:川原礫・伊藤智彦
◆キャラクターデザイン・総作画監督:足立慎吾
◆音楽:梶浦由記
◆制作:A-1 Pictures
◆製作:SAO MOVIE Project
◆キャスト
キリト(桐ヶ谷和人):松岡禎丞/アスナ(結城明日奈):戸松遥/ユイ:伊藤かな恵/リーファ(桐ヶ谷直葉):竹達彩奈/シリカ(綾野珪子):日高里菜/リズベット(篠崎里香):高垣彩陽/シノン(朝田詩乃):沢城みゆき/クライン(壷井遼太郎):平田広明/エギル(アンドリュー・ギルバート・ミルズ):安元洋貴/茅場晶彦:山寺宏一
ユナ:神田沙也加/エイジ:井上芳雄/重村:鹿賀丈史